ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯203 支配者たちの悦楽

 人形屋敷、とあだ名される場所に入るのには二重三重のセキュリティロックを掻い潜る必要があったが、ガエルはその生態認証だけで門を潜る事を許されている数少ない人間だ。

 

 地下通路へと通じる空間には無数の義体が糸で吊るされ、天井に縫い止められている。ゆえにこの場所は『人形屋敷』。義体の集積地点である地を呼ぶのには相応しい。

 

 しかし別の名前もある。その名称を紡ぐ事は極力避けれられているが、ガエルはマーキングされたその標を独りごちていた。

 

「ソドム……か」

 

『それは禁じられた名前だ』

 

 発せられた声にガエルは操主服の襟元に風を通しつつ応対する。

 

「そうかい。こちとら星の裏側でまーた戦争稼業だ。飽きもせずによくやるよ、と我ながら褒めたくなる」

 

『アンヘルの実務部隊の教育、か。ご苦労だな、ガエル・ローレンツ』

 

「その名前はもう、ほとんど呼ぶヤツはいねぇがな。てめぇくらいだよ、クソッタレ」

 

『人間であった頃の名残がある。それだけこの義体という奴も所詮は機械仕掛けの代物だという事だ』

 

 義体、とガエルは巨大な円筒型のシステム端末を視野に入れる。かつての上官――レギオンの将校が肉体を捨て、脳だけになって中に入っている「らしい」という噂の機体。

 

 定かではないのは、この義体を落とせばレギオンが墜ちるわけではないという客観的な事象を鑑みても明らかである。レギオンの本体は細分化され、自分という個人では最早、その形状を掴む事さえも難しく成り果ててしまった。まさに群体、巨大に膨れ上がったレギオンを象徴する相手はガエル一人では陥落不可能の領域である。

 

 無論、それはブルブラッドキャリアでも同じ事。

 

 相手がどれほどまでに強力な人機を用いても、集団無意識とも呼べるレギオンを完全に駆逐する事は出来ない。星に棲む大多数の生命を抹殺する術がないように。

 

 それほどまでにレギオンは根を張った。この六年間でさらに深く。

 

 星と一体化したに等しいレギオンを止められる者はもういないだろう。その生命を断つ事は星を殺す事とでも言えばいいだろうか。

 

「……で? こちとらまだ教育課程の坊ちゃん方を放っておいてここまでご足労したんだ。何かあるんだろうな?」

 

『無論だとも』

 

 円筒型の義体が集積する中心地に投射画面が現れる。楕円の形状を持つその物体はまだ三次元図の状態であったが、いつでも構築出来るだけのノウハウが揃っているはずであった。

 

「……話にあったブルブラッド重量子爆弾ってヤツか。これを大国コミューンに落とすとでも?」

 

 原寸大のブルブラッド重量子爆弾は大の大人二人分ほどの大きさしかない。だが、これが炸裂すればコミューンを焼き払うどころか、百年は人の棲めない土地に変貌させる事が出来る。

 

 どうしてそのような破壊兵器を生み出すのかは、レギオンの者達が構築するネットワークの海の中にしかない。答えなど自分がアクセス出来る権限にはないのだ。

 

『まさか。考え過ぎだよ。我々は何も破壊を望んでいるわけではない。むしろ、逆だ。幸福に、誰もが権利ある生活を保証したいと思っている』

 

 口先にしても性質が悪い言葉ばかりだ。ガエルはケッと毒づいた。

 

「そうかい。じゃあどうしてこの爆弾の開発なんて進める?」

 

『抑止力が必要だ。世界には常に、ね。六年前まで世界を押し止めるのは三国間での緊張状態、冷戦であった。しかし、その均衡は破られて久しい。C連合は連邦国家と連合国家に分裂し、アンヘルという強攻組織が生まれた。加えて小国コミューンでは毎日のように小競り合い……紛争、虐殺、血潮の流れる事件にだけは事欠かない星……代わり映えなどしない、この星は六年前より……否、百五十年以上前からずっと同じ事を繰り返している』

