ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯20 三号機の影

『鉄菜。敵の振り払いは充分に完了したわ。《インペルベイン》は損耗率二割以下。そっちの状況を聞いておく』

 

 鉄菜は紺碧に染まった濃霧の中を行く《シルヴァリンク》のコックピットで歯噛みした。

 

 ――あれがエース。あれが、モリビトに性能面での優位を覆す存在。

 

 自分はあれに勝てるのか。今の状態では、《シルヴァリンク》が万全でも自分が足りない。圧倒的に、場数も、何もかもが。

 

『鉄菜? 返事くらいしなさいよ』

 

 怪訝そうにした彩芽に鉄菜は通信を返す。

 

「《シルヴァリンク》の損耗率は同じく二割以下。作戦続行に何の支障もない」

 

『了解。次の合流地点を示しておくわ。そのマップに従って行動して』

 

 指し示されるのはここから北方に二百キロほど行った離れ小島であった。鉄菜は眼下に広がる地形を見やる。抉られた大地は人々の戦場の営みを刻み付けられ、癒えぬ傷痕に呻いていた。

 

 その呻きがブルブラッドの毒の吐息となって漏れている。

 

「人の原罪、か」

 

 呟いた鉄菜はジロウに言葉を投げた。

 

「第二フェイズを続行するのに、今の《シルヴァリンク》で足ると思うか?」

 

『それは、操主である鉄菜がそう思うのなら、そうなんだと思うマジ』

 

 自分が一番に《シルヴァリンク》の事を理解している。そのつもりであった。だが、《ナナツー》で拮抗されるなど思いもしない。

 

 否、それ以前に二つのエースと既に出会っている。

 

《バーゴイル》で追いすがってきた一機と、《ブルーロンド》一機。この惑星にエースなど、既に廃れた概念だと思っていたが。

 

「分からないものだ。私が侮っていたのかもしれない。アンシーリーコートを晒してしまうなんて」

 

『鉄菜のせいじゃないマジ。相手が悪かったんだマジよ』

 

 それならばどれほどいいか。鉄菜は瞑目して自らの力の至らなさを悔いた。

 

「もっと私が強ければ……」

 

 その時、不意にジャミングの波長が《シルヴァリンク》を震わせる。ブルブラッド大気濃度が高いのか、と濃度測定器に視線を走らせたが七割程度だ。モリビトの機動に影響がある数値ではない。

 

 ハッと振り仰いだ視線の先に鉄菜は習い性の神経で飛び退らせる。

 

 空間を射抜いたのは極太の光条であった。

 

 粒子の色に《シルヴァリンク》を機動させる鉄菜は瞬時に見抜く。

 

「この粒子……R兵装か」

 

『来るマジよ!』

 

 接近警報が響く中、濃霧を引き裂いて現れたのは赤と白の彩色を持つ人機であった。

 

 赤い双眸がこちらを睨み据える。

 

『ホントーに、鈍いのね。ま、モモに勝てるわけないのは分かっていたけれどさ!』

 

 相手の操主の声だろうか。随分と幼い。甲高ささえ感じさせる声音に鉄菜は《シルヴァリンク》に戦闘姿勢を取らせた。

 

 左腕の盾の裏側から大剣の柄を取り出す。発振したリバウンドの刃に相手操主が鼻を鳴らしたのが伝わった。

 

『近接戦術なんて原始的! ロデム!』

 

《シルヴァリンク》が濃霧を引き裂き、敵へと肉迫しようとする。その段になって相手の大型人機の胴が丸っきり欠損している事に気づいた。

 

 否、欠損ではない。

 

 わざとその部分に空洞があるのだ。

 

 両腕もない、と鉄菜がうろたえた直後、空域を震わせた接近警報の主がブルブラッド大気を裂いて現れた。

 

 機獣だ。

 

 四つ足の獣の人機が滑空し、こちらへと牙を剥き出しにする。牙の間を電磁が行き交い、その威力を補強した。

 

 咄嗟に払ったRソードの太刀筋が受け止められる。相手もR兵装か、と緊張を走らせた鉄菜へと、照準警告が響き渡った。

 

『ホンットーに、程度が低いのね。最初の第一フェイズの執行具合で分かっていたけれど。いい? あんた達は圧倒的に、モモより格下なの。《インペルベイン》も同じよ。あの操主じゃ、モモには勝てないわ』

