ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯181 示された道

 どれほど説得を重ねても無意味、という状況は完全なる停滞を示す。

 

 顔を見せる気もない上層部とのやり取りに、ニナイはいい加減に業を煮やしていた。

 

『ニナイ局長。二号機操主が戻ったようだな』

 

「はい。三時間前に確認しました」

 

『《モリビトシン》……、食わせ物のタキザワ技術主任の道楽か。よく機能したものだ。百五十年前の罪そのものが』

 

 それをどの口が言う、とニナイは並び立つデータの羅列のみの上層部を睨み据えた。百五十年間……元老院と同じ方法で生き永らえてきた罪深い老人達はこの機会を逃すつもりはないらしい。

 

『ならば手は打てるだろう。今こそ惑星への報復を』

 

「簡単には仰らないほうがよろしいかと。惑星側はトウジャタイプの量産を進めています。現状、闇雲に仕掛ければ返り討ちの可能性も」

 

『しかし仕掛けなければ同じだろう。我々は、百五十年と、六年もの間、待ったのだ』

 

『左様。これだけの期間、待つしかなかった人間の精神が理解出来るかね? 今、現場を預かっているとはいえ、君の立場など我々の権限があれば一瞬だ』

 

「……ですが《モリビトシン》はまだ不完全です」

 

『《ナインライヴス》と《イドラオルガノン》を最大限に利用すればいいはずだ。試算上は勝利出来るだろう』

 

 そのシミュレーションと実戦は違うのだ、と何度言って聞かせたところで老人達は納得すまい。

 

「ですが……我々は何も同士討ちを考えているわけではないはずです。勝利というのは、ただ単に同じ攻撃力で成り立つものではありません」

 

『それをまだ若く、ただの肉体に縛られた君が言うかね?』

 

『人間である事を辞めた我々ほど、君は賢しいとでも?』

 

 辞めたのがまるで賢明であるかのような言い草だ。諦めただけだろう、と言い返したかった。

 

「しかし、ここまで待ったがゆえの、四人なのです。失いたくはない」

 

『六年前の執行者……彩芽・サギサカの末路を思い出すか? もう失態は許されんぞ』

 

『担当官であるのならば、もっとうまく執行者を使うのだな。そうでなければ評価は下がる一方だ』

 

「……執行者は物ではありません」

 

 ちょっとばかしの反発にもお歴々は口を差し挟む。

 

『我らの決定に異議でも?』

 

『申し立てをするのならば手順を踏むといい。その場凌ぎの言い草が、この場で通るとは思わない事だ』

 

「承知しています。……重々」

 

『《モリビトシン》の性能レポートを提出するといい。それが君程度にでも出来る、組織への貢献だ』

 

 お歴々の気配が失せていく。

 

 明かりが点いた会議室で、ニナイは踵を返していた。

 

 廊下に出たところで、執行者である桃と鉢合わせる。

 

「あ……ニナイ局長」

 

「桃……、鉄菜は?」

 

「今、リードマン担当官が。局長は、上に?」

 

 肩を竦める。

 

「理解は難しそうね。このままじゃ、多分《モリビトシン》でさえも使い捨ての道具としか思われないでしょう」

 

「じゃあ、例の件を……」

 

 濁した桃の肩を、ニナイは叩く。

 

「……期待しているわよ」

 

 抜けようとしたニナイを桃が呼び止める。

 

「でも……本当にこれでいいのでしょうか? 鉄菜は帰ってきた。少しくらいは歩みを止めても……」

 

「そうね。でもこちらが歩みを止めればきっと、色んな人間の思惑に雁字搦めになる。それがブルブラッドキャリアとして正しいとは思えない」

 

 何よりも、散っていった者達への報いとして、自分が許せなかった。

 

 これはケジメなのだ。

 

 六年前に彩芽を失わざるを得なかった己の弱さに直面するのに。

 

 ニナイは作戦実行までの時間を概算する。

 

 残り四時間で、大いなる反逆が成されるはずであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 居住区は六年前と代わり映えしないのだな、と鉄菜は歩みを進めていた。

 

 公園があり、近場には地上の居住地域を模した街頭が並んでいる。彩芽と最後に交わした言葉を思い返していた。

 

「……彩芽。お前はどうして、あの時、私に……」

 

 その時、名を呼ばれた。振り返った鉄菜はこちらへと歩み寄る桃を視界に入れる。

 

