ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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第十一章 撃つべき相手を
♯199 悪の華


 ――よう、ナナツーに乗ったっきりだったよな?

 

 そう声をかけてきた戦友は今、キャノピー型コックピットに銃撃を受けて死亡していた。黒煙の上がった空を舞うのは赤い虐殺天使達である。

 

 怨敵を睨み上げるように仰いだバーゴイルのカスタム機がプレッシャーライフルを一射した。

 

 敵から奪ったプレッシャーライフルをバーゴイル専用にダウンサイジングし、さらにその反動を殺した特別仕様の弾道が赤い天使を射抜く。

 

 命中した衝動に叫び出したい声を押し殺し、彼はバーゴイルで地上を疾駆した。飛翔に特化したバーゴイルであったが、彼の機体からはリバウンド力場を発生させる高電磁モーターが取り外され、その代わりに地を踏み締めるキャタピラが装備されていた。

 

 下半身の機動力を犠牲にした、バーゴイルの亜種。

 

 ほとんど前時代の戦車の様相に近いその機体の名を、仲間は呼んでいた。

 

『《バーゴイルネオテニー》に続け! プレッシャーの銃弾があれば相手を足止め出来る!』

 

 無論、足止め以上の事を誰も考えていないはずもなかった。ここは消耗戦。地獄の淵の淵。この世の終わりに爪先立ちの状態だ。

 

 それでも抵抗しなければ無意味に詰まれていく命。それを惜しいと思わないほど人でなしではない。

 

 彼の《バーゴイルネオテニー》を含め、現状、火線を張っている人機はどれも一線級あった。

 

 改造型の人機は相手からしてみればマニュアルの範疇外であろう。如何に悪名高いアンヘルといえども、違法改造に近い人機を相手取るのには時間がかかるらしい。

 

 こちらもただ無為に戦端を切り拓いているわけでもない。

 

 地上を行く歩兵部隊に声がかかった。

 

『アンチブルブラッド爆雷! ゴー! ゴー! ゴー!』

 

 地上より空中へと撃ち放たれたのは青白い瘴気を棚引かせる炸裂弾であった。それに触れた途端、赤い《スロウストウジャ弐式》の動きが鈍っていく。

 

 アンチブルブラッド兵器は市場流通している、最も人機へと有効な兵装であった。歩兵が主に使用するのは、所詮、そのおこぼれの一部以下であったが、有能な指揮官が使用すればその威力は何倍にも増す。

 

 アンヘルの人機が少しずつ高度を落とすのを、高高度狙撃用に片腕を犠牲にしたナナツーが撃墜していく。

 

『消耗品兵共が……』

 

 相手の声音が通信網に焼きつく。

 

 消耗品兵。自分達は大国にそのように呼ばれているらしい。このコミューンで運用されている人機の形状に由来しているそうだ。

 

 どの人機もどこかが欠損している。

 

 自分のバーゴイルは翼をもがれ、狙撃用のナナツーは片腕、あるいは足がない。

 

 他の機体も然り。

 

 頭のないロンドは地上で遠隔操作されており、両腕がなくさらに言えば足さえもない胴体だけの人機も使われているほどだ。

 

 胴体だけの人機の使い道はそれ以外のハードポイントに武器を装備出来る事。

 

 人機の持つ汎用性が最大限に活かされた結果だ。

 

 頭に砲門、両腕にガトリング、足にはキャタピラ。最早、人機の面影を残していない兵器でも、この末端の戦場では役立つ。

 

『何時間だ!』

 

 叫んだ仲間へと広域通信がもたらされた。

 

『現状、アンヘルが介入して六時間……、快挙ですよ、これは!』

 

 そうだとも。アンヘルにここまで手こずらせるコミューンはそうそうあるまい。

 

 ほとんどの人機が型落ち以下なのに対して相手は新型で向かってくるしかないのだが、如何せん、こちらの戦力を舐め切った相手の戦法ではいわゆる「ゲテモノ人機」は相手取れないだろう。

