ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯195 戦慄海域

 物珍しいのだろう。整備デッキに軍人が寄り集まっていた。

 

 三角形の扁平な機体形状に、針のように尖った尻尾。数珠繋ぎの爆雷が腹腔に収められており、頭部コックピットはモリビトタイプを踏襲している。

 

 ゲテモノだ、と誰かが口にしていた。

 

「海中戦闘用人機だってよ。お歴々も好きだねぇ……わけ分かんない人機に投資するのが」

 

「この人機……使えるのか?」

 

「ブルブラッドキャリアの艦に仕掛けるのが初の試運転だとよ。大方、本国の富裕層のスポンサーを納得させたいんだろうさ」

 

「海中用人機なんて、誰が乗るんだよ。ブルブラッド汚染は海を完全に生物が棲めなくしたっていうのに」

 

「だから、捨て駒なんだろ。そういう事だ」

 

 兵士達の言葉が表層を滑り落ちていくのを感じつつ、彼は廊下を折れた。

 

 整備デッキを一瞥したのは今次作戦において障害が発生しないように言い含めるためでもある。

 

 実際、自分の奇異な格好に誰もが圧倒されていた。赤い詰襟制服に、鬼の仮面。顔に刻まれた癒えない傷痕に、すれ違った兵士達が自然と道を譲る。

 

 その背中に囁き声がかかった。

 

「おい、あれ……。例の死なずか?」

 

「ヤバイだろ……。第二小隊って言うのはオカルト戦域だって言うのは聞いたが、マジなのかよ」

 

「本当に噂通りなのか……、UDって名前は……」

 

 彼は特段その言葉繰りを気にするわけでもない。相手に言わせておけばいいと考えているのみだ。

 

 だからこそ、自分はこの艦にいられる。第二小隊を引っ張るのには適度な恐怖心は格好の材料になった。第二小隊の者達は既に自機の点検に入らせている。過度なブリーフィングは必要ない。

 

 ただ戦闘前に自身を研鑽する時間は絶対に必要不可欠。

 

 彼らには戦闘前には三十分の瞑想を義務付けてある。そのお陰かどうかは知らないが、第二小隊の被弾率は他二つに比して極端に低い。

 

 熟練者が戦い、戦場を俯瞰する。

 

 それこそがアンヘル。それこそが、自分の預かる部下達。

 

 空気圧の扉を潜った先にいたのはC連邦の上官であった。挙手敬礼をしてから相手はまず、こちらの作戦を確認する。

 

「第二小隊によるブルブラッドキャリアの艦への強襲任務。危険度は高いが、他の操主達は?」

 

「皆、自身の人機と向き合っている。部下には必要な時間だ」

 

 その声の澱みなさに相手は笑みを浮かべた。

 

「噂通り……というわけか。君の事は、なんと呼称すればいい?」

 

「UDで通っている。それで構わない」

 

「蔑称になり得ないかと心配でね。戦場では少しの気の緩みも命取りになる」

 

 この上官はまだ分かっているほうだ。愛想笑いでも、自分の存在に異を挟もうとはしない。

 

「格納庫にあった、あの人機は……」

 

「人機と呼べるのか、という話かね? あれも人機だよ。広義では、という部分になってくるが血塊炉で動く機動兵器は漏れなく人機だ」

 

「しかし海中用となればリスクが高い。運用には」

 

「細心の注意を払っている。なに、兵士達が言っているほど上は人でなしではないさ。あの人機……海中戦闘用試作型、《マサムネ》を操るのはね」

 

《マサムネ》、と紡がれた人機の名称に自分は一拍置いてから口を開く。

 

「その辺りを理解しているのならば結構。それと、我が隊の動きだが」

 

「承知しているとも。海上の敵人機を主に迎撃。艦への強襲攻撃を防ぐ。信頼はしている。君には、ね。《コボルト》もそれなりに応えてくれるだろう」

 

「我が愛機の整備班への忠告、感謝する。あれは少しばかり急造ではあるが、モリビトとやり合うのにはどうしても必要であった」

 

「まったく……ワンオフの実体剣、か。取り寄せには苦労した。しかし君の眼鏡に適ったとなれば、想定以上の攻勢に移る事は可能だろう」

 

「助かる。俺は《コボルト》で出る。他の敵は」

 

