ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯211 時の残酷さ

 

「動作チェック、完了しました。複座シークエンスを実行します」

 

 その言葉が復誦されて、鉄菜は備え付けられたリニアシートに身体を預けていた。

 

「緊張してる?」

 

 後ろからかけられた声に平時の声を返す。

 

「どうだろうか。私は、緊張しているのだろうか」

 

「尋ねているのはこっち。もうっ、クロってばそういうところ変わらないんだから」

 

 頬をむくれさせた桃は《ナインライヴス》の最終点検に入っていた。メイン操主は桃のため、自分は擬似的な副操主――《イドラオルガノン》で言う「ガンナー」の位置についていた。

 

 下操主、というものは初めてだが複座人機自体は珍しくはない。マニュアルは目にした事もある。何も不安はない、はずであった。

 

 桃が、静かに口火を切る。

 

「……ねぇ、クロ。どこかに、行っちゃったりしないよね?」

 

「どこかに……? これ以上彷徨う意味はない。六年間も一人で戦ってきた」

 

「そうじゃなくってさ……! モモ達の知らないクロに、なっちゃわないよね……?」

 

 桃は出撃前に問い質したいのだろう。最終安全点検が疎かになっていた。鉄菜は一度だけ振り返り、頭を振る。

 

「……どこにも行く予定はない。私は、ブルブラッドキャリアの、モリビトの執行者だ」

 

「そう……、それが聞けただけでも……」

 

 何か言いたげであったがこれ以上長引かせれば胡乱に思われるのだと感じているのだろう。桃は手早く最終安全点検を済ませた。

 

「桃・リップバーンから整備班へ。こちらはシステムオールグリーン。《モリビトナインライヴス》、いつでも出撃出来ます」

 

『鉄菜、それに桃。持ち物はちゃんと持ったわよね?』

 

 開けた通信網のニナイの声音に桃が冗談めかす。

 

「ピクニックに行くんじゃないんだからさ」

 

 これから訪れる予定のコミューンの三次元図が展開される。陸までは《イドラオルガノン》が水先案内人になっており、彼女らの支援は必須であった。

 

 陸戦型の《ナインライヴス》では長距離の飛行も儘ならない。ゆえに、操主姉妹との連携に支障が出る鉄菜の起用はギリギリまで危ぶまれていたらしい。

 

 結局、今出来る最上の手段として自分が徴用されたわけであったが。

 

『鉄菜・ノヴァリスに、桃・リップバーン。それに最新型の操主姉妹、通信はオーケー?』

 

 茉莉花の言葉に林檎が言い返す。

 

『その他大勢みたいな言い方やめてよ』

 

『林檎……、でもミィ達はもしもの時の支援だし……』

 

『だからってさ。何でそいつが仕切ってるの?』

 

 そいつ呼ばわりされた茉莉花は髪を払う。

 

『艦長の適材適所への振り分け、感謝するわ。この執行者四人だけで作戦概要を諳んじさせるのは少し無理がありそう』

 

 わざとこちらが突っかかりやすい言葉を選んでいる。律儀な事だ、と鉄菜は適当に流していた。

 

 案の定、林檎が食ってかかる。

 

『……あんまりブリッジが信用出来ないとモリビトの運用にも』

 

『ごめんなさい、みんな。私が全責任を被る。だから茉莉花に今は、何も言わないであげて』

 

 そこまでニナイがするほどの相手なのだろうか。鉄菜は疑問視したままである。林檎も同じなのだろうが艦長の顔を立てられてしまえば仕方ないのだろう。

 

『……作戦にもモチベーションっていうのがある。不満はボクだけじゃないと思うね』

 

『よく出来ました。じゃああなた達の任務を言えるかしら? モリビトにおける強襲は最終手段。平和的に解決しましょう』

 

「平和的、ね……。さすが惑星博愛主義の末端、説得力が違うわ」

 

 桃が冷やかすが茉莉花は気にも留めた様子はない。

 

『全機、カタパルトデッキへと移行。後の出撃シークエンスを各々の機体へと譲渡するわ。ま、陸地でまで案内が要るほどじゃないでしょう』

 

 茉莉花の通信はそれっきりだった。鉄菜は桃へと問いかける。

 

「人間型端末という事だったが……その評が正しいのならば通信を割り込んでいくらでも介入出来る。甘く見ないほうがいい」

 

「クロ、それは忠告?」

 

「……経験則だ」

 

 苦々しいものであったが。

 

《イドラオルガノン》がまず甲板に上がり、《ナインライヴス》に先行する形で出撃姿勢を取る。

 

『林檎・ミキタカ! 《モリビトイドラオルガノン》!』

 

『つ、続いて蜜柑・ミキタカ! 行きます!』

 

 出撃した《イドラオルガノン》が波間を立てて海上を突っ切っていく。周回軌道に入ったところで甲板に出ていた《ナインライヴス》が機獣形態の頭部を持ち上げた。

 

 ピンク色の装甲に緑の眼窩。額には三角の複眼アイサイトを有している。

 

 出来るだけ燃料は温存しつつ、陸地まで赴かなければならない。

 

