ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯201 貫くもの

『……敵方のモリビトは要望通り、たった一機でこちらへと接近している。これでよかったのだろう? UD』

 

 艦隊司令部の上官の言葉にコックピットに収まった鬼面の男は重々しく是とする。

 

「感謝する」

 

『いいさ。君の権限は我々よりも遥かに上だと言われている。その君が一騎討ちを所望しているのなら、それに適うようにするまでだ。こちらも消耗しているのは確かだからね。《マサムネ》を失った旗艦は守りに徹するのが定石。しかし、ここでブルブラッドキャリアのモリビトの実力と我が方の実力の均衡をはかれるのならばそうしたい。連中だってこの海域からは一刻も早く逃れたいはず。相手を一秒でも縫い止めるのに、決闘はある種、正しいだろう。……しかし両盾のモリビトにそこまでの因縁が?』

 

「個人的な代物に過ぎないが、あの両盾のモリビトは枷になる。ゆえに、即座に潰すのが必要だと判断した」

 

 それもこれも自分の身勝手なわがままであったが、理解ある上官は、なるほどと笑みを浮かべた。

 

『個人的な執念、か。君を衝き動かすものに従うのは戦士としての信念だろう。いいさ、アンヘルの飼い犬とあだ名されてもここは義を通す。それが君流ならば』

 

 両盾のモリビトが射程に入る。艦隊司令部へと《コボルト》が手を払った。

 

 その指示に従い、艦隊はこの海域を離れていく。相手からしてみても意外だろう。

 

 こちらはブルブラッドキャリアの艦を落とすためにいるのだと思い込んでいるはずだ。誘い込まれた形のモリビトを包囲するでもなく、この勝負は本当に一対一の決闘で済ますなど。

 

 モリビトが肩口から扁平な武装を取り出す。

 

 前回、片手剣であったそれを今は両手に保持していた。

 

「双剣の使い手となったか。……いいだろう。それでも俺が信じるのは、この一振りのみ!」

 

 腰に装備した実体剣を《コボルト》が振るい上げる。その挙動に迷いはない。モリビトへと突きつけた刃に敵も戦意が宿る。

 

「いざ、尋常に――」

 

 UDが操縦桿を握り締める。汗ばんだ掌は緊張に張り詰めている。一瞬の気の緩みが命取り。それでもこの決闘、通さなければ戦士の名が廃る。

 

 モリビトが双剣を構え、身を沈めた。紺碧の大気が流れる中、一瞬の辻風が濃霧を発生させる。

 

 お互いに視野を削がれたその一瞬、《コボルト》は推進剤を焚いて肉迫していた。

 

 相手も同じ考えであったのだろう。霧を引き裂いて切っ先が首を狩ろうとする。

 

「すぐにでも決着をつけたいか! だが俺は!」

 

 刀身で一閃を受け止めつつ、軽業師めいた動きで敵の胸元を蹴りつける。互いに僅かな距離が開いたのも束の間、下段より振り上げられた一撃を袖口に仕込んだ刃で押さえ込む。

 

 火花が散る中、敵人機は打ち下ろした一撃による両断を試みた。

 

 破、と叫んだUDが刀でその一打を受け止める。それに留まらず、返す刀を敵の肩口へと叩き込んだ。

 

 変幻自在、鞭のようにしなった銀閃にモリビトが後退する。そのうろたえを逃すほどこちらは甘くはない。

 

 刃が軋り、モリビトの片腕を狙い澄ました。

 

「もらうぞ! その腕!」

 

 敵の装備が切り替わり、剣であった得物が銃へと変化する。リバウンドの銃弾が見舞われ、ほとんど至近の距離では命中を約束したかに思われた。

 

「反応出来ないとでも? 自惚れるんじゃないぞ!」

 

 刀身で銃弾を全ていなし、次の一手へと繋げようとする。敵人機は銃撃を浴びせつつ円弧の軌道を描き、距離を取ろうとしていた。

 

「《コボルト》相手に、中距離を選ぶのは上策だ! その射撃精度に頼るのも! だがな!」

 

 敵の張る弾幕を《コボルト》はことごとく弾き落としていく。リバウンド兵装を打ち落とす加護を得ている刃は少しばかりの銃弾ではびくともしない。

 

 それどころか戦闘の只中に置かれた刃は煌きを帯びている。自分と同じく、武士のために存在する代物。戦いの昂揚の中でのみ輝きを許される至高の逸品だ。

 

「刀が吼えている。貴様を斬れと! 轟き叫んでいるぞ! モリビト!」

 

 波間を引き裂き、水蒸気の濃霧を物ともせず、《コボルト》は果敢に刃を振るい上げる。モリビトは海面ギリギリの高度では上手く照準をつけられないようだ。

 

 明後日の方向を射抜く銃弾に《コボルト》に搭乗したUDが鼻を鳴らす。

 

