ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯202 勝てない相手

 海中より引き上げられた形の《モリビトシン》の中で、鉄菜は茫然自失に声にしていた。

 

「エクステンドチャージが……通用しない敵」

 

 これは元より切り札であった。使うつもりもなかった鬼札を用いてもなお、相手は上回って見せた。

 

 その姿を脳裏に描き、鉄菜は歯噛みする。

 

 鬼面の人機の乗り手。名を――。

 

「U、D……。あの人機と操主に、今の私と《モリビトシン》では……勝てない」

 

 突きつけられた現実にただただ悔しさを感じるしかない。息せき切って相手の挑発に乗り、自分一人でも戦えると高を括っていた。

 

《モリビトシン》の性能と六年間の積み重ねに胡坐を掻いていたのもある。

 

「まだまだ、私は弱いと言うのか……。ここまで戦い抜いても」

 

『クロ……? あんな無茶苦茶な人機なんて毎回出てくるわけじゃない。気にする必要なんて……』

 

「いや、桃。私は、まだまだだ。それが分かっただけでも、きっと、よかったのだろう」

 

 仲間に甘えなくては勝利すら掴めないのならば、もっと強くなる必要がある。

 

 それでも怒りの行く末を掴みかねて、鉄菜は全天候周モニターの一角を殴りつけた。

 

 こんなものただの八つ当たりだ。それでも、前に進みたい。

 

 これは初めての感情であった。

 

「……私は、あの人機と操主に……勝ちたい」

 

 芽生えた感情の行方を持て余し、鉄菜は《モリビトシン》の中でまだ見ぬ明日を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵は射程外に離れた、という報を受けて林檎はようやく息をつく。

 

『《イドラオルガノン》はそのまま甲板にて待機。こちらも礼を尽くす。《ビッグナナツー》の航路くらいは……』

 

 保証したい、という旨のニナイの言葉をどこか他人事のように聞いていた。

 

「……林檎、聞いてる?」

 

「あっ……うん、聞いてる。《ビッグナナツー》の航路を援護する……だっけ?」

 

 先ほどの戦闘に中てられたのか、どこか遊離したような出来事に感じられる。

 

 蜜柑が下の操縦席で嘆息をついた。

 

「しっかりしてよ。島でも結局何が起こったのか話してくれなかったし。危ないんだからね、単独行動は」

 

 蜜柑の忠言を聞きつつ、頭は別の事を考えていた。

 

 黄金の残滓を描く《モリビトシン》の圧倒的な挙動。

 

 あれがエクステンドチャージ。惑星産の血塊炉でのみ稼動する、最大規模の戦術兵装。

 

「……六年前にはあんなものが」

 

 絶句したのは機動力の凄まじさだけではない。敵へと追いすがるという執念がなければあのようなシステム、ただ取り込まれるだけだろう。

 

 六年前のモリビトの執行者……少なくとも鉄菜と桃は、あのシステムを完全に掌握し、使いこなしてブルブラッドキャリア本隊を守り抜いた。

 

 その武勲が嘘ではなかった事に、今はただただ言葉をなくしていた。

 

 所詮、前時代の遺物、自分達新型の血続を前にすれば機体性能の差など瑣末なもの。そう判断していた先刻までの己を叱責したい気分である。

 

 機体能力、操主としての状況判断、敵の行動予測――全てを取ってしても、自分と《イドラオルガノン》では賄えない。

 

 もし、エクステンドチャージがこの手にあっても、あれほど苛烈な戦闘を描くのは不可能であろう。

 

「あれが……ボクらと旧式の……鉄菜・ノヴァリスの違いだって言うのか……だって言うのなら」

 

 自分は一生追いつけない。不意に湧いたその弱気に、林檎は全天候周モニターを殴りつけていた。

 

 蜜柑がびくりと反応する。

 

「……林檎?」

 

「ボクは……ボクと《イドラオルガノン》じゃ……鉄菜・ノヴァリスには勝てない」

 

 敗北を直接経験したわけではないのに、色濃く胸を占めていく敗北感に、林檎は歯軋りした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんと……醜悪な戦闘よ』

 

 一人が口にした言葉にこの場でネットワークを共有している全員が是を返す。

 

『まさしく失態。あのような形でエクステンドチャージを晒すとは。離反した挙句、我が方の切り札を衆目に……、ふざけた扱い以前に、愚かだ』

 

『左様。ブルブラッドキャリア本隊の価値がこれでは下がるのみ。アンヘル程度の衆愚を相手取るのには型落ちの《モリビトシン》が適任だが、あれには三基もの血塊炉が積まれている』

 

『皮肉にも、オリジナルの血塊炉が、な。しかし三位一体方式……トリニティブルブラッドシステムも底が割れたようなものよ』

 

 本隊では《モリビトシン》の擁するトリニティブルブラッドシステムに対して特一級の警戒がもたらされていたがどうやら危惧に終わりそうだ。

 

『あれでは現行人機に通用しないばかりか、《モリビトシン》という最新鋭機にも影響する。やはり我々本隊こそが、ブルブラッドキャリアの理想を描けそうだ。……貴君もそう思うだろう? 新型血続よ』

 

