間違いなかった。打ち合えば自然と分かる。予感はあったのだ。しかしその予感が確信と変わった瞬間の、何と甘美な事か。
モリビト出現の報より打ち震えていたこの身体が、生命の喜びに発露する。
《コボルト》が刃を軋らせ、敵人機と壮絶に打ち合った。お互い、少しでも気を緩めれば一撃。その太刀筋、見間違えようのない。
「……よもやまた合間見えるとは。俺の宿願……、この戦場で生きる事への執着。我が滅びぬ身体を祝福と受け取ったのは初めてだ! モリビト!」
打ち下ろした一閃を相手は受け流しつつ、こちらの血塊炉を引き裂かんと迫る。その挙動に、UDは高鳴っていた。
昂っていたのだ。
この戦い――あの時のモリビトとその操主。
「まさかの因縁、まさかの邂逅! 生きてこの身を恥じた事を、少しばかり後悔した! 今はただ、戦場の一太刀に生きる羅刹だ!」
刃が干渉し合い、敵人機が盾のような翼を前面に展開する。無理やり引き剥がされた形の《コボルト》へと銃撃が見舞われた。
「なんと! 銃にもなるのか! だがこちらは! ただただ貴様と打ち合うのみに在り!」
袖口に装備していた小太刀を《コボルト》は射出させる。
モリビトが飛翔して、放たれた小太刀を避けた。途端、小太刀が爆砕する。
伸ばしていたワイヤーを《コボルト》は引き戻した。
「……小手先は通じんか。それでこそだ! モリビト!」
《コボルト》が急加速してモリビトへと刃を見舞う。斜へと奔った一閃を敵は剣で受け止めた。
干渉波のスパークが散る中、UDは確信する。
このモリビトこそ、自分の怨敵。打ち倒すべき相手であると。
「一度の邂逅で喜んでばかりもいられまいな。だが! その一刹那に生きるのが! 死狂いと言うもの!」
剣先を変位させ、首狩りの一撃を浴びせるが、敵はそれさえも読んでくる。心地よい昂揚感が虚無の身体を満たしていく。
「死を忘れ、亡国の徒と成り果てたこの身でさえも歓喜させよ! そして知るがいい! この身を流れる恩讐の血は! その一機のみでは贖えると思うな!」
正眼に打ち下ろした一撃を敵は受け止める。《コボルト》は下方に入ったモリビトを蹴りつけた。
海面を弾かせて挙動するモリビトを《コボルト》が追い立てる。
海面ギリギリ。こちらでさえもいつ、何が起こって海に没するか分からない。
だが、それでも知った事か。
戦う事でのみこの身体が贖えるのならば。罪に塗れたその体躯が浄罪する術がその一つに集約されるのならば。
「……貴様を討ち滅ぼせるのなら、俺は喜んで、羅刹に魂を売り渡す!」
小太刀がワイヤーを伸長させて発射される。敵人機はそれを弾き落とし、高空へと至った。
上空よりの銃撃網が《コボルト》を襲うが、その程度なんて事はない。
「剣で弾けるのならば! 恐れるまでもないぞ!」
太刀で弾き落としたこちらの挙動に相手は当惑した様子。その隙を逃さず、《コボルト》は至近距離戦闘を選んだ。
間合いを詰めて刃を薙ぎ払う。
一閃を飛び越えた相手とこちらの眼差しが交錯した。
モリビトの緑の眼光と《コボルト》の赤い眼光が中空で睨み合う。それさえも暫時の瞬き。
直後にはお互いに放った剣筋が相手へと叩き込まれたかに思われたが、両者共に決定打とはならない。
「……いいぞ。この程度で墜ちてくれるな。もっと俺を! この魂を意味あるものに変えてみせろ! モリビト!」
《コボルト》と共に雄叫びを上げつつ、UDはモリビトへと刃を浴びせかけんとする。あちらも必殺の勢いを伴わせて剣を打ち下ろした。
両者、剣筋が決しようとしたその時、横合いから放たれた銃撃に、習い性の身体が制動をかける。
モリビトの剣もかかる前に止まった。
「何奴!」
走った声音に敵影を照準させる。
その目視する先にあったのは、間違いなく《バーゴイル》であった。
ただし、その国籍と所属軍歴は抹消されている。
「……登録認証のない人機だと。まさか!」
《バーゴイル》よりプレスガンが見舞われる。それも一つや二つではない。
「十機編成を超える《バーゴイル》の集団……。あれが音に聞く惑星博愛の徒。その名は確か……」
紡ぐ前に狙われているのはこちらであった。
さすがに水が差されたとなれば決戦は持ち越しにするしかない。
ちょうど旗艦も敵の照準に入ったところであろう。艦を守り通すのが自分の責務である。
「……モリビト。これで終わりと思うな。我が名はUD。貴様を討つために全てを捨てた、シビトである」
《コボルト》が反転し、艦の守りへと戻っていった。
「……何だったんだ。あの操主」
凄まじい打ち合いを中断させたのはどちらかの火線ではない。不意に湧いた銃撃の先を目にした鉄菜は熱源の数に仰天する。
「……二十を超える高熱源……。軍隊か?」
こちらの守りに入った《バーゴイル》はしかし、登録認証を剥奪されていた。色もゾル国ベースの黒ではない。灰色の《バーゴイル》がアンヘル相手に弾幕を張る。
相手は戸惑っているのか、あるいは織り込み済みの事象なのか、本腰を入れて撃ってくる気配はない。
アンヘルとC連邦の旗艦が反転機動に入ったのを確認して、《バーゴイル》十機編隊はプレスガンの銃撃網を仕舞った。
浮上した《ゴフェル》から通信が接続される。
『クロ! 無事……?』
「ああ。私は何とか。だが、こいつらは……」
