ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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第二章 激動の星で
♯21 アナザー1


 何度見ても、やはりその発言には奇妙さが浮き立つ。

 

『我々は惑星の人々に対し、機動兵器モリビトによる復讐を開始する』

 

 芳しい香りを放つコーヒーを口に運び、喉を潤してからタチバナは解せんな、と結んだ。

 

「オガワラ博士のこの声明、どうにも解せない」

 

 書斎で書類整理をしつつ、タチバナは何度目か分からない疑問を発していた。ブルブラッドキャリアが世界に対して喧嘩を売った。それだけは確かなのだが、どうにも頭目とされるこの禿頭の男性の思想だけが解明出来ない。

 

「オガワラ博士……あなたは何者なんだ」

 

 投射画面に問いただしても答えは出ない。その時、扉をノックする音が聞こえた。

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

 研究員の渡良瀬が部屋に入るなり、自分のマグカップを目にする。

 

「すぐに次をお持ちします」

 

「渡良瀬。君はどう見る? オガワラ博士のこの声明を」

 

 渡良瀬は自分に仕えて随分と長い研究員だ。だからこの場合、最適の回答を持ち出してくれるはずであった。

 

「……わたしのような人間の意見でいいのですか?」

 

「構わん。何でもいい。疑問点を上げてくれ」

 

「では……。オガワラ博士、の声明にはいくつか不明な点が」

 

 いくつか、と前置いた渡良瀬にタチバナは問い返す。

 

「不明な点、か。言ってみろ」

 

「一つ。百五十年前の原罪に言及しているのにも関わらず、民衆にその原罪は一切知れ渡っていない事」

 

 百五十年前の事柄に関してはタブー視が強い。だからと言って、民間がまったくその話題に触れないのも不自然なのだ。どこの三面記事も、モリビトの蛮行は追っているのに肝心の百五十年前になると皆が口を閉ざす。

 

 報道圧力、いや、これはただ単に知らないだけなのか。それとも、「知らせられて」いないのか。

 

「報道の自由は奪われて久しいが、それにしたところで、誰も何も言わないのは奇妙だ、という事だな」

 

 目線だけで頷いた渡良瀬は、次にと言葉を継ぐ。

 

「モリビトに関して機動兵器、と口にしている事。人機ではなく、機動兵器と言っているのは、やはり百五十年前の事柄を自分の口からは言わないためかと」

 

 ふむ、とタチバナは強い顎鬚を撫でた。機動兵器モリビト。そう結んでいるのは理由がある、という言説。

 

「やはり、立ち塞がってくるのは百五十年前の事実か。あれに関してお歴々も慎重になっている。だが、誰も知らない事実というわけではない。確かに報道管制が敷かれているとしても、どうして誰も示し合わせたように触れないんだ? 百五十年前、プラネットシェル計画の基となったあの忌まわしい事件を。そこから辿ればモリビトの正体にだって辿り着かないはずがないのに」

 

 むしろ意図して誰もが口を閉ざしている気がする。たかだか百五十年の間である。文明がなかったわけでもない。人々がコミューンに住む原因だ。義務教育に組み込まれていないはずもないのに、誰も言おうとすらしない。

 

「三つ目の違和感は、オガワラ博士、本人」

 

 やはり自分と同じ帰結に至るか、とタチバナは渡良瀬の慧眼に着目する。

 

「やはり、か。経歴を辿れば真っ先に行き着く疑問だ。しかし、どの報道機関も黙りこくっている。現太・オガワラ博士。彼の素性に誰も迫らないのが不自然なんだ。なにせ、彼は五十年前の時点で既に……」

 

 濁した先をタチバナは手元の書類に視線を落とす。

 

 現太・オガワラという名前の欄の横に「五十年前に死亡確認」との文字があった。

 

 死者が復讐を語る。

 

 これほど奇妙な事もあるまい。

 

「どうして死人が今になって惑星の人々へと報復など考える? 誰かの差し金か、あるいは……この年代に何が起こるのか読んでいたというのか」

 

