ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯182 離反

『外周戦闘か……。まったく、考えなしだな』

 

《モリビトシン》が資源衛星から出た事を察知し、ブルブラッドキャリアの上層部ネットワークは情報を同期する。

 

『少しでもデータが欲しいのだろうがタキザワ技術主任は焦り過ぎだ。トウジャに察知されればどうする?』

 

『前回の戦闘でモリビトタイプの新型という点では割れているも同義。対策を練られればまずいだろうに』

 

『……待て。この《モリビトシン》の機動は……どこかおかしい』

 

『何がだ? 外周戦闘程度……』

 

『違う……。上だ!』

 

 叫びが迸った直後、本隊の資源衛星を激震が見舞う。攻撃されたのだ、と察知した途端、メインコンソールへの全ての経路を隔壁で閉じる。

 

『どうなっている……? 今、監視塔を走らせたが、ここまで誰もいないだと?』

 

『構成員の熱源は? どこにある?』

 

『熱源探知……、別の資源衛星の無重力ブロック……? 《モリビトシン》の稼動実験の場所に、何故……』

 

 さらに一撃、衛星へと《モリビトシン》の銃撃が叩き込まれる。

 

 このままでは何もせずに破壊されてしまうだろう。すぐに指令を飛ばした。

 

『《モリビトシン》! いや、二号機操主! 攻撃対象を誤認している!』

 

 その言葉に《モリビトシン》より通信が接続される。

 

『誤認していない。私はブルブラッドキャリア本隊より離脱する。これは決定事項だ』

 

 馬鹿な、と怒声を飛ばす前に、別の宙域からエネルギー波が放射された。

 

 咄嗟に資源衛星に設置されたリバウンドフィールドを稼動させた上層部は難を逃れた形となる。

 

『……まさか、《ナインライヴス》まで……!』

 

 カメラが捉えた《モリビトナインライヴス》のRランチャーの照射に上層部は怒号を上げる。

 

『貴様ら……誰に反逆しているのか分かっているのか! 創造主への反逆だ! その罪、万死に値する!』

 

『うるさいわね。創造主? 傲慢なのもいい加減にして。モモ達は、あんた達に生み出されたわけじゃない』

 

 Rランチャーの照準がこちらを捕捉するのを、周囲にアンチブルブラッド兵装の煙幕を焚く事で防衛する。

 

 その隙に防御機構を働かせた。

 

 常在している《アサルトハシャ》部隊へと連絡が電撃のように行き渡る。

 

『《アサルトハシャ》第一小隊! 執行者の離反を確認。モリビト二機を殲滅せよ! 繰り返す! モリビト二機を殲滅せよ!』

 

『このような事になってしまって残念だ。二号機操主、それに三号機操主』

 

 煙幕を引き裂いて《アサルトハシャ》が発進する。この六年間でアップデートされた《アサルトハシャ》の攻撃力はモリビトに比肩するはずだ。

 

 プレッシャーガンが矢継ぎ早に放たれ、《モリビトシン》を追い詰めようとする。

 

《モリビトシン》が機体背面をデブリに衝突させた。

 

 隙だらけのその機体へと挟撃が走る。

 

『所詮は、六年間、地上で食い合いを繰り広げていただけのハイエナ! 我らブルブラッドキャリアの実力に及びもしない!』

 

《アサルトハシャ》二機がプレッシャーガンを《モリビトシン》の頭部に照準した。

 

《モリビトシン》は諦めたのか、重火器を手離す。

 

『完全に……こちらを嘗めていたようだな! 旧型血続が!』

 

 その時、両肩のウイングスラスターより、グリップを伸長させ、《モリビトシン》が盾の銃を交差する。

 

 一瞬の出来事であった。

 

 交差した銃撃が《アサルトハシャ》のプレッシャーガンを寸分の狂いもなく、銃口より爆ぜさせる。

 

 武器を失った《アサルトハシャ》が惑うよりも先に、肉迫した《モリビトシン》が盾の銃を剣へと変位させ、胴体を叩き割っていた。

 

 もう片方の《アサルトハシャ》がRランチャーの光軸を受けて塵芥に還る。

 

 茫然自失の上層部へと《モリビトシン》より声が吹き込まれた。

 

