ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯218 星を待つ人

 回収された《イドラオルガノン》は一度、大規模修復に回すべきだと判断された。その言葉に林檎は無論、反論していた。

 

「何だってボクの《イドラオルガノン》が……! あの場で一番に健闘したのは、ボクだ!」

 

 その自負がある。自分がいなければ《モリビトサマエル》にパーティ会場が押さえられてもおかしくはなかっただろう。

 

 だがその認識に鉄菜は異を唱える。

 

「無用な戦闘を引き起こした。《モリビトサマエル》に、テロ行為を実行するような他意はなかったと見える」

 

「……よっぽど知り尽くしているんだね。ボクと《イドラオルガノン》より、あの下衆な操主を信じるんだ?」

 

 喧嘩腰のこちらに比して鉄菜は冷静であった。

 

「《モリビトサマエル》……いや、《モリビトタナトス》の操主は無用な戦闘行為を引き起こしてまで、自分達に益のある戦いはしない。動くのならば必要最低限のはずだ。今回、大方のところ、モリビトタイプが自分の潜伏地点と被ったためにちょっとした攻撃を加えてきた……、大筋の見立てではそういうところだろう」

 

「だから! 何で相手を擁護するのさ! 奴は敵だった! モリビトだったんだ! それとも、戦えば分かるって? 分かり合えるって? ……旧式じみた考えだ。古臭い!」

 

 舌鋒鋭く鉄菜を糾弾する林檎に桃が仲裁する。

 

「まぁ、待って。林檎、あれはでも確かに過剰防衛だった。《モリビトサマエル》は多分、あのパーティ会場を見張れって程度にしか命令を与えられていなかったのだと思う」

 

「どうしてそんな……! 桃姉までこの旧式の味方だって?」

 

「旧式じゃない」

 

 鉄菜の抗弁に林檎は鼻を鳴らす。

 

「論拠がない!」

 

「いえ、あるわ。クロ、それに二人も聞いて欲しい。ニナイは……」

 

「現状、メインサーバーで会議中だ。ルイと一緒にね。モリビトのセカンドステージ案を練っているらしい」

 

「セカンドステージ……。《シルヴァリンク》の時のように、先があるというのか?」

 

「話、逸らさないでもらえるかな」

 

 攻撃的な口調にタキザワが身を引く。

 

「こりゃ、失礼」

 

『だが、セカンドステージ案を実行するのに、現在の《ゴフェル》の整備状況では不可能だろう。話にあった、月面への大気圏突破作戦の実行も――』

 

「ゴロウ! 黙っていて! ボクが喋っている!」

 

 いきり立った林檎に桃が訝しげにする。

 

「……林檎、確かに健闘だったのは認めるわ。でも、《イドラオルガノン》はほとんど中破、次の戦闘には出られない。これは、分かるわよね?」

 

「……強敵との戦闘だったんだ。仕方ないじゃないか。名誉の負傷だよ」

 

「その名誉の負傷に、蜜柑まで巻き込んだのは?」

 

 それは、と返事に窮してしまう。蜜柑は先ほどからずっと震えており、ブランケットをかけられていた。

 

「策敵と火器管制は、ミキタカ妹のものだろう」

 

「……なに、その呼び方。言っておくけれど、操主としての判断も! 能力もボクらのほうが……!」

 

「落ち着いてって言ってるの。……これは大事な話なんだから。ニナイも同席して欲しかったけれど、ゴロウがログを纏めるくらいは」

 

『造作もない』

 

 一階層上で応じてみせたゴロウに頷き、桃は状況の説明に入った。

 

「あのパーティ会場には、こちらの目論見通り、スポンサー連がいた。そしてアンヘルを動かす機密存在も。レギオン、という組織、クロは聞き覚えがあるわよね?」

 

「……元老院を破滅させたという、集団か。だがあれ以降、音沙汰はなかった。私が戦場を見て回った限りではそれらしい存在をにおわされた事もない」

 

「やっぱり、ね……。レギオンは巧妙に支配を固め、もうアンヘルを掌握している。いえ、アンヘルこそ、レギオンの私兵と言っても過言じゃない」

 

「その論拠は、持ち帰ってきたんだろうな?」

 

 鉄菜の追及に桃は申し訳なさそうに頭を振る。

 

