所有物、として扱われると言っても、捕虜の扱いと何ら変わりはない。
違うところと言えば、六年前の扱いは厚待遇であった事を再認識した程度か。手錠がはめられ、首輪のIDで管理されている自分はまさしく、囚われの身。
何度か尋問官に問いかけをされたが、どれも要領を得なかった。
ブルーガーデン技術に関する事、自分という強化人間に関しての研究レポート。どれも関係がなかった。
今の自分を構築するのに、あまりにもかけ離れている。誰かがそうだと言って自分を飾り立てているに等しい言葉達は、皮膚の表層を滑っていくのみ。
それでも尋問官の確認のような言葉には瑞葉は応じていた。
「《ラーストウジャカルマ》はもう動かせない。わたしが、動かすのを拒否している限り、誰も。あの機体を動かすのに足る要素が、もうわたしの中にはない」
機械天使であった頃ならば動かす手立てはどれだけでも存在しただろう。しかし、ハイアルファーも使わなくなって六年以上経つ。【ベイルハルコン】が起動するかどうかも不明。そもそも、C連邦は《ラーストウジャカルマ》をまだ所有していた事に疑問が突き立つ。
リックベイならば恐らくはあの人機を廃する方向性に持っていったはず。ならば、あの忌々しい人機が残っているとすれば、それはリックベイ以上の権限を持つ人間が賢しくも残していたという事になる。
彼の努力が全く意味を成さなかった。それだけでも随分とこのC連邦という国家に疑念を挟むのには充分であった。
「言っておくが……アンヘルの尋問はこんなもんじゃないぞ」
尋問官が部屋を立ち去り際に言ってのけた台詞に、瑞葉は重く瞼を伏せる。
このまま自分はアンヘルへと身柄を移され、ハイアルファー人機の実験材料にされるのだろう。それくらいは容易に想像がつく。
そこから先は……地獄かも知れない。
《ラーストウジャカルマ》に再び乗せられたとして、この六年で培ってきた「瑞葉」としての人格は恐らく消え失せるだろう。
風に翻弄される木の葉の如く、自分という存在は脆く崩れ去る。
この六年間の記憶を反芻して、瑞葉はきつく目を瞑った。
目頭が熱くなる。リックベイとタカフミが自分に「人間」を教えてくれた。人間らしくあってもいいのだと諭してくれた。
だというのに、こんな簡単に終わる時は一瞬なのだと思い知る。
どう足掻いても、抵抗しても、もう帰ってこないのだ。日常も。大切に思えた輝きの日々も。
自分はC連邦の所有物。
所有物は抵抗もしなければ、抗う事もない。
今、こうして考えている人格でさえも、上書きする手はずくらいはあるはずだ。だからこそ、こうして誰かを想えるうちに想っておきたかった。
タカフミが助けに来る事はない。それは分かっている。どれだけわがままになったところで、これはC連邦内部での軋轢。彼は軍人だ。だから決定に異論は挟めない。
だというのに、分かり切っているのにどうして――。涙が頬を伝うのだろう。
タカフミの事を考えれば考えるほどに、熱は止め処なかった。
誰かのために自分を犠牲にする。そんな考え、六年前には持っていなかった。六年前にあったのはただの機械天使としての自分のみ。
相手を殺し、殺し返される世界でのみ生きるのを許されたブルーガーデンの兵士。
だが、今は、そのような日々に戻ってしまうのが堪らなく怖い。もう、天使の羽根は要らなかった。拒みたかった。
だというのに、尋問官が侮蔑と共に告げたのは整備モジュールの再接続への日取りであった。
整備モジュールを接続すれば少しばかり従順になるであろう、という考えなのだろう。
確かに機械天使には戻れる。精神点滴でこのような瑣末事も考えずに済むだろう。
だが、そうなってしまえば、もう二度とタカフミに会えない。タカフミの笑顔に返せない。
タカフミの思いに答えられない。
「……助けてくれ」
無駄な言葉だというのは分かり切っている。それでも願ってはいけないのだろうか。考えてはいけないのだろうか。
誰かに、託してはいけないのだろうか。
この胸が張り裂けそうな思いを。自分という人格が六年かけて必死に紡ぎ出した答えでさえも。
