ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯193 シビト

『野郎! 二機も落としやがった……! アンヘルのトウジャを……!』

 

 通信を震わせた怒りの声に、燐華は重く圧し掛かるような疲労感を覚えつつ、瞼を開いていた。

 

 隊長に迫ったモリビトの刃を肩代わりした自分はもう、死んだのだとばかり思っていたからだ。

 

 それなのにいつまで経っても、静寂の闇は訪れない。ここがまだ現世である事を否が応でも感じるのはヘイルの声に返答する冷静な隊長の通信を聞いていたからだ。

 

『少しばかり……嘗めていたようだな、こちらも。マーカー通りに仕掛ければ戦力を潰せるかと思っていたが、迂闊であったのはお互い様か。トウジャを二機失ったのは大きい。我々アンヘル第三小隊は一度、継続戦闘から脱しろとの命令が下った』

 

『冗談でしょう! この仇、今すぐにでも……!』

 

『逸るな、と上から言われているのだ。アンヘルのトウジャ部隊を失うのはナナツーや《バーゴイル》とは違うのだと。代わりに第二小隊が前線に出ると言う。艦隊規模の駆逐戦だ。こちらのほうがより効率的に、さらに言えば確実性が高いだろう』

 

『第二小隊……、って言えば、噂の……』

 

『ああ。死なずの男が前線に出る。ほとんど彼のワンマン部隊らしいからな。噂通りかはともかくとして』

 

『信用出来るんですかねぇ……。だってそいつ、仮面で顔を隠しているって……』

 

『傷を抱えているのは前回、隊長同士顔を合わせた時に目にしたが、実力までは聞き及んでいない。本当に死なずなのか。拝ませてもらおうじゃないか』

 

「隊、長……」

 

 声にした燐華に隊長が直通通信を繋ぐ。

 

『起きたか、ヒイラギ准尉。まったく無茶をする。少しでもずれていれば両断されていたぞ』

 

 機体ステータスへと視線を注ぐと、半身が赤く染まっているのが窺えた。どうやらモリビトに半分持っていかれたらしい。

 

「すいません……お荷物に……なっちゃって……」

 

『気にするなとまでは楽観的にはなれないな。君は自分の後ろから敵へと攻撃しろと伝えたはずだ。その禁を破ってまで敵の前に出た行為は、迂闊を通り過ぎて無茶無謀だ。推奨はされない』

 

 やはり、隊長も自分の行動にはさすがに怒りを覚えるのだろうか。瞼を閉じかけた燐華に、しかし、と彼は付け加える。

 

『君の援護がなければ死んでいたのはこちらかもしれない。その点では感謝している。ヒイラギ准尉、すまなかった』

 

 まさか自分が誰かの役に立てるなど、燐華は思いもしなかった。ただただ厄介なだけだと思っていたこの身が少しでも隊長や他の人員のために働けた。

 

 それだけでも充分に満足であったが、機体を大破させておいて満足など片腹痛い。

 

 まだまだ強くならなければならなかった。

 

「隊長……すいません、でした……」

 

『謝れるだけマシだ。意識を閉ざすなよ、ヒイラギ准尉。もうすぐ待機していた艦に辿り着く』

 

 視線の先にはブルブラッドキャリア追撃のために展開していた三隻の巡洋艦が波間を裂いていた。そのうち一隻に降下する。

 

 大破した自分の《スロウストウジャ弐式》がすぐさま運び込まれ、操主である自分も医務室へと急行された。

 

 その途上、口々に声が聞こえてくる。

 

「斬られかけた隊長を庇ったんだと」

 

「泣かせるねぇ。アンヘルの女操主か」

 

「とはいえマーカーは健在だ。このまま追いすがるしかないだろうな」

 

 自分がいなくとも世界は回る。そう感じつつ、燐華はゆっくりと意識を闇に落とさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘイルは燐華が隊長を庇ったという事実に、少しばかり驚愕していた。逆はあってもそのような事はあり得ないと思っていたからだ。自分が情報操作などしなくとも、ああやって死んでいくのならばまだ使い道があるのだが、最新の医療設備に入れられれば燐華は一命を取り留めるだろう。それほどまでに酷い怪我ではないのは既に目にしている。

 

 整備デッキに収まった愛機から這い出たヘイルは隊長と顔を合わせていた。生き残りは自分と隊長と燐華、という最悪の形になった。それでも闘志が消えていないのはその双眸を見れば明らかである。

 

「隊長……ヒイラギ准尉が、庇ったってのは」

 

「本当だ。あの局面、撃たれていたのは自分だった」

 

