ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯217 憂う偶像

 射程に入った、という報告を受け、レジーナは《フェネクス》に制動用の推進剤を焚かせる。あまりに前のめりに戦地へと赴けば、要らぬしっぺ返しを食らうのは明白。

 

 まずは中距離から攻め立てる。

 

《フェネクス》の大腿部に装備された焼夷弾頭が発射され、《ビッグナナツー》の甲板へと降り注いだ。

 

 展開していたナナツーとバーゴイルがおっとり刀で対応する。火線が瞬時に張られ、弾幕を前に《フェネクス》が立体機動に入った。

 

《フェネクス》が既存のバーゴイルと大きく違うのは、全身に備え付けられた超電磁リバウンドのスラスター翼である。

 

 最初から《フェネクス》は空間戦闘まで加味し、重力下においても、敵の人機を翻弄する動きを実行出来る。

 

 まるで無重力のように《フェネクス》が火線を潜り抜けていく。

 

 球体型のコックピットは《フェネクス》の機動力に操主がついて行けるように施された措置だ。

 

 たとえ人機がどのような姿勢であっても常に均等な視野を確約する。《フェネクス》の立体機動力に敵兵がうろたえたのが伝わった。

 

 ナナツー部隊が前に出て長距離砲を突き出す。重火器を積んだナナツーが甲板より爆風を散らせて《フェネクス》を遮ろうとする。

 

 粉塵の中に極彩色のガラス片を混じらせた特殊弾頭を《フェネクス》は肩より発射した。すぐさま武器弾薬をパージし、機動力を底上げする。

 

『これは……ジャミング弾幕だ! 全機、有視界戦闘に……!』

 

「遅い。不死鳥戦列、甲板に降り立ちナナツー部隊を殲滅していく」

 

 了解の復誦が返る中、レジーナの《フェネクス》が甲板へと接地した。駆け抜ける速度は陸戦のナナツーを遥かに凌駕する。

 

 腰より実体剣を抜き放った。

 

 ナナツーの腕を両断し、もう一刀がキャノピーを叩き潰す。

 

「これが、不死鳥戦列の二天一流奥義……!」

 

 銃火器が舞い散り、索敵しようとするが敵の速度はあまりにも遅かった。滑るように射線に潜り込み、棒立ち状態のバーゴイルを寸断していく。

 

 敵艦の真上にもかかわらず、ここは自分の戦場だという確信があった。陶酔出来る戦場がここにある。

 

 ロンドが小銃を撃って後退するが、そのおっかなびっくりの照準では当たるものも当たらない。剣の柄で銃身を叩きのめし照準を無様にずらしてやってから、もう一方の刀で突き上げる。

 

 頭部コックピットを引き裂かれたロンドがよろめいた。

 

《フェネクス》は瞬時に飛翔し、敵の機銃交差を回避する。同士討ちになったバーゴイルを眼下に入れ、《フェネクス》は甲に備え付けられた有線クローを射出した。くわえ込まれたナナツーがこちらの射程に引きずられていく。

 

『い、嫌だ……! 誰か! 誰かこいつを墜としてくれ!』

 

 接触回線に開いた声音にレジーナは舌打ちする。

 

 この程度の兵士の熟練度ならば恐れるまでもない。《フェネクス》が推進剤を棚引かせて敵の懐へと潜り込もうとしたところで横合いからの接近警報が耳を劈いた。

 

 咄嗟に刀を翳し、敵の一撃を食い止める。

 

 錫杖を有する敵機がデュアルアイセンサーを煌かせた。

 

「《ダグラーガ》……!」

 

 有線クローを引き剥がし、《ダグラーガ》を狙う。しかし、相手はこちらの射線を読んだかのように甲板の上を巧みに回避していく。

 

 プレッシャーライフルを手にした随伴機から悪態の声が漏れ聞こえた。

 

『こいつ……! プレッシャー兵器より速いって言うのかよ!』

 

 否、とレジーナは直感する。R兵装よりも素早いなどあり得ない。問題視するとすれば、それはこちらの照準器であった。

 

 敵はロックオンされればその射線を読む。逆に全く照準しなくともこちらの射程を熟知し、最適な動きを選択する。

 

「……どれほどの年数を戦ってきたのかは知らないが、新型機相手に嘗めているわけでもないな。だが!」

 

