ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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第十章 新たなる力
♯175 罪の呼び声


『レポートナンバー123番を開放。実験レポート、《モリビトシン》。稼動実験を開始する。準備はいいかな? 桃・リップバーン』

 

 タキザワの声を聞きつつ、桃はコックピットの中で首肯する。いくつかの稼動実験に必要なシステムを立ち上げ、ブルブラッドエンジンが稼動領域まで高まるように充分に温める。

 

「こちら操主、桃・リップバーン。《モリビトシン》の内蔵血塊炉を臨界点まで引き上げる。実験、開始」

 

『了解。実験を開始する。血塊炉を臨界点まで』

 

 起動実験が開始され、《モリビトシン》の全身へとブルブラッドが行き渡っていく。少しずつではあるが《モリビトシン》が他の人機同様に起動段階まで押し上げられていくのを感じる。

 

 問題なのはここから。臨界値が六割を超えたところで不意に訪れる。

 

 エラーが吐き出され、コックピットが赤色光に塗り固められた。

 

『起動臨界値急速下降! 《モリビトシン》、内蔵血塊炉がエラーを弾き出して……、このままではゼロ号機は……!』

 

『稼動前にブルブラッドの毒に蝕まれて内側から破損する、か。だがそうならないために、君が乗っている』

 

「心得ています。ですが、これまでのエラーと同様に……いえ、これまで以上に、どのシステムバックアップを呼び出しても……」

 

 エラー時の参照データは常に保存されているはずだが、バックアップファイルがまるで役に立たず、さらにエラーが上塗りされていく。

 

 赤色光に《モリビトシン》の三つのアイサイトが輝いた。

 

『暴走するぞ……。桃・リップバーン!』

 

 タキザワの叫びに桃は緊急防護装置を稼動させる。コックピット内部からの緊急信号で《モリビトシン》の関節部位から青い血が迸った。

 

 操主からの最終判断で強制的に貧血状態に陥らせる事によって《モリビトシン》を強制停止する。

 

 愚策には違いないが、これを実行しなければ暴走で自分まで巻き添えになってしまう。

 

 一人でも失うわけにはいかない執行者がここで失われれば、ゼロ号機、《モリビトシン》は永久凍結されてしまうだろう。

 

 今は、それだけは避けなくてはならない。《モリビトシン》はまだ稼動実験に値するものなのだと証明しなければいつお取り潰しになってもおかしくはない機体であった。

 

 貧血状態からさらに強制停止まで追い込まれた《モリビトシン》が軋みを上げつつ完全に沈黙する。

 

 それを待ってからタキザワが声を吹き込んだ。

 

『今次実験も失敗。《モリビトシン》のエラー参照番号は?』

 

『エラー番号1288です。やはりこれは……』

 

『組み込んだ血塊炉の作用か。だがこれが最大限の譲歩のはず。やはり内蔵血塊炉の安定稼動のためにと取り付けたものの、宇宙産では……』

 

 複数の構成員に引き上げられ、桃は《モリビトシン》の操縦席より離脱する。

 

 無重力ブロックを行き来し、気密が確保されたのを確認してからヘルメットを脱いだ。

 

 桃色の髪を一つ結びにして、首を振る。

 

 汗の玉が空間に浮かび上がる。

 

「お疲れ様。今回も……駄目だったね」

 

 タキザワはどこか憔悴し切った面持ちで《モリビトシン》のステータスを見やる。桃はもたらされたエラー番号にやはり、と口火を切った。

 

「宇宙産の血塊炉では……安定供給の代わりに出力値が犠牲になっていますね」

 

「それだけならばまだいいさ。頭を抱えているのはこの三位一体の血塊炉安定循環システム――トリニティブルブラッドシステムに欠陥があるのだと、上に思われてしまう事かな」

 

 トリニティブルブラッドシステム。《モリビトシン》は従来通りの血塊炉の循環システムでは謎のエラーと暴走を引き起こす。そのために安定稼動がはかられた結果、導き出された最適解であった。

 

 一つの巨大血塊炉の安全性を確保するため、もう二つの血塊炉を同時稼動させる。《ノエルカルテット》の時に使われた四基合体の血塊炉ともまた違う。あれは単純に四倍の血塊炉貯蔵量となったが、トリニティブルブラッドシステムは出力値を全く減らさず、如何なく《モリビトシン》の本当の力を発揮出来る、そのはずであった。

 

「実際には、《モリビトシン》は目覚めさえもしない。目覚めの兆候があるとしても、それは暴走と紙一重……。よく上が許しますね、この稼動実験」

 

「上は新型の開発に躍起になっている。《ノエルカルテット》のノウハウを利用した《モリビトナインライヴス》。それにまだ操主選定中の五号機、《モリビトイドラオルガノン》だったか。こっちに目が向いている間が華だろうさ。実験結果とエラーを挙げられれば言い訳も出来ないんだから」