 

 こっちは足も手も、何もかも失った達磨でも、相手へと牙を剥ける。比して、敵は新型機でおっかなびっくりの射撃を繰り返すばかり。

 

 懐に潜り込んで先ほど、ナナツーが血塊炉に巻いていた炸裂爆雷で足を止めた仲間の事を覚えているのだろう。

 

 戦場で棒立ちになった《スロウストウジャ弐式》を自分達は滅多打ちにした。

 

 まず手足をもぎ、コックピット部である頭部を引っぺがしてから、じわじわとコックピットに刃を差し込んでいく。

 

 この戦法が思いのほか効いたらしい。敵はこちらへと積極的な白兵戦闘を選んでくる事はなくなった。

 

 六時間も凌げているのはそれも一因。あとは腕のいい操主達が揃っているからだ。

 

 たとえどの人機も欠陥品であったとしても、ジャンクを一級品の武器に変えるのは操主の腕一つ。

 

《バーゴイルネオテニー》も本部が生み出した新たなる人機の形であった。

 

 プレッシャー兵器に耐え得るために、肩口に増強された装甲。膨れ上がった末端肥大気味な両腕は他のバーゴイルにはない圧倒的な膂力を携える。

 

 その力で敵兵の骸を跳ね飛ばし、プレッシャーライフルを今も空域で困惑しているトウジャへと照射する。

 

 また一機、撃墜された機体がコミューン外壁へと落下した。

 

 焦土は青く染まり、人機の血が流れている。

 

 絶えずガトリングで応戦するこちらに対して相手は全く有効打を見出せないようであった。

 

 せせら笑う声が通信に響く。

 

『ビビッてやんの。撃ちたきゃ撃てよ! 腰抜け!』

 

 狙撃用ナナツーがトウジャの編成を狂わせる。その精密狙撃に相手の最新型のOSが悲鳴を上げているようであった。

 

『型落ちって舐め腐ってんな! こちとらてめぇらが母親の腹ん中にいる時から、ずぅっと戦場だ!』

 

 鉛弾を撃ち込む事にかけてはほとんどプロ。連中は所詮、寄せ集めの才能の塊であるのだが、こちらは先鋭された衆愚の成れの果てであった。

 

 愚か者でも、矢を番い追い立てる事に長ければ、それは最早、狩人。

 

 狩人の集団に迷い込んだ高品種の子羊など、何の価値があるものか。同じ草食の平原で育ったとしても天と地ほどの開きがある。

 

 こちらは生きるためならば生き血を啜り、時には同族の肉をも食らう事を選んだ雑食兵。

 

 相手はまだまだひよっこの新兵ばかり。

 

 その差が如実に現れ、敵兵がうろたえている間にも、こちらの放った焼夷弾が先ほど撃墜したトウジャを炎で押し包んだ。

 

 全身から青い血を噴き出したトウジャをナナツー編隊が削り飛ばしていく。

 

 地を駆け抜けるナナツー部隊が持つのは鍬のような武装であった。鍬と槍。この二つで武装したナナツーを使役する。

 

 百姓編隊、とあだ名されている彼らは実際のところ、戦線を切り拓くのには欠かせない。

 

 彼らが墜ちた敵機を奪い取り、さらに言えば新たな武器を生み出す事で、型落ち部隊にも潤いが満たされる。

 

 彼らの努力なくして、戦線は維持出来ないのだ。

 

 感謝の信号弾を送りつつ、自分はアンヘルの部隊を削るのに一時として隙は見せない。

 

 プレッシャー兵器の飛び交う戦場を歩兵が行く様はどこか滑稽であり、なおかつ危なっかしいが、人機だけで賄い切れない戦場を歩兵は充填する。

 

 何よりも歩兵部隊しか、アンチブルブラッド兵装は使用出来ない。人機に積めばたちどころに使用不可能になるからだ。諸刃の剣を使いこなしつつ、虐殺天使達がにわかに押され始めているのを感じていた。

