ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯183 方舟は征く

『モリビトタイプ……まさか量産に着手していないとでも思ったかね? トウジャのノウハウは我々に静謐を破るだけの力を与えた! そう! 裏切り者には死を!』

 

 紛い物のモリビトへとほとんど至近の銃撃を見舞うが、そのどれもが見極められ、紙一重で回避されていく。

 

 紛い物のモリビトは背面に長大なサブアームを有していた。甲殻類の節足を思わせるサブアームが展開し、四方八方にリバウンドの光線を見舞う。

 

 鉄菜はウイングスラスターの加速度を自らに課し、戦闘射程から急速に離脱した。それでも相手の速度は全く落ちる事はない。節足を翼のように束ねたモリビトが急加速を得て《モリビトシン》へと追撃する。

 

 その手からRソードの光が瞬き、こちらのRシェルソードと打ち合った。鍔迫り合いの中、相手操主の声が響き渡る。

 

『如何に六年間、戦い抜いたと言っても、その実力は骨董品の人機を操っている程度ではたかが知れる。その能力の振れ幅も』

 

 耳馴染みのある声に鉄菜はRシェルライフルを乱射する。

 

 相手のモリビトが瞬時に距離を取り、下方へと抜けていった。

 

 桃の《ナインライヴス》がRランチャーで照準するもその光軸を相手は回避し様に減速。《ナインライヴス》にまさかの接近戦を挑んでいた。

 

 Rソードと《ナインライヴス》の砲塔に仕込まれていたプレスシールドが干渉波の火花を散らせる。

 

『何だって言うのよ! この人機は!』

 

 桃の悲鳴に、相手のモリビトは即座に背面へと潜り込んでいた。滑るようにRソードを《ナインライヴス》の胴体へと向けようとする。

 

 咄嗟に退いた桃の《ナインライヴス》が攻撃を回避するが、今の動きだけでも鉄菜には相手のモリビトが何を基にしているのか理解出来てしまった。

 

 ――相手の懐へと果敢に潜り込み、近接攻撃を仕掛ける。その手腕はまるで……。

 

 Rソードを振るったモリビトがこちらを睨む。

 

『《モリビトセプテムライン》。このモリビトは第一世代のモリビトの戦闘データを反映して設計されている。殊に、近接戦闘においては、《モリビトシルヴァリンク》の、な。六年間にも及ぶデータが蓄積されている!』

 

 やはり脳裏を掠めた既視感は自分が戦う時のもの。鉄菜は歯噛みする。

 

 まさか自分自身の鏡のような存在と戦う事になるなど。

 

 Rソードを突きつけた《セプテムライン》に桃の《ナインライヴス》がこちらを窺った。

 

『クロ……相手もモリビトなら、あまりこちらの手を出し尽くすのに旨味はないわ。出来るだけ中距離でさばいて離脱。分かっているわよね?』

 

 無論、理屈ではそうだろう。今、ここでブルブラッドキャリア本隊に時間をかけている場合ではないのだ。

 

 ――だが、と鉄菜は相手操主の声音を思い返す。

 

 まるで……かつての自分のような冷たい声。戦闘機械としてしか生きる事を許されていない人間の代物。

 

「……桃。私はここで《セプテムライン》を撃墜する」

 

 Rシェルソードを突き出した鉄菜に、桃はうろたえる。

 

『クロ? 意固地になったって……!』

 

「意固地じゃない。これは……許せないだけだ。お互いに相手の存在が」

 

『それは奇遇だな。こちらも、許すつもりはない。ブルブラッドキャリアの理念を足蹴にする愚か者め。ここで撃滅する』

 

 突きつけられたRソードの勢いは自分と同じ。だがこの六年間で自分は失い、相手が得たものもある。鉄菜は敵を見据える瞳を《セプテムライン》に向けていた。

 

「《モリビトシン》、鉄菜・ノヴァリス。……そちらは」

 

『名乗るほどの名前はない。製造番号457号。人造血続のセカンドステージである』

 

 本当に、それ以外の情報は不必要とでも断じたような口調。鉄菜はここで潰さなければ、彼女はまた繰り返すと感じていた。

 

 ここで正さなければならない因縁がある。ここで倒さなければ、きっと同じ事を組織はやってのけるに違いない。自分達が離反しようとしまいと、人造血続の禍根は絶っておくべきだ。

 

「では……《モリビトシン》。目標を撃滅する」

 

『その台詞はこちらのものだ。《セプテムライン》、離反者を殲滅する』

 

『クロ!』

 