 逼塞した時代である。コミューン間は冷戦状態に陥り、惑星の人々はブルブラッド大気から完全に防衛する手段を得ている。

 

 コミューンという国家が多数存在し、それぞれの小国が幅を利かせつつあるこの混迷の時代を読んでいた、とするのならば、オガワラ博士はどうして今、モリビトを解き放ったのか。

 

「モリビトで何をしたかったのか、という話になってきます。あるいは、モリビトで何が出来るのか」

 

「それはワシも考えておるところだよ。モリビトタイプ。知っている人間ならばすぐさま百五十年前の大災害に至るが、どうしてこうも皆が示し合わせたように口にしないのか。ともすれば、口にすれば暗殺でもされるのだろうか、ともな」

 

 笑みを浮かべたタチバナの口振りに渡良瀬は頭を振った。

 

「ご冗談を」

 

「冗談ではないかもしれんぞ? モリビトタイプのルーツを探る、というのがともすれば命を縮める結果になるかもしれん」

 

「それでも、タチバナ博士はおやりになるんですね」

 

 手元の資料に視線を落とす。モリビトに関する調査報告が多岐に渡っていた。

 

「誰かがやらねばならん。それが蛇の道であろうともな」

 

「ですが、モリビトタイプに関する情報を何者かが厳しく制限しているのだとすれば……」

 

「それも込みで、ワシらは試されているのかもしれん。五十年前の死人に。今、お前達に何が出来る? とな」

 

 自動再生されるオガワラ博士の声明がまたしても最初に巻き戻された。禿頭の老人が厳しい眼差しをこちらに注ぐ。

 

 渡良瀬がふと、呟いた。

 

「モリビトの存在が我々に罪を自覚させるためにあるのだとすれば、その罪とは……」

 

「コミューンという殻にこもって生きている事か。それとも、本当の原罪を語るのだとすれば、オガワラ博士。あなたは何故、今、我々の前に立つ? 何のために、モリビトを遣わした?」

 

 問い質しても映像に変わりはない。タチバナは嘆息をついて出張の準備を整えた。

 

「また、長期の?」

 

「ああ、今度は研究成果を形にしろとのお達しだ。世界がブルブラッドキャリアのせいで無茶苦茶になっても、求める事は変わらんらしい」

 

「新型のレポート、読了しました。参式はこれからのスタンダードになるのでしょうか」

 

「それも、世界が決める事よ。ワシは結局、オブザーバーとしての役割しか出来んからな。ワシの一言で売れるものは売れるじゃろう。だが、そいつを世界が必要としているかどうかはまた、別の話」

 

「世界は変わろうとしているのでしょうか」

 

 渡良瀬の疑問にタチバナはフッと笑みを浮かべた。

 

「それが分かれば苦労はせんわい」

 

 だが、とオガワラ博士の画面越しの面持ちを見据える。彼は心底、憎悪して世を去ったのか。それとも、世界にまだ一繋ぎの希望があると感じて、モリビトに託したのだろうか。

 

 全ては闇の中であった。

 

「そういえば、オガワラ博士に関して、生前の調査を担当していた者から興味深い報告が」

 

 渡良瀬の資料を手に、タチバナは目を走らせた。

 

「エホバ、なる人物を確認? 何だこれは」

 

「分かりません。ただ、その足跡を辿るとどうしても出てくるのが、そのエホバ、と名乗る人間なのです」

 

「男か女かも分からんのか」

 

 性別不明。出身地不明。年齢不明と黒塗りで示された資料にタチバナはため息をつく。何もかもが分からないくせにこの人物が暗躍していた事だけは分かる。厄介なタイプの案件だ、とタチバナは息をついた。

 

「詳細資料は端末にお送りしておきました」

 

「飛行機の中で読め、という事か」

 

 手持ち鞄に資料を詰め込み、タチバナは出張先の便がそろそろ迫っている事に気づく。

 

「そろそろ出ねば。渡良瀬、留守の間は任せる」

 

「お任せを。よき旅を」

 

 その言葉にタチバナは自嘲した。

 

「よき旅、か。この混迷の世界でいい旅など送れるかどうかは疑問ではあるがな」

 