もう「瑞葉」である事さえも許されないのならば。
いっその事、死んだほうがマシであった。
《ラーストウジャカルマ》を動かすためだけのパーツに成り下がる程度ならば。
ここで自害して果ててもいい。
だが、手錠は固く、首輪のIDが少しでも異常な精神数値を検知すれば敵兵がやってくる。
何も出来ない。
何も行動出来ぬまま、自分は天使に戻るのか。
「誰か……助けて……」
連合側のコミューンに戻ったのは何も偽装のためだけではない。
連邦国家内では自分達の足取りは容易く掴めてしまう。だからこそ、リックベイはタカフミを「拿捕」という形で連合側の整備デッキへと送り込んでいた。
それを聞いたタカフミが後ろに続きながら声にする。
「それじゃ……少佐が泥を被るようなものじゃ……」
「ではあの場で口封じをよしとしたかね? 殺されていても何の文句も言えなかった」
ぐっと言葉を詰まらせるタカフミは、でもと振り絞った。
「そんな事をしたら、少佐は二度と……その、昇進のチャンスは」
「今さら昇進など諦めている。それに、C連邦の一強となれば連合側の口ごたえなど無意味だろう。わたしが、君を誘拐したというシナリオにするのがどっちにしても手っ取り早い」
部屋に招いたタカフミは暫時、口を開けて呆けていた。三次元図を卓上に呼び出したリックベイは怪訝そうにする。
「……どうした? 作戦概要を説明する」
「いや……久しぶりだなぁ、って思って。連邦のほうに入ってから随分と……ここには帰っていないなって」
「……言っておくがここはわたしの部屋だ。帰る場所ならば家があるだろう」
「いやだな、少佐。帰るべくして帰る場所ってのがあるくらい、分かるでしょう」
少しは同意出来てしまうのが癪なところだ。リックベイは事務的な口調に切り替える。
「わたしが誘拐したと言うシナリオ上、トウジャは出せん。トウジャタイプに乗っていたなどと後で明らかになれば、君は連邦法で裁かれるだろう。ゆえに、我が方でも型落ちの機体に乗ってもらう」
投げた端末に投射された機体に、タカフミは笑みを刻んだ。
「……冗談キツイっすよ、少佐。おあつらえ向きってのはこういうのを言えば?」
「どうとでも解釈しろ。君にはそれのスペックを頭に叩き込んでもらい、出撃して欲しい。わたしと君だけのツーマンセルだ。他の軍人を巻き込むわけにはいかないのでな」
「でも整備士は? 彼らはどうするんです?」
「わたしが脅したとでも証言すればいい。先読みのサカグチに脅されれば後先を考える暇もなかった、と」
「……案外、ズルイっすよね。少佐も」
「狡猾にいかなければアンヘルに読み負ける。敵の部隊は最新鋭のトウジャタイプ。虐殺天使の名前をほしいままにしている連中の強さを侮っては勝てん。ここは敵の意表を突く。どうあっても勝利しなければならない戦いだ」
卓上に呼び出したのは瑞葉が監禁されているであろう施設の外装であった。監視塔が四方にそれぞれ一つずつ。出撃してくるのは間違いなくトウジャタイプの最新鋭機。
それを相手取るのに、正式採用の機体では後々禍根が残る。
ゆえに、型落ち機。それも、連合からしてみても痛くも痒くもないような機体でなくてはならない。
自分は上官にも部下にも責任を負わせられないのだ。これは自分とタカフミのみの抵抗である。
「久しぶりっすよね。この機体で少佐と並ぶのは」
「三時間後には出撃する。言っておくが、瑞葉君以外も助けようなどとは思うな。投獄されている全員が無罪というわけでもない」
「承知していますって。それに、そんな余裕もないでしょ」
首肯したリックベイは卓上の監視施設を睨んだ。
敵の牙城に踏み込むのにこの兵力では不足。それは分かり切っているのだが、これ以上の力を割く事も出来ない。
畢竟、己の力不足を痛感する。
「でも、ありがとうございます。おれらのために、ここまでしてくれて」
「勘違いをするな、アイザワ少尉。わたしとしてもアンヘルの動きは気に食わない。それだけだ」
その返答にタカフミは笑みを浮かべる。
「相変わらずなんですね、少佐は」
「君も、な。一も二もなく乗ってくる辺り、まだ勘は鈍っていないと見える」