 

 巨大な翼が折り畳まれ、出現したのは長大な砲身であった。充填されるのはリバウンドのエネルギー波である。

 

 獣を相手にしつつ大型人機を相手取るのは分が悪い。

 

 鉄菜は銀翼を展開させ、《シルヴァリンク》を急速後退させた。

 

 獣には継続した飛翔機能はない。だから相手は落下するだけに見えたのだが。

 

『ロプロス! サポートに入りなさい!』

 

 その言葉が響き渡るのと同時に、今しがた銃口にエネルギーをチャージしていた主翼が分離する。

 

 何が起こったのかまるで分からなかった。

 

 大型人機が頭部パーツと背面飛翔パーツを分離させ、脚部と頭部が合体する。

 

 飛翔能力を失った本体に代わり、素早く空間を引き裂いたのは今しがたまでメインウイングを展開していた部位である。

 

 小さな翼竜の頭部が出現し、《シルヴァリンク》へと砲撃を見舞った。

 

 かわしつつ、相手が空間を飛び抜け、獣型の人機を回収したのが視野に入る。

 

 なんと相手の翼竜型人機が獣型と合体したのだ。合成獣を思わせるように下半身を翼竜とした獣型が飛翔し、自由自在に空を舞う。

 

 獣型の牙が再び《シルヴァリンク》へと奔った。

 

 Rソードで薙ぎ払おうとするが、横合いから入った火線がその挙動を邪魔する。

 

 本体と思しき人機は脚部と合体を果たし、逆関節の脚部を腕として構築し直し、こちらへと機銃掃射を見舞う。

 

「こいつら……四機とも人機だって言うのか!」

 

 頭部パーツと脚部パーツ。それに翼竜パーツと獣型、どれも別個の人機のように映る。

 

『それすら見抜けないのなら、モモの敵じゃないわ。あんたはここで墜ちるの! 《ノエルカルテット》の死の四重奏に抱かれてね!』

 

《ノエルカルテット》。それが相手の人機の名前か。

 

 鉄菜は襲い掛かる獣型をRソードで押し返そうとするが、翼竜の翼から砲台が現れ、こちらへと照準する。

 

 R兵装の攻撃はリバウンドフォールでは跳ね返せない。

 

 すぐさま離脱しようとしてその背筋へと火線が咲く。前後共に相手の思うつぼだ。

 

 これでは身動きすら取れない。

 

『どうするマジ? 鉄菜!』

 

「騒ぐな。連中が四機編成で来るっていうのなら、私もそれなりに覚悟しないといけないという、それだけの事実だ」

 

『じゃあ――』

 

《シルヴァリンク》の操縦桿を握り直す。Rソードを突き出した《シルヴァリンク》に黄昏色のフィールドが纏い付いた。

 

 獣型の牙を弾き、敵の銃弾を受け流す。

 

『この力場……! これ、モモが話だけ受けたあの……!』

 

「そうだ、これが銀翼の!」

 

 跳ね上がった《モリビトシルヴァリンク》が獣型の直上を取る。

 

 熱量が膨張し、Rソードの切っ先を基点として紺碧の空に黄昏の猛禽がいなないた。

 

「アンシーリー、コート!」

 

 獣型を狙い澄ましたアンシーリーコートの一撃が叩き込まれようとする。

 

 獣型の機動力では逃れられまい。

 

 胃の腑の押し上がる感覚を味わいながら鉄菜の剣が獣型を押し潰そうとする。

 

「これでっ!」

 

『させない! バベル発動! グランマ、全機離脱挙動!』

 

 その瞬間、翼竜と合体していた獣型が不意に分離する。

 

 分離時の衝撃で相手の胴ががら空きになった。アンシーリーコートはその空間を射抜いただけで、相手に物理ダメージは与えられない。

 

 空間を奔り切ってから、鉄菜はRソードを握り直させ、獣型だけでもとどめを刺そうとした。

 

「一機でも、落とす!」

 

『それまでよ! 《モリビトノエルカルテット》、ロデム、ロプロス、ポセイドン、全機、合体軌道!』

 

 弾かれたように獣型が中空へと寄り集まっていく。

 

 頭部パーツを中心軸として獣型がまず胴体を成し、その背面へと翼竜が装着され、脚部へと最後に逆関節が合体を果たす。

 