「鉄菜・ノヴァリス。出撃準備完了。発進タイミングを上操主へと」

 

 パネルを組み直し、複座任務を叩き込む。桃がアームレイカーを引いた。

 

「桃・リップバーン。《モリビトナインライヴス》、行きます!」

 

《ナインライヴス》が跳ね上がり《イドラオルガノン》の甲羅へと飛び乗った。

 

 巡航機動に入った《イドラオルガノン》はフィンで水流を巻き上げつつ、陸地へと真っ直ぐに航路を刻む。

 

『……上に乗っちゃってナマイキに』

 

『林檎……接触回線なんだから丸聞こえだよ』

 

 林檎が鼻を鳴らす。大方、聞こえるように言っているのだろう。

 

「……クロ、陸地に潜り込んだら、手はず通りに」

 

「ああ。偽装IDを使用し、アンヘルのスポンサー連の会合へと潜入。……だが、少しだけ疑問を感じるな」

 

「何が? アンヘルの企業連ならオープンソースに」

 

「いや、あまりにも軽率とでも言うべきか。そういった事は秘密裏に行うべきだ」

 

 その感想に桃は嘆息をついた。

 

「いつの時代だって、お金持ちは散財したがりなのよ」

 

「そのようなものか」

 

 自分は戦場を渡り歩いてきた経験しかない。ゆえに、富裕層独特の考えは読めない傾向にあった。

 

「だが、名だたる企業が名を連ねているな。中には旧ゾル国陣営の企業もある」

 

 コンソール上でスクロールさせる鉄菜に桃は尋ねる。

 

「クロ、企業とかよく知ってるの?」

 

「地上で戦っていれば嫌でも知らなければならない。殊に、人機製造に関わる企業は、な。系列が違うだけで武装がまるで役に立たないなどざらだ」

 

「それこそ、経験則、ってわけね」

 

《イドラオルガノン》との接触回線が開かれている。今、話すべきではないと感じたが、鉄菜は桃に尋ねていた。

 

「……怒らないのか」

 

「《モリビトシン》を出した事? それとも瑞葉さんとの単独行動?」

 

「……悔しいがどちらも、だ」

 

「怒ったって、クロの決めた事だもん。モモは怒らないよ。クロが納得しているんなら」

 

 納得、己の中で反芻する。納得の上で進めているのならばまだ自分の中で折り合いはつけられた。問題なのは、何もかも状況に流されつつある現実だろう。

 

「正直なところ、分からない。《モリビトシン》をあそこで出すべきではなかったのではないか、という後悔もある。だが、瑞葉に関して動いた事には、どこにも及び腰になるところはない。それが今だ」

 

「……じゃあ、よかったじゃない」

 

「よかった? だが結局は敗走した。これを是としていいのか?」

 

「……クロは、さ、完璧を求め過ぎだよ。モモ達に、完璧なんてあり得ないんだから。だって、六年前の介入時点ならまだしも、今はもう世界に差をつけられている。どうしたって、負い目や判断ミスが出て来るんだよ。だから、さ。出来るだけその時々で、自分を褒めてあげられたらいいんじゃないかな」

 

「褒める、か。承服し難い話だ」

 

「大事だよ? 褒めてあげるのって。そうしないと……伸び悩んじゃうから」

 

「お前がそうだったのか? 桃」

 

 尋ね返したのは自分でもはかりかねていたからだ。桃が操主の上官役をやる。最初に聞かされた時からどこか違和感が纏いつく。

 

 彼女が適任だった、ではない。恐らく組織は、彼女以外の選択肢を意図的に削除した。

 

 その帰結する先は、六年前の自分達は間違いの上に成り立っていた、というものだ。

 

 六年前の執行者三人は不足であった。だから、新しく組み直す。組織の意図が透けて見えるかのようであった。

 

 浅はかでありながら、失敗を失敗と断じるだけの冷酷さ。

 

 それがブルブラッドキャリアという組織なのだろう。そのようなものが当たり前だと、六年前は妄信していた。

 

 しかし、力を得た一方で多くを失い、血反吐を吐くような苦難を乗り越えたのは、組織の力添えではない。

 

 自分の手足だ。

 

 自分の血肉だ。

 

 この「鉄菜・ノヴァリス」という自分なのだ。

 

 それが実感出来ただけでも、意味はあったのだろう。

 

 ゆえにこそ、この疑問に突き当たる。本当に桃は望んで林檎達を育成したのか。

 

 こちらの意図を汲んだのだろう。桃は静かに口火を切る。

 

「……そりゃあね。モモじゃ、難しい役目だったかもしれない。でも、クロ。誰かがやらなければならなかった。そうでなければ、モモ達は何にもなれやしなかったのよ」

 

 何にも成れない。その恐怖に押し潰されかねない宇宙の常闇で、彼女は自分なりに選択したのだ。

 

 それが聞けただけでも今は僥倖であった。

 

「……分かった。余計な口は、もう挟まない」

 

「クロ、ありがとね。何だか、本当に別人になったみたい。六年前じゃ、考えられなかった」

 

 笑ってみせた桃に鉄菜は一瞥を寄越す。

 

「それが時の残酷さだろうさ」

 

 


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