 

「そこに一石を投じるのに、この爆弾が要るってのか?」

 

『間違えるなよ、ガエル・ローレンツ。爆弾は、落とす事に意義があるのではない。ここに在る事に意義があるのだ。かつて、コミューンの爆撃が封じられる以前、人機による交戦がそれほどまでに苛烈ではなかった頃、三国は爆弾作りに躍起だった。しかし、一度として敵対コミューンに落とされたものは正式には存在しない。つまり、これは落としてはいけないのだ。爆弾が在れば、それでいい』

 

「随分と器量の狭い言葉振りじゃねぇか。自分達が支配するのに爆弾一つで事足りるって言い様だ」

 

『実際にその通りなのだよ。重量子爆弾は驚異的な破壊力を約束するが、星を棲めない場所にするのは忍びない。抑止力なのだ。これも一種の。だからこそ、敵対勢力を黙らせるのに役立つ』

 

「知ってんよ。ブルブラッドなんたらが降りてきたんだって?」

 

『耳聡いな。いや、アンヘルの上級仕官ならば当然と言えば当然か。現在、ブルブラッドキャリアは海上に位置。惑星博愛主義組織ラヴァーズと合流し、共闘……のような空気を見せている』

 

「まずいのか? ラヴァーズってのは」

 

『あれそのものはただの三十機前後の旧式機の集まりだ。問題なのは人々の心に浸透した、信仰という名前の病魔だよ』

 

「病魔、ねぇ……」

 

『ヒトは、信仰のためならば喜んで命を捨てられる。久しく忘れられていた代物だが、あれが呼び起こした。世界最後の中立にして最古の人機……《ダグラーガ》』

 

「会った事はねぇけれどよ、相当みたいだな」

 

《ダグラーガ》。何度か耳にする事はあった。それも戦場を闊歩する都市伝説のような形で。青い霧の向こう側に現れる天秤の使い手。

 

 この世界が最後に残した良心。

 

 だが、その《ダグラーガ》のスペックは依然として謎に包まれており、レギオンの擁する最大の情報端末――バベルでも閲覧不可能であるらしい。

 

 しかし、会敵すればただの人機だろう。大方、噂ばかりが一人歩きしているに違いない。ガエルは戦場の怪談だけは何度も経験している。ブルブラッドの亡霊も、レーダーの効かない場所での戦いも。

 

 それなりに経験しているからこそ、《ダグラーガ》そのものに対しての恐怖は薄かった。

 

 むしろ恐れるべきは《ダグラーガ》一機を寄る辺にして集った三十機前後の旧式人機。彼らのメンタリティこそ、真に恐怖すべきなのだ。

 

 死を恐れない人間というのは一番に厄介である。

 

 それが薬物でも何でもなく信仰という形で実現するというのが特に性質が悪い。

 

『《ダグラーガ》撃墜は不可能に近いだろう。ゆえに、今回はお荷物を狙うとする』

 

「お荷物、ねぇ……。ブルブラッド何たらもヤキが回ったもんだ」

 

 投射画面が切り替わり、静止衛星上から捉えたブルブラッドキャリアの旗艦とラヴァーズの艦が映し出された。どちらもほとんど立ち往生している。叩くのならば今だろう。

 

 しかし、送り狼のアンヘル部隊が周囲に見当たらないのはどうした事か。

 

「おいおい、実戦部隊は何やってんだ? あんなの体のいい的だろうが」

 

『既に実戦部隊は送り込まれたが、ブルブラッドキャリアの擁する新型のモリビトを前に敗走、これ以上の継続戦闘は旨味がないと判断し、一時撤退を敢行した』

 

「撤退だぁ? 甘いだろ。第一、モリビトだってそんなに強くなっているのか? 六年前たぁ、違うって言っても所詮は人機だろうが」

 