 一瞬にして大型人機が完成していた。合体のロスはほとんどない。獣型の前足を構築していた部位が両腕となり、すっと掲げさせる。

 

 袖口に装備されたR兵装のガトリングがこちらに照準された。

 

『いいわ。ここまでやるなんて思っていなかった。ロデムにやられちゃうんだったら、そこまでかな、と思っていたけれど。モモの眼に狂いはなかった、と思っておきましょう』

 

 途端、通信ウィンドウが開いた。

 

 通信越しにいたのは桃色の髪を二つ結びにした少女である。自分より随分と幼い。人機に乗れる年齢ではないと思われた。

 

 だが、現に彼女は四機の人機を手足のように操り、自分を追い込んで見せた。相当な手だれだろう。

 

「その人機、モリビトなのか」

 

『ええ。モリビト三号機。《ノエルカルテット》。モモの機体よ』

 

「お前が操主なのか? 四機共の?」

 

『信じられない? この四機のうち三機に、操主はいない。モモが一人で操っているの』

 

 にわかには信じ難いが、大型人機を動かすほどのエネルギーがどこにあるのかも探らなくてはならない。好戦的な面持ちを崩さない鉄菜に、画面越しの少女は微笑んだ。

 

『予想通りの無愛想さね。自己紹介しましょう? それも出来ない、というわけじゃないでしょ?』

 

「……鉄菜・ノヴァリス。《モリビトシルヴァリンク》の操主を務めている」

 

 少女は自分の胸元に手をやって誇らしげに言いやった。

 

『桃・リップバーン! 《モリビトノエルカルテット》専属操主。でも、あんたより先輩よね? だって降りたのはモモのほうが先だもんねー!』

 

 相手操主の自信の意味が分からない。降りたのが先だから何だというのか。

 

「惑星に降りた順番がモリビトの性能順ではない。その理論で行けば《インペルベイン》が最も強い事になる」

 

『分かってるってば! ジョーダンも通じないのね! クロ!』

 

「クロ……?」

 

 胡乱そうに聞き返すと桃が言い返した。

 

『あんたの愛称。鉄菜だから、クロでいいわよね?』

 

 有無を言わさぬ了承の物言いに鉄菜は肩を竦める。ここまで会話にならないと彩芽がまだマシだと思えてくる。

 

「勝手にすればいい。私は、桃・リップバーン。お前につくつもりはないのだから」

 

『そりゃ、勝ったのはそっちだし。でもま、こっちも本気出してないって事くらいは分かった?』

 

「モリビト同士の戦闘で本気を出せばどちらかが死ぬ」

 

 簡単な帰結に桃は指を鳴らした。

 

『物分りはいいみたいじゃない。……と、ここは濃度が高過ぎるわね。会話も通信越しじゃあんまりいい気分はしないでしょ?』

 

「別に……」

 

 彩芽もそうだがモリビトの操主に選ばれたにしては軽率が過ぎる。どうして他人の顔など見たがるのだろう。

 

『いいから。ここから北東に二キロ抜けましょ。そこなら濃度が薄くなる』

 

「調べたのか?」

 

『《ノエルカルテット》の性能、甘く見ないでよねっ』

 

 桃の《ノエルカルテット》の先導で鉄菜は《シルヴァリンク》を後続させるべきか、一瞬だけ迷った。

 

 死地に誘い込まれている可能性もある。

 

『鉄菜、どうするマジ?』

 

「……一旦は様子見だ。今は相手も戦う気はないらしい。アンシーリーコートを見せた。相手は奥の手を明かしていない。この状況で、成すべきは一つ」

 

 可能ならば相手の寝首を掻き、アンシーリーコートの性能を極秘のままにする。

 

 そのためには相手に少しばかり油断させなければならない。《シルヴァリンク》を機動させ、鉄菜は《ノエルカルテット》の機体に並んだ。

 

 並び立つと《ノエルカルテット》はこちらの倍以上はある。大型人機にカテゴリーされるその巨躯に内蔵されているのは目視可能なだけで四機の人機。

 

 頭部パーツに戦闘性能があるかは疑問だが、他三機には確実に惑星内の戦闘用人機数体に当てはまるだけの戦闘力があった。

 

 軽く見積もっただけで《ナナツー》ならば六機分ほど。

 

