ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯223 決闘

 向かい合う形の《スロウストウジャ弐式》同士を、こういった形で見るとは思わなかった。

 

 燐華は腹腔に力を込める。相手は歴戦の猛者。少しでも油断すれば取られる、という確信があった。

 

 ゆえにこそ、万全の姿勢で、なおかつ強気に向かう。倒すのには最善策を模索するしかない。

 

 モニターの一角にこちらを不安げな眼差しで見守るヒイラギを発見する。

 

 彼を含め、数人の連邦の兵士、スタッフが固唾を呑んで見つめる中、タカフミの人機が駆動する。

 

『あのよ、最初にも聞いたがハンデなしってのは、大丈夫なのか? いくらおれがアンヘルの兵士としては未熟だからって何も対等な条件でやる事はないんだぜ?』

 

「いえ、この条件で構いません」

 

 武装は最小出力に絞ったプレッシャーライフルとプレッシャーソード。この出力値ならばダメージは与えられず、純粋に命中した事のみが理解出来る。

 

 モニター席から声がかけられた。

 

『お二方とも、準備はよろしいですか』

 

『いつでも!』

 

 自信満々なタカフミに比して自分は慎重に言葉を継いだ。

 

「……始めてください」

 

『では。制限時間は三分間。その間に敵に命中させたポイントの高いほうが勝利となります。血塊炉、コックピットへの打撃は五十ポイント。その他の箇所は重要度の順番にポイントが振られ、百ポイント先取で勝利という条件でよろしかったですか?』

 

『いいぜ。分かりやすくっていい』

 

「はい。その条件で。勝利者には《ラーストウジャカルマ》への搭乗許可を。加えて、この裁量には一切関わっていないという署名も」

 

 後々、面倒ごとを起こされれば処理が重複する。今回、勝利者には素直に《ラーストウジャカルマ》への専属操主としての権利を。敗者には一切の異論を挟めない、という署名、というシンプルな落ち着けどころとなった。

 

『開始カウントダウン! 五秒前! 四! 三、二、一……』

 

 信号が青に染まる。燐華はスタートの声がかかるや否や早速仕掛けていた。

 

 速射モードのプレッシャーライフルによる銃撃。当然、一度相手は後退か、あるいは回避運動を取らなければならないだろう。

 

 その場合、大きな隙が生じる事を燐華は実戦経験で理解している。《スロウストウジャ弐式》が最も隙だらけなのは回避時であった。

 

 高出力の推進剤による小刻みな動きが確約されているのだと、操主でない人間ならば思い込みがちだ。

 

 実際には、トウジャの操縦感覚は大雑把である。

 

 新兵でも、熟練の兵士でも同じように扱えるため、という大義名分はあるが、その代わり両者に溝のように降り立つ操縦センスの壁は取り払われて久しい。

 

 つまりベテランであればあるほど、新型人機を過信してその動きの雑多さに翻弄される。

 

 読み通り、タカフミは最小限のスラスター推力で回避した。プレッシャーライフル下部に備え付けられている炸薬を放射する。

 

 眩惑の輝きに敵人機が足を止めた。

 

 大きな隙だ。見逃すはずもない。プレッシャーソードを引き抜き、燐華は血塊炉へと薙ぎ払ったつもりであった。

 

 一撃で決める。その覚悟は寸前、肌を粟立たせる殺意の波に遮られた。

 

 ハッと習い性の身体が機体を横滑りさせる。下段より振るわれたプレッシャーソードの一閃が肩口を切り裂いていた。

 

 通常時の出力ならば腕を落とされている一撃。

 

 燐華は息をつきつつ後退する。

 

 二の太刀が血塊炉を叩き割らんと迫っていた。

 

『惜しいな。勘はいいみたいじゃんか』

 

 プレッシャーソードを構えるタカフミの機体にはどこにも気負った風はない。自然体の動きで、自分の必勝の先手が潰された。

 

 その事実に燐華は目を戦慄かせる。

 

「これが……六年前の殲滅戦で生き残った、操主の実力……」

 

 肩口への剣筋は二十ポイント。だが、まだ腕は繋がっている。まだ動く、と燐華はマニピュレーターを握らせた。

 