「蹴散らせ、だろう? 難しい事でも何でもない。今までC連邦がやってきた事の繰り返しさ」

 

 少しばかり軽口を叩く上官が今はちょうどいい。ブルブラッドキャリアを軽視しているわけではないが、あまりに重要視すれば足元をすくわれる。その駆け引きを分かっている口振りだ。

 

 敵は外にのみ非ず。内側にも目を向けるべきなのだ。

 

「第三小隊に援護射撃を受け持ってもらっている。隊長には借りを作る」

 

「相手側からも後方援護のほうが都合はいいとの事だ。なに、合致しただけの話だよ。お互いの利害が」

 

 それでも第三小隊の隊長は紳士に見えた。それと同時に武士だとも。

 

「俺は斬り込む。艦隊警護までは頭が回らないかもしれない」

 

「モリビトを前にすれば、か。……よかろう。君はアンヘルの中でも特段に指示権限が強い。存分に切り込んでくれるといい」

 

「感謝する」

 

 踵を返した背中に上官が声を投げる。

 

「して、今回、斬るべき敵はいると思うかな?」

 

 その問いには手短に返すのみだ。

 

「斬るべき、か。可笑しな事を。世界の敵を斬るのに躊躇など」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医務室を訪れたのは自分でもどうしてだったのだろう。

 

 不思議で仕方ないのに、ここに来なければ、という使命感が渦巻いていた。瑞葉は数度のノックの後、医務室の奥で書類整理をしているリードマンなる男を目にしていた。

 

 鉄菜は少しでも怪我をすればこの男に頼むといいと言っていた。それはつまり、彼女も少しばかりは信用している相手という事なのだろう。

 

 背中を向けたままのリードマンが声をかける。

 

「負傷でも?」

 

「いや……少しだけ話を聞きたくって来た。いいだろうか?」

 

 その言葉にリードマンは椅子を引き寄せてくる。瑞葉は腰かけて彼を仔細に観察した。

 

 白衣を纏った痩せぎすの男。それ以外にさしたる印象はない。落ち着いた物腰でリードマンは尋ねていた。

 

「……鉄菜かな?」

 

「ああ。わたしは……ここにいていいのだろうか」

 

「鉄菜ならば、君にあるリスクも含めて承知しているはずだろう。心配は要らない」

 

「そうと……クロナにも言われた。何の心配もするな、と。だが、わたしは知らない間に枝でもつけられているのかもしれない。それどころか……もしかしたら、この艦を窮地に陥れているのかも」

 

 リードマンはその言葉を受け止め、しかし、と返す。

 

「鉄菜に言われていてね。解析なんて真似はするな、と」

 

 既に言い含められていたのか。瑞葉は食い下がっていた。

 

「何か……自分の中に異物がないかだけでもいい」

 

「しかしもし、あったとすれば? それを僕と鉄菜しか知らなければ後々禍根を残す。それこそ裏切りという名の、ね。だから迂闊な事はしないよ。鉄菜が許可しない限りは」

 

「だが、わたしは兵士だ! 捕虜の扱いでも、おかしくは……」

 

「ブルーガーデンは滅んだ。忠義を尽くすべき上官もいないはずだ。それなのに何故、君は義を通そうとする? これは鉄菜に聞かれたからではない、純粋な疑問なのだが……、地上のどの勢力に与したところで、君には益などないはずだ。どうしてC連邦に?」

 

 元々、機械天使であった身。C連邦政府に保護される理由が分からないのだろう。瑞葉はタカフミとリックベイの面持ちを思い返していた。

 

「……わたしは、二人の兵士に救われた。人間でいてもいいと、言ってくれた人がいたんだ」

 

「人間でも、か。それが君をブルーガーデン兵から、一市民まで守るために奔走した……僕から言わせれば変わり者、かな」

 

 その評に瑞葉は自嘲する。

 

「そうだな……。あの二人は本当に、変わり者だったのだろう。自分のような存在に意味を見出してくれた。ここにいてもいいのだと、当たり前の幸せを掴んでいいのだと、諭してくれたんだ」

 

 今、その二人と遠く離れている事が正答なのかは分からない。だが、お荷物になっているのならばここにいないほうがいいに決まっていた。

 