 剣を振り掲げた《フェネクス》に対し、《ダグラーガ》が錫杖で受け止める。横薙ぎに払った一閃が《ダグラーガ》の胴体を割りかけた。

 

 瞬間、相手は胸元に隠していた推進剤を放射する。瞬間的にこちらの剣筋を逃れた《ダグラーガ》が甲板に落ちていた小銃を拾い上げ、火線を見舞った。

 

《フェネクス》の装甲はスカーレット隊のものよりも上質でありながら、この距離での実体弾は想定していない。

 

 必然的に下がるしかないこちらに比して敵はどこか余裕があるかのようであった。

 

 それだけではない。

 

『みんな! 《ダグラーガ》が応戦してくれているんだ。この戦い……勝てるぞ!』

 

 応、とオープン回線を声が相乗する。

 

『隊長……こいつら《ダグラーガ》一機だけの応援で、まるで……』

 

「ああ、まるで百人力とでも言うような。……これが信仰という奴か」

 

 厄介な、と歯噛みしたレジーナへと一機のナナツーがブレードを手に猪突してくる。当然、その程度は押し返せるのだが一機の自滅覚悟の特攻ではない。

 

 二機、三機と続け様に連携攻撃を浴びせてくる。

 

「こいつら……さっきまで全く、連携なんて取れていなかったのに!」

 

《ダグラーガ》の存在が彼らの思考を統一化したとでもいうのか。レジーナは操縦桿を引いて敵の剣圧に合わせる。

 

 連携が出来ていると言っても付け焼刃だ。こちらの先んじた動きまでは読めないはず。

 

 一閃で敵を退け、二の太刀で確実にコックピットを断つ。それだけで充分に無力化出来るはずであった。

 

 不意打ち気味に照準警告が鳴り響く。バズーカを担いだナナツーの一撃を後退して回避したその時、二機のバーゴイルが激突してきた。

 

「ちょこざいな……」

 

 バランサーが異常値を叩き出す。まさか、とレジーナは足場がなくなっている事に気づいた。甲板からいつの間にか弾き出されていたのだ。

 

 飛翔機動に入ろうとした《フェネクス》からしつこくバーゴイルは離れようとしない。

 

 高度を下げた《フェネクス》を狙撃用のロンドとナナツーの高高度射撃が狙い澄ます。

 

 まさか、こんなところで――、とレジーナはフットペダルを踏み込んだ。

 

「ふざけるな。……不死鳥隊列だぞ!」

 

 超電磁リバウンドのウイングスラスターが開き、ぐんぐんとバーゴイルを引きずったまま、瞬間的に高度を上げていく。

 

 遂にはバーゴイル二機の限界高度に達したのか、不意に拘束が外れた。レジーナは胃の腑に圧し掛かる重力を感じながら急速直下機動に移る。

 

 視野が一瞬だけブラックアウトし、血液が急速に背中へと流れていくのを体感した。甲板に再び降り立った《フェネクス》が赤いアイセンサーをぎらつかせる。

 

「撤退戦なんて……そんな無様、許されるか! 《フェネクス》!」

 

 二刀を手にした《フェネクス》が照準をつけかねている敵へと肉迫し、その砲身を溶断した。

 

 不意を突かれた敵兵がよろめいたその時には血塊炉へと突きを見舞っている。青い血反吐を吐いた敵人機を払い、次の獲物へと接近した。小銃の弾丸がすぐ傍を掠めていく中、《フェネクス》を操るレジーナは迷いのない殺意をぶつけていた。

 

 まずは腕を寸断し、次に返した刀の柄でコックピットを激震する。脳震とうを起こしたかのように後ずさった相手の心臓部へと、刃を軋らせた。

 

 敵は舞い降りたレジーナの《フェネクス》に呆気に取られている様子であった。それもそのはずだ。こちらとて限界機動力以上の攻撃を浴びせている。

 

 操縦桿を握り締める手は痙攣寸前であるし、いつ身体が過負荷に耐えかねて止まるかも分からない。

 

 だが、それほどの死狂いにならなければ墜とせないのならば、悪鬼にでもなろう。

 

 敵人機が覚えずと言った様子で距離を取っていた。

 