 それほどまでの追従性能があるサポートマシンを操作するのには専用のOSが必要なはずだ。

 

 先ほど口走った「バベル」という単語が該当するのだろうか。

 

 観察の目線を注いでいると桃がふふんと笑みを浮かべた。

 

『モモの《ノエルカルテット》、強いでしょ』

 

「ああ。脅威だ」

 

 判定はBと言ったところか。その言葉に桃は鼻高々らしい。

 

『だってモモのモリビトは特別だもん! この機体にはね、グランマも乗っているし』

 

「グランマ?」

 

 聞き返すや否や、女性の声が通信網を震わせた。

 

『あまり自分の事を言い触らすもんじゃないよ』

 

『きゃっ! ごめんなさい、グランマ』

 

 悲鳴を上げた桃に声の主はどこからと視線を巡らせた鉄菜は、ハッと気づく。

 

 サポートAIの存在を忘れていた。恐らく「グランマ」とは《ノエルカルテット》のサポートAIなのだ。

 

『ごきげんよう、鉄菜・ノヴァリス。三番目のモリビトの適格者。我が孫ながら軽率でね。戦闘でそちらの力量をはかろうとした事、誤らせて欲しい』

 

 まさかAIから謝罪が来るとは思っていなかった鉄菜は戸惑ってしまう。

 

「いや……それより、そちらの詳細を」

 

『話せない、と言っておくのが正しい。それは一号機と連携しているお前さんなら、分かるね?』

 

 こちらの口から《インペルベイン》と彩芽に関して言うつもりがないのを見越しての事だろう。桃はふんと鼻を鳴らしてぼやいた。

 

『戦力差は圧倒的! だってのに、隠したっていい事ないよ?』

 

『桃。あまり過信しない事だ。《ノエルカルテット》は確かに強い。だが、それはあらゆる事象に裏打ちされた強さなのだと言う事を』

 

『はぁーい。グランマの言う通りね』

 

 まるで本当の血縁者のような物言いをする。鉄菜は怪訝そうにそのやり取りを眺めつつ、前方の霧が薄れているのに気づいた。

 

「大気濃度測定……驚いたな。確かに減少している」

 

『嘘は言わないって。まさか、誘い込んで一網打尽、とかだと思った?』

 

 こちらも嘘を言うつもりはない。沈黙を是とすると桃はため息をついた。

 

『警戒し過ぎ! だって《ノエルカルテット》だけでも充分強いのに誰かと組んでまでモリビト同士、潰し合ってどうするの? モモは《ノエルカルテット》の力だけ信じるもん! 他はどうだっていいよ』

 

 連携を密にするタイプではないのか。彩芽とは正反対だな、と胸中に感じつつ、《シルヴァリンク》は前方を遮った《ノエルカルテット》の姿に制動をかける。

 

「どうした?」

 

『顔を見せ合いましょう? ここなら、大気濃度を鑑みても大丈夫だし』

 

「意味が分からない」

 

 本音を口にすると通信枠越しの桃は眉をひそめた。

 

『……ホンットーに変わってるのね。ま、情報はもらっていたけれど、ここまで偏屈だなんて。いいわ。ここは流儀に則ってモモから顔を見せてあげる』

 

 既に通信で見ているのに不要だ、と切り捨てる前に、《ノエルカルテット》の頭部コックピットから出てきたのは小柄な少女であった。

 

 彩芽の背丈の半分ほどしかない。自分も小柄なほうだが、それよりも小さい。あれで操縦桿に手が届くのか、と心配になるほどだ。

 

 通信枠越しと同じく、桃色の髪を両脇に留めた少女は快活に手を振った。

 

「おぅい! クロ、あんたも顔出してよ!」

 

 鉄菜は相手の武装を観察する。見た限り自律稼動が可能なものばかり。専用OSの存在もにおわせている。

 

 どう転んだところで、ここで《シルヴァリンク》は不利だ。敵に剣を突きつけても四対一で、なおかつ専用武装の優位が取られた今では、相手に従うしかない。

 

 鉄菜はコックピットブロックを叩き、外に出る事を示した。

 

『本当に、出るのかマジ?』

 

「敵の情報を知るのに必要なだけだ」

 

 それ以外にない、と鉄菜はコックピットを開け放った。薄らいだ紺色の風が吹き抜ける。黒髪が風に揺れ、桃を睨み据えた。

 