「当然でしょ。俄然、やる気が湧いてきましたよ。アンヘルに一泡吹かせてやりましょう」
「……そのような向こう見ずなところ、嫌いではない」
視線を交し合ったかつての部下は以前までの力強さはそのままに挙手敬礼した。
「お供しますよ。地獄の果てまで、ね」
「感謝する。アイザワ少尉」
返礼したところで彼は破顔一笑する。
「ところで……一個だけ、いいっすか?」
「何だ? この機体のスペックに不満があるのならば……」
「いえ。違くて。おれ、もう大尉なんです」
リックベイはフッと笑みを浮かべてから椅子に腰かけた。
「そうだったな。協力願おう、アイザワ大尉」
「どもっす!」
全ては瑞葉を救うため。だが、それだけで終わる事はないだろう。ともすれば、この反抗が少しでも時代の良心に影響すれば。
そう願うのみであった。
《ゴフェル》内部は思ったより手広い。
何年かけて建造された艦なのかは不明であったが、人機をゆうに十機余りは収容出来る整備デッキの充実に鉄菜は言葉をなくした。
「本隊の資源衛星に引けを取らないな」
「そりゃ、最新型のモリビトの整備なんだもの。出来ないと困るって」
《ナインライヴス》のコックピットから這い出た桃と無重力空間でタッチを交わす。さすがに先ほどまでの戦闘は肝が冷えたのか、桃は汗の玉を浮かべていた。
「あのモリビト……《セプテムライン》のデータを統合しておく必要がある」
「もう、戦わないかもよ?」
「いや、それはあり得ないだろう」
自分の第六感が告げている。あの名もなき兵士とはいずれ決着をつけなければならないと。それが生み出された人造血続の運命のはずだ。
こちらが難しく考えているのを見越してか、桃が顔色を窺ってくる。
「あの、さ。別にクロが全部背負う事ないよ。人造血続計画だって上がやった事だもん。クロだけの因縁じゃないって」
そう言われてしまえばそうなのかもしれない。だが、生み出されたがゆえに分かる事はある。彼女は戦うしか選択肢がない。自分と同じく、思い詰めた存在だ。
「桃。セカンドステージの人造血続に関して、聞きたい事がある」
「それなら、これからブリーフィングルームに行くから、その時にリードマンかタキザワ技術主任にでも聞けば? あの人達のほうが詳しいでしょ」
人造血続計画がどこまでの領域に行っているのかは知らなければ出遅れる。その意識のまま、ブリーフィングルームへと入る。
集っていたのはニナイとリードマン、それにタキザワに抱かれたゴロウであった。
「来たわね。先の戦闘、お疲れ様。こちらも最小限の損耗で離脱出来た」
握手を求めるニナイに鉄菜は応じないまま、目線を振り向けた。
「聞きたい事がいくつか」
『その前に、時間も惜しい。次の作戦の説明に入っていいだろうか』
ゴロウの提言に鉄菜は自分の意見を仕舞った。確かにこの場ではまだ発言すべきではない。
頷いた鉄菜にゴロウは投射画面を呼び出す。
監獄を思わせる威容の建築物が全員から見て部屋の中心地に屹立する。
『C連邦の統合施設。有り体に言えば、自分達に都合の悪い人物を秘密裏に監視、処刑するために建造されたものだ。言論統制の敷かれた国家ではありがちだな』
「これがどうしたの? 見た限り、モモ達には関係なさそうだけれど」
ニナイは赤縁眼鏡のブリッジを上げる。そういえば、眼鏡など六年前にはしていなかったな、と鉄菜は思い出していた。
「バベル……かつてこちらが所有していた強みはどこにあるか、知っている? それは元老院コンピュータの集積地点に用意されていた。つまり元老院こそが、バベルの絶対性を補強するように出来ていた」
『君達を排斥すべく掻き集めた情報が、全て筒抜けだったのは衝撃であったよ』
ゴロウの皮肉には誰も笑わなかった。代わりに鉄菜が顎をしゃくる。
「ここに、何か重要なものが?」
「バベルは無数のサーバーに分けて安置されている。そのサーバーの一地点が、ここ」
示された場所はC連邦の末端地区である。現在のC連邦のコミューンはかつてゾル国や他の弱小国家に編成されていたはず。その地図に記されていた地名に鉄菜は目を見開いていた。