 てらいのない言葉にヘイルは言いやる。

 

「どうしてなんです? あんな一兵卒、盾にでも何でもすればいいでしょう? どうして奴にそんなに入れ込むんですか?」

 

 自分からしてみれば不思議でしかない。隊長はしかし、その面持ちに逡巡さえも浮かべなかった。

 

「ヘイル。今回、モリビトを前に死した操主の名前を言えるか?」

 

 ヘイルは一拍置いてから、その二人の名前を紡いだ。隊長は頷く。

 

「彼女に特別入れ込んでいるわけではない。自分からしてみれば、お前達も充分に大事な隊員だ。失うわけにはいかない」

 

 思わぬ言葉であった。隊長はストイックな性格だから、死んだ人間には目もくれないのだとばかり思い込んでいた。

 

「……隊長」

 

「我々第三小隊は一度、様子見だ。いずれにしたところで、今の戦力ではモリビトを追い詰められまい。あの艦も、な。しかし、このまま我が方の軍艦が相手に追いつきさえすれば戦局は一変するだろう。敵はどちらにしても選択を迫られるはずだ。ここで退くか、あるいは沈むかの、な」

 

 ヘイルは整備デッキに固定された第二小隊の機体を視野に入れる。赤い《スロウストウジャ弐式》は共通であったが、隊長機に当たる《ゼノスロウストウジャ》には特殊な改造が施されている。

 

「……なかなか見ない井出達ですね。今時、実体剣がメイン装備なんて」

 

「加えてあの機体には中距離兵装として牽制用の低出力リバウンドバルカンのみ。珍しい、を通り越して奇妙ですらある。あの機体の様式は」

 

 紫色に塗装された隊長機には鬼の角を思わせる意匠が施されている。

 

「名前は……」

 

「《ゼノスロウストウジャ》白兵戦闘特化改造機。全部隊への参照コードとして《コボルト》の呼称が与えられている」

 

「《コボルト》……」

 

 鬼、か。ヘイルは胸中に独りごちる。《コボルト》より這い出てきた男の姿に隊長が歩み寄っていく。自分もその後に続いていた。

 

 相手は操主服さえも身に纏っていない。赤い詰襟服のまま人機に乗るというのか。その有り様にヘイルが絶句していると隊長が淀みなく声にする。

 

「第三小隊、これより第二小隊へと継続任務を委譲する。……苦労をかける」

 

 滲み出た慮る語調に相手は返礼してから声を投げかけた。

 

「こちらはすぐにでも出られる。その方の戦果、我が第二小隊にしてみても相当に有益であった。援護程度ならばしてくれるという口約束であったが」

 

「喜んで果たさせてもらおう」

 

 隊長が差し出した手を、相手は一瞥しただけで握り返しもしない。

 

「援護に際して、二、三言いつけておきたい事が」

 

「何か?」

 

「俺が不要と判断した場合、援護射撃は打ち切っていただきたい。こちらは敵へと超接近戦を挑む。その場合、味方の火線すら足枷になる可能性は否めない」

 

 なんて物言いなのだ、とヘイルは空いた口が塞がらなかった。自分達は援護が要らないほどの熟練度だとでも言いたいのか。

 

「承知した。しかし、どうしてもと判断した場合は」

 

「多少の援護は歓迎する。しかし、俺が此より先は不要と断じた場合、絶対に援護はしないでいただきたい」

 

「ちょ……っ、あんた! どういう物を言っているのか分かっているのか! 相手は腐ってもモリビトなんだぞ! 援護するなとか、そんな事を言える立場じゃ……」

 

「ヘイル。……了承した。援護は最低限に留めておこう」

 

「理解があって助かる」

 

 相手は毛ほどにも思っていないようであった。身を翻したその背中を忌々しげに睨んで、ヘイルは毒づいた。

 

「……何だって言うんですか。あいつ。……言ってやりましょうか。アンヘルでなんて呼ばれているのかって」

 

「いい。死なずの、の矜持をわざわざ奪ってやる事もあるまい。それに、本人が要らないと申し出たのだ。我々は最小限の援護でいいというのは前に出るな、という言いつけでもある。あれはあれで、こちらの損耗度合いを分かっている。だからこそ出る言葉なのだろう」

 

「どうして! 隊長はそう物分りが良過ぎるんですか。あいつに言ってやればいいんですよ。〝シビト〟って奴を」

 

「ヘイル。それは禁句だ」

 

 分かっていたがここまでコケにされれば言わざるを得ない。モリビト相手に立ち回れるとでも言うのか。

 

 シビト――UDの異名を取るあの男が。

 

 


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