「……責任を負うべきでもないとは思うがね。君はもう兵士ではない。ならば庇護されても何もおかしくはない。鉄菜はそうだと決めれば譲らないし、僕だってかつての彼女の担当官であっただけだ。六年の隔たりはほとんど別人にしたと言ってもいい」

 

「担当官……、ブルブラッドキャリアは、鉄菜をどういう風に見ていたんだ?」

 

「それは詰問かな?」

 

 切り返されて、このような事、訊くのはずるいのだと嫌でも痛感する。鉄菜の口からはしかし、一生聞き出せないだろう。

 

 担当官を名乗るリードマンからしか、彼女の遍歴は辿れないのだ。

 

「……すまない。わたしだって聞かれれば嫌なはずなのに」

 

「当然と言えば当然だな。鉄菜は……元々は君とさして変わらない立場であった。組織のために忠義を尽くし、時に命さえも投げ打つように設計された、人造人間。……血続、というのを知っているか?」

 

 馴染みのない言葉に瑞葉は素直に首を横に振っていた。

 

「人機との繋がりが強い一部の人間を指す。百五十年前には撃墜王のあだ名であったらしい。血続操主というのは人機を手足のように操る術に長けている。しかしながら、鉄菜の操主適性は六年前の時点ではBマイナス。決して高い数値ではなかった」

 

「では、どうしてクロナは惑星に降りてきた……?」

 

 鉄菜のルーツを知らなければ自分はどこにも行けない。そう断じた瑞葉にリードマンは言葉少なに応じていた。

 

「知ってどうする? 彼女の痛みを肩代わり出来るとでも?」

 

「分からない……。ただクロナに守られてばかりなのは……嫌なんだ。同じように苦難の道を行っているはずなのに、自分だけ被害者ぶるのも……」

 

「なるほど。君はとても義理堅い。本当にブルーガーデンの強化兵であったのか疑わしいほどに。……失礼、今のは失言だな」

 

「いや、いいんだ。わたしも困惑している。強化人間でしかなかった自分がこうして普通に……誰かと喋って、誰かの事を想えるなんて……」

 

 タカフミがくれた心。それがたとえ手作りの代物でも、自分という機械天使には必要なものであった。作り物の肉体に作り物の自我。作り物でしかない己。被造物として使い潰されるのみであった自分に意味を与えてくれたのは自己の補完には必要とは思えない他人。

 

 そう、他人だ。

 

 他人という代物が人間を形作る。

 

 鉄菜も、タカフミも、リックベイも。

 

 他人以上に思える他人。

 

 その心が機械天使を解き放った。

 

「……わたしは、クロナに甘えている。その事に関しても、聞きたかった」

 

「鉄菜は別段、君に借りを返して欲しいとも思っていないだろう。……僕も困惑しているんだ。彼女は、六年前にはあんな風じゃなかった。自分というルーツを知っても眉一つ動かさない、冷血な人造人間。だが、何が彼女を変えたのか僕にも分からない。……分かった風になっていただけなのかもしれないな。担当官だからと言って」

 

「だが、クロナの……生まれに関わったのだろう?」

 

 その問いにリードマンは頭を振る。

 

「本当に彼女を生み出したのは僕じゃない。一人の女研究者であった。黒羽・ツザキ博士。あの人がいなければ、鉄菜は今のようにならなかっただろう。それこそ、他者を他者とも思わず、踏み潰し蹂躙するだけの殺戮機械に」

 

 鉄菜の人格形成に影響を与えたのはリードマンではないのか。その事を詳しく聞こうとして腰を浮かした瞬間、激震が部屋を見舞った。

 

 よろめいた瑞葉をリードマンが受け止める。

 

 明滅する照明にまさか、と息を呑んだ。

 

「敵襲? こんな……早過ぎる……」

 

 前回からまだ六時間も経っていない。リードマンは通信を繋いでいた。

 

「ニナイ艦長、これは?」

 

『砲撃ね。対艦レベルの。この位置が割れているとしか思えない精度だけれど……。まだ敵艦は射程内にも入っていない。こっちから仕掛けるのは下策』

 

「だが、砲撃を何度も食らって大丈夫なほど、《ゴフェル》は……」

 

『《イドラオルガノン》に出撃命令を出しておいたわ。《モリビトシン》は調整後出撃、《ナインライヴス》は来るであろう敵の空襲部隊を叩く』

 