 Rランチャーの光軸を《セプテムライン》は回避し、《モリビトシン》へと果敢に攻め立てる。振るわれたRソードとこちらのRシェルソードがぶつかり合い、干渉波のスパーク光が激しく散った。

 

 一撃で、と叩き込みかけた銃撃を《セプテムライン》は半身になって避けてから、その拳を固めた。

 

 まさか、と思う間に血塊炉を拳で殴りつけられる。

 

「武器があれば……やられていたって言うのか!」

 

『その意味が分からぬほど愚か者でもあるまい』

 

 敵人機を振り払おうとウイングスラスターを畳んで加速度をかけるが、敵も背面の節足を固め、羽根のように構築する。

 

 速度面ではしかしこちらに軍配が上がった。純正血塊炉を三基搭載している《モリビトシン》が振り返り様に剣戟を放つ。

 

 Rソードが片側の剣を弾いたが、薙ぎ払う軌道を描いたもう片方は防ぎ切れまい。

 

 血塊炉を叩き割ろうとした一撃を《セプテムライン》は迷わず左手を突き出して防御した。

 

 左手のマニピュレーターより火花が散り、その指先を両断する。

 

 それでも勢いが殺された事には変わりない。相手の人機が特攻覚悟で《モリビトシン》へと追突する。

 

 鋼鉄の機体同士が衝突し、コックピットが激震した。

 

 照準器が補正値を振る前に《セプテムライン》がRソードを振り上げ、《モリビトシン》へと打ち下ろそうとする。

 

 鉄菜は満身で叫んでいた。

 

「嘗めるな! 《モリビトシン》!」

 

 眼窩を煌かせた《モリビトシン》がウイングスラスターを兼ねている盾を前方に掲げる。

 

 発生したリバウンド重力波が敵人機を無理やり引き剥がした。宙域の中でもがく相手にRシェルライフルの弾丸を掃射する。

 

 手足がもげ、《セプテムライン》を戦闘不能領域まで追い込もうとする。

 

『……機体性能か』

 

 忌々しげに放たれた声に鉄菜は全ての因果を終わらせるべく、Rシェルソードを振るい上げた。

 

《セプテムライン》をコックピットごと両断する。そうと決めた刃が打ち下ろされる瞬間、タイムリミットのブザーが鳴り響く。

 

 資源衛星の陰から現れたのは巨大な海洋生物を思わせる紺碧の戦艦であった。

 

 そこから放たれた支援信号に鉄菜は硬直する。

 

『クロ、潮時よ。《ゴフェル》の警護に回らないと今度はせっかくのお膳立てが無駄になる』

 

《ナインライヴス》が戦闘宙域を離脱していく。鉄菜は振るいかけた刃を仕舞い、身を翻させた。

 

『待て。戦え。殺すのならば殺せばいい』

 

 背後にかかる声を鉄菜は無視して《ゴフェル》の警護任務に入る。先ほどまで散っていた《アサルトハシャ》が攻撃を加えようとするのを《モリビトシン》で決死に防いだ。

 

《ゴフェル》から機銃掃射とリバウンド砲による援護射撃がもたらされる。《アサルトハシャ》を撃墜していく流れと共に通信がもたらされた。

 

『ブルブラッドキャリア本隊に告ぐ。我々は上層部から離脱し、独自行動を取る。舟の名前は《ゴフェル》。希望を載せた舟』

 

 ニナイの宣言に《アサルトハシャ》部隊が艦へと取り付かんと迫る。《ナインライヴス》のRランチャーが塵芥に還し、《モリビトシン》の銃撃が敵人機を悶えさせた。

 

 硬直した《アサルトハシャ》をRシェルソードが叩き割っていく。

 

 確実に敵戦力を削いでいく中、ブルブラッドキャリア上層部の声が宙域に響き渡った。

 

『貴様ら……我々を裏切るというのか。宇宙に追放された我らに居場所など存在しない。惑星へと報復の刃を向け、取り戻すしかないのだ。あの楽園を! それも分からぬ無知蒙昧な連中が、笑わせてくれる。予言してくれよう。貴様らは滅びる。それも自らの放った毒によって』

 

 哄笑が宙域通信を満たす中、鉄菜と桃は《ゴフェル》の甲板に愛機を着地させていた。

 

『行くわよ。鉄菜、桃。何のために戦うのか。それを問い質すための、旅路に』

 

 ニナイの言葉に鉄菜は宙域の《アサルトハシャ》に回収されていく《セプテムライン》を目にしていた。

 

 あの機体は《シルヴァリンク》の機体反映技術が生きている。ともすれば、また刃を交わす事になるかもしれない。

 

 ――その時は迷わず斬る。そう断じる事でしか、今を超えられそうになかった。

 


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