『……嘗めていたのはお互い様のようだな。旧型の老人が』

 

『貴様ッ……! 《アサルトハシャ》! 出せるだけ出せ! この場で分不相応な反逆を企てたモリビト二機を完全に破壊せよ!』

 

 その指令と共に資源衛星から《アサルトハシャ》部隊が推進剤の尾を引いて出撃していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だって……、クロ、相手を怒らせるの得意ね?』

 

「別に怒らせたつもりはない。ただ、《アサルトハシャ》を全機、こちらに向かわせたのならばタキザワ達が動きやすくなるだろう」

 

『案外、大局を見れているのはモモ達ってわけ。で? 何機墜とす?』

 

 構えた《ナインライヴス》へと鉄菜の《モリビトシン》が盾の剣を払う。Rシェルソードの剣筋が灼熱を帯びた。

 

「――知れている。向かってくる敵、全てだ。《モリビトシン》、《アサルトハシャ》部隊を殲滅させる」

 

『やっぱ、そうなる、か。いいわ。《モリビトナインライヴス》! 《アサルトハシャ》を迎撃!』

 

《ナインライヴス》のRランチャーは広範囲を攻撃出来る分、連射には向かない。それを相手も察知しているのだろう。

 

 すぐさま三々五々にばらけた敵編隊を《モリビトシン》で照準する。

 

 片腕のRシェルライフルで牽制の弾幕を張りつつ、《モリビトシン》は手近な敵人機へと接近していた。

 

 両肩に有するウイングスラスターが高機動を補填する。それだけではない。トリニティブルブラッドシステムの生み出した高出力が鉄菜の思い描いた通り――否、それ以上の強さを約束していた。

 

 すぐさま《アサルトハシャ》の背面を取り、その銃撃が背中の推進装置を破壊する。足を止めればこちらのものだ。

 

《アサルトハシャ》の出力はたかが知れている。出撃前に何度かデータを参照したが、どれもモリビトには遠く及ばない。

 

《アサルトハシャ》がプレッシャーガンで応戦してくるのを、鉄菜はフットペダルを踏み込み、臆する事もなく肉迫する。

 

「確かに……性能だけで言えば、六年前のモリビトに比肩する。だが、それは性能だけだ。私達は! 何も性能だけで戦ってきたわけじゃない!」

 

 振り上げたRシェルソードが《アサルトハシャ》を両断する。

 

『助け……』

 

 接触回線に響いた声に鉄菜は瞑目した。今は、感傷に浸っている場合ではない。

 

 相手がたとえ自分と同じような立場だったとしても、自分達はブルブラッドキャリア。その在り方は明日を切り拓くためにある。

 

 ここで潰えるのならばとっくに費えているはずだ。

 

 プレッシャーガンが《モリビトシン》を射抜こうと幾重にも攻めてくる。立体機動で宙域へと入ってくる《アサルトハシャ》は確かに手だれだろう。

 

 だが、ただのそれだけだ。戦い慣れている、という点では自分のほうが場数はどれだけでも上。

 

《モリビトシン》が接近してきた《アサルトハシャ》へと回し蹴りを叩き込む。よろめいた敵人機をRシェルライフルの銃弾が撃ち抜いた。

 

 リバウンドの銃弾は相手に突き刺さればすぐにでも爆ぜさせる。上方へと抜けた《モリビトシン》へと重装備の《アサルトハシャ》が追いすがった。

 

 その身体にハリネズミの如く装備されたミサイルが一斉掃射される。

 

 青い尾を引くそれはアンチブルブラッド兵装であろう。

 

 純正血塊炉で動く《モリビトシン》にとっては何よりの毒。

 

 しかし――、と鉄菜は《モリビトシン》に加速度をかけた。ウイングスラスターを折り畳み、《モリビトシン》が弾丸の如く宙域を駆け抜けていく。

 

 その速度に追いつけず、幾つかのミサイルが途中で暴発する。

 

 何発かは抜けてきたが、ほとんど軌道を見失っているも同義。翻り様に放ったRシェルライフルの銃撃網に抱かれてミサイルが誘爆していく。

 

 青い噴煙を拡張させながらアンチブルブラッド兵装が消失していった。

 

「……来る前に打ち倒せばいいだけだ」

 