「そんなものか! そんなもので、世界を敵に回すとは、片腹痛いぞ! モリビト!」

 

 打ち下ろした刃を敵人機はほぼ同じ速度の一撃で応戦する。じりじりと干渉波のスパークが散る中、こちらは一振りを。相手は二刀を交差させて相手の首を狙っている。

 

「その刃! 届かぬと知れ!」

 

《スロウストウジャ弐式》をさらに改良し、四肢の膂力に割いた《コボルト》の特殊仕様は伊達ではない。通常の推進力や稼働時間を犠牲に、この機体は至近距離において無双を得た。

 

 ゆえに、この距離は――。

 

「それは、俺の距離だ!」

 

 均衡が破れる。打ち下ろした刃が敵を両断した気配を漂わせた。

 

 きりもみながら、海面を跳ねて距離を稼いだモリビトへと《コボルト》の赤い眼差しが追いすがる。

 

「上手くかわしたな。だが、その身は満身創痍! 見えたぞ、勝利への軌跡が!」

 

《コボルト》が背面の霧を放出した推進剤で弾き飛ばす。敵には上がるだけの機動力への余裕も、ましてやこちらの全身全霊に応じるだけのパワーもないと見た。

 

 海面から離れられないモリビトは最早蜘蛛の巣に捕えたも同然。

 

 ここで潰えるのに何の疑問もない。

 

「貫くぞ。《コボルト》、零式抜刀術、七の陣! 月影の帳!」

 

 刃を突き出した《コボルト》がモリビトをその切っ先に捉えるべく疾走する。海面への激突警報が響くが全く意に介する事はない。敵を貫いた末に海面に衝突し、この身が四散しても、それは本望だ。

 

 モリビトは海上すれすれから逃れられない。この一撃、確実にその血塊炉を打ち抜いた。

 

 そう確信した《コボルト》は直後に黄金の燐光を目にしていた。

 

 何が起こったのか、最初は分からなかったほどだ。

 

「……消えた?」

 

 まさか。敵を逃すほど自分は甘い鍛錬を積んできたわけではない。では、消えたとしか思えない敵はどこへ行ったのか。

 

 直後にコックピットを劈いた照準警告にUDは習い性の身体を動かしていた。

 

 咄嗟に背後を警戒したのは我ながら正答であったと言えよう。刀が敵人機の刃を受け止めていた。

 

 一秒でも反応が遅かったら、と思うとぞっとする。それと同時に、眼前のモリビトが変化している事実にUDは冷水でも浴びせかけられたかのように硬直していた。

 

「黄金の……モリビト」

 

 燐光を棚引かせるモリビトが剣を振るい上げる。その挙動一つを取ってしてみても明らかに「違う」。瞬時に後退した《コボルト》は引き裂かれた波間と蒸発した濃紺の霧を前にびりびりと機体を震えさせていた。

 

 操縦桿越しにも伝わる緊迫。少しの油断が命取りになる、とは先ほどまでも思っていた。だが、これは、現状まで相手取っていた存在とは根本が異なる。

 

 畏怖にも似た感情が湧き上がるのをUDは抑えられなかった。

 

「これが……これこそが六年前、我が方を窮地に陥れた黄金の……! だが……」

 

 唇が恐れから笑みへと無理やり吊り上げられる。戦闘時の昂揚が脳内を満たしていき、UDは眼前から恐るべき速度で迫り来るモリビトを相手に――嗤っていた。

 

「これだ! これとやりたかった!」

 

 激突の瞬間、《コボルト》の機体の内部フレームが激震に軋む。パワーもスピードも桁違いだ。

 

 こちらを一閃で蹴散らし、モリビトは円弧の軌道を描きつつ銃撃を浴びせてきた。確実にこちらを取ったつもりの背面への銃弾。

 

 しかし、こちらもただただ六年間を甘んじていたわけではない。

 

 振り返った《コボルト》が刀の鍔で銃弾の雨を全て、受け流していた。

 

「嘗めるなよ、モリビト! 俺はこれを倒すために鍛え上げてきた!」

 

 モリビトが武装を剣へと可変させ、こちらを切り裂かんと迫る。通常ならばここで後退するのが定石。

 

 しかし、UDは《コボルト》のフットペダルを思い切り踏み込んでいた。丹田に篭った力を放出し、推進剤の加護を得た《コボルト》が黄金のモリビトへと急速接近する。

 

「……ここで退けば、それは確かに賢しい判断だ。だが! 退けばそれは、己が死狂いに非ず!」

 

 刀を振るい上げた《コボルト》の剣筋と敵人機の剣閃が交差する。打ち合っただけで片腕がレッドゾーンに染まった。警告音が先ほどから響き渡る中、UDはコックピットを殴りつける。

 

「黙っていろ! 今は俺が、戦っている!」

 

 黄金の燐光をなびかせるモリビトはまさしく脅威であろう。悪鬼の如く三つのアイサイトが赤くぎらついている。

 

