ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯196 動乱の戦場

「海中より熱源! これは……遠隔魚雷?」

 

 直後、《ゴフェル》の艦艇を激震させたのはミサイル群であった。放たれた一撃はしかし、《ゴフェル》の周辺の海中を穿ったのみだ。

 

「海中警戒! ……《イドラオルガノン》よりのフレンドリーファイア……?」

 

 その解析結果にブリッジに収まった全員が困惑する。《イドラオルガノン》が撃ってきた? だがどうして?

 

 当惑している時間も惜しい。ニナイは判断を迫られていた。海底からの攻撃。その意図を。

 

 まさか、とニナイはすぐさま策敵を切り替えさせる。

 

「策敵モードを切り替えて! 広域熱源監視モードに!」

 

「ですが艦長! 広域熱源監視じゃ、海の上の敵も関知してしまう事に……!」

 

「それでも、よ。この一撃が無駄じゃないと信じるのならば……」

 

 ただの友軍への攻撃ではないとすれば、その意味を自分達は解読しなければならない。そうでなければ読み負けるであろう。

 

 広域熱源監視モードに移ったレーザーに不意に浮かび上がった影に、ブリッジの者達は息を呑んだ。

 

「何だ、これ……。三角形の……敵?」

 

 三角形の謎の機影をすぐさま照合にかける。結果が弾き出された。

 

「敵影と思しき存在を捕捉! 認識パターン出ます! ……嘘だろ、これが……人機?」

 

 算出された結論にまさか、と身構える。ニナイは声を張り上げていた。

 

「海底にて敵を関知! 鉄菜、聞こえる? 敵は《イドラオルガノン》と同じく……海中用人機と思われるわ」

 

『その論拠はあるのか』

 

 返ってきた言葉にニナイは完全な憶測であるとは述べられず、ただただ言葉にする。

 

「……優秀な操主二人の判断よ」

 

 それで伝わってくれるだろうか、と懸念したのも一瞬。鉄菜は決意を固めた声を発する。

 

『了解した。《モリビトシン》は出せるな? 敵人機を叩く』

 

「……でも、鉄菜。これは確定じゃ……」

 

『頼れる優秀な操主二人の判断なのだろう? ならば私は信じる』

 

 鉄菜の言葉にどこか毒気を抜かれたように唖然としていたニナイへと声が迸る。

 

「敵! さらに接近!」

 

「時間がないわ! 鉄菜、出撃シークエンスをあなたに預ける!」

 

『分かった。《モリビトシン》、鉄菜・ノヴァリス。出る!』

 

 下部カタパルトより《モリビトシン》が出撃したというシグナルが伝令される。ニナイは拳を握り締めてこの不明瞭な状況を飲み込んだ。

 

 今は、一つでも確定の欲しいところ。

 

 だというのに、操主に言える事が一つとして絶対ではない。

 

 ――もう、彩芽を失った時のようには。

 

 そうは思っていても、気が急くばかり。

 

「鉄菜……、どうか無事で」

 

 願うしかなかった。《イドラオルガノン》からの友軍への攻撃だとすれば、次は自分達がどう動くべきなのか。どう判断すべきなのかを預けられているのに、自分は何も出来やしない。

 

《ゴフェル》を指揮する者としては失格だ。

 

「艦長……、《モリビトシン》、出撃しました。……今は祈りましょう」

 

 祈る。そのような不確かなものにしか縋る事が出来ないのならば。

 

 ニナイは桃へと通信を繋ぐ。

 

「桃、もし鉄菜が上がってこなかった時には」

 

『最悪の想定だけれど、もしもの時には《ゴフェル》を全速前進させて、敵艦へと超長距離砲撃。それで一泡吹かせた隙に離脱。この海域を少しでも離れる。……分かっちゃいるけれどやるせないわね。敵を前にしてむざむざ逃げる選択肢を上げないといけないなんて』

 

「仕方ないわ。イレギュラーが立て続けに起こっている。少しでも状況をマシにするためには、悪い事も浮かべないと」

 

 だが、その結果論として戦士を失うわけにはいかない。自分達は反逆の方舟。《ゴフェル》はその意志を乗せて進む希望。

 

 戦うしかないのだろう。

 

