既に出撃した、という報告にUDは艦長へと声を振りかける。
「あのイクシオンフレームとか言う機体……信用出来かねる」
「それは操主が、かね?」
「……両方だ。悔しいがな」
「我々にももたらされた情報は少ないのだよ。ただ、あれは上役のお気に入りらしい。君と同じく、特別高次権限を持っている」
「お気に入りだけで戦場が飾れると思わないほうがいい。戦地はデスク回りではないんだ」
「……勇気が出れば忠告しておこう。ただ……あの人機、スペックだけ見れば確かにとてつもない。トウジャを踏み越えるほどの」
艦長より暗号パスコードで秘匿された情報がもたらされる。UDは手持ちの端末で閲覧していた。
「……気になるな。リバウンド兵器の新たなる可能性、という触れ込み」
「なに、構造自体は六年前……赤と白のモリビトが使っていたものと同じらしい。今の今までその再現を行う事に若干のタブー視が入っていたのは否めない。結局、戦場に思想を持ち込むなと言っている側であっても、担ぎたいのだろう。験というものを」
「それと共に、このフレーム、明らかにトウジャよりも軽いな。内部構造上の欠点があると思わせられるほどに」
「旧ゾル国陣営は協力的との事だ。バーゴイルのフレームを発展させ、その上に全く別系統の機体思想を入れ込む。話に聞く限りでは、モリビトの機体構造に近いとの事だ」
「モリビトの……。やはりそうか」
「予感していたのかね?」
艦長の試すような物言いにUDは嘆息をつく。
「どこかあの機体、モリビトを髣髴とさせた。……我が因縁の集約点であるところの……青いモリビトに近い」
「03、か。その機体ももう時代遅れだろう。これからの戦場はトウジャとイクシオンが席巻する。時代遅れの産物に過ぎない人機は排除され、新たに戦場が整えられる事だろう。お歴々はさながらデザイナー気分か」
「だがそのような気概で戦場を掻き乱されれば純然たる兵士は困惑する。あの機体と他の機体、編成を分けたほうがいい」
「それに関しては安心して欲しい。高次権限でね。もうイクシオンがどこにいるのか、何を見ているのかさえもこっちでは同期出来ない」
「……便利なものだ。高次権限というのは」
踵を返したこちらに艦長は問いかける。
「どうするというんだ? 現状、第三小隊に任せてある」
「……俺は道場で剣を振るうのみ。作戦があれば聞こう。口出しは」
「無用、だったな。いいだろう。死なずのその実力。発揮されるのを心待ちにする」
「感謝しよう」
立ち去っていく自分に対してそれ以上の言葉は投げられなかった。UDは展開されている作戦の同期映像を参照する。
第三小隊の先陣――《ゼノスロウストウジャ》よりの策敵視界には敵艦が見受けられない事を発見した。
「潜んでいる……? だが、あの海域を見張られているに等しい。前回の戦闘の焼き増しだぞ、ブルブラッドキャリア。それとも……何か策でもあるというのか」
それでこそ、とUDは密かに笑みを刻んだ。
――それでこそ、我が怨敵に等しい。
獲物を狩るのにその甲斐もないほどに弱ければ、斬る価値も見出せない。
「逃げ回るもよし。あるいは……隠れ潜む事なく、立ち向かってくればなおよし。それでこそ、モリビト。次に会った時には必ず……」
UDは親指で首筋を掻っ切っていた。
『策敵センサーに反応なし。やっぱり敵は海中ですか』
ヘイルのこぼした言葉に隊長はどこか得心した声音で応じていた。
「ならば炸薬で炙り出すのみ。……しかしブルブラッドキャリア。解せんな」
『海の中なら安全ってわけでもない、って学習しないんですかね』
「あるいは違う策を見せてくるか。いずれにせよ、我々は今回、端役だ。この戦場の主役は……」
『関知出来ませんね。こっちもどこに潜んでいるのやら』