 実戦ならばもう片腕を落とされている絶体絶命だが、これは模擬戦。せいぜい生き意地汚く戦い抜けばいい。

 

 最終的に百ポイント取れば勝ちなのだ。片腕程度では掠り傷にもならない。

 

『……片腕取られた、って意味、分からないわけじゃないだろ。降参するなら、今だぜ?』

 

 タカフミの言葉振りに燐華は奥歯を軋らせた。

 

「馬鹿にして……! まだ二十ポイント!」

 

 プレッシャーライフルの照準を敵機に向ける。掃射された銃撃をタカフミの機体は軽やかに回避し、周回軌道を描いてこちらへと接近しようとする。

 

 させない、とプレッシャーソードを引き抜き、その剣筋とぶつかり合わせた。最小出力値でも鍔迫り合いの干渉波が飛び散る。

 

『解せないな』

 

 接触回線に弾けた声に燐華は言い返していた。

 

「何が!」

 

『そこまで意固地になって、あの人機に乗る事はねぇって話。おれの一撃を避けてみせたんだ。《スロウストウジャ弐式》でも充分な戦果は上げられるはずだぜ? あんな危険な人機に乗らなくたって』

 

「その危険な人機に、あなたは乗ろうとしているでしょうに!」

 

 弾き返した一閃に敵機は滑るように銃弾を避けていく。

 

『そりゃあ、な。理由がある。おれには。……どうしたって、ブルブラッドキャリアと戦わなきゃならない。……少佐と瑞葉が、おれに繋いでくれているんだ。だったら! 応えないのは男じゃないだろ!』

 

「あたしだって! 理由なら、ある!」

 

 鉄菜を守るために。もう彼女が傷つくような世界を変えるために。この世界を揺さぶる絶対的な一撃が必要なのだ。

 

 そのための力ならば喜んで受けよう。罰や咎でも、それが自分に与えられた責務だというのならば。

 

『どっこい、おれとお前じゃ、覚悟の質ってもんが違うんだよ。……あんまし言いたくはないんだけれどよ。言わせてもらうぜ、諦めの悪いアンヘルの新兵』

 

「射程に入っている! 舌を噛むぞ!」

 

 速射モードの銃撃網が敵機を追い込もうとするが、タカフミの機体は跳ね上がり、全身を軋ませた。

 

 その動きの既視感に燐華はハッと後ずさろうとする。

 

 その時には、眼前に敵人機が迫っていた。

 

『――ファントム。エース嘗めんな』

 

 先の戦闘で両盾のモリビトが発揮してみせたファントムを目にしていたお陰か、あるいは本能的な部分か、瞬間的に距離を詰めた敵人機に対するうろたえは少なかっただろう。

 

 それでも、一閃、二の太刀、三の太刀が閃く。

 

 片脚、両腕の肘から先を斬られた。

 

 通常時の戦闘ならば、継続戦闘は間違いなく不可能な深手。

 

 模擬戦だ、と自分を落ち着かせようとするが、プレッシャーソードを構える敵機に息が上がってくる。

 

 ――これがエース。これが、伝説の操主の力か。

 

 それに比すれば自分などよちよち歩きの雛のようなもの。

 

 勝てる勝てないの次元ではない。物が違う。

 

 覚えずアームレイカーに入った力が緩む。それを見越して敵は刃を突きつけてきた。

 

『降参、なら受け付けるぜ。もう、実戦なら使い物にならないほどだ。分かるだろ?』

 

「まだ……まだ」

 

 あまりにも意地汚く戦いを続行するこちらに、タカフミはどこか冷笑気味に声にしていた。

 

『……そうかよ。物分りが悪いと、戦場では一番に命がないって教えられなかったのかね。次はコックピットを両断する』

 

 その非情なる宣告に燐華は身を強張らせる。出力が高い低いなど、関係がない。

 

 次で決められてしまう。

 

 その予感に、全身が虚脱したのを感じた。もう戦えない。戦えるような条件ではない。

 

 ポイント加算を目にする。既に六十ポイントの大差。これ以上差を広げられれば追い込むのは実質的に不可能。

 

 さらに言えば先ほどから緊張が持続しているのにも関わらず、戦意は今にも消え去りそうであった。

 