 その眼光をUDは睨み返していた。

 

 口元には死狂いの笑みが張り付いている。

 

「ここでたとえ朽ち果てようとも! この命の一滴は最後の最後まで、戦場にある!」

 

 刀を保持する右腕が過負荷に耐えかねている。今にも吹き飛びそうな剣をUDは持ち堪えさせた。

 

 もう片方の腕を突き出し、袖口に仕込んだ射出用の刃をモリビトへと突きつける。

 

 察知したモリビトが剣筋を払い、瞬間移動と見紛うほどの速度で一気に離れていた。

 

 剣圧を失った機体がよろめく。まさしく重圧そのもの。相手から与えられるプレッシャーに、UDはしかしながら恐れにびくつく本能を隠した。

 

 ここで顕現すべきはもっと原初の生き物の咎。獣のような本性だ。

 

「行くぞ!」

 

 刀を振るい上げ、《コボルト》がモリビトへと一気に距離を詰める。敵はしかし、黄金を纏い付かせた一閃でこちらの想定速度を遥かに上回った。

 

 剣と剣がぶつかっただけでコックピット内部に備え付けられたエアバックが起動し、操主へのこれ以上の戦闘継続への危険性が全神経に伝達される。

 

 しかし、UDはそれらを無視した。アラートによる機体の安全装置を解除し、追従性を通常の三倍に設定する。

 

 そうでなくとも《コボルト》は常時の人機に備え付けられている速度制限と機体反射制限のリミッターを解除している人機。

 

 この時、《コボルト》は完全に人機のたがを外れ、UDの手足となっていた。

 

「金色のモリビト……、その因果、累乗の先まで持っていこう!」

 

 刀が融けるか機体が持たないか、と思われたその直後、モリビトから唐突に黄金の勢いが削がれた。

 

 それどころか先ほどまで果敢に攻め立てていたモリビトから推力が奪われていく。

 

 黄金の外装が剥がれ落ち、相手人機は海面へと激しく激突した。

 

 今のは、とUDは呆気に取られていた。確実に必殺の間合いに入ったのに、相手から殺気が消え失せる。

 

 その帰結する先を導き出し、UDは諦観に面を伏せた。

 

「なるほど……その機体、万全ではないと見える」

 

 亀裂の入った実体剣を《コボルト》はモリビトの頭部へと突きつける。ここで振るえば、なるほど、こちらの勝利にはなるだろう。

 

 だがそれは、己の本懐ではない。

 

 UDは近接空間にオープン回線を開く。あえて声はダミー音声に設定した。

 

「モリビトの操主に告げる。ここでの勝負は打ち止めだ。一騎討ちを所望するのに、相手が万全でないとなれば、それは勝負とは言わない。ゆえに、あえて言おう。斬る価値もなし、と」

 

『何だと……』

 

 戸惑いの只中にあるモリビトの操主の声が漏れ聞こえる。

 

 やはりというべきか、予感した通り、相手は六年前に合間見えた少女のようであった。

 

「また戦場で会おう。モリビトよ。我が名はUD。この常世を彷徨い続ける永遠のシビトである」

 

『U、D……』

 

「さらばだ」

 

 名前を告げたのはどうしてなのか、自分でも分からない。ただ、この勝負を持ち越しにするのに、少しばかり温情が欲しいと思ったのだけは事実であった。

 

 身を翻した《コボルト》が海上を突っ切っていく。

 

 その最中、先ほどより全く動かない右腕と接触しただけで麻痺した左腕をパージした。

 

「両腕共に破損、か。これでは痛み分けだな」

 

 いずれにせよ勝負にはならなかった。こちらとてギリギリの綱渡り。しかし、それ以上に相手のほうが分の悪い賭けに出ている事をUDは悟っていた。

 

 ――あれは諸刃の剣。

 

 一度でも刃を交わせば分かる。あの黄金の姿、そう何度も使える代物ではないだろう。

 

「……感謝すべき、なのかも知れんな。自分単騎に、あれを使わせるほどの価値があったと、認識させたのは」

 

 海域を突っ切っていく《コボルト》は今にも分解寸前であった。しかし、こちらが指定したよりも随分と近い距離に艦隊が待ち構えていた。

 

「……行けと言ったはず」

 

『そう捨て置けんよ。戦士の帰還だ』

 

 上官の言葉振りにUDはフッと笑みを浮かべる。

 

「まだまだ、常世は捨てたものでもない、か」

 

 そう独りごちて、《コボルト》を甲板に不時着させた。甲板に足をつくなり、過負荷に耐えかねた機体が膝を折る。

 

 急揃えの整備スタッフがすぐに取り付いた。

 

「まだまだ、だな。《コボルト》では、まだ俺の宿願を果たせない、か。もっと強い人機が要る。俺の理想通りに動く……人機が」

 

 握り締めた拳には悔恨が滲んでいた。

 

 


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