 逃げる事など許されない。

 

 自分達は抗いの炎に身を投げるしかない罪人達。

 

 その刃が相手の喉笛を掻っ切るのならば――。その瞬間まで希望を捨てるべきではない。

 

「希望を繋ぐのに……なんて不確かな……」

 

 それでも前に進むのがブルブラッドキャリアだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出撃した《モリビトシン》の全身が黄色い注意色に塗り固められた事に、鉄菜は瞠目する。

 

「ブルブラッド海域汚染……いや、それだけじゃないな。アンチブルブラッド兵装か」

 

《イドラオルガノン》から放たれたミサイルが影響しているのだろう。この絶海の水域で、自分は孤軍奮闘するしかない。鉄菜は広域熱源監視に切り替えた。敵はブルブラッドの海中に潜む。《イドラオルガノン》と同じタイプなのだとすれば、もう肉迫している可能性もあった。

 

 直後、劈いた接近警報に《モリビトシン》がRシェルソードを抜き放つ。

 

 払った剣筋と敵のアームが打ち合った。想定外の大きさに鉄菜は絶句する。

 

「……これが、人機?」

 

《モリビトシン》の倍以上の機体である相手は三角の形状を模しており、赤い眼窩が射る光を灯していた。単眼が《モリビトシン》を睨む。

 

 三本の鉤爪が高速回転し、《モリビトシン》の剣を叩き折ろうとする。

 

「こんな人機が……! 《モリビトシン》!」

 

 もう片方の盾からも刃を顕現させ、鉄菜は敵の腕を切り裂かんと振るい上げた。

 

 その時には相手は炸裂弾を駆使して《モリビトシン》の動きを減殺させる。水中の中を自由自在に遊泳する相手に、《モリビトシン》に収まった鉄菜は舌打ちした。

 

「接近を許せば相手のアームクローの膂力が上……。かといって中距離では恐らく……」

 

 可変させたRシェルライフルから銃撃を見舞わせる。だが予想通り、その弾丸は相手を穿つ事もなく水中に消えていった。

 

「海中内ではリバウンド武装は減殺される。それも加味しての敵か」

 

 厄介な、と身構えた鉄菜に敵人機は円弧を描きながら二本のアームクローを軋らせる。

 

 高速回転するクローを《モリビトシン》がRシェルソードで捉えた。もう片方の武装を銃器にさせ、ゼロ距離で叩き込むも、相手の装甲には傷一つない。

 

「……なるほど。海中戦特化ならば、リバウンド装甲でもさしたる不利にはならない。機体重量の不利益を被らずに済む」

 

 敵人機が推進装置を駆動させ、《モリビトシン》の後ろを取ろうとする。この状況で少しでも隙を見せればやられる。

 

 そう確信した鉄菜は相手を常に真正面に見据えようとするが、敵の機動力が遥かに上だ。

 

 こちらを翻弄するかのように、相手は一ところに留まらない。ジェット推進の敵を捉えるのには、既存の銃火器ではあまりに足らない。

 

「それでも……私達は前に進むしかない。そのはずだ! ならば!」

 

 アームクローを鋭く回転させる敵へと、《モリビトシン》は真正面から打ち合おうとする。しかし、その駆動域に入れば折られるのは必定だろう。

 

 入った刃が三本の鉤爪に押さえ込まれ、軋みを上げる。過負荷に耐えかねた武装が破砕される寸前、鉄菜は武装を可変させていた。

 

 基部を軸にしてRシェルソードがライフルモードに変形する。ゼロ距離射撃が意味がないのは、装甲だけのはずだ。

 

「マニピュレーターまでは、リバウンド装甲ではないはず!」

 

 狙い澄ました銃撃の嵐が敵のアームクローの軸を粉砕する。爆発の水泡が上がり、敵のクローの片方の回転が緩まっていく。

 

 今しかない、と鉄菜は飛び込んだ。

 

 少しでも敵の攻撃網が弱まれば、相手を両断出来る、と。

 

 しかし、その目論見を淡く砕くかのように、敵が出現させたのは三本目の腕であった。

 

 推進装置と見えた後方の二本の回転軸は、それそのものも腕。

 

「四本腕の……水中用人機」

 