 萎えかけた己の意志に火を通すのに、燐華は丹田を殴りつける。

 

 痛みだけが、今は証明だ。この戦場にいるという。

 

『あんまし時間はかけさせないでくれよ。……ついでに教えてくれ。何であんなのを求める? あれは禁断の人機。あっちゃいけない人機なんだ。おれはあれを物にした後、誰にも悪用されないように自爆させるつもりだ。おれがあの力に呑まれても同じく。それくらい、あっちゃいけない力、人間を破滅させるものだ。それを分かっていて、……何であんなのに縋る? 何を求めているんだ? お前は』

 

 求めているもの。燐華は硬直してしまう。

 

 何を求めて戦場に意味を見出すのか。ずっと保留にし続けてきた一事に、覚えず力が入らなくなってしまう。

 

 タカフミはそれでも容赦をする気はないらしい。懐に踏み込み、一撃を与えに来る。寸前で回避するが、敵は張り付いて離れない。必然的に白兵戦闘を選ぶしかなくなり、プレッシャーソードを引き抜いていた。

 

 この至近距離ではファントムも意味を成さない。だが相手はどれほどの死線も超えてみせた歴戦の猛者。

 

 容易く血塊炉への一撃を与えさせてはくれなかった。どの剣筋もぶつかる前に霧散する。受け切られたこちらの切っ先にタカフミが嘆息をついた。

 

『無駄だぜ。もうその刃、先は見えている。答えを保留にしたままで、おれに勝てるなんて思うな。何を求めて戦場に意味を見出す? ……正直な話、お前みたいなタイプが血飛沫舞う戦場にいるなんて、信じたくはねぇよ』

 

 そうだ。自分は一つでも違えば、社交界に出て、一夜の享楽を貪り、ただ平和を甘受するだけの側だっただろう。それを変えたのは――。

 

「……負けられない」

 

『何だって?』

 

「あたしはぁ……っ! 友達のために。負けない! 負けたくない!」

 

 敵のプレッシャーソードを片腕で受け止める。まさか刃を素手で受けるとは思っていなかったのだろう。

 

 加算されていくポイントが視野に入る中、燐華は満身で声にしていた。

 

「負けられないのよぉっ!」

 

 吼えた機体がタカフミの機体へと猪突する。敵の刃が手の中をすり抜け、首筋へと入った。

 

 それと同じくして燐華の剣が血塊炉へと叩き込まれる。

 

 タカフミが刃を薙ぎ払ったのと、燐華が切っ先を突き込んだのはほぼ同時。

 

 両者のポイント加算に百が入る。

 

『ビデオ判定!』

 

 審判の声が響き渡り、先ほどの自分の攻撃がスロー再生される。

 

 血塊炉へと刃が入った。それと首筋にタカフミの剣筋が入ったのまではほとんど差異はない。

 

 だが、血塊炉を叩き割った一閃と、こちらの首を取った一撃にはコンマ一秒以下の誤差があった。

 

 審判が信じられない声音で判定を下す。

 

『し……勝者はアンヘルの操主! 燐華・ヒイラギ!』

 

 まさか、という空気に場が凍り付く。しかし、タカフミは潔く受け入れていた。

 

『負けた……か。まぁ、おれも修行不足って事かな』

 

 その言葉でようやく、燐華は自分が勝利したのだと実感する。全身が疲労感に包まれていく中、タカフミの通信の気安さが入る。

 

『お疲れさん。……だがまぁ、これからが本当の戦いだ。《ラーストウジャカルマ》、あの人機を動かすのには並大抵じゃ駄目になっちまうだけだぜ。それこそ、怒りに身をやつすしかない。心を燃やし、信念を焼き尽くすほどの怒りに。……だがおれは、怒りだけで戦場に出るもんでも、ねぇと思うがな』

 

《スロウストウジャ弐式》から降り立ったタカフミはこちらへとサムズアップを寄越す。

 

 勝ったのだ、という感慨を噛み締める前に、燐華は次の戦いへと己の信念を燃やしていた。

 

「あたしが……《ラーストウジャカルマ》を動かす。そしてモリビトを……墜とす」

 

 乗り越えた試練の先は、果てない闇夜に覆われていた。

 

 


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