ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯225 新たなる希望

 

『《ゴフェル》、安定機動に入ります。……クロ、お疲れ様』

 

 鉄菜は宙域を漂う敵人機のデブリを弾き、《モリビトシン》を佇ませる。

 

「しかし、無茶な作戦を立案する。エクステンドチャージは確かに、惑星産の血塊炉ならば可能だと、ゴロウは言っていた。……だがまさかそれを、《シルヴァリンク》の血塊炉で実行するなんて」

 

『あら? おかしい? どうせ格納庫で眠っているだけにしておくんなら、有効活用、でしょ?』

 

 悪びれもせずに言ってのけた茉莉花に鉄菜は嘆息をつく。厚顔無恥と言うべきか、あるいは策士とでも評するべきか。

 

「艦もよく持ったものだ。賭けに等しい作戦はあまり推奨出来ない」

 

『賭け? 何を今さら。あなた達ずっと賭けっ放しでしょう?』

 

 言われてしまえば立つ瀬もなし。鉄菜は宙域に敵性反応が消えたのを確認してから《ゴフェル》へと機体を翻させた。

 

「《モリビトシン》、一時帰投する。だが、外縁軌道にあまり留まってもいられないだろう。ここはもう、奴らの領域だ」

 

 旧ゾル国の軌道エレベーターの守備領域であり、かつての古巣の目が届く場所でもある。

 

『ブルブラッドキャリア本隊が一両日中に仕掛けてくる可能性も加味しておくわ。鉄菜、とりあえず《モリビトシン》を一旦、メンテナンスへ。さすがに大気圏突破からの強攻出撃は機体負荷が相当なはずよ』

 

 ニナイの言う通り、《モリビトシン》の内部骨格ががたついている。このままでは破損もあり得ただろう。

 

「次の戦闘までの時間はあまり取れないだろうな。本隊……《アサルトハシャ》が襲ってこないとも限らない」

 

『それだけなら、まだ、ね。問題なのは敵にも血続がいる事』

 

《モリビトセプテムライン》を操る最新鋭の血続。それとかち合えば今度こそ雌雄を決する事になり得るはずだ。

 

 戦いは慎重を期さなければならない。

 

《ゴフェル》の甲板に取り付き、格納庫へと誘導灯を頼りにして入っていく。

 

 収容確認を視界に入れて鉄菜はコックピットの気密を解いた。既に無重力の虜となった艦内でコックピットハッチより浮き上がる。

 

「クロ、このままブリーフィングルームへ。ニナイと茉莉花から月面軌道への突入作戦とやらを聞きましょう」

 

 手を取った桃に連れられ、鉄菜は整備デッキを抜ける。

 

「月面軌道……だが、宇宙に出てもそれらしい建造物はない。……本当にあるんだろうな? 月とやらは」

 

「あると思わないとやっていけないでしょ?」

 

 それはその通りだ。ここまでの苦労が水泡に帰すのだけは勘弁願いたい。

 

 ブリーフィングルームには既にミキタカ姉妹が到着していた。二人はどことなくギスギスとした空気を漂わせている。

 

 桃も、二人とは目線を合わせなかった。

 

「揃ったわね」

 

 茉莉花が中空を手で払うと投射映像が飛び出す。リアルタイムで映し出されている宙域にはしかし、何もないようにしか見えない。

 

「……これが月だと?」

 

「偽装迷彩よ。何百年単位の、ね。太陽光エネルギーでずっと稼動している。《シルヴァリンク》の光学迷彩と同じ仕組みだと思ってもらって結構」

 

 月とやらがどれほどの規模なのかは分からないが、モリビトを建造出来るプラント設備が存在する、という前情報だけでもそれなりの大きさだと見るべきだろう。

 

「大質量を……光学迷彩で」

 

「分からない話でもないわ。これを」

 

 画面が切り替わり、ゾル国の外縁軌道部隊の偵察ルートが記されている。

 

 鉄菜はそのルートの法則性に気づいた。

 

「月があると思しきルートが、危険域に?」

 

「そう、外縁軌道部隊は元々スカーレット隊の役割を汲んだ部隊だけれど、そのスカーレット隊の頃から、このルートの内月面軌道は危険域、レッドゾーンに指定されている。理由は分かる?」

 

