ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯187 貫くべき意志

 最初に帰投したのが《イドラオルガノン》であったのは順当であろう。

 

《ゴフェル》は海に潜り、隔壁を張っていた。海中戦闘用の《イドラオルガノン》が持ち帰った戦果は大きい。早速、ニナイが整備士に声を振りかける。

 

「《イドラオルガノン》は?」

 

「順調ですよ。惑星内で単騎オペレーションをしたにしては、充分過ぎるほどに。あの二人も使いこなしています。複座式の人機なんて、開発が一番に遅れるかと思っていましたが、操主が優秀ですね」

 

 林檎と蜜柑。この姉妹操主のデータに目を通す。

 

 第二世代血続のマークが施された個人データには、林檎が機体全般の動きを司る上操主――ウィザード適性がA。下操主である蜜柑には照準、及び火器管制システムを一括する能力がA適性振られている。下操主はその能力からガンナーと呼称される事もあるらしい。

 

 この第二世代血続に関しては自分の関知する部分は少ない。彩芽から引き継いだ形の二人とは言え、やはり彩芽ほどうまくは扱えなかった。

 

 ゆえに、この二人の育成には桃が上官として管理した部分が大きい。

 

 この姉妹操主には実質的に、担当官がいないのだ。それがどれほどの危険性なのか、分かっていないわけではない。

 

「……《イドラオルガノン》の戦闘データを」

 

「ここに。しかし、驚くべき撃墜数ですよ。上操主と下操主がしっかりと判断を誤らず、それぞれの役割を百パーセント担う。それが出来ているから、ここまでやれたんでしょうね」

 

 撃墜スコアは巡洋艦一隻。《バーゴイル》を十機近く。ナナツーも五機以上。どこかの国家に配属されればエース級であるのは疑いようもない。

 

 しかし、ニナイはどこか不安げであった。この撃墜数がそのまま操主としての成熟に繋がるとは限らない。

 

「継続調査を……するべきね。二人は?」

 

「電算室でしょう? 会っているはずですよ」

 

「……ルイ、か」

 

 呟いたニナイは重力の投網にかけられた身体がつんのめった。ここは既に惑星の中。しかも海中に位置する。無重力に慣れた身体ではなかなかに辛い。

 

「リハビリプログラムは受けたんだけれどね……」

 

「無理ないですよ。みんな、《ゴフェル》完成と本隊よりの離脱にかまけたせいで、必要な運動もこなせていません」

 

 整備士も一定数は《イドラオルガノン》についているものの、その数は十名もいない。

 

「……あと五名ほどは?」

 

「重力酔いって言うんですかね。身体が重いだの、熱病だのに浮かされています。仕方がないとは思いますよ」

 

 無理に彼らを連れ出したのだ。そのツケはきっちり払うべきだろう。

 

「回復したらまた言って。一人でも失うのは惜しいから」

 

 その言葉に整備士は笑みを浮かべる。

 

「本隊じゃ、ほとんど我々は使い捨てのパーツです。そう言っていただけるだけ」

 

 彼らは《アサルトハシャ》や新型人機を構築するためだけに使い捨てられていた。自分達が見ないようにしていた部分でもある。

 

 本隊が抱えている闇は未だに根強い。もし、鉄菜が申し出通りにブルーガーデンの強化兵を連れて来たものならば一悶着はありそうだ。その時に、クルーを統括するのが自分の役目なのだが。

 

「……電算室に行ってくるわ。会わないと」

 

 姉妹操主に面会しなければ、自分の立てた反逆に彼女らが同意したのかも分からない。

 

 廊下を折れるとちょうど、二人が連れ立って歩いてくるところだった。

 

 声をかけそびれて、緑色の髪の少女がこちらを睨み据える。

 

「確か……ニナイ局長、だっけ?」

 

「林檎ってば、失礼だって。あ、局長! ミィ達の撃墜成績、どうでした?」

 

 人懐っこそうな栗毛を二つ結びにした少女は蜜柑だったか。返答の声をなかなか発せずにいると、林檎が得意気に鼻を鳴らす。

 

「まぁ、当然だよね? ボクらは最新鋭の血続。あの撃墜スコア、ちょっとビビリましたか? 局長さん」

 

 嫌味たっぷりの声音に蜜柑が諌める。

 

「もうっ! 林檎は調子に乗り過ぎ! あの……局長。ダメならダメって言ってもらったほうがいいですよ?」

 

 二人分の視線にニナイは頭を振る。

 

「駄目じゃないわ。二人ともよく健闘してくれたわね」

 

 彩芽にも言った事のないような台詞を吐く自分の白々しさ。これをもし、彩芽に言ってやれれば、と思うと嫌気が差す。

 

「そりゃ、ボクらは強いですから。《イドラオルガノン》の整備はお願いしますよ。せいぜい、トウジャ程度で苦戦しないようにしてくださいね。……あ、それと局長さん」

 