『六年前のデータと照合しても、相手方の人機には読めない兵装も多くってね。アンチブルブラッド兵装を使用してくるらしい』

 

 血塊炉使用兵器に一番に効いてくるあの武装か。思い浮かべたガエルは舌打ちする。

 

「賢しくなったもんで」

 

『ブルブラッドキャリアの真に恐れるべきは常闇の宇宙でモリビトを建造し、我々の人機技術を遥かに追い抜いて見せた事だろう。連中は持っているのだ。核心に近い何かを』

 

「でもよ、バベルはもうこっちのもん。んで、星で見渡せない場所なんてねぇ。こんな状態で消耗戦を続けたって、分があるとは思えないがな」

 

『大いに納得するが、それでも読めない代物は存在する。この映像情報を』

 

 展開されたのは黄金のモリビトが《スロウストウジャ弐式》の改造型を相手に圧倒する場面であった。明らかに既存の人機の機動力を超えている。

 

 その輝きには見覚えがあった。

 

「……あの時の金色のモリビトか」

 

『敵の鬼札だ。それをもし、三機同時展開でもされてみろ。アンヘルの実戦部隊とは言え、全滅の恐れもある』

 

「だから退かせたって? お優しいこって」

 

 こちらの浮かべた皮肉に将校はただただ淡々と返す。

 

『今、盤面を覆されるのは面白味がない。ここは慎重に行く』

 

「それはいいけれどよ。オレを呼び戻した理由くらいは言ってもらいてぇもんだな。一応、仕事は有り余っているんだぜ? まだまだひよっ子のアンヘルの教育隊の、一応は取りまとめなんだからな」

 

『失礼した。ガエル・ローレンツ。久しぶりに掃除を依頼したい』

 

 その言葉だけで了承が取れていた。「掃除」。意味するところは決まっている。

 

「……何が目障りなんだ?」

 

『C連邦の統合を拒んでいるコミューンがあってね。統合出来ないのならば武力による介入に打って出ると警告しているにも関わらず、あちらは強気だ。一度、痛い目を見てもらう』

 

 そのための自分、か。ガエルは舌打ちする。

 

「オレはてめぇらのいいようにだけ動く兵隊じゃねぇ」

 

『だが分を弁えた兵のはずだ。君は、ね』

 

 どこまでもこちらの動きを読んだかのような言い草は相変わらずだ。機械に呑まれたからと言って今さら変化する人格でもないのだろう。ガエルは踵を返していた。

 

「一つ言っておくが、あれを使うんなら手加減はしねぇぜ?」

 

『構わない。君の流儀を叩き込んでやるといい』

 

 それも織り込み済み、というわけか。何もかも掌の上で動かされているようで癪に障る。

 

 人形屋敷を去る間際になって、人影が自分へと接触してくる。自分の背後に立つとは、物好きな人間もいたものだ。

 

「義体……じゃねぇな。何だ?」

 

「お伝えしたく参りました。ガエル・シーザー様。例の機体、出すのならばアンヘルの目に触れれば毒。別窓を用意してございます」

 

「そりゃ、随分と結構なこって。それともあれか? てめぇらが管理する自信もねぇから、オレに全部おっ被せるか?」

 

「どうとでも。しかし、あなたにはこれが必要なはず」

 

「そう……かよっ!」

 

 振り返り様に銃撃を浴びせる。弾丸が吸い込まれた先にいたのは天井より吊られている人形のうちの一つであった。

 

 これも一種の義体。だが人間のような気配を感じた。機械ではない、何かがこの中に入っていたらしい。

 

 ガエルは人形のこめかみに埋め込まれているメモリーチップを引き出す。一つでも相手を上回れる算段は取っておくべきだ。

 

「しかし、あれだな。てめぇら余程好きと見えるぜ。この世界を支配する、っていう妄言がな」

 

 言い捨てて、ガエルは暗黒に沈んだ地下都市を後にした。

 

 


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