 首肯したリードマンは瑞葉を一瞥する。

 

「保護対象がいる。この部屋で預かっても」

 

『……構わないけれど鉄菜は?』

 

「了承は取る。この部屋から外に出るほうが危険だ」

 

『……分かった。隔壁は第三警護レベルで閉ざしてある。一応は、敵艦を轟沈させる構えだけれどうまくいくかどうかは……』

 

 濁された声音にこの作戦がどのように転がっているのかを推し量った。

 

 ブルブラッドキャリアにとっては分の悪い賭け。敵がそもそも何故、こうも立て続けに自分達の位置を捕捉するのか。

 

 その帰結を口にしようとしてリードマンが手を翳した。

 

「……今は冷静な意見を聞けるような条件じゃない」

 

 噤んだ瑞葉はしかし、と悔恨を滲ませる。

 

「クロナが……傷つくんだ」

 

「それも彼女の望んだ事だ。見守るしかない。僕らには」

 

 出来る事なんてそれくらいなのだから、とリードマンは寂しげに紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『《イドラオルガノン》、発進準備!』

 

 カタパルトに固定され、林檎は開いた先を目にしていた。

 

 ブルブラッド汚染の色濃い海中。自分達のホームグラウンドである水中戦ならば前回の汚名もそそげる。アームレイカーに腕を入れた林檎に対して、個別通信が繋がれる。

 

『林檎、今回、敵艦の撃沈が目的ではあるけれどあまり《ゴフェル》から離れ過ぎないで。もしもの時に守りが手薄になる』

 

「了解。……でも、《ゴフェル》が狙われているのってさ。もっと他に考える事ないの?」

 

 こちらの問いかけにニナイは沈黙する。

 

『……《イドラオルガノン》はそうじゃなくっても海中戦闘に特化している。相手の出方次第では切り札なのはあなた達なのよ』

 

 おべっかで取り繕ったって、どうせ自分達に期待もしていないくせに。薄っぺらな賛辞は必要なかった。

 

「はいはい。じゃあせいぜい立ち回りますか」

 

「林檎、失礼だよ。すいません、艦長。でも今回はガンナー主体の装備ではないので、もし林檎が勝手してもミィには……」

 

「何さ、いい子ぶっちゃって。蜜柑だって思っているくせに。お荷物さえいなければ気楽だってね!」

 

 キッと睨み返した蜜柑に林檎は涼しげにする。通信越しのニナイが呆れた声を出した。

 

『……お願いだから出撃前に揉めないで』

 

「分かっているよ。コントロール権こっちに譲渡! どうぞ!」

 

『《モリビトイドラオルガノン》、発進、どうぞ』

 

「《イドラオルガノン》、林檎・ミキタカ! 出るよ!」

 

「蜜柑・ミキタカ! 行きます!」

 

 カタパルトが火花を散らし、射出された《イドラオルガノン》は甲羅の合間よりフィンを稼動させ、水を掻いていく。

 

 音もなく相手へと接近。その後に敵を轟沈させる。

 

 林檎は射程外より仕掛けてくる敵艦をソナーに捉えていた。熱源関知センサーとソナーの両構えで《モリビトイドラオルガノン》は海中での優位性を得る。

 

「臆病者の理論だ。相手に近づき過ぎてダメなんて」

 

「林檎? 艦長の作戦指示通りに……!」

 

「いや。従ってやるまでもないよ。それに! ボクらの有用性を確かめるのには、単騎で艦を落とすのが一番のはず!」

 

《イドラオルガノン》が推力を上げて敵艦へと肉迫する。

 

《ゴフェル》の監視網の円より離れ、通信域を離脱した。敵艦までの距離を概算しようとして、蜜柑が訝しげに声にする。

 

「何……、この音……」

 

「音? 何聴いているのさ」

 

「ソナーに反応がある……。でも、こんな推進音……あり得ないはず」

 

「勝手に分かった風にならないでよ。分からないボクがバカみたいだろ」

 

 蜜柑は音を共有する。《イドラオルガノン》のコックピット内に響くのは、水を掻く推進音であった。

 

「……まさか、今時魚雷?」

 