 誰もが首を傾げる中、茉莉花は腰に手を当てて説教するように言いやった。

 

「……憶測でも言いなさいって。まったく、これだから頭を動かさない輩は」

 

「じゃあ、何だって言うのさ。その理由って」

 

 林檎の鋭い追及に茉莉花は胸を反らす。

 

「質問出来るだけ偉いわね。重力圏、経験したから分かるでしょうけれど、月面にも重力が存在する。とは言っても、地上の六分の一程度でしょうけれど」

 

「その六分の一Gに吸い寄せられるとでも?」

 

 桃の問いに茉莉花は頷いていた。

 

「そう、この圏内は魔の宙域とされている。古くの文献資料には月の存在は示唆されていたけれど、ほとんどは元老院によって封印されていた。何故だと思う?」

 

「地上の言論統制……思想の均一化、か」

 

 こぼした声音に茉莉花は指を振った。

 

「ノンノン、それだけなら、月の存在を隠す必要はないでしょう? 彼らは恐れていたのよ。宇宙からの襲撃者を。最初から、追放したブルブラッドキャリアの巣窟として、月はマークされていた」

 

 だが、そうなると疑問が生じる。

 

「どうして、今の今まで月は監視外に?」

 

『それは、こちらから補足しよう』

 

 転がり出たゴロウは投射画面を操作する。月軌道への突入ルートが試算される中、月面の予測図面が表示された。

 

 その大きさに、鉄菜を含め全員が絶句する。

 

 思っていたのは所詮は資源衛星よりも少し大きい程度であったが、あまりにも巨大なその威容に息を呑む。

 

「こんな巨大な衛星が……」

 

『今の今までどうして月が地上から観測不可能であったのか。それは我々、元老院の措置がある。百五十年前……月面にも人機製造プラントは存在し、宇宙でも人機は造られ続けていた。地上から血塊炉を輸出し、月は独自の文化を築き上げていたのだ。ただのプラント設備があるだけではない。月には人が移住していた。地上人の数パーセントは月で働き、人機の安定供給を実現していた』

 

「……じゃあ何で、月の情報が人々から抜け落ちていたの? それじゃまるで……」

 

 言葉を濁した桃にゴロウは首肯する。

 

『そう、まるでではない。まさしく、宇宙の人々は棄民されたのだよ。百五十年前の功罪と、リバウンドフィールドの天蓋でね。それこそが、プラネットシェル計画の最たるものであった』

 

 プラネットシェル。元老院が推し進めていたリバウンドフィールドによる超高高度からの爆撃、あるいは各国による攻撃を抑止するための政策。それらは三国によって補強され、百五十年の平和を約束していた。

 

「……プラネットシェルを確立するためには、月という存在は邪魔だった、というわけか」

 

 鉄菜の直感にゴロウは是とする。

 

『その通りだ。大気圏より先にあるのはゾル国の軌道エレベーターのみ。その関係性が三国の緊張を加速させていた。いや、ほどよく彼らの舵取りが出来たとでも言うべきか。地上は地上の人間のみで合い争う。その図式を少しでも間違わせれば、三国はどうなったと思う?』

 

「恐らくは、現状よりも混沌とした戦場が広がっていたでしょうね」

 

 桃の指摘にゴロウは頷いた。

 

『三国の均衡性を守るためには月からの攻撃、という可能性は棄却せねばならなかった。月面などという場所は存在しない、と思い込ませるのが一番であったのだ』

 

「でも、生きている人間はそれを覚えているはず。百五十年前の生き証人が……」

 

『そのようなものはいない。百五十年前、月面の存在を知り得ていた層はほとんど死に絶えた。ブルブラッド大気汚染より身を守る術を確立した世代はもう生きてはいまい。それは二十年前にはもう確認済みだ』

 

 全て、元老院の思うままに進んでいたという事だろう。自分達、ブルブラッドキャリアが攻めてくるまでは。

 

「月面でのモリビトの製造……ブルブラッドキャリアの報復作戦が強行されるまではお前らは高みの見物を決め込めたわけか」

 

『その見物状態も解かれた。モリビトという存在によって』

 

 しかし、それならば何故、月面をすぐに脅威判定に挙げなかったのだ。モリビトが製造されているとすれば月だとすぐに予感出来たのではないか。

 

 疑問の帰結に茉莉花が口を差し挟んでいた。

 