イクシオンフレーム。もたらされた情報だけで《ゼノスロウストウジャ》に比肩するものだというのは理解出来た。ただし、量産出来ないという点においてはこちらにまだ分があると思っていい。
「ヘイル。どう見る? あの機体」
『どうって……。強そうだとは思いました』
「強そうだとは、か。実に君らしい」
『だってそうでしょう? 操主次第でどんな人機だって化けるんですから。スペックが高くたって、中身ですよ。中身』
「同意見だが、トウジャを操っているとあながちそうでもないのではないかと思えてくる。この人機の機体追従性は前世代の人機を遥かに凌駕する。人機と操主……、切っても切り離せぬ仲であるのは明白」
『でもですよ。俺らに隠れてあんなの造るなんて、上も読めないって言うか……』
「政の領域の、やんごとなき方々だ。軍属には分からない事も多々あるだろう」
ただ、と隊長は言葉を渋らせていた。イクシオンフレームに乗り込んでいたあの操主。あまりにも華奢であった。
少女と言われても納得出来るほどの体躯でどうやって高性能人機を動かすというのか。どこか、《イクシオンアルファ》だけではない。あの操主にも秘密があるのでは、と邪推する。
その時、声が弾けた。
『隊長! 策敵に反応! 敵艦と思われ……。何だよ、これ……』
絶句するヘイルに隊長は声を被せる。
「どうした? ヘイル。状況を報告しろ。我が方の機体で迎撃する」
『いや……どんどんと熱量が上がっていって……。隊長! こいつ、マズイ!』
何が、という主語を欠いて波間が弾け飛んだ。海水を爆発させるような勢いで黄金の輝きが棚引く。
驚くべき速度で大質量が持ち上がっていく様は天地の終わりを想起させた。
「敵艦が……垂直機動を……」
ブルブラッドキャリアの艦が真っ直ぐに天上を目指して跳ね上がっていく。その姿にヘイルも目を奪われていた。
『どういう……事なんだ、こりゃあ……』
すぐに平静を取り戻したのは我ながら正答であっただろう。通信に対応を吹き込む。
「ヘイル! 照準! 合わせ! 敵艦はこのまま……大気圏まで突っ切るつもりだ」
『まさか! こんな大質量が大気圏まで持つはずが……』
「……現に持っているのだから仕方あるまい。この黄金の……あのモリビトと同じ輝きか。艦規模で実行可能だとは恐れ入ったな」
『感心している場合ですか! 墜としますよ!』
ヘイルの機体が銃撃を見舞うがほとんどが弾かれてしまう。やはりあの輝き、特殊な力場を構築している。
隊長は平静に静めた心持ちで照準し、プレッシャー砲を敵艦の機関部に狙いをつける。
「無敵というわけでもあるまい。もらった!」
放たれたリバウンドの黄色い砲弾が機関部に直撃する。黒煙が上がる中、それでも敵艦はぐんぐんと離れていく。
『……射程外に、出ました』
「戦いは持ち越しか」
レンジ外の警告が鳴る中、隊長は敵艦の進路に輝く何かを目にしていた。
「あれは……」
すぐさま拡大する。
飛び込んできた事実に目を戦慄かせた。
「あんな高高度にいつの間に……。《イクシオンアルファ》……。何のつもりだ」
現状の人機では到達出来ないほどの高度で《イクシオンアルファ》が背中に装備した砲塔を突き出す。
二問の砲身が熱を帯び、灼熱の域に達して煙が棚引いた。
「まさか……。轟沈せしめるというのか」
《イクシオンアルファ》のデータは全て正常値を示していた。
全天候周モニターには直上に迫るリバウンドフィールドの虹色の皮膜が捉えられている。
シェムハザは淀みない仕草で敵艦との距離を概算し、地軸、重力、射程の数値を入れる。
そうすれば水先案内人はバベルのサポートが務めてくれる。
アームレイカーに腕を入れたシェムハザは笑みを刻んでいた。その吐息が白く輝いてヘルメットの中で漂う。
「……《イクシオンアルファ》、広域射程リバウンドブラスター。敵艦をロックオン。全ての計算値は正常域に固定。トリガーをこちらに移譲」