 青い血を浴び、黄金のフレームを汚した《フェネクス》と向き合えるのは、この艦で一機のみ。

 

《ダグラーガ》が風圧に毛髪のようなケーブルをなびかせていた。

 

「《ダグラーガ》!」

 

 二刀を振るい上げた《フェネクス》が推進剤の青い光を棚引かせ、《ダグラーガ》へと大上段より太刀を浴びせかける。

 

 敵は錫杖で一撃を受けたが、返した二の太刀は読めなかったのだろう。

 

 敵のケーブルの先端部が切り裂かれる。よろめいた《ダグラーガ》に、《フェネクス》は突撃した。

 

 肩から衝突した《フェネクス》の攻撃に《ダグラーガ》がここに来て初めて、自らの武装を展開する。

 

 背筋が割れ、内側から引き出されていったのは小型の自律兵器であった。

 

 楕円の自律兵器が《フェネクス》へと突き刺さりかける。

 

 まずい、と判じた習い性で後退したレジーナは楕円の武装が炸裂したのを目にする。

 

「目晦まし? これでは……」

 

 有視界白兵戦闘を行っていた《フェネクス》では咄嗟の判断が出来ない。このままでは、取られる、という予感にレジーナは超電磁リバウンドの皮膜を前方に張らせた。

 

 錫杖の突きが防がれ、《ダグラーガ》がよろめく。

 

 その隙を逃さず、《フェネクス》は高高度へと飛翔していた。

 

「……敵の損耗率」

 

 荒く肩で息をつきながら随伴機に尋ねる。即座に弾き出されたのは、五割の敵を無力化した、という報告であった。

 

『どうします? 敵もこれ以上の損耗は防ぎたいところだと思いますが……』

 

 こちらはたったの三機。それだけでも優位性を引き出せたほうだろう。レジーナはこれ以上の《フェネクス》の性能をC連邦に見せてやるのは旨味がないと判断する。

 

「……全機、帰投準備。ラヴァーズに壊滅的打撃を与えた我が方の勝利だ」

 

 だが胸中では複雑な思いが渦巻いていた。ラヴァーズに仕掛けたにしては、敵の殿である《ダグラーガ》の性能の一割も引き出せなかった。

 

 これではほとんど消耗戦である。

 

 だが今回の戦闘はあくまで上を納得させるためのもの。義を唱えるのならばこれから先の戦闘でも出来る。

 

 今は、一機も漏らさず帰投する事こそが不死鳥戦列の価値を高める。

 

 機体を翻した三機はそれぞれの損耗状態を同期していた。

 

『二番機、損耗は二割未満』

 

『同じく三番機も。……隊長は』

 

 試算した《フェネクス》の損耗率にレジーナはコンソールへと拳を叩きつけた。

 

「……四十パーセント。こんなに消耗するなんて」

 

『ですが、敵は三十機以上いたんです。生き延びただけでも健闘でしょう』

 

 頭では分かっている。この作戦はほとんど捨て石のような扱いであった。生き延びるだけでも御の字。

 

 だが、これでは理想に遥か及ばない。本当に旧ゾル国陣営に栄光をもたらしたいのならば、敵を全滅させる他なかった。

 

 慢心の結果がこれでは手土産もない。

 

『隊長……』

 

 慮った部下の声音にレジーナは隊長としての声を振り向けた。

 

「分かっている。不死鳥戦列、艦に戻るぞ。ラヴァーズへの奇襲作戦は成功した」

 

 そう、成功したのだ。そう思わなければやっていけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 甲板上で灼熱が燻っている。

 

 敵を退けた、それだけでも歓声が上がってもいいはずなのに、誰もが押し黙っているのはたった三機に十機以上が犠牲になったからだろう。

 

 ラヴァーズの構成員は誰しも、戦いから逃げたいからこの道に縋った者達ばかりだ。信仰という名の道に殉じられれば、それでいいと。

 

 彼らは誰しも惨い戦場を経験してきた。だからこそ、もう戦わないでいいはずの惑星博愛主義に賛同した。

 

 しかし、目の前で展開されたのはバーゴイルの発展機による蹂躙と虐殺。

 

 アンヘルならばまだ理解出来た人々は恐らくは旧ゾル国陣営からの強襲に茫然自失であった。

 