 表に待たせていた運転手の車に乗り込み、タチバナは研究棟を去った。

 

 その背中を見送ってから、渡良瀬は通信に入ってきた相手へと繋ぐ。

 

「はい。こちらの首尾は上々です。タチバナ博士は、まだ気づいていないかと」

 

『浮き足立っているのだと、あの人でもな。分からぬ事が多いとどうしても気が立ってしまう性質なのだろう』

 

「モリビトの運用に関して、世界規模の報道管制が敷かれている事に疑問は抱いているようですが、それがこのような直近で行われているとは想像もついていないようで」

 

 通話先の人物がふんと鼻を鳴らす。

 

『せめて、タチバナ博士には嗅ぎ回ってもらいたいものだ。無論、我々の掌の上で、の話だが』

 

「ブルブラッドキャリアの協力者の存在、そこまで勘付いているのだとすればあの老人は相当ですよ」

 

『勘付いていても、何も言わんだけかもしれない。用心はしておけ、渡良瀬。我々のような諜報員を何人も配置しているのは何も伊達ではないのだからな』

 

 了解を通信に吹き込みつつ、渡良瀬は疑問を発していた。

 

「……一つ、いいですか?」

 

『何だ? 手短にしておけ』

 

「二号機が降りた時から始まった第一フェイズ、それが完遂されたのは分かりました。しかし、第二フェイズ以降は我々、協力者には一切明かされない。これではせっかく……金を出しているのに意味がない」

 

『言わんとしている事は分かる。資金援助に見合うだけの情報を、だろう。だが、それも込みで用心しろ、と言っているのだ、渡良瀬。タチバナ博士の名前は伊達ではない。あの老人がどうして新型人機や各国首脳と同等に話せているのか、きちんと理解する事だな。何もコネだけで今の地位にいるわけではない』

 

 思っているよりも事態は深刻らしい。渡良瀬は頷いて、通信相手に最後の疑問を投げた。

 

「最後に。モリビトはどこまでやるつもりなのか」

 

『どこまでも、だよ。まだ第二フェイズも途上だ。三機のモリビトの役目までは我々の範疇を越える。こればかりは口出し出来ない』

 

 どれほどモリビトの操主が間抜けでも、か。渡良瀬はC連合の前線基地を襲ったモリビトが封印武装を使ったのをモニターしていた。

 

 その映像もある。検証すれば、どのような武装なのかはすぐに割れるだろう。

 

 自分達協力者はそのような迂闊な真似をするモリビトの操主をサポートせねばならない。

 

 どれほどまでに戦地で暴れられても痛くもない横腹を突かれるのは面白くない、という事だ。

 

 モリビトの操主には、せめてモリビトをうまく運用する事だけを考えてもらわねば。

 

『話はここまでか? ならば継続して見張っておけ。あの老人は食わせ物かもしれんぞ』

 

「タチバナ博士は出張です。ゾル国に今度は呼ばれたとの事で」

 

『天才は忙しい事だ。だが、真実に肉迫するとすればあの老人だ。警戒を怠るな』

 

「了解しました」

 

 通話が切れ、相手側の情報が自然に抹消される。こうして秘密は守られるわけだが、渡良瀬は通信機器に繋いでいた傍受用の機器を見やった。

 

 そこには抹消されたはずの相手の通話番号がきっちり記録されている。

 

「悪いな。騙され騙し合いなのはお互い様だ」

 

 一歩でも抜きん出た側が勝利する。逆に言えば、一歩でも遅れたらそれは死を意味するのだ。

 

 通話情報を基に、渡良瀬は別の回線に繋いでいた。これも一つの踏み台になる。

 

 組織の中でのし上がるのには、一つや二つは秘密が必要だ。それも、相手を遥かに上回る秘密が。

 

 繋いだ回線に相手が出る。渡良瀬は心得た声を吹き込んだ。

 

「久しぶりだな。水無瀬。もう一人の、わたし」

 

『ああ、久しぶりだな、渡良瀬。もう一人の、わたし』

 

 


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