格納された照準器がせり出し、シェムハザの視野を覆った。高精度照準補正によって黄金の軌跡を辿る敵艦へと五つもの照準器によるロックオンが入る。
誤差はほとんどゼロ。機関部へと直撃させる。
「アムニスの序列三位。シェムハザ・サルヴァルディ。目標を迎撃する!」
引き絞った一撃が膨れ上がり強大な光の瀑布となって《ゴフェル》へと直撃した。爆砕したのは間違いなく実感するも、敵艦は勢いを衰えさせる事はなく、宇宙へと向かっていく。
舌打ち混じりにシェムハザは現状を報告した。
「……轟沈に失敗。しかし、大気圏の熱量も含め、あれではエクステンドチャージは尽きてしまうはず。外縁軌道に入っている別働隊に連絡。送り狼を出させろ」
『了解。旧ゾル国陣営に報告します』
シェムハザは詰めた操主服の襟元を緩め、息をつく。
「ここで墜ちる程度なら、面白くないからね。楽しませてくれよ、ブルブラッドキャリア」
バーゴイル部隊が駐在地から離脱し、敵の軌道予測のデータを同期していた。
『奴さんも馬鹿だねぇ。また宇宙に上がってくるなんて。余程に墜とされたいらしい』
『旧ゾル国の意地を嘗めるな! ブルブラッドキャリアに教え込んでやろうぜ!』
応、と声を響かせた同朋達は一斉に見え始めた敵艦へと照準を向けた。
『バーゴイル二十機編隊……どうやって切り抜けるよ? 上がってくるのに、相当ロスしたはずだろうが!』
敵艦は格好の的のはず。その前提でプレッシャーライフルを引き絞ろうとした一機を予測地点とは別の場所からの銃撃が浴びせられた。
撃墜の報に全員が驚嘆を浮かべる。
『撃墜? どうして……モリビトはあの中のはずだろう? 黄金の光を使えるのは、モリビトだけのはず……。それを利用して、上がってきたはずじゃ……』
震撼する通信網へと新たな予測地点より急速接近する熱源が確認された。
ブルブラッドキャリアの艦とは離れた位置から両盾のモリビトが銃口を向けて猛進してくる。
宇宙を引き裂くその速度におっとり刀の銃撃は防御され、奔った一閃がバーゴイルを叩き割った。
『どうして……モリビトを出す暇なんてなかったはずだ!』
吼えながらバーゴイル乗り達が応戦の弾幕を張る。敵機は軽やかにすり抜けて一機、また一機と撃墜していく。
そのうち、リーダー機がある予感に凍りついた。
だが、まさか、と何度も声を震えさせる。
『まさか、大気圏で? リバウンドフィールドを抜けてからすぐに射出を? 燃え尽きるはずだろう、そんな事をして、人機が!』
しかし目の前の事象はそれを裏付けている。二十機の編隊が崩れ始めた。統率が乱れ、それぞれが三々五々に散る。
『固まれ! 散るなーっ! 敵は一機だぞ!』
『冗談じゃねぇ! あんな化け物、相手に出来るか!』
『おい! どこへ行く! モリビトとは言え、所詮はただの人機ィッ! 墜とせない道理など……!』
瞬間的に接近した敵の姿にバーゴイル乗りが絶句する。その唇から悲鳴を迸らせる前に、両盾のモリビトが血塊炉を寸断した。
『ふ……ファントムだ! 敵はファントムを使用するぞ!』
ゾル国のバーゴイル乗りならば誰もが憧れる最強の誉れ高い操縦技法、ファントム。しかし、それは実際には伝説に近い代物で誰も実現せしめた者はいないとされている。
相手はそれを会得し、完全に自分のものにしている。
それだけでもバーゴイル乗り達はこの場から逃げるのに充分な理由となっていた。
隊列が乱れた隙を突き、中枢に近い位置にいる指揮官機へとモリビトが肉迫する。逃げる間もなく、機体が両断され、銃撃網は全て回避されてしまう。
『このっ……このォッ! 墜ちろよォッ!』
プレッシャー兵器を掻い潜り、モリビトがリバウンドの銃弾を放つ。よろめいたこちらへと瞬く間に接近。その刃がコックピットを叩き割った。
ものの三分にも満たない。外縁軌道のバーゴイルはほとんど全滅に等しい打撃を受けていた。