 Rスーツの端末に認証をかける。

 

 こうやって対面している時間も惜しい。《ノエルカルテット》の一部情報でも詮索しておくべきであった。

 

 桃はRスーツを身に纏っていない。

 

 服飾はフリルのついたワンピースである。戦闘用の格好でさえもない。本当に、嘗めているのか、と鉄菜は相手を凝視する。

 

 その視線が気に障ったのか、桃は手を振った。

 

「……クロ、あんた目つき悪っ」

 

「ブルブラッド大気汚染はこの空域では六十七パーセント。だが、それでも人間の活動に差し支えるという意味ではまだ、安全圏ではない。だというのに、目の前の相手はRスーツさえも纏っていない」

 

 警戒を走らせるのも当たり前だ。顎をしゃくると桃は片手をパタパタと扇がせた。

 

「あれ、キライなのよね。蒸れるし下着もつけられないし。それに、四六時中着けっ放しでしょ? キタナくない?」

 

「これが我々ブルブラッドキャリアの標準装備だ。《ノエルカルテット》の対G性能がよほどいいのかは知らないが、着ていないといざという時、命取りになるぞ」

 

「でもあんた、着ている割にはあんまり快適そうじゃないね。で? どこにいるの?」

 

「……何の話だ?」

 

 話の意義を掴めないでいると桃は嘆息をついた。

 

「……一号機! あれ、連携してるんでしょ? 教えてよ。あんたの二号機は目立つからすぐ見つけたけれど、アイツ、《ノエルカルテット》の眼からよくも逃れて……」

 

 まだ《インペルベイン》の情報は分かっていないのか。ならばこちらにとって有益なカードが増えた。

 

「一号機の詳細を知りたいのか?」

 

「教えてくれるの?」

 

 期待に染まった桃の視線を、鉄菜は手で払った。

 

「答えられない。先ほどのグランマの言葉を借りるのならば、モリビト同士で教え合うわけにはいかない」

 

 パワーバランスを崩すのは致命的だ。一機でも抜きん出れば、その一機から芋づる式に他の二機へと被害が及ぶ可能性もある。

 

 桃は眉根を寄せて額に指を突いた。

 

「むむぅ……、やっぱり、そう簡単には教えてくれないか。じゃあ交換条件! 《ノエルカルテット》の事を教えてあげるから、一号機の情報と交換しない?」

 

「先ほどAIがそれは駄目だといったばかりではなかったか」

 

「気が変わったのよ。ね、グランマ!」

 

『桃のやりたいようにやればいい。必要以上の干渉はしないよ』

 

 このグランマなるシステムも読めない。どこまで制御のうちなのだ。四機のサポートマシンの事を聞くべきか。《ノエルカルテット》の性能面を尋ねるべきか。

 

「ね? 教えてあげるから、一号機の事、教えてよ」

 

 ――いや、と鉄菜は頭を振る。

 

 どうして彼女は一号機の事ばかり知りたがる? 《シルヴァリンク》と戦ったからもうこちらの事は分かり切っているとでも?

 

 鉄菜は即座に別の可能性を思い至った。

 

 この少女の狡猾な側面を予見し、鉄菜は言い放つ。

 

「それを、一号機の操主にも聞いたのか?」

 

 瞬間、桃の笑顔が凍りついた。図星だったのだろう。すっと佇んだ桃からは既に気安い表情が消え失せている。

 

「……へぇ、馬鹿じゃないんだ。降下してすぐ《バーゴイル》なんかに押さえられてるんだから相当頭の回っていないお馬鹿さんかと思っていたけれど、案外、こういうのには聡いのね」

 

 確信する。《ノエルカルテット》は既に《インペルベイン》と交戦、あるいは情報交換の段取りに入っている。彩芽は知っていたのか、と思い返すが、彼女にそれらしい気配はなかった。自分の感じる範囲では嘘を言っている風でもない。

 

 ならば、この接触が最初、と前向きに考えるべきだ。

 

「私を踏み台にして、一号機も押さえるつもりだったな」

 

「ま、そうね。クロがもうちょっとだけお馬鹿さんで、モモに優しくしてくれたら、そうだったかも。でも、そうじゃないみたい」

 

「ならばどうする? ここで戦うか?」

 