「たとえ地上の元老院が月からの資源を疑えても、他の三国には教えられなかった。月の存在は。だってどこかの国のものになってしまえばそれこそ事だもの。月面クラスの資源が恒久的に採掘出来るとすれば、三国はブルブラッドキャリアには目もくれず、互いの利権争いに必死になっていたでしょう。現状のC連邦の一強はより早く、強固になっていたでしょうね」

 

『月面採掘……その魅力に人類が勝てるとは思えなかった。ゆえに、我々はモリビトとブルブラッドキャリアの巣窟が月だと半ば分かっていても、放置せざるを得なかった』

 

 全ては人類の功罪がため、か。惑星の人々はブルーガーデンが滅びただけでもバランスを崩した。そこに月面という魅力的な資源が絡めば情勢は悪化する一方であろう。

 

「でも、月にモリビト製造プラント以外に、何があるというの? 血塊炉は、だって採掘出来ないんでしょう?」

 

 桃の疑問に茉莉花はデータを羅列する。

 

「血塊炉は無理でもガワとなる人機自体はどれだけでも製造出来る。月面を押さえる事が出来れば、こちらの不利は一変すると言ってもいい。吾の考案したセカンドステージ案を実行するのには、ね」

 

 モリビトのセカンドステージ案。《モリビトシン》、《イドラオルガノン》、《ナインライヴス》、全てをこれまで以上に強化する事が可能だというのか。

 

 今のままではトウジャ相手に苦戦するばかり。打破したいのは自分も同じであった。

 

「協力はする。月面をブルブラッドキャリアから取り返せばいいんだな?」

 

「言うには容易そうだけれど、月面はこの百五十年で完全にブルブラッドキャリアの牙城と化した可能性が濃厚よ。だってあなた達だって教えてこられなかったんでしょ?」

 

 それは、とニナイが口ごもる。ブルブラッドキャリア上層部の支配する魔の領域。モリビトの生まれた場所。

 

「《アサルトハシャ》程度が守っているとも思えない。もっと強大なセキュリティシステムがあると思ったほうがいい」

 

「……それこそモリビトクラスか」

 

「それでも大分、低い見積もりだけれどね。吾も試算したけれど、もしかすると想像を超える何かが守っている可能性が高い」

 

 想像を絶する存在。唾を飲み下した桃に鉄菜は前に歩み出る。

 

「いずれにせよ、奪還以外の選択肢はない。宙域に漂っていれば体のいい的だ。ゾル国やアンヘルもいつ追いついてこないとも限らない。月面奪還作戦を決行してくれ。いつでも行ける」

 

 鉄菜の強気な言葉に茉莉花は頬を緩める。

 

「……いい返事じゃない。モリビトは三機とも投入するわ。《イドラオルガノン》は修復したてだけれど戦線を張ってもらう。海中戦闘用の《イドラオルガノン》は空間戦闘も視野に入れているから。それなりの働きを期待するわ」

 

「誰に物を……ボクらは墜とせと言われたものを墜とすだけだよ」

 

「よく出来ました。百点満点の解答よ」

 

 乾いた拍手に林檎は吐き捨てる。

 

「バカにして……」

 

「いずれにせよ、月面への強襲作戦は急務。みんな、ここが踏ん張りどころよ。ブルブラッドキャリア本隊より月を奪取する」

 

「そこから先は、任せて頂戴。セカンドステージ案もプラント設備さえ掌握出来れば二時間で実行可能なものがある。鉄菜・ノヴァリス。あなたの《モリビトシン》をまずは完璧にする」

 

「私のモリビトを?」

 

 問いかけた瞳に当たり前でしょう? と茉莉花は腰に手を当てて言いやる。

 

「あなたの《モリビトシン》、あのままじゃ不確定要素が大き過ぎる。あんなの出せないわよ、これからの戦い。作戦において少しでも不利を解消するのには《モリビトシン》に追加増設パーツが必要だと判断するわ」

 

「追加増設パーツ……」

 

 茉莉花は手を払い、その強化案を浮かび上がらせる。巨大な盾の威容を持つ戦闘機であった。鋭く尖った意匠に鉄菜は息を呑む。

 

「そう、《モリビトシン》のセカンドステージ……《クリオネルディバイダー》はね」

 

 


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