 

『行ける……、行けるぜ! この戦場!』

 

『ああ! 覆せる!』

 

 その声が武勇となり、彼らの行く道に勇気と言う名の松明を灯した。ナナツー編隊、バーゴイル部隊が最新型のトウジャを圧倒し、打ち克つ。

 

 そのビジョンが脳内で実感を伴った瞬間、何かが戦場の地平に降り立った。

 

『はぁ? 白い……バーゴイルだと?』

 

 仲間の発した素っ頓狂な声に《バーゴイルネオテニー》を操る自分は目を白黒させる。

 

 高高度狙撃用ナナツーから同期された映像には克明に白いバーゴイルが映し出されていた。

 

『黒カラス部隊でなく、白いカラスを使うだって? 赤い天使共も随分と疲弊して来やがったもんだ!』

 

 C連邦とアンヘルがゾル国に下ったというニュースはない。ならばあれは鹵獲した機体であろうか。鹵獲の証に敵機をパーソナルカラーに染め上げるのは何も珍しい文化ではない。

 

『ありったけの弾丸を叩き込んでやれ! 俺達の流儀を教育してやるぞ!』

 

 応、の声音が連鎖する中、プレッシャーライフルを引き絞った。トウジャ部隊はほとんど総崩れに近い。

 

 このまま押し切れば、世界初の、アンヘルの襲撃に際し防衛したコミューンとして名声を得るだろう。そのうねりはやがて世界をも動かし、自分達は英雄と持て囃されるに違いない。

 

『そうだとも……! これからの時代、俺達が英雄だ!』

 

 狙撃用ナナツー、ロンド、全部隊が混在一体となって、トウジャを押し出そうとする。ここまでの力のうねり。ここまでの力の集合体。誰にも打ち崩せまい。本能がそう予言し、脳内はほとんどブルブラッド麻薬をキめた状態に近い。

 

 昂揚する精神の赴くまま、銃撃がアンヘルをこの地から追いやろうとする。それを阻んだのは白いバーゴイルの動作であった。

 

 時代錯誤な実体剣を鞘から抜き放ったバーゴイルはそのまま地を蹴ってこちらへと猪突してくる。

 

『おいおい! 命が要らないってのかい? ボーヤ!』

 

 前衛を行っていた近接装備のナナツーが鍬を振るい上げる。どの動作を取ってしてみてもこちらのほうが速い。そう誰もが確信する中、白いバーゴイルが鮮やかな手並みでナナツーの一閃を薙ぎ払った。

 

 両腕が飛ばされてから、ナナツーの操主が間抜けな声を上げるまでの一秒にも満たない時間。

 

 戦場に一撃が叩き込まれた。

 

 実体剣を打ち下ろした白いバーゴイルが赤い眼窩をぎらつかせる。

 

 ナナツーのキャノピーが破られ、斬られた両腕をだらんと垂らしたその動作でようやく、先駆けした一機が粉砕されたのだと認識出来た。

 

 しかし、地獄はそれで終わらない。

 

 滑らかに次の獲物を狩るべく白いバーゴイルが横合いの一機に剣筋を入れる。血塊炉が打ち割られ青い血がどっと噴き出した。

 

 噴水のように溢れ出る青い血を目にしてもなお、戦場の狂気に取り付かれた者達はまだ、こちら側が押されているなど思いもしなかっただろう。

 

 しかし、百姓編隊が一機、また一機と確実に潰されていくのを数分かけて見せ付けられ、ようやく、と言った様子で部隊に緊張が走った。

 

『……何だ、あのバーゴイル……』

 

 白いカラスは青い血を浴びている。それでもなお、その高潔な輝きは失われる事はない。

 

 切っ先が地上展開していた歩兵を薙ぎ払った。アンチブルブラッド兵装を怖がりもせず、白いバーゴイルがこちらを視野に入れる。

 

 赤い眼差しに背筋が凍った刹那、全員がその機体へと照準していた。

 

