「新型のモリビトだと!」
もたらされた情報にヘイルが壁を拳で殴りつけた。駐在部隊のうち一機が撃墜。それだけでも充分にセンセーショナルであったが、新型のモリビトとブルブラッドキャリアの声明が合わさってくれば、自ずと帰結は導かれる。
「ブルブラッドキャリア……またしても惑星に刃を向けるのか」
「どっちにしたって俺達がやるしかないって事かよ。俺達アンヘルが……!」
弱小コミューンのテロの芽を摘むだけでも充分に時間と労力を要するのに、そこにモリビトという新たな脅威を抱き込むのは得策とは言えない。しかし、ブルブラッドキャリアは第一級の敵。国家が威信をかけて潰さなければならない相手だろう。
「《スロウストウジャ弐式》の整備状況は?」
「出せるには出せるが……こっちから仕掛ける旨味はあるのか? 相手が宇宙に陣取っているって言うのに」
「駐在地の連中に……地上での展開を抑えろとしか言いようがない、か。……隊長は何だって?」
仲間は頭を振った。
「まだ何も。……存外、焦っていないのかもな」
「焦らないのはあの人の悪い癖だ。……あのポンコツにばっかりかまけて。隊長はロリコンなのか?」
「知らないって」
いずれにせよ、ヘイルからしてみれば面白い話ではない。休憩室から飛び出して、彼は整備デッキへと向かっていた。
デッキに並び立つ自分達の愛機を見つめ、整備士に問い質す。
「聞いているか? ブルブラッドキャリアが」
「ええ、存じていますよ。また声明を出したって。でも、《スロウストウジャ弐式》なら、モリビト相手だって困らないはずですが……」
しかし自分達は新型一機とやり合っている。六年前の機体だと侮らないほうが無難であった。
「《スロウストウジャ弐式》をもっと強くは出来ないのか?」
「もっと強く、ですか……。操主ごとに合わせた改造を施していますが……。例えばヘイル中尉なら、随分と照準補正にかけていますよ? 正確無比な射撃が得意ですからね。人機はそれぞれの操主専用にカスタマイズしています。それを今以上となるとやはり……」
濁した言葉の先を予測する。
やはり――アンヘルで独自の新型を造るしかない。
しかし、新型人機の製造は上がなかなか首を縦に振らない領域でもある。
それに自分達前線の兵士では、トウジャタイプの新型など全く及びもつかなかった。《スロウストウジャ弐式》は最善の機体のはず。
これに勝るだけの人機などそうそう思いつかない。
「トウジャタイプ以上のスペックを弾き出す人機なんてなかなかいませんよ。そもそもトウジャは拡張性の高い人機なんです。重火器型、軽装格闘戦型、様々なバリエーションを生み出せる……画期的な人機なんですよ。それを今以上に手を尽くすとなると、やはり《ゼノスロウストウジャ》レベルでの変位しか……」
隊長機にのみ許されたあの性能。どうしても――欲しい。《ゼノスロウストウジャ》はしかし、アンヘル全体を見ても三機程度しか量産されていない。
それだけ特別性が高いのと、量産に不向きなのだ。
やはり自分達は《スロウストウジャ弐式》に頼るしかないのだろうか。
「今は……まだ有事とは言い難いですからね。ただ、六年前もそうであったように、実際にモリビトの脅威が高まれば、自ずと新型は製造されると思います。今は、待つのがいいかと」
待つ、か。アンヘル……虐殺天使とあだ名されている自分達が待つしかないなどそれは愚策に思われた。
不審を口にする前に端末が鳴り響く。
通話を取ると、アンヘル諜報部からであった。
「どうした?」
『こちらでパッケージは確保。あとの事後処理は任せます』
動かしていた駒がうまく作動したか。ヘイルは声を吹き込む。
「了解した。……隊長には」
『気取られていないはずです。しかし、アンヘル全体の決定でもありますまい。これを実行しても本当によかったので?』
「どうせ、転がり出した石だ。誰かが駒を進めるしか、方法はない」
通話を切ると、整備士が問いかけてきた。
「何か、あったので?」
「いや、世界は思いのほか悪意に満ちている。それだけの話だ」
収容された《モリビトシン》は炉心状態を確認されていた。
大破した《シルヴァリンク》が別の資源衛星に移されていく中、鉄菜は無重力地帯で桃と顔を合わせる。
ウインクした桃の手と鉄菜はハイタッチした。
「何とか……うまくいったみたいね」
「ギリギリだったがな。エクステンドチャージで無理やり叩き起こした」
「ホント……クロはいつも無茶するんだから」
「お互い様だ」
軽口を交し合って整備デッキを抜けていくと、見知った影が待ち構えていた。
タキザワと呼ばれた技術主任がジロウの姿を取った元老院を抱えている。
傍らに立つのは自分の担当官であるリードマンであった。
「まさかいきなりエクステンドチャージを使うとは。炉心融解してもおかしくはなかった」