「違う……。魚雷ならもっと早く到達しているはず……。この感じ……よく知っている。これ……! 海中用人機の推進音だよ……!」

 

 言い放った蜜柑に林檎は、仰天した。

 

「あり得ない、あり得ないって! だって海中用なんて、地上の人間が思いつくわけ……」

 

「でも、《イドラオルガノン》の推進フィンの音とそっくり……。これ、もし事実だとすれば……!」

 

 海中用人機が《ゴフェル》に向かっているという事になる。だが、林檎はその憶測を振り払った。

 

「ないない! あり得ないって! 海の中で人機戦? もし会敵したのなら、それこそボクらの十八番だ!」

 

 敵を索敵しようとして、砂を食んだような音が捕捉を拒んだ。

 

「これ……、ジャミング?」

 

「まずいよ……林檎……。敵は多分、ミィ達が《ゴフェル》から離れるのを見越して、海中用の人機を寄越してきた。通信領域外に出た以上、敵艦を落とすしか方法論はなくなってしまった……。これじゃ、守りの手薄になった《ゴフェル》が……!」

 

 まさか、と林檎は息を呑む。《ゴフェル》が墜ちる。他でもない、自分達のせいで。

 

 這い登ってくるその恐怖に林檎は通信を確かめたが、先ほど領域外に出たばかりだ。当然の事ながら復旧するはずもない。

 

「別の手立ては? 信号弾を撃つとか……」

 

「撃てても《ゴフェル》には意味が分からないと思う……。予め作戦を練っていなかったから……」

 

 諦めるしかないというのか。林檎はアームレイカーを殴りつける。自分達の失態で艦を危険に晒すなどあってはならない。

 

 しかし、ここから出来る事はたかが知れている。このまま敵艦に仕掛けたところで、その時にはもう《ゴフェル》が轟沈していれば話にならないのだ。

 

 孤立した一機を倒すくらいわけないだろう。

 

 堂々巡りの思考の中、林檎は一つの結論に辿り着いた。

 

「……水中から敵が来るって知らせる」

 

「どうやって! 敵とすれ違ったのに?」

 

「絶対にこっちのほうが速い物体を射出して、海底に意識を向かせれば……。魚雷でも何でもいい! 《ゴフェル》の横っ面に何かを浴びせて、水中から来る人機を警戒させる!」

 

「でも、最善の武装なんて……」

 

 ガンナーである蜜柑が武器を選択する。林檎は《イドラオルガノン》に装備された武器の中で最も素早い武装を探し出していた。

 

「……アンチブルブラッドミサイル……、これしかない」

 

「でも! これを撃ったら、あの海域では血塊炉の兵器が使えなくなっちゃう! 《モリビトシン》は出せないよ!」

 

 ともすれば、これこそ組織への離反行為だと見なされるかも知れない。だが、それでも行動しなくては、今のままでは犬死にだ。

 

「……発射権限をボクに移譲して。そうすればいける」

 

「どうだって言うの! 林檎は照準だって合わせられないのに!」

 

「だからだって! ボクは照準なんて苦手だ。だからこそ……、《ゴフェル》に当てない軌道で相手を狙えばいい!」

 

 その意味するところを悟ったのか、蜜柑が絶句する。

 

「……そんな賭け……」

 

「でも、これしかない。迷っている時間はないんだ!」

 

 蜜柑はぐっと息を詰め、直後にはミサイルの発射権限をこちらに譲っていた。林檎は照準器を覗き込み、《ゴフェル》を視野に入れる。ブルブラッド汚染海域では目視戦闘はほとんど役に立たない。

 

 濁った海水が捕捉を邪魔する。それでも、この一撃が届けばいい。

 

 せめて、気づいてくれ、と祈った一撃を林檎は放っていた。

 

「届けーっ!」

 

 直後、《イドラオルガノン》より発射されたミサイルが《ゴフェル》へと殺到する。

 

 これが吉と出るか凶と出るかは全く不明。それでも、自分達は進むしかない。

 

「蜜柑! 敵艦を落とす。そうじゃないと、ボクらの意味が!」

 

 ここまで来れば腹をくくったのか、蜜柑は引き金へと指をかける。

 

「分かっている! ダメモトでも、やるしかないもん!」

 

《イドラオルガノン》は海中を掻き、敵艦へと速度を上げた。

 

 


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