 遅れて敵人機の参照データが入ってくる。

 

 参照機「《バーゴイルアルビノ》」の表記を目にする前にまずは一機、達磨状態の人機が打ち倒された。

 

 頭のないロンドが荒れ狂った暴風のように弾丸を叩き込む。

 

 それで終わったのならばどれほどまでに幸運か。敵人機は剣を翳し、その弾幕を完全に防御していた。

 

 自分に命中する弾丸のみを見分けられなければ出来ない芸当に舌を巻く前に、投擲された実体剣の銀閃がロンドを貫いていた。

 

 袖口にワイヤーを隠し持っている。そう露見しても、《バーゴイルアルビノ》とやらは臆する様子もない。ワイヤーを巻き取りつつこちらの戦域へと潜入してきた。

 

 だが真正面からの攻撃など、と狙撃用ナナツーが高精度の射撃を見舞う。

 

『愚直なんだよ……、手だれだか何だか知らないが!』

 

 確実に取ったと思われた一撃だったが、《バーゴイルアルビノ》は片腕を翳しただけでその弾丸を跳ね除けていた。

 

 片腕の装甲板が銀色に煌き、実体弾を浮き上がらせる。

 

 まずい、という声が走る前に反射された弾丸がナナツーのキャノピーに突き刺さった。空を仰いだ形の狙撃用ナナツーがその巨躯を転がらせる。

 

 いつの間に潜んでいたのか、《バーゴイルアルビノ》の這わせていた別のワイヤーがナナツーの足に絡みつき、その巨体を軽々と浮かせる。

 

 こちらの銃撃にナナツーを盾にした相手がいなした。

 

 まさか、と息を呑む間もない。

 

 仲間のナナツー越しにバルカンの小銃が空間を奔る。ただの弾丸ならば、と冷静になりかけた仲間の人機に命中した一発が炸裂し、機体の半分を削いだ。

 

 半壊した機体を目にしてようやくこちら側の陣営にも恐れが宿ったらしい。

 

 自分を含め、今の数分間で何が行われたのか一切が不明であった。だが不明なりに分かった事がある。

 

 それはこの《バーゴイルアルビノ》が虐殺天使を上回る相手だという事。

 

 全機がかからなければやられる、という本能が命令系統を掻き乱した。狙撃用が無闇に前に出て《バーゴイルアルビノ》に両断される。その隙を突いた形であったはずのホワイトロンドの頭蓋を相手は蹴りで砕き、ゴーグル型の視野を奪った。

 

 それだけに飽き足らず、敵はホワイトロンドの頭部を引っこ抜き、それを投擲する。

 

 まごついた兵士達はその頭部に爆薬が巻かれている事に最後まで気づかなかった。

 

 地上を鳴動させる爆発が人機の統率を乱す。今の爆薬には人機の目と耳を潰す炸薬が詰まっていたらしい。

 

 無音の地獄の中、一機また一機と狩られるのだけが伝わってくる。悲鳴さえも聞こえないのに、次は自分の番だ、という恐怖だけが這い登る。

 

 無茶苦茶に吼え立てて、周囲へと銃撃を見舞った。味方も多数巻き込んだかもしれない。

 

 それでも生き延びるのに必死であった。

 

 弾丸も尽き、敵人機の機影も遠巻きになった。トウジャの編隊が戦意は凪いだかのように上空へと抜けていく。

 

 助かったのだ、という安堵を得た自分は酷く憔悴していた。

 

 荒く呼吸し、生きている己に嘲笑が浮かんでくる。

 

「生きている……生き延びた! 俺は! 生き延びたん――!」

 

『よう』

 

 眼前に大写しになった白亜の機体から銀色の光が瞬いた途端、操主の意識は闇の向こうに没した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お見事です。さすがは大佐殿』

 

 通信を滑り落ちていく新兵の言葉に、ガエルは倒れ伏した敵兵を眺めていた。

 