 しかし、そこで気を抜いたせいか、咄嗟の接近警告を見抜けなかった。

 

 背面よりプレッシャーナイフを発振させた《アサルトハシャ》がコックピットを狙ってくる。

 

 舌打ち混じりに応戦しかけて、粉塵を掻っ切って肉迫してきた重装備の《アサルトハシャ》を眼前に入れていた。

 

 そうだ。《アサルトハシャ》は混合血塊炉。アンチブルブラッドの効力がある噴煙を物ともせずに突っ込む事が出来るのだ。

 

 気づいた瞬間、回線へと声が弾けた。

 

『もらったァッ! 《モリビトシン》!』

 

「そう簡単に……やらせない!」

 

 突き上げたRシェルソードで上方よりの相手をさばき、瞬時の狙い付けで前方の《アサルトハシャ》へと弾幕を張る。

 

 プレッシャーナイフの射線は逃れたものの、前から猪突してきた《アサルトハシャ》の応戦には間に合わなかった。

 

 衝撃がコックピットの中を激震する。

 

 突撃してきた《アサルトハシャ》から警告音が響き渡った。

 

「自爆警告……? まさか……! どうして、そこまで出来る!」

 

『逆に聞くが……どうしてモリビトの執行者にまで選ばれたのに、裏切るなどという愚策を冒す!』

 

 彼ら彼女らは自分達に成れなかった存在。モリビトの操主選定にあと一歩で届かず、《アサルトハシャ》に搭乗するしかなかった存在。紙一重だ。自分だってそうなっていたかもしれなかった。

 

 その逡巡が鉄菜に引き金を引かせる事を躊躇わせる。

 

 刹那、下方より伸びたリバウンドの光条が組み付いていた《アサルトハシャ》の背部を焼き払った。

 

『クロ! 迷っていたら墜とされる!』

 

 桃の声でようやく我に帰った鉄菜は手元のRシェルライフルを《アサルトハシャ》の胴体に押し当てた。

 

「押し通る!」

 

 声音が弾けると共にRシェルライフルが中心軸の歯車を基点として回転し、剣となって《アサルトハシャ》の血塊炉を引き裂いた。

 

 よろめいた敵人機へと《モリビトシン》は両手のRシェルライフルで銃撃網を叩き込む。

 

『どうして……なんだ。お前らと私達に……さしたる差なんて……』

 

 その声が回線にこびりつき、爆発の光が拡大した。思っていたよりも息を荒立たせていた自分に鉄菜は落ち着くように言い聞かせる。

 

 ――撃たなければ撃たれていた。

 

 戦場ではそれに集約される。撃たなければ、撃ち返されても文句は言えないのだ。それが戦場なのだと何度も思い知ったはずなのに。

 

 それでもここで掠める感傷は、立場など所詮はちょっとした行き違いであるという事実。自分が《アサルトハシャ》の操主になっていたという可能性もあるのだ。

 

 当惑する鉄菜に《ナインライヴス》が接近して肩へと触れた。接触回線で桃の顔が開いて少しだけ落ち着く。

 

『クロ……今はあまり考えないで。《アサルトハシャ》は倒すべき敵なの。もし、ここでモモ達が日和見になれば、どれほどの犠牲があるか、分かるでしょう? タキザワやニナイ、みんなのこれまでの苦労が水の泡になるの。非情になれって言っているわけじゃないけれど、クロ。相手に感情移入だけはしないで。モモ達はモリビトの執行者。相手はそうじゃない。大丈夫?』

 

 そうだ。相手は《アサルトハシャ》。倒すべき敵なのだ。それを理解していないわけがない。非情になれ、という教えも今さらに過ぎない。だが……それでも痛みを覚えてはいけないのだろうか。

 

 どこかで食い違った何かを考えないというのは、それは何もかもを放棄しているのではないか。

 

 今はしかし、そのような熟慮でさえも無意味。

 

 相手は殺すべくして向かってくる。ならば殺し返さなければむざむざ命を明け渡すようなもの。

 

 鉄菜は何度か呼吸を整え、桃へと言いやった。

 

「……大丈夫、だ。桃。私達はモリビトの執行者。《アサルトハシャ》を……撃滅する」

 