言葉をなくしている鉄菜へと、暗号通信が用いられる。敵の通信領域に入れば厄介なのは疑いようもない。鉄菜は《ゴフェル》に繋がせた。
「敵が通信を打ってきている。ゴロウにハブさせてくれ。こちらが直通させるのは間違っているだろう」
『分かったわ。ゴロウ、暗号通信よ。出来るわよね?』
『誰に物を言っている。そちらの所属を問う。此の方がブルブラッドキャリアだと知っていて援護に入ったのか』
その質問に相手は応じる。
『通信感謝する。我々の名前は惑星博愛主義者、ラヴァーズ。その旗艦である《ビッグナナツー》が合流を求めている』
「《ビッグナナツー》……」
見渡した視線の先にいたのは、艦船クラスの人機の反応であった。
まさか、と鉄菜は息を呑む。ナナツーの象徴たるキャノピーをそのまま引き移したかのような意匠を持つ甲板には、無数の人機が駐在していた。
《バーゴイル》は二十機以上。ナナツーも十機は確実。そのような軍隊などどこを探してもあるはずがない。
戸惑う鉄菜を他所に、相手はゴロウへと交渉を試みていた。
『どうだろうか。我々ラヴァーズと合同戦線を結んでもらうのは』
『……助けてもらって恐縮だが、我々はそう容易く相手を信用出来なくってね。そちらの目的と、人員と、それにラヴァーズなる組織の是非を問う』
『待ってくれ。こちらの代表者は甲板にいる。通信は……実はこちらも自由ではないんだ。完全に通信網を明け渡していて、一方通行しか出来ない』
そのような組織などあるものか。鉄菜は浮上した《ゴフェル》の甲板に《モリビトシン》を降り立たせた。
ビーストモードで相手を射線に入れている《ナインライヴス》に接触回線を開かせる。
「……どう見る?」
『ラヴァーズ。地上で情報を集めていた時に小耳に挟んだ事はあるわ。でも、まさか実在していたなんて』
「実在が危ぶまれるほどの組織か?」
『……その信条はただ一つ。惑星を害意から守る事のみ。この星をこれ以上汚染と破壊の只中に起きたくないだけ……と聞き及んでいるけれど』
どうにも信用し難い。そのような組織が存在しているなど。
「……桃。接触は慎重のほうがいいだろう。ゴロウも」
『分かっているとも。あちらに情報の優位は握らせない。それに、気になるのは……如何に強大な組織といえども、C連邦とアンヘルが尻尾を巻いて逃げ出すか、という話だ』
言われてみれば確かに相手の撤退の速度はあまりに速かった。まるで心得ているか、あるいは最初から話がついているかのような動きである。
「アンヘルと繋がりが」
『ないとも限らんな。相手の艦船に注意を払え。そうでなくとも三十機近くの人機が相手では、こちらはたったの三機。逃げ腰にもなる』
そういえば、と鉄菜は桃へと問い返していた。
「《イドラオルガノン》は……?」
『それが……戦闘の中で通信が途絶してしまって……。それ以降足取りが掴めないの。こちらにミサイルを撃ってきたところまでは捕捉しているんだけれど』
「三機どころではないな。二機ではさすがに何も出来ない」
自分達に海中用人機の危機を教えてくれた《イドラオルガノン》には感謝すべきであったが、その相手が今、どこを漂っているのかさえも分からない。
鉄菜は《ビッグナナツー》の甲板で錫杖を手にする人機を視野に入れていた。
他の人機とは構造がまるで違う。その一機だけ時の流れから取りこぼされたかのようだ。毛髪を思わせるケーブルをなびかせ、その人機が錫杖を払う。
それだけで他、三十機近い人機が統率され、甲板へと降り立った。
絶対的な一が、十を支配している。
驚嘆すべき相手の動きに、言葉を失っているのも暫時。相手からの広域通信が耳朶を打った。
『……達する。そちらはブルブラッドキャリアだな? 我が方はラヴァーズの……不本意でありながらも頭目を取らせてもらっている。サンゾウと名乗らせてもらう。この人機の名前は《ダグラーガ》。誰がつけたわけでもないが……世界最後の中立と呼ばれている』
「世界最後の……中立だと」
訝しげな言葉が並ぶ中、警戒を怠らない鉄菜へと《ダグラーガ》が錫杖を甲板で突いた。
『こちらに害意はない。貴君らが撃ってきても、何一つ抵抗はしないと誓おう。その代わりに、問いたい事がある。ブルブラッドキャリア。その目的は未だに……惑星への報復なのか?』
この答え如何では、という予感があった。鉄菜は《ゴフェル》に収まるニナイに判断を仰がせる。
「この場合は、ニナイが応じるべきだろう」
暫時、沈黙が流れる。慎重を期す答えの先をニナイが口にしていた。
『……その答えは、惑星次第と言うべきかしら。今は、アンヘルの横暴が許せず、こうして抗いの刃を振るっている。それのみ』
相手側も沈黙する。警戒を解かない鉄菜へと《ダグラーガ》のピンク色のデュアルアイセンサーが見据えた。
『……いいだろう。その志、害はないと推測する。皆の者、ブルブラッドキャリアの者達を迎え入れる。我らラヴァーズに』
《バーゴイル》が高空で警戒しつつ、ナナツーの照準が解かれていく。三十機近い敵意の波が凪いでいくのはどこか滑稽でもあった。
『迎え入れる、か……。未だに読めないな。接触は極めて限定的に行うべきだろう』
ゴロウの忠言に鉄菜は唾を飲み下す。新たなる脅威の存在に、ただただ口を閉ざすのみであった。