 鉄菜がホルスターのアルファーに手を伸ばす。姿勢を沈めた鉄菜はいつでも戦闘姿勢に入れた。

 

 しかし、桃はその気がないように手を振る。

 

「誤解しないで欲しいのは、モモは別にモリビトは一機だけでいいとか、そこまで行き過ぎた考えじゃないって事。むしろ、その辺は一号機の操主のほうが持っていそうだけれどね。だって戦線にもあんたの《シルヴァリンク》を頭に立たせて毎回、裏方に回っているでしょ? そのせいで《ノエルカルテット》の情報網に最小限の情報しか入って来ないんだもの。普段は眼にも映らないし」

 

《インペルベイン》の装備している光学迷彩は《ノエルカルテット》にも有効なのか。自分の胸の中だけでその事実を押し留め、鉄菜は問い返す。

 

「何がしたい? 私と戦って、何を得たかった?」

 

「誤魔化す必要もないよね。簡単に言うと、第二フェイズのモリビトの段階から、第三フェイズに移行させるための、テスト、がモモと《ノエルカルテット》の役割」

 

「テスト、だと?」

 

「第一フェイズは単騎でどこまでやれるかの試験。惑星圏外から突入し、モリビト三機それぞれに割り振られた任務をスマートにこなせるかどうかの独立したミッション。で、第二フェイズは三機のうち、二機が連携し、モリビトの力を世界に示す。その前段階だと思ってもらえればいいわ」

 

「第三フェイズは、三機合同の任務だと聞いている」

 

「表向きは、ね。でもその役割の分担は、モモの《ノエルカルテット》に一任されている。だっておかしいと思わない? 中距離武装の一号機と、近接格闘型の二号機、どう考えても両極端。これじゃすぐに対策が練られるわ。それをさせないのが、モモの《ノエルカルテット》の能力」

 

 鉄菜は《ノエルカルテット》の内奥に宿る四つの命の波長を感じ取った。アルファーが呼応し、淡い光を発生させる。《シルヴァリンク》、《インペルベイン》と比しても単純に四倍。これは相手の内臓血塊炉の数に相当する。

 

「……《ノエルカルテット》は、四基のブルブラッドエンジンで成り立っている」

 

 桃が指鉄砲を作って鉄菜を指し示した。

 

「当たり。モモは一号機と二号機とは別に、この三号機――《ノエルカルテット》で選定する役目を帯びている」

 

「《ノエルカルテット》の能力は単純計算で戦闘用人機の四倍、というわけか。その能力値で、一号機と二号機を潰し合わせでもする気だったか」

 

 鉄菜の問いかけに桃はナンセンス、と肩を竦める。

 

「そんな事したって面白くも何ともないし、どうせモモの《ノエルカルテット》が無敵だもん。意味ないよ。モモがしたいのはそうじゃなくって、あんた達二人が道を違えていないかの、確認かな」

 

「確認? ブルブラッドキャリアが大国やコミューンになびくとでも?」

 

「あり得なくはないんじゃない? 操主があまりにも精神的に脆い場合や、窮地に追い込まれた場合。モモのモリビトが守るのはブルブラッドキャリアの矜持。だから、その時、真価を発揮する」

 

「今は。教えてもらえそうにない言葉振りだ」

 

「そりゃあね。だって、これは裏切りがあった時の備えだもの」

 

 その仔細を語るわけにはいかない、か。そもそも、こうやって《ノエルカルテット》の能力を部分的であれ開示しているのはある程度の信頼があると思っていいのだろうか。それとも、《ノエルカルテット》にはまだ奥の手があり、《シルヴァリンク》が本気になっても敵うまいと考えているのだろうか。

 

「……組織内で相手の腹の内ばかり探っていても仕方ない」

 

「そうよね。モモは、もっと建設的な話をしに来たの」

 

 屈んだ桃が鉄菜へとうっとりしたような視線を向ける。鉄菜は怪訝そうに睨み返した。

 

「……何だ」

 

「ねぇ、クロ。モモだけのクロになってみる気はない?」

 

 どういう意味なのか。はかりかねて、鉄菜は尋ね返す。

 

「私に、お前だけの……?」

 

「《シルヴァリンク》と一緒にさ。一号機の操主を切って、こっちに来る気はない? って聞いているの。だって、一号機なんて中距離戦しか能のない機体のはずよ? それと組んでいるより、モモと組んだほうが絶対にうまくいく」

