ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯19 審問の扉

 対策班、と呼ばれる有識者達の視線は思いのほか鋭い。

 

 まるで審判の門だ。

 

 半円型に取られた向こう側でこちらを見据える者達を、タチバナは睨み返す。

 

 ここで審議されるのは、タチバナのこの後だけではない。世界のこの後であった。

 

「タチバナ博士。モリビトなる人機は既に分かっているだけであの後二回だ。二回も襲撃を受けて黙っていろと言うのかね?」

 

 世界の頭脳が突き合わされた有識者会議の結果が不満なのだろう。彼らが導き出した「静観」というスタンスが気に入らないから、自分は本国の人々から憎悪のような感情をぶつけられている。

 

 彼らは本国の意見と同じだろう。

 

 何故、攻めないのか。敵はたった三機の人機だろう、と。

 

「お答えさせていただく。モリビト三機のうち、二機を我々C連合傘下の戦地と前線基地で目撃。ほぼ全員が戦死か重軽傷。基地は活動が不能にまで追い込まれた。その事実に間違いはない」

 

「なればこそ、モリビトの徹底排除を考えるべきなのでは? 本国に持ち帰るにしては、あなたの資料はあまりにもずさんだ」

 

「如何に人機研究の第一人者でも、ブルブラッドキャリアの考えは読めん、という事ですかな」

 

 嘲笑う声にタチバナはフッと笑みを浮かべた。

 

「残念ながら、まだ分からぬ事が多過ぎるのです」

 

「その割には、楽しそうにも見える。我々を前にしてその余裕、どういう事か」

 

 タチバナは政治家達の審判の場に引き寄せられたからといって、これから先のモリビトへの対応が変わる事はない、とはっきり突っぱねる必要があった。彼らがどれほどの権力を持とうと、自分の判断は変わらない。

 

「C連合下で今のところ、モリビトに拮抗出来る可能性は三十パーセント未満です」

 

 その判断に政治家達からの野次が飛んだ。

 

「諦めろと? 分かって言っているのか、タチバナ博士!」

 

「これはあなたの首の皮一枚の決断だけで通していい問題ではないのだ。世界と国民の命を保証する義務がある。それをあなたは、たった一言で切り捨てると?」

 

 お歴々の言い草は相変わらず卑怯だ。自分をここから逃がさない算段である。

 

「ワシはこう言っておるのです。勝てない、ではなく、三割ならば勝算はある、と」

 

 その反応に政治家達の顔色が変わった。急に自分達が今まで言ってきた事が変化したものだから戸惑っているのがありありと分かる。

 

「三割……三割ならば勝てる、と?」

 

「現行兵器では難しいでしょうが、あのモリビトという機体のルーツを辿れば、不可能ではないでしょう」

 

「して、そのルーツとは?」

 

 タチバナはここで一呼吸つき、その禁忌を口にする。

 

「百五十年前……」

 

 その一言だけで数人は了承が取れたらしい。だが、若い政治家はまだ分からないようだ。

 

「百五十年前……? 何があったというのだ」

 

「人機開発が一つのピークを迎えました。この星における人機の開発、兵力の増強、あらゆる部門での極地、それが一度に発生した百五十年前に起こった事を、皆さんの口からご説明願う」

 

「それは、国民に、という事かね」

 

 今さら問う事のほどではあるまい。タチバナは鋭く睨み返した。

 

「世界に、です。我らの原罪を、知らせなくてはならない」

 

 熟考の間が降り立った。その沈黙を破ったのは政治家の中でも古株の者達だ。

 

「……駄目だ。それはブルブラッドキャリアとやらに自治権を与えるような真似になる」

 

「左様。彼奴らは百五十年前の因縁を持ち出し、世界に喧嘩を吹っかけた。それを我らが認めるという事は、百五十年前の祖先の罪を認め、謝罪するという事。それだけはあってはならない。既に数百、数千の人命が失われつつある。モリビトによる被害は事実としてあるのだ。それを肯定しながら、ブルブラッドキャリアの言い分を我らが通せば、それこそ世論から反感を買う」

 

「だが世論は納得しませんぞ。ここで剣を呑むか、あるいはこれから先も絶対に、何があっても原罪を認めないか」

 

 一同が静まり返る。決定は早いほうがいい。タチバナはとどめの一言を放った。

 

「……何も我々が不利益を被る、という話でもないのです。これは、人機というものを造り出した人類の功罪でもある。それを一言でもいい、認めるか否かでこれからの身の振り方が変わる。泥を被る程度の覚悟なくってどうするのです」

 

 静寂の中、一人の政治家が呟いた。

 

「……タチバナ博士。あなたは認めるというのか」

 

「認めなければ前に進めんと言うのなら、ワシは認めますよ。百五十年前に、この世界が何を行ったのかを」

 

 話はこれで充分だろう。身を翻したタチバナの背に、足掻きの一言がかかった。

 

「……しかしそれを認めれば、我々はもう後戻りは出来ないのだ」

 

 足を止め、タチバナは振り向かずに言い返す。

 

「もう後戻りなど最初から出来るとは思っていません。モリビトという原罪が突きつけられている今、人類は二つに一つでしょう。逃げるか、立ち向かうか」

 

 逃げを考えている暇があるのならば自分は戦う。

 

 その背中にもう、呼び止める声はなかった。

 

 


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