その忠言を受け止めつつ、鉄菜は言い返す。
「あれが、《モリビトシン》の力か」
「まだ性能の一割も出しちゃいない。正式装備を整えておくように言いつけてあるからね。次の出撃にはまだマシになっているだろう」
余裕の笑みを浮かべるタキザワに比してリードマンはただただこちらを見つめ返していた。
「鉄菜。生きていたとはね」
「リードマン。私は、死んでいてもおかしくはなかった。そうだろう?」
フッと口元に笑みを刻んだ彼はついてくるように促した。
「君自身、六年もの間メンテナンスを受けていないはずだ。一度状態を見たい」
リードマンの背中に続く鉄菜に桃が言葉を投げる。
「クロ……! どんな事があっても、クロはモモの知っているクロだから……! だから、その……」
「ああ。分かっている。何が待っていようとも、簡単に諦めて堪るか」
その発言が桃を勇気付けたのだろう。彼女は微笑んでタキザワに続いた。
「……六年の間の隔たりか。それともあの最終決戦で変わったのか。君はまるで別物になった」
「それは、設計通りではないという意味か?」
皮肉に対し、リードマンは首を横に振る。
「いや、いい傾向だ。我々は驕っていたのかもしれない。命を生み出した、などと」
リードマンの研究室は六年前とさして変わらない。深海魚の遊泳する水槽が緑色に沈んだ研究室の中で怪しく輝いている。
「鉄菜・ノヴァリス。君も薄々勘付いてはいるのだろうが、言っておこう。人造血続は設定以上の年齢にはならない」
「そう設計したのは、お前らだろうに」
リードマンは卓上を片づけて三次元図を呼び出す。遺伝子配列と文字列が並んでいた。
「人造血続計画の最たるものである君は、歳を取らないが、それは不老不死というわけではない。むしろ、その逆だ。寿命は著しく縮み、長くは生きていられない」
「ハッキリと言え。私の残り時間はどれくらいだ?」
双眸を交し合った後、リードマンは言いやっていた。
「……持って残り三年。いや、もっと短いかもしれない」
――三年。思った以上に時間はないのだな、と鉄菜は感慨を握り締める。これから先の時代を生きていくのに、三年のリミットはあまりにも短い。だが、それが分かっただけでも上々だ。
「……リードマン。私は逃げも隠れもするつもりはない。何よりも、ブルブラッドキャリアにまだ抵抗の意思があるのならば、私は喜んで矢面に立とう。《モリビトシン》と共に」
「……そう、か。君はもう、とっくに覚悟をしていたんだな。ならば、このリミットなんてほとんど意味はないだろう。戦い続けると決めている限り、今の君に限界なんてないのだから」
「《モリビトシン》は? どれくらいやれる?」
「まだ試算の最中だ。性能面では純粋な惑星産の血塊炉を三基も使っている。当然の事ながら、《ナインライヴス》よりも強力なはずだが、その性能を最大限まで引き出すのは困難だろう。つい先日までの眠り姫だ。それを叩き起こしたのだからね」
性能面での強さがそのまま安定性に結びつくわけではない、という事か。鉄菜はどこか納得しつつ、リードマンの研究室に居並んだ空のカプセルへと視線を流していた。
自分もこの中にいたのだろうか。その考えを見透かしたように彼は言い放つ。
「君は、黒羽博士の生み出した最初で最後の人造血続のはずだった。だからこそ、生きていてくれてとても嬉しい。よく……生きていてくれた」
「それは創造主としての言葉か?」
鉄菜の厳しい声音にリードマンは首を横に振る。
「いや……単純にブルブラッドキャリアの、仲間としての言葉だよ」
仲間。しばらく忘れていた感覚である。自分以外に頼るもののない六年間を過ごしてきた。誰一人として当てにならない日々。その戦いの螺旋はまだ終わっていないのだ。
「……だが私は兵器だ。戦う事しか出来ない、破壊者なんだ」
「そんな事はない……などと、生易しい言葉を振るのには、こちらには立場なんてないのだが。禁忌を犯した、ヒトが扱ってはいけない領域を。……だからこそ、贖罪が欲しい。誰かを救う事が出来るのならば、この手で……」
贖罪、か。誰しも望んでいながら手に出来ないのだろう。
自分は罪を贖うつもりはなかった。むしろ罪と共に生きてやる。
《モリビトシン》。その姿が原罪そのものだと言うのならば、罪を飼い慣らす。それこそが、自分が出来る唯一の抵抗だ。
「私は、《モリビトシン》の……操主だ。だから戦い抜く。この戦い、逃げるわけにはいかない」
「思い詰めているな。それもこれも、こちらの責任と言えばそうなのだが。だが、これだけは考えて欲しい。今の君は、決して一人ではないんだ」
一人ではない。その言葉に自然と桃やタキザワ、ゴロウの姿が思い描かれた。
自分はもう、一人で戦い抜く孤独を背負わなくっていい。
そう思うとどうしてだろうか。少しだけ胸の内が楽になったような気がしていた。
