ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯191 地上戦線

「あーあ。てんでダメじゃん。あれ」

 

 林檎がアームレイカーに入れた手を口元に持っていって欠伸する。上操主はS型装備の《イドラオルガノン》ではほとんどやる事は少ない。

 

 それでも周辺警戒を怠らなければ死が待っているだろう。腹ばいになった《イドラオルガノン》の照準が《スロウストウジャ弐式》を捉えかけて、その弾丸が空を穿った。

 

「惜しいっ!」

 

「惜しいじゃない。今のは避けられて当たり前なの。……精密狙撃中だからあんまり余計な事言わないで」

 

 蜜柑が狙撃スコープを覗き込みながら口うるさく言いやる。林檎は炸裂弾を投下する二機を視野に入れていた。

 

「……あのさ、あの二機、ちょうどよく……」

 

「ダメだよ。墜とすのはあっちじゃなくって、鉄菜さんを狙っているほうでしょ。隊長機と随伴機二体がしつこく追い回している。その間中、炸裂弾を持つ二機がじりじりと《ゴフェル》の船体を削っていく」

 

「やな戦法だなぁ」

 

 頬を掻いた林檎に蜜柑は厳しく言いつける。

 

「それでも、戦法としては上々だよ。相手はこっちのモリビトの性能なんて分からないんだから。艦を狙って足止めするのが一番いい。その艦が動かないとなれば、援軍も呼べるし」

 

「……ジャミングすればいいんじゃないの?」

 

「ジャミングもダメ。鉄菜さんと通信が切れたらそれこそ敵の思うつぼ。ここは狙撃して敵を引き剥がしつつ、炸裂弾の敵も運がよければ狙えばいい」

 

「運がよければって……そんな安全祈願したって、どうせ敵は撃ってくるんだからさ。こっちから撃ち返せばいいじゃん」

 

「D型装備ならね。今の《イドラオルガノン》じゃ、上昇もまともに出来ないでしょ」

 

「……だーかーら、S型は嫌いなんだよ。何にも出来ないじゃん、ボク。これじゃホントにカメだよ」

 

「昔、地上に棲息していたって言う、ね。とろとろと動くのが特徴だったみたいだけれど。あとは甲羅か」

 

 まさしく現状の《イドラオルガノン》そのものである。鈍重なくせに、ちまちま狙撃しか出来ないなんて。

 

 この状態を面白く思っていない林檎はふんふんと鼻歌を漏らす。それさえも蜜柑に制された。

 

「鼻歌しないで! 気が散る……!」

 

「……ねぇ、でもさ。ボクらが甲板からこうやって狙撃するなんて馬鹿げていない?」

 

「馬鹿げていないよ、何のためのS型装備だと思っているの?」

 

「そりゃ、狙撃も含むけれどさ。元々、《イドラオルガノン》はどんな戦局でも勝ち抜けるように出来ているんじゃん。だってのに、新型機と……旧式の援護射撃だけなんて」

 

「旧式って言っちゃダメだってニナイ艦長から言われたでしょ。鉄菜さんはミィ達よりも長く戦っているんだから」

 

 それも不満の一つだ。林檎はフットペダルにかけた足をそのまま少しずつ、心持ち力を入れさせる。

 

 すると精密狙撃が僅かに逸れた。《イドラオルガノン》から発せられた制動用の推進剤のせいである。

 

 しかもこの時、狙い澄ましたのは敵人機ではなかった。《モリビトシン》の退路を塞ぐ形で水柱が屹立する。

 

 当然の事ながら《モリビトシン》がきりもみながら姿勢を崩していった。《ゼノスロウストウジャ》がそれに追いすがる。

 

「林檎! 今……!」

 

 狙撃スコープから視線を外してこちらを睨み据えた蜜柑に、林檎は悪びれもしない。

 

 にひひ、と笑みを浮かべる。

 

「やったじゃん」

 

「墜とされたらどうするの! 責任取れないでしょ!」

 

「大丈夫だって。この程度で墜ちるんなら最初から要らないし。それより、前、ホラ」

 

 こちらの弾道から現在地を読み取った《スロウストウジャ弐式》が真っ直ぐに向かってくる。たった一機だ、と照準しようとするが蜜柑はこうなると弱い。いつもならば冷静なはずの照準器がぶれ、超長距離砲撃が明後日の方向を射抜く。

 

「ダメ……来ないでっ……!」

 

《スロウストウジャ弐式》の所持するプレッシャーライフルの銃口がこちらを狙った。林檎は腹腔に力を込める。

 

「だから言ったじゃん。最終的にっ! 物を言うのは実効力だって!」

 

 立ち上がった《イドラオルガノン》が腰に装備していた武装を一回転させ、伸長させる。

 

 発振されたリバウンドの刃を林檎はそのまま正眼に打ち下ろした。

 

 それと敵のプレッシャーライフルが照射されたのは同時。一条の閃光をRトマホークが受け止め――そのまま寸断していた。

 

 周囲の水面がプレッシャーの圧力に蒸発していく。

 

 蜜柑は確実に命中したと思ったのだろう。虚脱し切った妹から火器管制システムを奪う。

 

「林檎? 何を……!」

 

「今の蜜柑じゃ無理でしょ。ボクがやる」

 

「林檎じゃ、命中なんて……!」

 

「しないって? それはどうかなっ、と!」

 

 甲羅が拡張し、内部に充填されたアンチブルブラッドミサイルが掃射される。こちらから逸れる軌道で逃げ切ろうとした《スロウストウジャ弐式》はプレッシャーライフルを速射した。

 

 周囲に垂れ込めたアンチブルブラッド兵装の靄が敵人機を悶えさせる。

 