「オラクル……か」
国土の名称はオラクル。かつて独立を企て、ブルブラッドキャリアによってその目論見を挫かれた国家の成れの果ては思想犯の投獄施設だとは。
因縁の名前にゴロウが嘆息をつく。
『我々としても重要拠点だと思っていたコミューンだ。……これを言えば反発が来るだろうが、かつての元老院は再生人間と呼ばれる人間態のスペアを生成していた。そのスペアが寄り集まっていた場所、と言えばいいだろうか』
その帰結する先にこちらより先に桃が過剰反応した。
「まさか……! そんな人を人とも思わない事なんて……!」
「だが事実だ。反芻した結果、数サイクル毎に遺伝子組成として同じ人間が構成されていたデータもある。つまり、元老院が世の中を見て回るためだけに量産していた、人間の魔窟」
タキザワの付け加えにゴロウは頭を振る。
『……この世の悪のような言い草だな』
「実際、悪には違いないだろう。元老院ネットワークはこのオラクルを基点に、再生人間計画を練っていた」
衝撃的な事実であったが、今はそれを糾弾するべき時でもないのだろう。ニナイは先を促す。
「その再生人間……、オラクル国土で生まれた人間の脳内には生まれついて生態チップが埋め込まれている。元老院の人格データを流し込みやすくするために」
「まさか、この施設はその人達を……?」
桃の疑問にリードマンが応じていた。
「解析し、解剖するため……そういう施設だと見ていいだろう」
口元を押さえた桃に対して全員が冷静であったのは、おぞましきその研究でさえも次の作戦実行の際、掻き消されるほどの事実であるのを了承しているからだろう。
「どうすればいい?」
端的に尋ねた鉄菜に、ニナイが答える。
「地上に残した《イドラオルガノン》は真っ直ぐ次の作戦地……オラクルへと向かっている。合流し、モリビト三機で施設を強襲。再生人間の解析施設を破壊する」
「でも……再生人間って言ったって、この人達は何も分かっていないんでしょう? だっていうのに、モモ達が介入すれば……」
『世界からは大量殺戮の謗りは免れないだろうな』
結果論として、殺人者に成り果てるのみ。だが、それが泥を被ると決めた自分達には相応しいのだろう。
「でも、非人道的な扱いをこのまま継続させるよりかは、まだマシだと思うしかない。それにモリビト三機の合同オペレーションはこれが初になる。出てくるのは、恐らくはアンヘルの最新鋭機……《スロウストウジャ弐式》のはず。トウジャタイプを駆逐するって言うのは《アサルトハシャ》相手とは格が違うと思ったほうがいい」
それは六年間地上の戦地を見てきた自分が一番よく分かっている。《スロウストウジャ弐式》は遥かに敵としての強さが桁違い。《シルヴァリンク》でも逃げに徹するべきだと考えていた相手だ。
「でも……仮に破壊工作がうまく行ったとして……その前後は? どうやって《ゴフェル》で逃げ切るというの?」
桃の当然の疑問にゴロウが手を開き、投射画面を切り替えた。《ゴフェル》の全景モニターが表示される。
海洋生物を思わせるそのフォルムは相手の不意をつくためにあるような、攻撃的な姿だ。
『《ゴフェル》は大気圏突破性能を持つ。だが、この艦の強みはそれだけではない。陸海空、ほとんど全てに適応した強襲揚陸艦だ。ゆえに、今までの人機戦略を覆せる。《ゴフェル》が目指すべきはここだ』
示されたポイントは六年間、全く閉じなかったリバウンドフィールドの傷口であった。《キリビトエルダー》が皮膜を中和、相殺した結果、今日の技術であってもこの傷痕のみが癒えない。
「リバウンドフィールドの穴から飛び込んで、オラクル国土を目指す。空中でモリビト二機は出撃。先んじて張っているであろう《イドラオルガノン》と合流し、これを援護。施設を破壊してもらうわ」
既に布石は打ってあるわけか。鉄菜は現状、この任務に対して特に異議はなかった。
その時、ゴロウが中空を見据える。
『これは……新情報だ、皆の衆。今入ったものだが……この施設に収容されている人間のリストの中に気になる人物の名前を見つけた』