「……桃。作戦は聞いた。本当に実行するのか?」

 

「そうね。聞けばそういうリアクションになる、か……」

 

 自分も不安ならば桃はもっとだろう。これから先、組織の後ろ盾は期待出来ないのだ。そうなってくれば自ずと世界を敵に回すのには不向きに思える。

 

 沈痛に顔を沈めた桃に、鉄菜は服飾店を指差した。

 

「桃。ウィンドウショッピングとやらを、するか?」

 

 その言葉があまりに浮いていたせいだろう。桃が歩み出てこちらの額に触れた。

 

「……何だ?」

 

「いや、熱でもあるのかなー、なんて」

 

 その手を払い、鉄菜は言いやる。

 

「私は本気だぞ」

 

「本気って……、クロ、六年間で何かあったの? それとも、今さらオシャレに目覚めたとか?」

 

 からかう桃に鉄菜は正直に口にしていた。

 

「……彩芽が、六年前、最後の出撃を前に私を誘ってくれた。それがどういう意図だったのか、未だに分からない。だから反芻すれば分かるかと思っただけだ」

 

 彩芽の名を出した途端、桃は、そっか、と静かに声にする。

 

「もう、六年も前なんだよね。アヤ姉がいなくなってから。……いいよ、クロ。ウィンドウショッピング、しよ」

 

 ただ、自分でも勝手が分からなかった。六年前のように突然訪ねてもいいのだろうか、とまごついていると桃は手慣れた様子で店に入っていった。

 

 こちらが執行者だと分かると、店員は笑顔になる。

 

「ちょっと見ていいですか?」

 

「どうぞ。執行者様」

 

 手招く桃に鉄菜は絶句していた。

 

「慣れているんだな」

 

「そりゃ、クロよりかは、ね。居住区で過ごしたのもそこそこだったし」

 

 居住区での記憶はまるでない。自分は成すべくして《シルヴァリンク》に乗り、地上へと下りたのだろう。そこに何の疑問も挟まず。

 

 今にして思えばどれほどに狭い考えであったか。

 

 ただただ報復作戦のためだけに用意された駒。人造血続、という枷。

 

 どう言い繕っても、自分は戦闘機械なのだ。言い訳なんて通用しない。

 

 そんな自分の表情を盗み見た桃は、一着の服装を自分に当てた。フリルのついた純白の服である。

 

「うん、似合う」

 

「……多分、似合わないと思うが。それにこれはお前の趣味だろう」

 

「モモだって、この六年間で思い知ったし……。自分の身の丈に合う、って言うのかな」

 

「背が伸びた」

 

「もうっ。クロってばそういう事言っているんじゃないって。ホラ、このフリフリつきなのも可愛い!」

 

 鉄菜はまたしても着せ替え人形状態だ。だが、この状況を悪くないと思えている自分に僅かに視線を翳らせた。

 

「……どうしたの? やっぱり、嫌だった?」

 

 窺う桃に鉄菜は首を横に振る。

 

「違う……。彩芽の事を少しだけ、思い出していただけだ。あの時、無理やりだったがこうして、私に似合う服を見繕ってくれた。……結局、服に袖は通さず仕舞いであったが」

 

「……そっか。アヤ姉との大切な思い出なんだね。クロだけの」

 

「私だけの?」

 

 尋ね返した鉄菜に桃は頷く。

 

「クロだけの思い出だよ。それって多分、アヤ姉から何度も言われていた、心って言う奴なんじゃないかな」

 

「心、か……」

 

 どこにあるのか定かではない。六年経っても見当たらない心の在り処。それでも、以前よりかはマシになったのだろうか。

 

 少しでも前に進めているのだろうか。

 

 分からない。分からないなりに、立ち向かっていくしかない。

 

 それが現実だ。破壊者だと己を断じたのならば、その行動に迷いは許されない。

 

「桃。今度こそは、服に袖を通したいと思う」

 

 その言葉に桃の顔が明るくなる。

 

「うんっ! じゃあ、クロにはこの真っ白なワンピース!」

 

「だからそれはお前の趣味だろうに……」

 

 辟易する鉄菜に、桃は引っ付いてくる。六年経っても切れなかった絆。決して衰えなかったものもこの世にはある。

 

 今は、それを信じられるだけでもよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刻限が迫る中、タキザワは無重力ブロックにてニナイと顔を合わせた。

 

 いつになく緊張した面持ちに肩を叩く。

 