「……桃姉のせいじゃない」

 

「いいえ、こちらの落ち度よ。頭に血が回っていた……、だってあんなもの……」

 

「あんなもの?」

 

 問いかけた鉄菜を桃は、いいえ、とはぐらかす。

 

「何でもない。レギオンはほとんどこの惑星を掴んでいる。多分だけれど……《モリビトサマエル》も」

 

「なるほどな。六年前の時点で既にレギオンの支配が始まっていたのだとすれば、《モリビトサマエル》の操主はあの時点で……世界を動かすための駒だった、というわけか」

 

 どうしてだか、二人で納得している。その空気が煩わしくって林檎は分け入っていた。

 

「つまりはさ! そいつらを潰せばいいんでしょ? レギオンとか言うのを!」

 

「物事は……そう簡単じゃないのよ、林檎。相手は元々ブルブラッドキャリアの……調停者だった」

 

 調停者という身分は自分達でも知っている。諜報任務に身をやつし、ブルブラッドキャリアの大元であるバベルへの接続権限を持つ人間型端末だ。しかし実際に会った事はなかった。

 

 その言葉に過剰に反応したのは鉄菜のほうだ。

 

「人間型端末……、しかも調停者、か。水無瀬……奴なら借りを返せる」

 

「いいえ、クロ、相手は渡良瀬と名乗っていた。水無瀬、という調停者もグルかもしれないけれど、今は、むしろ想定すべきは別よ」

 

「調停者レベルの裏切りを我々は六年間、看過し続けた、か。大打撃だな。ではこちらの情報は」

 

「ええ、ほとんど筒抜けだったと思っていい」

 

「アンヘルが上手を行けるわけだ。バベルの大元に調停者クラスの高官……こちらの情報網は紙切れ程度の価値しかない」

 

「……あのさ、さっきから勝手言っているけれど、ボクらはキミを探すのだって、血眼になって探したんだ。それなのに、今冷静にこっちの落ち度だって言えるの……信じられないよ」

 

「でも、事実なのよ、林檎。こっちが決死の覚悟でダイブしたこの星は、もうほとんど支配のうちにあったのは」

 

「あえて、生かされていたと思うべきだろうな。そいつらからしてみればアンヘルの発言力を増す、いいさじ加減にでもなったと言うべきか」

 

「だから……何だって冷静に……」

 

『鉄菜。メインコンソール室まで来て。艦長命令よ』

 

 ニナイの声が反響し、鉄菜が即座に歩み去ろうとする。その手首を林檎は掴んでいた。

 

「待てよ……、まだ話は」

 

「いえ、林檎、クロには別の役目がある。後で報告書を渡しておくわ」

 

 桃にそう言われてしまえば林檎は諦めざるを得ない。離れていく鉄菜が隔壁の向こうに消えてから、林檎は地団太を踏んだ。

 

「何でさ! 何で桃姉はあいつに甘いんだよ!」

 

「林檎、落ち着いて。戦闘後の昂揚よ、我を忘れている」

 

「忘れてなんていない! ボクは、勝てたんだ! あの《モリビトサマエル》に! 旧式の勝てなかった人機に!」

 

 それは矜持を持つべきだ、と語るこちらに比して桃はどこまでも冷徹な眼差しであった。

 

「それは、本当だと思う? 本当に、勝てたんだと思っているの?」

 

 そう問い返されると、不安が勝ってしまう。しかし、自分は実力以上を発揮し、敵を追い詰めたのには変わりはないはず。

 

「……自律兵器を一基、墜とした」

 

「ログは見たわ。随分と無茶をしたようね。《イドラオルガノン》を、ほとんど一人で動かした」

 

「そう……そうだよ! 《イドラオルガノン》はボクのものだ! ボクの言う通りに動いてくれた! だからこの手柄はボクだけの――!」

 

「それを、蜜柑の前で言っていて、恥ずかしくないの?」

 

 不意に訪れた侮蔑の視線に林檎は困惑してしまう。恥ずかしい? 振り返った先にいた蜜柑は肩を震わせていた。

 

 何度も小声で、「ごめんなさい」と繰り返している。

 

「蜜柑……」

 