 両側に二対の腕を引き出させた相手へと《モリビトシン》はむざむざ接近した事になる。

 

 敵のアームクロー三本が回転し、《モリビトシン》を引き裂き、砕かんと迫った。

 

「やらせるか!」

 

 先ほど過負荷を与えられたRシェルライフルをソードモードへと切り替え、鉄菜は海中で投擲する。

 

 敵人機がクローで武器を捉えた瞬間を狙い、もう一方のRシェルライフルの銃弾を走らせた。

 

 粉砕された武装が誘爆し、敵がくわえ込んだクローを叩き潰す。

 

 四本のうち、二本の爪が使い物にならなくなっていた。

 

「残り一本……」

 

 だがここちらの武装も残っているのはRシェルソード一振り。このままではまずいのは双方共に。

 

 ウイングスラスターを立ててリバウンドの斥力を発生させる。

 

 その速度に手伝わせ、加速度を得た。

 

《モリビトシン》が刃を振るい上げる。敵はしかし、一本でも強靭なアームクローをこちらの血塊炉目がけて奔らせる。

 

 鉄菜は《モリビトシン》の駆動系に過負荷を強いた。仰け反った《モリビトシン》の循環パイプが軋み、速度と海中の重圧が干渉し合い、内蔵血塊炉が鼓動を爆発させる。

 

 刹那、《モリビトシン》の機体は跳ね上がっていた。

 

 海中内でのファントム。試した事はなかったが、《モリビトシン》の血塊炉ならば出来る、という確信があった。

 

 敵の鉤爪が捉え損なって空を穿つ。

 

 頭上に回った《モリビトシン》の刃がそのまま敵の頭蓋を打ち砕いた。

 

 一撃に留まらせるつもりはない。開いた嚆矢をそのままに、亀裂に向かってRシェルライフルを連射する。

 

 瞬く間に敵人機の装甲が膨れ上がり、内側から破裂音が響き渡った。

 

 リバウンド装甲は堅牢だが、内部に潜った銃弾が跳ね回るという欠点がある。この場合、内側へと一発でも亀裂が走ればそれだけでもこちらの好機となった。

 

 敵人機が加速を失い、緩やかに海底へと没していく。

 

 鉄菜は敵を蹴りつけさせ、《モリビトシン》を一気に海上へと飛ばせた。海面を跳ね出た途端、大写しになったのは敵艦である。

 

「もうここまで来ていたのか。……《モリビトシン》、目標を撃滅する!」

 

 敵艦のブリッジを狙い、鉄菜は《モリビトシン》を疾走させた。

 

 こちらのRシェルソードが熱を帯び、ブリッジを叩き割らんとする。

 

 確実に取った、と感じた瞬間。

 

 接近警報が耳朶を打ち、何かが《モリビトシン》へと猪突する。

 

 激震の中、鉄菜は眼前に大写しとなった新たな敵を見据えた。

 

「こいつ……突進してきた? 機体照合は……」

 

 照合結果が出る前に、敵からなんと人機の詳細情報が送信されてくる。

 

「《ゼノスロウストウジャ》……白兵戦闘特化改造機、コード、《コボルト》……。この機体の名前か。自ら名乗るなど!」

 

 奔らせた剣閃を相手は紙一重で回避し、得物を振るい上げる。

 

 一振りの大剣が迫り、鉄菜は《モリビトシン》を咄嗟に横滑りさせた。

 

 相手が打ち下ろした直後を狙い、刃を血塊炉に叩き込もうとする。だが、その太刀筋さえも読んだかのように相手は袖口から出現させた小太刀を用いて受け止めていた。

 

「こいつ……!」

 

 歯噛みした鉄菜がRシェルソードを下段より振るい上げる。敵は刃を沿わせ、《モリビトシン》の首を狙って一閃させた。

 

 それをこちらはわざと身を反らせて回避し、返す刀を敵の片腕を取るべく打ち上げる。

 

 一閃を相手は機体を反転させて凌ぎ、大剣を横薙ぎに払った。

 

 叩き込まれかけた一撃を《モリビトシン》の剣筋がいなす。

 

「こちらの太刀筋を読んでくる? ……何者だ、この操主!」

 

 


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