ゴロウがタキザワの腕から這い出てころころと転がり、投射画面を自ら書き換える。施設の全容と共に無数の名簿が羅列された。
『ほとんどがオラクル市民……だが、数名であるがイレギュラーが。無論、C連邦が推し進める思想統合のために無罪でありながら投獄されている人間もいるのだが……、この人物の経歴を』
照合されたデータと名前に鉄菜は目を見開く。
「ミズハ……?」
『C連合の内部情報にアクセスすれば自ずと出てくる。このミズハ、なる人物だけ妙に浮いているために追跡情報を掻い潜ったところ……』
「危ない事をするなぁ……」
タキザワの感嘆を他所に、ゴロウはデータを次々に洗い出していく。元老院であった頃の習い性であろう。徐々にデータの深部に入っていくのにも躊躇いがない。
『……出た。彼女はブルーガーデンの、かつての強化兵だ』
その事実に全員が息を呑んだように沈黙する中、鉄菜だけが、やはりか、と呟いていた。
「やはり? クロ、知り合いなの?」
「ブルーガーデン潜入時、キリビトプロトとの交戦の際に共闘したトウジャタイプがあった。その操主の名前が確かミズハ、と言ったはず」
『だとすれば、恐るべき偶然だな。この女性はブルーガーデンの唯一の生き残りだ。ついこの間までC連邦の研究施設に入っていたようだが、ようやく自由の身になったところを……皮肉な事に我々、ブルブラッドキャリアに対抗するために解析される予定らしい』
自分達が捩じ曲げたのか。歯噛みする鉄菜にゴロウは淡々と事実のみを告げる。
「だとすれば……彼女も被害者だって?」
『可能性としては、な。だが、どうする? このままでは厄介な操主が生まれかねない。かつてのハイアルファーを備えたトウジャタイプの操主となれば、その実力は折り紙つきのはず。放置しておけば恐ろしい障害となる』
帰結する先は見えている。ニナイは全員の沈黙の意図を読み取ったようであった。
「……再生人間と共にこのミズハなる人物も抹殺。そうしなければ再び世界は動乱の中に陥る」
やはりそれが順当な判断なのだろうか。自分達はブルブラッドキャリア本隊からも離脱した身。
余計な芽は早期に摘んでおくのが正しい。
それが正しいのだと、分かっていても……。
鉄菜はかつて、青い地獄の中で共に戦った感触を思い返す。彼女はあの闇の中でも「人間」であった。たとえブルーガーデンの強化兵でも、自ら選択したからこそここまで生き永らえたはずなのだ。それをこちらの手前勝手で摘んでいいとは思えない。
「……確認事項は以上よ。モリビトの執行者は三時間の休息を義務付けるわ」
作戦概要はこれまで、と断じたニナイに鉄菜は追いすがっていた。廊下でニナイを呼び止める。
まさか自分が異議を申し立てるとは思わなかったのだろう。ニナイは面食らった様子であった。
「どうかした? 鉄菜」
「……もし、可能であるのならば。ミズハを救出してもいいだろうか」
自分でもどうしてこのような事を聞いているのか分からない。だが、どうしても譲れない点であった。ニナイは言い含める。
「……兵器なのよ、彼女は」
「それでも、だ。私も似たようなものに過ぎない。だから助けたい。それでは駄目か?」
暫時、沈黙の後、ニナイは口にしていた。
「本当に……桃の言う通り変わったのね、鉄菜。彩芽がいれば何て言ってくれるか……」
感極まったようなニナイは一瞬だけ眼鏡を外して浮かんだ涙を拭ってから、命令の声をこちらに注いだ。
「救出作戦を表立っては出来ないわ。でも、鉄菜。《モリビトシン》に余裕があるのならば許可します」
「了解した。地上の動きをリアルタイムで知りたい」
「それも、送っておくわ」
身を翻しかけた鉄菜をニナイは呼び止めた。
「何だ?」
「いえ、その……。気を悪くしないで欲しいんだけれど、鉄菜。あなたは戦うだけが道じゃない、と私は思っている」
戦うだけが道ではない、か。自分はしかし、ただの破壊者だ。それに集約される。その道筋で、時折気紛れのように誰かを助けられれば僥倖なだけ。
「……だが今は戦うしかない。それが勝ち取るために必要ならば」
そう断じて鉄菜は無重力の廊下を蹴った。