 義体の見下ろす中心地で、先ほどから拷問椅子に縛り付けられた少女が苦悶していた。ヘッドギアをつけており、脳内へと直接これまでの血続理論を叩き込んでいる。

 

 その余波でか、何度も胃液を吐き、聖地に等しいこの場所を汚していた。

 

『……肉の躯体とはかくも醜いものか。やはり血続も機械化が望まれるのでは?』

 

『いや、リードマンや他の担当官の残した手記では痛みを感じる肉体こそが血続には必要不可欠だと表記されている。ならば、今はそれに倣って調教するまでだ』

 

『ヘッドギアを外させよ。……さすがに醜悪が過ぎる。観ていて汚らわしいとはこの事だな』

 

 ヘッドギアが外され、拷問椅子の拘束が解かれると、少女血続はよろよろと歩み出てその場に突っ伏した。

 

 しかしそれを許すような場ではない。

 

 流れた電流が無理やり少女血続に覚醒を促す。

 

 痙攣する相手へと声がもたらされた。

 

『立て。そうでなければその身体、失敗作と断ずる』

 

 失敗となれば別の躯体を探す羽目になる。その帰結はこの肉体の消滅だ。さすがにその反応には身が竦んだのか、少女血続が立ち上がった。

 

 だがそれも一瞬の事。

 

 すぐに身体を折り曲げ、何度もかっ血する。

 

『汚らわしい、血の臭いを充満させる……。これだから人間は好かん』

 

『あの星に置いていかれたに過ぎない罪の肉体と同じではないはず。我々が最適値に調整した身体だ。よもや傅く事も出来ないと?』

 

 試す物言いに少女血続は膝を折り曲げ、面を伏せた。

 

 その姿勢に、ひとまず満足する。

 

『よろしい。では、次の段階に移る。……旧式血続の教育方法ではこの段階で名前をつけたらしい。どのような名前が適任か』

 

『初期の血続選定時に、最も武勲を挙げた血続の名前がライブラリに存在する。その名前をいただこう』

 

『……やれやれ、験を担ぐ、ではないがこのような不確かなものに縋らなければならないとはな。しかし、この血続……確かに素晴らしい能力値だ。どうして廃棄になった?』

 

『自殺だ』

 

 淡々と告げた義体の声に、なるほど、と返答する。

 

『だがその当時の血続管理は甘かった。現状はそうではない。自害するようならばすぐさま破棄すればいいだけの事。よかろう、この名前を継承させる。新型の血続としての名前だ。よく聞くがいい。貴様の名前は今日より〝リシュー〟――梨朱・アイアスとなった。これに対して不満はあるか?』

 

 その問いかけに血続は頭を振る。

 

「……いいえ、ありません」

 

『結構。ならば梨朱・アイアス。貴様を我が方の擁する血続の最新パターンとして登録。ミキタカ姉妹のデータもまだ存在する。桃・リップバーンもな。これらの優秀な操主や血続のデータを掛け合わせれば完成を見るはず。最強の血続操主が』

 

 梨朱と名付けられた少女血続はただただ、その決定に異議を挟む事もなく、肉体を震わせる激痛に耐え忍んでいた。

 

 この程度の人造血続、いつでも造り直せばいい。失敗すれば次の手を打つまでだ。これもサンプルに過ぎない。

 

 痛み、などという不確かな情報は排除すべきという声も上がったが、全体の完成度を上げるためにあえて痛覚は残しておいた。

 

 そのほうが完成までの時間は短縮出来る、という客観的なデータも存在する。

 

『こちらの人機の完成度は?』

 

『まだ四割、と言ったところだ。だがほとんどの戦力は愚直にも地上に降りた《ゴフェル》の側に割かれている。馬鹿な連中だ。我々ブルブラッドキャリアの本隊への攻撃も忘れ、目先の敵に集中するなど』

 

『だがだからこそ、こちらも隙があるというもの。惑星は我々を侮辱し続けた。百五十年もの間、な。そのツケは払ってもらおう。その命をもって』

 

『我らこそが真の支配に相応しい。追放したその罪、惑星そのものを滅ぼしてもまだ足りんわ。惑星の特権層には死を』

 

『愚昧なる民草には鉄槌を』

 

 全員が審議に是を唱え、この場での査問が取り決められる。

 

『梨朱・アイアス。その完成までには膨大な時間を要する。ゆえに、我々は静観を貫かせてもらうとしよう。《ゴフェル》の舟に乗って降り立った者共も思い知るがいい。星の原罪を。その身もまた穢れ果てているのだと言う事を』

 

 名を授かった梨朱が恭しく頭を垂れる。血続の最終形態を形作るのに適切なモデルはまだ模索中だ。梨朱が駄目でも次がある。有限の弾数しか持ち合わせていない《ゴフェル》と自分達は大きく異なるのはその点だ。

 

 如何にブルブラッドキャリア本隊が宇宙の辺境であろうとも、こちらには宇宙産のブルブラッドエンジンを生産し続けるだけのノウハウと、《アサルトハシャ》を始めとした物量による圧倒がある。

 

 それを無視して相手は戦えないだろう。

 

『今頃は降りた事、それそのものを後悔するがいい。《ゴフェル》の裏切り者達よ』

 

 


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