 思い返したように口にした林檎はどこか苦々しい面持ちであった。

 

「何かあった?」

 

「……いや、旧式の血続が乗っているんだよね? あの両盾のモリビト」

 

「《モリビトシン》の事? ……旧式、なんて呼び方はやめたほうが。あの子は六年間も、たった一人で戦ってきたんだし」

 

「そんなのさ、知ったこっちゃないじゃん。勝手に一人で戦って、それが偉いの? 六年間も隠れ潜んで、闇討ちばっかりがうまくなっただけでしょ?」

 

「林檎っ! ダメだよ、そんな事言っちゃ……。あの、局長。鉄菜さん、でしたっけ? 《シルヴァリンク》の操主の……。林檎はこういうのだから、嫌味しか言えませんけれど、尊敬しているって伝えてもらえれば」

 

「尊敬なんてしていないよ。あんなの……一緒に戦うなんてどうかしている」

 

 吐き捨てた林檎がすたすたと立ち去っていく。その背中を追いながら、蜜柑が頭を下げていた。

 

 この姉妹操主もなかなかに癖がある。彩芽の時に言えなかった言葉を吐いて楽になった気持ちにはなれそうにもない。

 

 ニナイは電算室に足を運んでいた。

 

 周囲に粒子が舞っており、入るなり警戒色に塗り固められる。

 

「……そう嫌わないで。ルイ」

 

 その言葉と共に、投射画面で一人の少女が形作られた。銀髪にカニバサミの髪留めをつけている。勝気に吊り上がった瞳がニナイを睨んだ。

 

『……何しに来たの、ニナイ局長』

 

「相変わらずね。……あの姉妹操主のデータを取りに来たのよ」

 

『局長権限で勝手に持っていけば? どうせ《ゴフェル》の艦長でもあるんだから』

 

「でも、あなたがいないと《ゴフェル》はまともに機能しないわ。だって今やあなたは《ゴフェル》のメインコンソールなんだもの」

 

 その言葉にふんとルイは顔を背ける。

 

『成りたくって成ったわけじゃない。それに、あの姉妹操主のデータを知ってどうするの? 《イドラオルガノン》はよくやっていると褒めるの?』

 

 暗に六年前にそれが出来なかったくせに、となじられているようであった。しかし、無能の謗りを受けても自分は進まなくてはならない。

 

「地上に真っ先に降りた二人だから、何か異常がないかだけは知っておかないと。もしもの時に後悔しても遅いから……」

 

 その言葉に宿る湿っぽさを悟ったのだろう。ルイが情報を開示する。

 

『姉のほうは林檎・ミキタカ。第二世代血続の中でも群を抜いているのはその空間認識能力。空間戦闘から水中戦、さらに言えば地上の重力下戦闘でもほとんど誤差なく行動出来る。機体制御OSの助けをほとんど得ずに人機の能力を引き出すのに長けている。……反面、相手からの殺気を悟ったり、攻撃の予兆を読んだりするのはてんで駄目ね。照準警告が鳴ってからようやく避ける、という思考回路だから、ダメージ比率も高い。それを補助するのが……』

 

「下操主ね。蜜柑、だったかしら」

 

 ルイは首肯し、蜜柑のデータベースにアクセスする。

 

『蜜柑・ミキタカ。第二世代血続の中で最もガンナーとしての適性が高い。一度に複数の火器管制システムを脳内で描く事が出来る。無重力、重力下、どちらにしても完璧なほどの照準と命中率。……ただ、ほとんどを上操主――ウィザード任せにしている部分が高いから、操主としての格は低いと評価されている。つまりは二人でようやく一人前の操主レベルっていう事。無論、二人合わさればそこいらの操主なんて裸足で逃げ出すほどの熟練度だけれど』

 

 そうでなくてはモリビトの操主など務まらないだろう。ニナイはそれだけではない、と付け加えていた。

 

「あの操主二人とも……自信があるというか……、今まで見てきた操主とは違うわね」

 

『第二世代血続の成功例だからかもしれないけれど、少し自信過剰な部分はある。今のところ、それがマイナスに働いていないから口は挟めないよ』

 

 だがこれから先に行われるのはモリビト三機の連携任務。少しでも綻びが生まれてしまえばお終いなのだ。

 

「……私達は《スロウストウジャ弐式》や、《ゼノスロウストウジャ》を軽く見ていない。あれだけでモリビト一機……いいえ、三機相当と見てもいいほどに」

 

『それがじゃんじゃん量産されるんだから心中穏やかでもない、か。《ゼノスロウストウジャ》は確認出来るだけで地上に三機配備。《スロウストウジャ弐式》なんて次世代機が生まれようとしている。こんなんじゃ、のらりくらりとかわせるのも限界が出てくると言ってもいい』