「林檎、いいように戦場が回っている時はね、むしろ冷静にならなきゃいけないのよ。それが相手によって踊らされている可能性も視野に入れて、ね」

 

「……何で。どうして! どうして誰もボクを認めてくれないの! ボクが強かったから! 《イドラオルガノン》を操るのに長けていたから、今回の戦果に繋がったんでしょう?」

 

「戦果? 本当にそう思っている? 《イドラオルガノン》は中破、次の戦闘では使えない、それに……蜜柑に大きな心の傷を作ってまで」

 

 一瞥を振り向けた林檎はあまりに自分の言い分が通じないせいか苛立っていた。

 

 どうして、自分達だけ二人で一人前なのだ。自分一人でも充分に出来たはずだろう。

 

 それを分かろうとしない桃と、思った通りに動きもしない愚図の蜜柑に、今は怒りが勝っていた。

 

「……蜜柑がいなくたって、ボクは《イドラオルガノン》を一番うまく使えるんだ!」

 

 直後、頬に熱を感じた。張り手を見舞われたのだと、数秒間、気づけなかった。

 

 何をされたのか、という疑問符だけが脳内で浮かぶ中、桃は声を震わせていた。

 

「今の……本気で言ったわけじゃないわよね? 取り消しなさい、林檎」

 

 いつになく冷たい論調に林檎は意地になっていた。ここまでどうして理解されないのだ。どうして、誰も思った通りに動いてくれないのだ。

 

「嫌だ! 桃姉のバカ! 他の奴らだって! 何で旧式ばっかり可愛がるのさ! あんなのがいいんだったらどれだけだって……ボクのほうが優秀なのに!」

 

 桃が手を振り上げる。張り手に怯えた身体が縮こまっていた。

 

 暫時、沈黙が降り立つ。桃の手が肩にそっと置かれていた。

 

 殴られないのか、と薄目を開けた林檎は桃の瞳に浮かぶ涙に困惑していた。

 

「……何で、桃姉が泣くの?」

 

「……いいえ、どうしてかしらね。自分でも分からない。分からないけれど、でも……ゴメン、二人を教育するのはこっちの役目なのに……」

 

 何度もゴメンと繰り返す桃に林檎は突き放された気分だった。いっその事、本当に怒鳴り散らしてくれたほうが幾分かマシだ。

 

 何も考えていない、仲間の事を尊重していない、妹さえも信じてない、心底馬鹿だと言ってくれたほうがまだ。

 

 目の前で完璧を取り繕えなくなった桃と、心に傷を抱えた蜜柑に林檎はどうすればいいのか分からなくなった。

 

 当たり構わず吼え立てたくなった。何もかもぶち壊しにしたかった。

 

 吼えて振り上げた拳はしかし、何も捉えない。

 

 ただ惨めなだけだ。桃も自分も、蜜柑も……誰も完璧じゃない。

 

 どうして、道を諭してくれる人がいないのだろう。どうして誰も彼も不完全なのだ。

 

 堪らなくなって林檎は逃げ出していた。桃の声が背中にかかるが鎌ってもいられなかった。

 

 隔壁を駆け抜け、廊下をいくつ曲がっても、一人になれない。完全に単なる一個人に成り果てられない自分は、性質の悪い出来損ないである。

 

 身体が千切れるかと思うほど、怒りの声を張り上げた。何度も壁を拳で殴りつける。

 

 それでも何もかも足りなかった。この心も身体も、何もかもが不足している。

 

 戦いに勝てれば、それでいいではないか。どうしてそんな簡単な帰結を描いてはいけないのだ。

 

 どうして、そんな簡単な事で終わらせてくれなかったのだ。

 

 誰も褒めてくれない。誰も貶めるわけでもない。中途半端な優しさが一番にささくれ立った心には毒だった。

 

 荒く息をついた林檎は目頭が不意に熱くなったのを感じた。張り手を浴びせられた時には何も考えられなかったのに、今さら渦巻いてきた後悔に胸を締め付けられそうになる。

 

 蹲った林檎はただ咽び泣いていた。

 

 ――誰も助けてくれない。誰も分かってくれない。

 

 自分だけが優秀なはずだ。完璧を求められて製造された最新の血続のはずなのだ。

 

 だというのに誰も……。

 

「みんな……大ッ嫌いだ」

 

