「いい? もう時間に遅れるなんて事はしないで。分かった?」
合流するなり小言を言われ、鉄菜は肩を竦める。今しがた三号機に会ってきた、などやはり言うべきではないな、と感じた。
「分かっている。少しルートを迂回しただけだ。これも敵の追撃を防ぐため」
「そこまで理解しているのならいいけれど……貴女ってそうじゃなくっても迂闊なんだし」
自分が馬鹿にされる分には慣れている。《シルヴァリンク》で交戦してきたのは何もただの兵士だけではない。
これまで幾度となく、精神面での脆さは排除してきた。
敵を屠り、こちらの実力を示す。それが第二フェイズの役割ならば、充分にこなしてきたと言えるだろう。
《インペルベイン》は光学迷彩を張り、衛星画像すら騙している。電子戦ではあの《ノエルカルテット》とどちらが上なのだろう。モリビト同士の交戦はあってはならないが、自分はどちらとも戦っている。
ある意味では公平な立場であった。
『彩芽、《インペルベイン》の損耗率は二割以下。弾数もまだまだいけるわ』
ルイが《インペルベイン》の肩に留まって足をぶらつかせている。立体映像だと分からなければ完全に少女のそれであった。
「ありがとう、ルイ。後は、第二フェイズも佳境か」
「《シルヴァリンク》で戦え、というのならばすぐにでもやる」
「焦らないで、鉄菜。今度の相手は少しだけ厄介よ」
送られてきたデータを鉄菜はRスーツに備え付きの端末で受け取る。投射映像は世界地図の一点を赤く示していた。
「C連合の非武装地帯だ」
コミューンとは言え、全てが全て武装の整っているわけではない。中には非武装、非服従を唱える国家も数多い。
しかし、武装していないのは現在では大きな損失となる。ブルブラッド資源にも頼れず、旧時代の化石燃料だけでまかなえるのは限界があるからだ。
「非武装地帯にC連合の一部国家が《ナナツー》を伴って襲撃。現時点で、その赤く塗られた地域を占拠している」
「それは、一方的だ」
彩芽は分かっているとでも言うように手をひらひらと払った。
「そうね、一方的よ。だからこそ、ブルブラッドキャリアが介入する」
一方的な戦場に異論を差し挟むのが自分達の役目だ。非合理的かもしれないが、それも込みで世界へと宣戦したのである。
「一つでも世界のほつれを矯正する。それが、私達の任務だ」
「分かっているじゃない。モリビトの操主として選ばれたからには、やれる事はやっておかないとね」
茶髪をかき上げ、彩芽は《インペルベイン》の頭部に触れる。現在地のブルブラッド大気汚染は六割以下。彩芽も簡易マスクだけで生きていられる。自分は、マスクなど最初から必要はなかったが。
「頼むわよ、鉄菜。作戦概要は追って伝える。問題はないでしょう。《ナナツー》タイプとはいっても、そこまで厄介なのは来ないでしょうし」
前回の手痛い反撃も彩芽の耳には入っているのだろうか。ルイの考えだとすれば入っていてもおかしくはないが、何も言ってこないところを見るにともすれば知らないのかもしれない。
「《ナナツー》に遅れは取らない」
「よく言いました。じゃ、六時間後に作戦決行するわ。それまでせいぜい休んでおきなさい」
鉄菜は彩芽が《インペルベイン》のコックピットに入るのを目にしてから、自分も《シルヴァリンク》のコックピットに入った。
『鉄菜、やっぱり三号機の事は言わないほうがいいマジね』
「勘繰ってこないという事はその可能性に至っていないか、あるいは……」
あるいは、既に彩芽と桃に一杯食わされている可能性もある。二人が共謀すれば自分などすぐに陥れる事が出来るだろう。
問題なのは、陥れたところで得をするのは誰もいないという事だが。
『それはないと思うマジよ。彩芽はそこまで腹黒くないマジ』
「なんだ、お前はいつから奴にそこまで入れ込むようになった?」
『見た限りの話マジよ。鉄菜だって信じたいと思っているはずマジ』
「信じたい、か」
だがそのような感情は真っ先に犠牲になるだろう。それは自分が経験則で知っている事だ。
『三号機の性能を参照してみたマジが、やはり鉄菜の読み通り、《ナナツー》タイプなら六機以上に相当する血塊炉の出力マジ』
四基の血塊炉を連結させているのだ。相当なエネルギー量のはずである。
「余剰エネルギーで姿をくらませるぐらいはわけない、か」
『三機のサポートマシンも相当な脅威マジね。あれを突き崩さない限り、《ノエルカルテット》に隙はないマジ』
結果的に自分の猪突猛進戦法が功を奏した、というわけだ。鉄菜は全天候周モニターの一角を撫で、《シルヴァリンク》を労わった。
「封印武装を解いてしまった。それだけが懸念ではある」
『解析されるかもしれない、マジか?』
「《ノエルカルテット》に搭載されているOSは並大抵ではない。機体解析くらいは児戯に等しいだろう」
『でも、桃は約束したマジ。絶対に自分からは裏切らない、って』
「そんなの当てになるわけがない。私はあくまでフラットに考えるべきだと思っている」
ジロウはアルマジロ型の腕を振って呆れ気味に口にしていた。
『鉄菜は相変わらず相手を信じないマジねぇ』
「信じたってどうする。利益不利益をきっちり理解してないのならば、それは馬鹿の所業だ。私が信じるのは、私と、《シルヴァリンク》だけだ」
『分かっているマジ。今は少しでも休んだほうがいいマジよ。連戦になるマジ』
「そうさせてもらう」
鉄菜はタブレットから睡眠導入剤を三錠ほど取り出し、水と共に口に含んだ。飲み干せば十分もしないうちに眠気の訪れる即効性のものだ。
《シルヴァリンク》は自分が休んでいる間も警戒を続けるだろう。相棒を少しでも休ませたかったが、それは操主である自分が万全の状態の時だけだ。
意識を手離している間はジロウに任せるしかない。
程なく訪れた眠気に、鉄菜は瞼を閉じた。