 頷いた桃が《ナインライヴス》を離していく。

 

『今は、それでいい。……後でいくらでも咎は受ける。それがモモ達の役目。モリビトの……執行者であるという事!』

 

 Rランチャーの一射が《アサルトハシャ》編隊を爆発の向こう側に消し去って行く。それでもなお向かってくる相手を斬るのが自分の役目だ。

 

 闘志は相手も尽きないはず。当然だ。自分達にないものを相手が持っている。それだけで羨望の対象にはなるのだから。

 

 彼ら彼女らは一生、ブルブラッドキャリアに隷属するしかない。こうやって使い捨ての駒として扱われ、戦えなくなれば自爆特攻でも何でもやらされる。

 

 それが日常であった。それが当たり前であった日々は既に通り過ぎていた。

 

 今の自分は選び取れる。自分の意思で後悔しない選択肢に至れるはず。

 

『クロ!』

 

 鉄菜は呼気を詰め、操縦桿を握り締めた。

 

「《モリビトシン》、鉄菜・ノヴァリス……。《アサルトハシャ》編隊を、殲滅する!」

 

 今はそうとしか選べないのならばせめて苦しまずに。決意した鉄菜の太刀筋が《アサルトハシャ》を両断する。

 

 重装備型の《アサルトハシャ》がアンチブルブラッド兵装のミサイルで追い詰めようとする。

 

 ウイングスラスターを折り畳み《モリビトシン》が離脱挙動に入った。

 

《アサルトハシャ》の追撃の銃弾を鉄菜は《モリビトシン》に受け止めさせる。

 

 両肩に装備されたウイングスラスターを兼ねる盾の表面で銃弾が位相を変えた。浮き上がった弾痕が瞬時に跳ね返る。

 

「リバウンド、フォール!」

 

 反射した弾丸がミサイルを焼き払っていく。どうやら焼夷弾であったらしい。引火した《アサルトハシャ》が炎に抱かれて沈黙していく。

 

 それでも追撃部隊の足並みは変わらない。

 

《アサルトハシャ》だけならば量産も容易なためだろう。数もほとんど減っていなかった。

 

 しかし、と鉄菜は全天候周モニターの一角に表示されているタイムリミットを見やる。あと三分。それだけ持たせればいい。

 

 両肩のスラスターを逆噴射させ、鉄菜の駆る《モリビトシン》が《アサルトハシャ》三機編成へと割って入った。

 

 突然に減速した《モリビトシン》の挙動は見抜けなかったのだろう。奔った剣閃が三機のうち、二機を行動不能にしていた。

 

 それだけではない。追撃網を抜けた《モリビトシン》は隙だらけな《アサルトハシャ》三機へと照準する。

 

『ま、待て……! 我々は……』

 

「許しを乞うつもりはない。《モリビトシン》!」

 

 引き絞ったRシェルライフルの銃弾が《アサルトハシャ》を撃ち抜いていく。撃墜した《アサルトハシャ》が爆発の光に押し包まれていった。

 

『今一度……貴様らに問う。本当に我々ブルブラッドキャリアの意に沿わぬというのか。それが貴様らの意思か』

 

 上層部ネットワークの問いかけに鉄菜は問い返していた。

 

「ここで許しを乞えば、では今まで通り、というわけでもあるまい。まさかそこまで無知蒙昧だと?」

 

 六年間もたった一人で戦い抜いて来たのはこのような甘言に乗らないだけの精神力を形作った。

 

 自分の意思は自分で決める。

 

 ただそれのみを遂行するために――。

 

『そう、か。残念だよ、モリビトの執行者を……貴重なA判定以上の人間を二人も失うのは』

 

《アサルトハシャ》部隊が一斉に退いていく。何が、と感じる前に資源衛星から発進したのは高機動型の人機であった。

 

 すぐさま《モリビトシン》へと突撃し、こちらへと組み付いてくる。その膂力は今までの《アサルトハシャ》とは桁違いであった。

 

 こちらの斬撃の腕を押し返すだけの馬力に鉄菜は瞠目する。

 

「まさか……この人機は……!」

 

 三つのアイサイトの眼窩が赤く煌き、《モリビトシン》の緑色の眼光と交錯した。

 

 

 


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