 青い血に塗れた大地で鋼鉄の兵隊達が骸を晒している。どの姿も、こちらが削る前から欠損状態であったのは情報通りであった。

 

 ブルブラッドを沁み込ませた煙草に火を点けると馬鹿正直なOSが火災感知の報を知らせる。そのアラートを無視していると他機に警告を気取られてしまった。

 

『大尉殿……警告音が聞こえていますが……』

 

 通信をアクティブにしたままであった。間抜けな、と思いつつも、ガエルはそのまま声を吹き込む。

 

「失礼……システムエラーだ。あまりにもたくさんの人機を薙ぎ倒したからな」

 

 新兵が心底から陶酔したような声を漏らす。

 

『さすが大佐殿……! 人機が狂うほどの戦歴というわけですね』

 

 どこまでが冗談でどこまでが本気なのか分からないのが、アンヘルの兵隊共のおべっかであった。

 

 ガエルは今にも吐き出しそうな渋面を作りつつ、通信の声だけは紳士に振る舞う。

 

「しかし、ここのコミューンも陥落したな。これで少しばかり、マシになればいいのだが……」

 

 自分の仕事が、と言外に付け加えたガエルに新兵は浮き足立った物言いを返す。

 

『……こいつら、物々しい人機だったんで、つい油断してしまいました』

 

『馬鹿、そんな言い訳が通用するかよ。……すいません、大佐。教育のなっていないチームの統率役なんてものを頼んでしまいまして……』

 

 この隊で自分の次に順列の高い兵士が声にする。その教育課程でこれほどの人機を相手取るのだから笑えない。

 

 アンヘルの虐殺天使を形作るのに、一端の戦場は知っておかなければならないというわけか。いずれにせよ、敵兵を屠るを知るに、このコミューンは充分であった。

 

 改造型の人機とイレギュラーな戦場。押される状況を知れば、自ずと勝利の方程式は見えてくる。敗北を知らなければどこが分水嶺なのかも分からないまま戦う事になるだろう。それでは新兵のうちは華だが、ベテランになれば痛い目に遭う。

 

 死臭の漂う残骸の砂礫を、ガエルの《バーゴイルアルビノ》は歩んでいった。

 

 先ほどまで苛烈に抵抗を続けていたバーゴイルの改造機は頭を潰されて沈黙している。

 

『珍しい型です。プレッシャーライフルを撃てるほど重装備のバーゴイルなんて』

 

 こちらの視線を読んだのか、随伴機が感想を漏らす。

 

「やはり、末端コミューンまで兵力は行き渡っているようだな」

 

『武器屋くずれでしょうか……いずれにせよ、倒さなければならない悪なのは明白』

 

 その悪と同じ穴のムジナだと言えば相手はすっ転がるであろうか。ガエルは己の境遇を彼らに見ていた。

 

 立ち位置さえ違えば、恐らくは自分もこの一員になっていたであろう戦争屋達。戦えば分かる。彼らは統率された部隊ではない。各々の兵力の寄せ集めだが、一機ごとの戦闘における馬力が段違いだ。

 

 彼らも名は違えど自分と同じ。

 

 だが、成り損なった自分の影だ。

 

 自分は成就した。この世の正義として。そう、この身は――大国と星を回すためにある。

 

『しかし……、新兵達も大佐の戦い振りを見れば少しばかり考えを改めるでしょうか。トウジャタイプは決して万能ではない、と』

 

 教師役の彼からしてみれば急務だろう。アンヘルで使える兵隊を一人でも増やす。そのために尽力しているのだ。自分はしかし、この喰い場で争い合う以上、どちらも似たようなものだと思っていた。

 

 トウジャの優位性を教えるための戦場。構築された歴戦の猛者達。しかしバーチャルな戦歴と実際の戦場では食い違う。

 