 

「分かっているのなら、あの二人にもう少し警戒心と……あとはチームワークを」

 

『それは担当官の仕事でしょ。こっちに回してこないでよ』

 

 その言い分も当たっているのだ。担当官さえいれば、彼女らを統括出来るのに、六年前の旧式の担当官の仕組みでは第二世代血続を制御出来ない恐れがある。

 

「……今は桃に頼むしか」

 

『桃・リップバーンだって、あれは脆さを抱えている。完璧だなんて思わないほうがいい。だって、元々ただの生き残りだから、上官に充てられただけでしょ? 兵士が急に指揮官になれるはずがない』

 

 桃には辛い役目を強いている自覚はある。それでも、局長として……もっと言えば《ゴフェル》の艦長として、誰かの役割を変える事なんて出来ない。

 

「……そうね。ルイの言う通り。でも、それでも私達は前に進むしかないの。それがしゃにむに進んでいるようにしか見えなくとも、それでも前にしか……」

 

『活路を見出せない、か。でも、もしもの時には判断を下すのは局長様だ。もし……ミキタカ姉妹が暴走すれば、その責を負うのはそっちだよ』

 

 心得ている。第二世代血続を使うというのがどれほどの危険に塗れているのかなど。分かっていたところで使うしかないのがブルブラッドキャリアの弱いところなのだ。

 

「……犠牲を無駄には出来ない。ルイ、私は戻る。鉄菜や桃を迎えなければならない」

 

『そ。でも、彩芽にした事、二度と償いなんて出来ないんだから』

 

 電算室を出た後、ニナイは胸を占めていく痛みにきつく目を閉じた。

 

 彩芽を失ったのは自分のせい。自分が背負うべき罪。ルイはそれを否応なく突きつけてくる。

 

「彩芽……、こういう時、あなたならどうしていた? ……なんて、聞いたらきっと怒るわよね。だから……」

 

 だから問うまい、と決めた胸中はそれでも脆く儚いものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 整備兵も、無論、その基地にいた全員が査問対象であった。

 

《ナナツーゼクウ》と《ナナツー是式》。この二機の出撃指令を如何にしたのか、という礼状は思ったよりも素早く、上官に突きつけられていた。

 

 アンヘルの兵士達がC連合基地に出入りし、全員のアリバイを問い質しているのを、リックベイは歩み出て制していた。

 

「貴官らの疑問はもっともだ。しかし、今回の事の顛末はわたしの独断。ゆえに、捕縛するのならばわたし一人にするといい」

 

 アンヘルの諜報官はふんと鼻を鳴らす。

 

「いいんですか? あなた一人で、となれば極刑も免れませんよ?」

 

「構わん。この身一つで、全員の潔白となるのならば、好きにすればいい」

 

 腕を突き出したリックベイにアンヘルの諜報部の人々は当惑した様子であったが、いずれにせよ、誰かが捕まらなければこの事態、容易く収まるものでもないだろう。

 

 自分に手錠をかけたところで、整備デッキに固定されていた《ナナツー是式》が起動していた。その鋼鉄の腕でアンヘルの者達を追い詰めようとする。

 

 通信網からタカフミの声が迸った。

 

『お前らは……! こんな時まで、内々の犯人探しに躍起かよ! そんなだから……!』

 

《ナナツー是式》相手に駐在していた《スロウストウジャ弐式》編隊がプレッシャーライフルを構える。掃射の叫び声が上がる前に、リックベイが喝と声にしていた。

 

「やめろ! 貴様ら!」

 

 その怒声に誰もが硬直する。

 

 今しがた引き金に指をかけようとしていた両者が水を打ったように静まり返った。

 

「……わたしの責だ。その罪を贖うのは当然の事……」

 

『少佐! しかしこいつら、自分の事は棚に上げて……!』

 

「言う事を聞け! タカフミ・アイザワ! 貴官はまだ、未来を閉ざされるべき仕官ではない!」

 

 自分の怒声などほとんど初めて聞いたからだろう。タカフミを含め、この場にいる全員が指一本動かせないでいた。

 

「アンヘルの諸氏。君らは何も間違った事はしていない。疑うべきは罰すればいい。わたし一人で充分だ。それでいいな?」

 

 その声音に諜報官はうろたえていた様子であったが、やがて首肯した。

 

「総員、銃を下ろせ」

 

 緊張状態が解かれ、誰一人として血を見ずに場が収まる。しかし、ここから先は、とリックベイは護送車の中で面を伏せていた。

 

「……せめて祈るべきだろうか。誰かが、止めてくれる事を……。あるいはこう考えればいいのだろうか。ブルブラッドキャリア。その貫くべき信念を、わたしは……」

 

 信じたい、と身勝手な思いを巡らせるしかなかった。

 

 


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