 

「……共同戦線を張れ、と」

 

「平たく言えばね。もっと簡単に言おうか? 一号機なんて捨てて、モモと一緒に世界を変えようよ。モモ、クロの事気に入ったし、今なら《ノエルカルテット》で一緒に戦ってあげられるよ?」

 

《インペルベイン》と彩芽との共闘関係を打ち切れ、という事。確かに戦力面だけで言えば三号機に勝るとは思えない。

 

《インペルベイン》との共闘をやめて、三号機とだけ戦うか。

 

 その疑問に、鉄菜は逡巡さえも挟まず、目線一つで決定していた。

 

「お断りだ。私は、一度交わした約束を違えるような安い人間じゃない」

 

《インペルベイン》と《ノエルカルテット》。秤にかければその力量差は分かり切っているが、ここで安易に彩芽を裏切る事こそ、先ほど桃の言っていた裏切り行為に抵触する。つまり、この魅力的な提案それものが鉄菜の判断力を試す囮だ。

 

 桃は、ふぅんと興味深そうに鉄菜を観察する。

 

「意外……でもないか。クロは正直そうだもんね。一度交わした約束を違えるほど、か。案外、義理深いのかもね、クロは」

 

 微笑んだ桃は手を払って立ち上がる。絶対者の眼差しを湛えて鉄菜と《シルヴァリンク》を断罪した。

 

「いいわ、合格よ。簡単になびかない、そういうところも含めて、気に入ったわ、クロ。だからこれは、サービスと言ったほうがいいのかもね。《ノエルカルテット》は共闘してあげる。第三フェイズはひとまず、《シルヴァリンク》を敵にはしない。約束しましょう」

 

 それは《インペルベイン》が現れれば攻撃する、という意味なのか。問い質す前に、桃は《ノエルカルテット》のコックピットに収まっていた。

 

「第三フェイズは間もなく知らされるわ。その時、一号機の操主がどういう態度を取るのかは分からないけれど、クロ、あんたとモモの約束だけは本物だから。《ノエルカルテット》の正体をある程度見せたのも、信頼の証。モモと友達になれたのよ? 光栄に思いなさい」

 

《ノエルカルテット》がゆっくりと上昇していく。四基のブルブラッドエンジンを組み込んだ機体はすぐさま気流を生み出し、遥か彼方へと飛翔していった。

 

 その道筋を目にしながら、鉄菜は息をつく。

 

 どうにも、《ノエルカルテット》、読めない相手だと判断した。

 

 コックピットに戻った鉄菜をジロウが慮る。

 

『鉄菜、ああいう相手は苦手マジ。正直なところ、交渉にもならないマジよ』

 

「私も、得意ではない。だが、三号機の存在とその能力を知れた。これは私にとって優位になる。来るべき第三フェイズで勝ち残るのには、三号機の手助けは必要不可欠だ」

 

『でもそれを、鉄菜が負う事はなかったんじゃないマジか? 彩芽とルイでも充分に交渉に成り得たマジ』

 

 一号機を警戒しているのか。あるいは単に巡り合せの問題か。前者なのだとすれば《インペルベイン》の性能から三号機の弱点を探れるかもしれない。後者だとすれば運次第だ。

 

「帰投コースに入る。彩芽・サギサカとの合流地点に」

 

『何も知らない振りをして、これまで通りに彩芽と接するマジか?』

 

「三号機と会ったなど、容易く口にしていいとは思えない。ログを探るほどの能力もないだろう」

 

 あの三号機にはありそうだったが、《インペルベイン》がそこまで器用だとも思えない。

 

『……了承したマジ。でも、鉄菜。システムは騙せても、人間は騙せないかもしれないマジよ』

 

 その言葉が何故だか妙に胸に突き立った。

 

 システムは騙せても、人間は簡単に騙せない。普通は逆ではないのか、と思い立ったが、それを邪推する時間もなかった。

 

「合流地点に向かう。《シルヴァリンク》、行くよ」

 

 今は一つ、胸に重い石を抱えたまま、前に進むしかなかった。紺碧の空が翳り、夜が訪れようとしている。

 

 全ては夜の帳の向こう、まだ見ぬ明日の果てにしか行方はなかった。

 

 

 第一章 了


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