 彼らがどれほどシミュレーターで撃墜王を名乗っても、一機も墜とせないなどザルだ。むしろこの教育はそのためにある。撃墜どころか撤退戦に持ち込んでも、それでも戦い抜かなければならない意地汚さを学ぶのに、今の戦場は少しばかりクリーンが過ぎるのだ。

 

 これでは硝煙に酔う事も、血潮で滾る事も出来ない。

 

 相手の頭をかち割る瞬間に感じる恍惚も、彼らには無縁だろう。

 

 人機における戦場は心がどれほどまでに子供の兵士でも前に行ける勇猛果敢さを作った。どれほど心が荒んでいなくとも銃弾を撃ち込めるほどに戦場は清潔である。

 

 死体を見て夜も眠れなくなる兵士などこの中にはいまい。居るとすれば相当に神経が細い奴だ。戦うのには向いていまい。戦場に合致するのはいつだって線の切れた人間なのだ。

 

 線の切れた人間の相手をするのには慣れている。

 

 彼らに出来ない事を、自分が教えるのみであったが、遠巻きに眺める生徒相手に、自分だけ斬り込むというのはどうにも……。

 

「旨味がねぇなぁ」

 

 呟いた声音が平時と違ったからだろう。教師役が問い返した。

 

『シーザー大佐?』

 

 問いかけられた名前に、そうだ、今の自分は「ガエル・シーザー大佐」なのだと思い直す。

 

「いや、何でもない。兵士に生死の是非を問うのに、あまりこちらばかりが前に出ても仕方があるまいと感じたまで」

 

『ああ、それは確かに旨味のない……。本当は新兵達にもっと前に出て欲しいのですが……今の兵士はどうにも銃弾が怖いらしくって』

 

「リバウンドの?」

 

『いえ、実銃が。実体弾のほうが怖いと言うのです。何でもこっちに向かってくる感じがする、とか言って。変な話ですよね。我々の世代ではプレッシャー兵器なんてそれこそ恐ろしくて近づけなかったのに、彼らからしてみれば、実在の弾丸のほうが近づき難いんですよ。リバウンド兵器に慣れた子供達は末恐ろしいものです』

 

 言葉尻に教育者のそれを滲ませた相手にガエルは毒づきたくなった。

 

 ――この世で一番に嫌いな相手だ。

 

 自分は安全圏から見守るくせに、相手に意見ばかり食らわせる。そういう手合いを見ていると反吐が出そうであった。

 

 脳裏を掠めた自分の上官の姿に、それこそ冗談ではないと冷笑が浮かぶ。

 

「兵士は年月で生まれ変わる。これもそういう流れなのだと思うしかないだろう」

 

『ああ、本当に……。彼らには全うなアンヘルの兵士になって欲しいものです』

 

 全うな……虐殺天使に、か。それはなかなかに笑えるジョークだ、とガエルは笑みを吊り上げていた。

 

「《バーゴイルアルビノ》の調子が悪い。ちょっと張り切り過ぎたかもしれん。兵を下げて欲しい。その間にメンテナンスする」

 

『大佐は本当に……整備班泣かせだと言われていますよ。毎回どこかしら壊して帰ってくるのに、自分でその壊れた箇所の事をよく分かっているって。これじゃ、メカニックが要らないじゃないかって』

 

 それもそうだ。自分はつい六年前のある日まで、惑星の裏側でいつ終わるとも知れない戦争を繰り広げていたのだから。

 

 戦場では常にメカニックに頼れるわけではない。だからある程度は自分で修理出来るようになるのは当たり前であったが……彼らに言っても仕方なかろう。

 

 教員の《スロウストウジャ弐式》を先頭にして新兵達の機体が戦域を離脱していく。まるで幼児の行進を見ているようでガエルは通信域を離れた途端、悪態をついた。

 

「……ゴミみてぇな連中の尻拭いたぁ、オレもヤキが回ったねぇ……ったくよぉ!」

 

 同期して蹴り上げた《バーゴイルアルビノ》が敵兵の人機を足蹴にする。その背筋に何度も剣を突き立てていた。

 