「リラックスしなよ。ギリギリまでは僕らだって引きつけ役だ」

 

 ニナイは手を払い、キッと睨みつける。

 

「……随分と能天気ね。それもこれも、頼みの綱である《モリビトシン》が稼動したから?」

 

「手厳しいな……。別に僕は冷血漢というわけじゃない」

 

「それでも、《モリビトシン》が動かなければこの作戦もあり得なかった」

 

「正確には、鉄菜が了承してくれたから、だけれどね。執行者二人が頷いてくれたから、僕らは動ける」

 

「そうでなければ、今でも監視と制裁の中だって?」

 

「思慮の内には入るだろう。……上は相当焦っている」

 

「そりゃそうよね。トウジャタイプの楽園と化した地上。それに宇宙だって資源衛星一個じゃバレやしないとはいえ、手は晒してしまった。敵が来るのは時間の問題」

 

「その前に、《ゴフェル》でトンズラするしかなさそうだ」

 

 仰ぎ見たニナイは最終点検中の戦艦、《ゴフェル》を視界に入れていた。

 

「これが、《ゴフェル》……。我々の方舟」

 

「見た目以上に器用だ。《ゴフェル》は水中戦闘も加味している」

 

「……《イドラオルガノン》の操主からは?」

 

「継続戦闘の定時連絡が十分前に来たばかり。僕らは彼女らを回収する任も帯びている」

 

「いずれにせよ、宇宙で燻っていていいはずもなし、か……」

 

「ただ、《ゴフェル》の完成を急がせたのは他でもない、時代の抑止力なのではないか、と僕は思っている」

 

「時代の……」

 

 濁したニナイにタキザワは言いやる。

 

「新しい息吹と、六年前に失くしてしまったもの。その二つがようやく揃った。《モリビトシン》を操る鉄菜の働きに、期待している」

 

「馬鹿馬鹿しい。あなた達は、いつだって性能に期待しているだけでしょう。働きなんて、まるで人間みたいな事……」

 

「嘘じゃない。彼女らを人間以上だと、思っている」

 

 タキザワの言葉繰りにニナイはため息を漏らしていた。

 

「人造血続なのよ……。鉄菜は自分の宿命を呪いぞすれ、協力なんてする保証は……」

 

「いや、この六年は操主、鉄菜・ノヴァリスを思った以上に人間にしてくれた。今の彼女ならば託す事が出来そうだ」

 

 ブルブラッドキャリアの未来を、と言外に付け加えたタキザワにニナイは冷笑を浴びせる。

 

「言っておくけれど、未来なんてないかもしれない。何せ、ブルブラッドキャリア本隊には、《アサルトハシャ》部隊が何機いるか……。しかも連中、アンチブルブラッド兵装を使いこなしている。純正血塊炉の《モリビトシン》じゃ不利でしょうに。《アサルトハシャ》に抜擢された操主達も、鉄菜達のバックアップのために補填された操主候補生よ。弱いわけじゃない」

 

 それだけはタキザワも懸念事項であった。《アサルトハシャ》部隊は化石燃料とコスモブルブラッドエンジンの混合血塊炉を使用している。アンチブルブラッド兵装を使用されれば、《モリビトシン》は確かに危うい。

 

「でも、そのための執行者二人だ」

 

「桃は協力すると思う? あの子は一番に分かっている。この六年間、どれほど組織が生き意地が汚かったのかを。たとえ離反の道であっても、こっちだってブルブラッドキャリアには違いないのよ」

 

 どちらの道を選んでも、組織の存続という点において桃は満足しないかもしれない。だが、それでも信じてみたいのだ。

 

 鉄菜を追い続け、信じ続けた桃の心を。そして、恐らくは変化した鉄菜自身を。

 

「……信じるのは、駄目なのだろうか。だって、鉄菜も桃も、まだ信じたいはずだ。自分ではない誰かを。そのためにあの最終決戦、最後まで粘った。未来を勝ち取るために。その未来が、暗黒に沈んでいちゃ、いけないはずなんだ」

 

「……最悪の想定を浮かべておく事ね。《モリビトシン》の銃口が自分に向くかもしれない、という事くらいは」

 

 肝に銘じておこう。そう感じてタキザワは時計を目にしていた。

 

 作戦実行まで、残り一時間もない。

 

「……それでも、せめて戦う事の未熟さを、棚に上げたくはないじゃないか」

 

 


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