「《モリビトシン》の稼動は我々ブルブラッドキャリアに選択肢を突きつけた」
前を行くタキザワの声音に桃は厳しく言いやる。
「それは、報復作戦の実行、という形で?」
こちらへと振り返ったタキザワはフッと笑みを刻んだ。
「手厳しいな、相変わらず」
「クロを乗せたところで、起動するかも分からないものに賭けたんだもの。信用なるわけないでしょう」
もっとも、それを見透かしていて鉄菜を導いた自分も同罪であったが。
『そこまで考える必要性はないだろう。いずれにせよ、鉄菜・ノヴァリスはこちらへの帰還を望んでいた』
ゴロウの言葉振りに桃はふんと鼻を鳴らす。
「あんた達って相変わらず、見ているだけなのに傲慢なのね」
『傍観者のポジションが正解の場合もある。少なくともこれから見せるものの完成には、傍観者を貫く必要性があった』
無重力ブロックを抜けて行き、辿り着いたのはブルブラッドキャリアの資源衛星の最下層であった。
広く取られた整備デッキは暗黒に沈んでいる。
タキザワがゴロウに、照明を、と言いやると重々しい音と共に明かりが灯った。
一瞬の眩惑の後に視界に入ったのは巨大な船舶である。
海上を行く地上の艦隊勢力と同等か、あるいはそれ以上の規模。砲門を備えたその姿はまさしく戦艦と呼ぶに相応しい。
「これは……」
「君にも内密で進めていた計画の一つだ。しかし、ニナイ局長はこれを了承している。強襲揚陸艦、《ゴフェル》」
「まさか……もう完成していたなんて……」
こちらに目線を振り向けたタキザワは驚くべき事を言ってのけた。
「桃。君と鉄菜はこれより、ブルブラッドキャリアを脱退してもらいたい」
その言葉の赴く先の事実に桃は目を戦慄かせる。
「どういう……」
『上はよく思っていない、という事だ』
口を差し挟んだゴロウは投射画面にデータを弾き出した。
転送されたのはブルブラッドキャリアの議事録である。読み上げた桃は、そこに書かれている事実に震撼する。
「まさか……執行者の選定を再考する、って……」
「お歴々はあまりに自分達の言う事を聞かない部下に愛想を尽かしている。ならば、言う事さえ聞く操り人形のほうがマシだ、ともね。まだ本決定ではないが、恐らくはニナイ局長でも難しいだろう。その決定は間もなく発布される。《モリビトシン》がせっかく起動したのに、それも含めてのお取り潰しだ。《イドラオルガノン》はあえて地上展開させたのはそのためでもある。彼女らは……第二世代だからね。上には逆らえない可能性もあった」
それゆえに、自分と鉄菜のみ本隊に帰した、というわけか。桃は、議事録を読み進めるうち、一つの疑念に行き当たった。
「でも……ブルブラッドキャリアの分裂なんて、それこそ惑星勢力の思うままに……」
「それも込みなのだろう。我々が首を縦に振らなければ、地上に売り渡す手はずでも整えていたっておかしくはない」
「……反発する下を揃えるよりも、従順な地上と手を組む、か。でも、それって本末転倒なんじゃ……」
『いや、そうでもない。ブルブラッドキャリア上層部は百五十年前の報復、という一点のみに囚われた妄執の集団だ。百五十年前の追放を許されるのならば、それでいいのだろう。案外、上はシンプルな価値観を取る』
「それは、かつて元老院という支配階級だった事から言える経験則?」
皮肉をぶつけてやると、ゴロウはさぁね、とはぐらかした。
「しかし今の地上勢力で最も力を持つのはアンヘルという虐殺部隊。それと手を組む事は僕らとしても反発したい。だからこそ、次の作戦を実行に移して欲しい」
端末へと次の作戦概要が入ってくる。桃は訝しげにその面持ちを窺った。
「《モリビトシン》が実戦投入に足るかどうかはまだ微妙なんでしょう?」
「ここで足踏みしていれば機会を逃す。ニナイ局長の了解は得ている」
それでも、桃は問い返さずにはいられなかった。
「……意味は分かっている、と考えても? ブルブラッドキャリア上層部が敵になる」
「我々はオガワラ博士の意思を継ぐ者として、ハッキリしなければいけない。報復作戦を実行するか、そうではないかを。そのための《ゴフェル》だ」
方舟の名を冠する戦艦を横目に、桃は次の作戦の内容を口にしていた。
「ブルブラッドキャリア包囲網よりの脱出作戦。タイムリミット付きの電撃作戦が……しかも出たとこ勝負」
「無茶は承知だが……今まで無茶を道理でこじ開けてきた執行者ならば可能だろう」
「それ、どこまで皮肉なのか分かっていて? ……了解しました。《ナインライヴス》の整備状況は?」
「コスモブルブラッドエンジンのリチャージが済んだらすぐにでも」
桃は無重力地帯で地面を蹴った。
眼下に収まった《ゴフェル》の威容に唾を飲み下す。
彼らは本気なのだろう。本気で世界を敵に回した挙句、味方とも戦う。六年前とは比にならないほどの闘争の予感に、桃は絶句していた。