 収まらなかったのだ。渇きも、飢えも、何もかもが。

 

 戦場で血を啜り、泥水の中でも生き永らえてきた自分のアイデンティティがどうして戦場に奪われなければならないのか。

 

 その理不尽さに青い血を噴き出す骸を斬りつけた。

 

「っとーに! ムシャクシャするぜ! てめぇらもてめぇらだ! 何、ガキ共にヤられてやがる! それでも戦争屋か! マヌケ共!」

 

 切り上げ、何度もコックピットを抉ってやる。その度に抑え切れない衝動が口をついて出た。

 

「やってられっか! クソッタレが! 正義の味方になってやるこたぁ、新兵共のケツを見て回る事か? それとも! てめぇらみてぇな、木っ端戦争役人共をぶち殺して! その人機に大穴空けてやる事か? 馬鹿馬鹿しい! どっちもクソ食らえだぜ! 弱ぇてめぇらが割を食うのは分かる! そいつは弱ぇからだ! 他のなんでもねぇ。だがよ! オレが割を食うのは間違ってんだろ! この世界の! 勝利者がよ!」

 

 血塊炉の炉心を蹴り砕き、何度も踏みつけてからようやく冷静になった頭にブルブラッドの毒が沁みてきた。

 

 煙草で一服吹かしてから、ようやく息をつく。

 

「クソ下らねぇ戦場……、クソ下らねぇ役目! 連中のドタマぶち抜いてやりたいぜ、クソが!」

 

『その程度にするといい、ガエル・ローレンツ。いや、今はガエル・シーザー大佐殿かな』

 

 急に繋がる通信も最早慣れたものだ。六年間ずっとこの調子である。どこにいたところで、自分に自由などなかった。

 

「……おい、プライベートって言葉知ってるか?」

 

『それは失礼した。だが君は選んだのだ。この星で、唯一の勝利者になる事を。ならば選択の末に成り立った身分であるのは承知だと思ったのだが』

 

「選んで成ったにしちゃ、随分と狭い身分だったな、って話よ。正義の味方ってのはあれかい? まだケツの青い連中に戦争って言うのはこうするんですよ、ってレクチャーする身分だったってのか?」

 

 その問いかけに相手は満足いったように声を弾ませる。

 

『……相も変わらず、君は我々の予想通り……いや、それ以上を言ってのける。バベルで全てを閲覧しているというのに、それでも君は筒抜けの通信域で喚くのをやめないのだな』

 

「筒抜けだからっていちいち肩肘張ってるとよ、何も出来やしねぇんだよ、クソッタレめ。第一、この星で! てめぇらに視えていないものなんてないんだろ?」

 

『そうだな……。計画が外郭の段階に入った。ブルブラッドキャリアだ』

 

 その名称だけでこの雌伏の六年間に意味があったのだと宣言された。ガエルはケッと毒づく。

 

「どうせガセだろ?」

 

『ガセで戦争中の君に繋ぐと思うかね? きっちりと周りが剥がれてから繋いでやっただろう?』

 

「上から目線だな。神様にでもなったつもりか? 鋼鉄の義体から覗く世界は甘いかよ」

 

 こちらの舌鋒鋭い応戦にも相手は全く動じない。それもそうか、と胸中で納得する。相手は文字通り、神になったつもりなのだから。

 

『……言われてしまえば、その通りだ。義体が馴染んでもう六年……この六年間であらゆる世界の事象を観てきた。恐ろしい情報密度だよ、この場所は。君も繋いでみるといい』

 

「遠慮しておくぜ。まだ、人間の肉の快楽のほうが眩しくってよ」

 

 相手のように全てを閲覧出来る高次権限はどれほど強欲に振る舞っていても願い下げであった。それは最早、人間ではない。

 

 相手は通信の先で軽く笑い、上機嫌に返してくる。

 

『精神点滴も思いのままだ。君のように怒りの感情に任せて相手を刺し貫く愚を冒す事もない。完全なる存在だよ』

 