 完全に痙攣した敵人機がそのまま海中に没した。

 

「今だ!」

 

《イドラオルガノン》が迷わず水中に入り、そのまま追撃する。フィンが水を掻いて敵人機がすぐさま射程に入った。悶える敵がプレッシャーライフルの銃口を向けようとするが、その動きは全て――遅い。

 

「海の中で、ボクの《イドラオルガノン》に勝てると、思うなァーっ!」

 

 眼窩がオレンジ色に輝く。Rトマホークを振り翳した《イドラオルガノン》が《スロウストウジャ弐式》を両断した。完全に命の灯火が消えた敵人機は海底へと沈んでいく。

 

「どうだい! 海で《イドラオルガノン》に勝てるなんて! ……あれ? 蜜柑?」

 

 下操縦席で震えている妹に、林檎は言葉を振りかけていた。どうにも、意想外の事になると蜜柑は弱々しい。

 

 その背中を足で蹴ってやる。

 

「もう敵は消えたって。いつまでビビッてるのさ」

 

「林檎のバカっ! ミィ達は持ち場から離れちゃダメな役割だったのに……こんな事したら怒られちゃうよ!」

 

「バカって……そんな言い方ないじゃん。だって、何もしなければ撃たれていたのこっちだし」

 

「そもそも林檎が精密狙撃中に余計な事をしたからでしょ! 戻らなくっちゃ……」

 

 海域から跳躍しようとするがS型装備で海面を蹴る事さえも叶わない。

 

「潜るのは楽なんだけれどねぇ」

 

「……林檎、怒るよ」

 

 押し殺した蜜柑の声に、これは本気だ、と林檎は取り成した。

 

「ゴメンって。でも、どっちにしたってこれで嚆矢になったんじゃない? だって敵が一機削がれた」

 

「削がれたって言っても、《モリビトシン》が撃墜されたら意味ないのに……」

 

 言い合いを続ける二人に直通通信が繋がれた。桃からの通信に林檎は佇まいを正す。

 

「……えっと、桃姉、何か……」

 

『言いたい事は分かるわよね? 林檎?』

 

 まずいな。こちらも本気だ、と林檎はかしこまる。

 

「……まずったかな?」

 

 嘆息をついた桃は頭を振る。

 

『……いい。追及したって仕方ないもの。今、《ゴフェル》の甲板から《ナインライヴス》で出撃した。本当はもうちょっと隠し通したかったんだけれど』

 

 たはは、と乾いた笑いを浮かべるこちらに蜜柑はぷいと視線を背ける。

 

「桃お姉ちゃん。林檎のせいだから」

 

「蜜柑! 桃姉、確かにそうなんだけれどそうじゃないって言うか……! 聞いてくれる?」

 

 通信越しに手を合わせて懇願すると桃は戦闘の気配を漂わせた視線で一点を睨んでいた。

 

『責任追及は後でするから、早く上がってきなさい。せっかくの長距離砲門が晒し者になっている。これじゃ体のいい的じゃない』

 

 あ、と林檎は声に出す。その段階で蜜柑はほとほと呆れた様子であった。

 

「超長距離砲台だってタダじゃないんだからね! 林檎!」

 

「……分かったよ。今回はボクが悪かった」

 

『S型じゃ上がりにくいのは分かるけれど、せいぜい敵に狙われないようにしておいて。こっちは目視出来る範囲を……撃滅する!』

 

 桃の《ナインライヴス》がRランチャーの広域放射で敵の隊列を乱す。炸裂弾を投擲していた敵が散った瞬間に、アンチブルブラッドミサイルがその進路を塞いだ。中空で破裂したミサイル弾頭が百の散弾に分かれ、《スロウストウジャ弐式》を打ち据える。

 

 さらに敵の動きを制限するアンチブルブラッドの靄が広がった。

 

 片方の敵は出来るだけ射線から逃れようとするが、もう片方の敵は逃げられないと悟ったのか《ナインライヴス》へと果敢に攻め立てようとする。

 

 プレッシャーソードが引き抜かれ、《ナインライヴス》に打ち下ろされた。

 

 その一閃を《ナインライヴス》が砲身で受け止める。

 

『嘗めないでっ! 接近戦はこの六年間で!』

 

 片腕で巨大な砲門を備えつつ、もう片方の腕が可変する。ビーストモード時に後ろ足となる腕に嵌められた鉄甲が浮き上がり、溶断クローと化した。

 

 その鉤爪が敵人機を引き裂く。

 

 視界全面を引っ掻いたその一撃によろめいた相手に対し、《ナインライヴス》は砲門を押し当てた。

 

 ゼロ距離でのRランチャーによる殲滅砲撃。

 

 太い光軸が空へと吸い込まれる中、敵人機の上半身が吹き飛んでいた。

 

 全ての現象が遅れを取ったように、残骸が仰向けに倒れる。

 

 それを目にしていた二人は唖然としていた。

 

 地上に降りてからの本気の桃を見たのはともすれば初めてかもしれない。

 

 宇宙で何度も訓練を重ねたとは言え、やはり実戦となればその強さが浮き彫りになってくる。

 

『……何を海面で漂っているの? 早く砲撃準備! さっさとする!』

 

 桃の怒声に林檎は慌てて《イドラオルガノン》を跳躍させる。

 

 甲板に取り付いた機体が狙撃準備に入るより先に、戦局が切り替わっている事に気づいた。

 

《モリビトシン》と《ゼノスロウストウジャ》の戦いは苛烈さを増していた。

 

「……嘘でしょ。だってまだ二分と経っていない……」

 

『二分もあれば戦場は移り変わるわ。よく見ていなさい。あれが、クロよ』

 


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