『……畜生。相棒がやられた。アンヘル連中なら、今すぐに憎み返せるのに……!』

 

 頭部を引き裂かれたバーゴイルを弔っている彼もまた国家に裏切られたも同義であろう。

 

 信じるべきものも、準ずるべき信念も失い、逃げ出した後も国家によって迫害は続く。

 

 どこまで逃げおおせても人は宿命から逃れる事は敵わない。否、もし自分が茉莉花を手放していなければ無用な被害は避けられたのかもしれない。

 

 しかし、今はブルブラッドキャリアを、世界を変えるために奮闘する良心を信じるしかなかった。

 

 自分程度で出来る事などたかが知れている。

 

 ブルブラッドキャリアの下にいれば茉莉花も本当の力を発揮出来るだろう。彼女の力を必要としているのは自分達のような臆病者の側ではない。

 

「ブルブラッドキャリア……、貴殿らならばこの状況、どう切り抜ける……。まだ問わずにはいられないのは悟りの境地に至れていないからか」

 

 死んでいった者達は戻ってこない。どれほど願ったところで。何を信じたところで同じ事。人は何かに縋らなくては生きていけない。何度でも裏切られるのに。それでも、明日を描くためには信じる寄る辺が必要なのだ。

 

 組織であっても、信仰であっても、それは意義を持つ。この世界と関わり続ける限り、誰も信じない無頼の輩などあり得ない。

 

『《ダグラーガ》……、我々に光を……、明日を見せてください』

 

 一人の人機操主の呻き声がすぐさま伝播し、甲板を埋め尽くす信仰のうねりとなる。サンゾウはこの光景にただただ瞑目するだけであった。

 

 人は、見たいものしか見ない。

 

 信じたいものしか信じないように出来ている。だから、仲間の死を誤魔化せるだけの奇跡が欲しいのだろう。

 

 そんなもの、どこにもありはしないのに。

 

《ダグラーガ》が錫杖を掲げる。背面武器弾薬庫に装備していた照明弾を炸裂させ、後光を作った。

 

 これもただの武器。ただの人殺しの兵器の一部。

 

 しかし、彼らが見ているのは神の姿だ。信仰するべき上位存在を彼らは人機越しに眺めている。それを否定する事は出来ないし、誰も肯定する事も出来ない。

 

 ただ神を見る。原始的な本能に根ざした論拠も何もない、「信じる」という人間として当たり前の代物。

 

 それでこの地獄が少しでも和らぐのならば。見ずに済むのならば。それは現実逃避では決してない。語るべき明日と、見据えるべき未来を目にするために必要なのだ。

 

 ゆえにこそ、《ダグラーガ》は偶像として在る。

 

 この人機に、ただの兵器に、神を見るのならば。信仰を発生させる事が唯一の機能だと言うなら。

 

『おお……、《ダグラーガ》から後光が差している……!』

 

 人機が平伏し、荒くれ立った気配が凪いでいく。それでも死した者が蘇るわけではない。これは仮初めだ。

 

 仮初めの均衡の上に成り立つ平穏。

 

 そんなものばかり求めて、《ダグラーガ》とラヴァーズは博愛を謳ってきた。その先に待つのが悲哀だとは誰も思いたくないのだ。

 

 ゆえにこそ、自分が立とう。如何にこの身が偶像としては脆くとも、儚くとも。それでも佇む事だけが、人間の証明である。

 

 人は、かつて黎明の空に神を見た。黄昏に神々の死を幻視した。宵闇に死神の足音を聞いた。

 

 それらは全部、作り物ではない。

 

 張りぼての代物では断じてないのだ。

 

 人は、神を作り出せる。偽りであっても、それが神に値するのならば、人は信じる事で己を養える。

 

『《ダグラーガ》が憂いている。我々は博愛主義者ラヴァーズ……復讐の火の粉に身をやつすべきではないのだ……』

 

 勝手な解釈でも構わない。それで戦場を見ないで済むのならば。

 

 先延ばしの結論でも、今は縋るしかないのだ。それが人の弱さなのだから。

 

 傅く人機の群れに《ダグラーガ》に納まったサンゾウは静かに呟いていた。

 

「……これもまた、人の業であるのならば、拙僧はそれを愛そう。愛する事のみが、我らの……」

 

 


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