 こぼした言葉に不意に声が投げかけられた。

 

 瑞葉がこちらへと言葉をかけそびれている。聞かれた羞恥心に顔が真っ赤になった。

 

「……何だよ。ブルーガーデンの強化兵」

 

 ついつい攻撃的な口調になってしまう。瑞葉はどこか困惑しつつも、林檎へと言葉を紡いでいた。

 

「その……クロナと同じ、なのだな? モリビトの、操主なんだな、お前も」

 

「だから、何だって。あんなのと一緒にすんな! ボクはもっと強い! もっと優れた血続なんだ! だからあんなのとは……!」

 

「……うまく言葉には出来ない。クロナ相手にも、何度も怒らせてしまった。だが、お前は……同じものを背負っている気がする。クロナ以上に、わたしと……」

 

 躊躇気味にかけられた声に林檎はどう怒りをぶつければいいのか分からなかった。

 

「……そっちと同じって……ボクは強化兵じゃない」

 

「分かっているつもりだ。わたしとお前達は違う。どこまでも違うはずなんだ。クロナを見ていると、どれだけ自分の考えが浅はかだったのか思い知らされる。わたしはたまたま、運が良かっただけなんだ。強化兵はほとんど死に絶えた。その事実は……」

 

 窺った目線に林檎は鼻を鳴らす。

 

「一般常識じゃん」

 

「そう、なのか……。今の世界では、強化実験兵が失われた事が、一般常識なのか」

 

 どこか傷ついたような声音に林檎は問い質していた。

 

「あのさ、なに? ボクをバカにしているの? それとも、自分のほうがかわいそうだって? そういうの、うんざりなんだけれど!」

 

「いや、お前達のほうがよっぽど、大変だったはずだ。世界を敵に回し、今もまた戦おうとしている。わたしには、真似出来そうにない……。クロナの痛みの肩代わりだって、出来ないんだ」

 

 急に目を伏せて泣き出しそうになった相手に林檎はうろたえていた。これも強化兵独特の情緒不安定なのだろうか。

 

「……何? キミ、何なの? ボクをバカにするんならもっと賢い方法が……」

 

「馬鹿になんて、出来るものか! お前達には……一生返せないほどの借りがあるんだ。クロナが、ブルブラッドキャリアが行動しなければわたしはあの青い地獄の中で死に絶えていただろう。《ラーストウジャカルマ》を操り、ただ羅刹のように生きるだけで。……いや、それは死んでいるのと同じか。わたしは、捨て駒なんだ。生まれた時から。……この言い方も語弊があるな。造られた時から終わりが定められているんだ。どう死んでどう国家に貢献するのか。それしか設計されていなかった。それだけの……人機と同じ、部品だったんだ。だから、今のお前達をどう足掻いたって馬鹿には出来ない。クロナは、それを地で行こうとしている。その道が修羅の道だって分かっていても、止められない、止める方法を知らないんだ。だから、まだ戻れるのならば戻ったほうがいい。……うまくは言えないな。言語化の方法を、アイザワにあれほど教わったはずなのに……。何でわたしはこうも……作り物なのだろうな」

 

 作り物。その言葉が胸を打ったわけではない。同じ境遇だと、簡単に重ねたわけでもない。ただ、瑞葉も苦しんできた。国家によって規定され、散り様さえも計算のうちだった。

 

 その在り方が、素直に――悲しかっただけだ。

 

「……よければ、でいいんだけれど。いや、やっぱいいや。これ、今のボクじゃ耐えれないかも」

 

「……何が、だ?」

 

 これは胸に湧いた異常な感情なのかもしれない。あるいは単に「お節介」とでも呼ぶべき。だが、自分達がただ単に消費されて未来があるわけではないと信じたかった。

 

 誰かのために、自分の生があるのだとどこかで寄る辺が欲しかったのもある。

 

「……すっごい余計なお世話だけれど、他にも居たんでしょ? 強化兵って」

 

「ああ、何人も」

 

「だからさ……差し障りがなければ教えてよ。その人達がどういう人だったのか。……強化兵でも、見えたのかな、って」

 

「見えた?」

 

 林檎は自然と中空を見据えていた。

 

「星が、綺麗だって事、かな」

 

 


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