「そうかよ、カミサマ。じゃあ道楽ついでに聞いてくれよ。オレのこのクソみたいな待遇はいつまで続くんだ? 神様なら何でもお見通しだろ?」

 

『言ったはずだ。計画を進められる段階に入った、と。ブルブラッドキャリアは多くの離反者を抱え、地上に降りてきた。この絶好の隙、逃すわけにはいかない』

 

「宇宙の本隊に仕掛けるのか? 六年前の繰り返しにゃならねぇのかよ?」

 

『いや、今度は地上だ。地上に降りた者達を君の流儀でついばめ』

 

 その言葉振りにガエルは違和感を覚える。本隊が地上に降りる事はしないはず。ならば、離反した側をさらに追い詰めるというのか。それは……。

 

「そりゃ……臆病者の理論だな。弱者を痛めつけて楽しいかねぇ」

 

『君にだけは言われたくはないが、そうさな。……この帰結ではそう思うのも不思議ではない。では地上の離反者に目を向ける理由は何か? 答えはこれだ』

 

 送信されてきたファイルにガエルは目を通す。新型人機の戦闘データがアンヘルに蓄積されている最新鋭のコンピュータから抜き取られていた。

 

「前線に出てる……《ゼノスロウストウジャ》とか言ったか? そいつと……こりゃ、モリビトか?」

 

 問い返したのは六年前とはまるで違うモリビトの形状に驚きを感じたからである。こちらの感慨を他所に将校は告げる。

 

『モリビトの新たなる戦力。それだけならば何も怖くはないのだが、両肩に盾を装備しているモリビトを照合にかけた結果、面白い事実が判明してね』

 

 どうせ連中の言う「面白い」など自分からしてみれば鼻で笑うまでもないほどの事実であろう。あしらう程度に聞く事にする。

 

「何もかも見通す千里眼みたいなの持っているくせに面白い、と来たか。何だよ」

 

『そのモリビトの素体となっているのは、百五十年前に惑星より持ち出された、モリビトの第一先行量産機というデータが出ている』

 

 第一先行量産機。その意味するところをガエルは問い質す。

 

「つまり……最初のモリビトって言いたいのか?」

 

『突き詰めればそうなるな。原初の罪……モリビトゼロ号機。よもやそのような骨董品を使ってくるとも思えないが……気にはなる。ガワだけ真似た代物かもしれないが、出力、性能面共に六年前のモリビトを凌駕している』

 

「そいつぁ、結構なこって! 六年前にゃ随分とひ弱なイメージだったからな。少しくらいは歯ごたえがねぇとつまんないってもんだ」

 

 こちらの哄笑に相手は満足そうに返す。

 

『本当、つくづく君は……この世に君臨する正義の味方が相応しい逸材だよ。データを送っておく。人形屋敷に一度戻って欲しい』

 

 人形屋敷。そうあだ名される場所を思い返しガエルは身震いする。

 

「おいおい、あんな辛気臭い場所、行けって言うのかよ」

 

『そう言うな。義体を拒んでいるのだから当然の任務だと思いたまえ。その脳みそを覗く事が出来ないのは残念極まりない』

 

「そうかよ、クソッタレ。こっちは覗かれなくって随分と気分はいいぜ?」

 

 舌鋒鋭く返したのにもかかわらず相手はどこか機嫌がよさ気であった。

 

『……減らず口も叩けるうちはいい。人間らしくってね』

 

 一方的に通話が切られる。この通信方式も身勝手な代物だ。ガエルは足元の骸を蹴飛ばし、《バーゴイルアルビノ》に踵を返させた。

 

 もうこの戦場に留まる理由もない。

 

 だが、新たなる戦場は常に用意される。

 

「それに……モリビト、か。楽しませてくれよ、せいぜいな。ブルブラッドなんたらよォ!」

 

 飛翔した白カラスは焼け付いた空の向こうへと飛び去っていった。

 

 


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