 

 桃はコンソールに触れようとして直結されている球体型の自律演算システムに呼びかける。

 

「ゴロウ。処理速度は?」

 

『まずまずだな。このまま循環域を止めていても《モリビトシン》に対していい影響があるとも思えない。これまで通り、上の目は掻い潜りつつ、実験を継続する。なに、世界の目を欺いてきたんだ。今さら、ブルブラッドキャリア内のデータの改ざんくらいはわけないよ』

 

 そう言いやって演算システムが身体を持ち上げる。銀色のアルマジロ型の形状はかつて鉄菜のAIサポーターであった「ジロウ」のものだが中身は違っている。

 

「惑星の元老院システムの言葉だ。当てになると思っていいんだろうね?」

 

 タキザワの追及に元老院システムの残滓は首肯する。

 

『もう、この場ではゴロウ、の呼び名が相応しいんだろう? こちらとしてもほとんど元老院システムの閲覧権限は奪われて久しい。もう元老院などと驕り昂っている場合でもないさ』

 

「よく分かっているわね。でも、その試算じゃやっぱり……」

 

『ああ、やはり推奨されるべきなのは保管されている二つのオリジナルの血塊炉。《インペルベイン》と《ノエルカルテット》の血塊炉を使用すべきだろう。トリニティブルブラッドシステムにこだわれるのならば余計に、ね』

 

「だが僕らには、その血塊炉の場所さえも開示されていない。……新型二機の開発には惑星産の血塊炉ではなく、宇宙産の血塊炉が使用されると聞いた。エクステンドチャージを、まだ使用すべきではないという判断は分かる」

 

『不信感が強いのだろう。エクステンドチャージは我々がもたらしたもの。出来るだけ惑星からの禍根は断ちたい、か。上のエゴが見え隠れするな』

 

 桃へと視線が流される。やはりこの場において突破口となるのは自分だけ。

 

「……モモに、惑星産の血塊炉を奪取しろって言うんでしょ? ……簡単そうに」

 

『難しくとも、やっていただきたいものだ。無論、そうなった場合は、我々は組織からも追われる羽目になるが』

 

「そのためのノアの方舟は用意してある。《ゴフェル》の整備は順調だよ。ただ、これを使用すると決めたその時には、ニナイ局長含む僕らは裏切り者扱い……。ブルブラッドキャリア本隊からも追われかねない。そうなった場合、どうする? 地上は虐殺天使が跳梁跋扈し、宇宙にも居場所を失ってしまう」

 

『楽園を追われた君達からしてみれば不本意そのものだろう。それでも、計画する意義はあると思っているのか?』

 

 ゴロウの問いかけに桃は幾ばくかの逡巡を置いてから頷いていた。

 

「きっと、《モリビトシン》が必要になる時が来る。その時、ブルブラッドキャリアのしがらみの中にあって起動出来ないんじゃ本末転倒もいいところ。モモは、賭けてみたい。これを動かせるだけの操主に……。そして生きている事を。あの子が……」

 

「鉄菜・ノヴァリス、か。この五年余り、彼女のシグナルは途絶えて久しい。担当官であるリードマンが言うのには、事実上、生存していたとしてもその肉体は……」

 

 濁したタキザワに桃は強く言いやる。

 

「鉄菜が絶望しない限り、モモ達はこれを預けるべきなんだと思う。原初の罪、《モリビトシン》。それを操るのに相応しいのは……きっと……」

 

 隔離された《モリビトシン》の鋭い眼光を桃は睨み返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殴りつけられて血の味が口中に広がった。

 

 まさか他の仕官が見ている前で殴られるとは思っていなかった身体がよろけ、喫煙所の煤けた空気の中で燐華は倒れる。

 

「お前が先導するから! 余計な被害が出ただろうが!」

 

 ヘイルの怒声に誰も諌めようとしないのは心のどこかで同じ事を思っているからだろうか。

 

 燐華は頭を振って立ち上がりかけて、腹腔を蹴り上げられる。

 

 激痛に身を起こす事も出来ない。前髪を引っ張られ、無理やり顔を上げられた。

 

「分かってるのか? お前のせいで、二人死んだ! 死んだんだぞ! お前が! ヘマをしたばっかりに!」

 

 現実は現実だ。二人死んだのは事実。燐華はヘイルのヤニ臭い呼気に顔をしかめた。

 

「……自分は、作戦を全うしただけです」

 

「全うだと? 笑わせるな、クソッタレ! ろくに人機を動かす事も出来ないくせに、調子づきやがって!」

 

 背筋を蹴られ、燐華は短く悲鳴を上げた。

 

 ――ここでも同じだ。

 

 どこに行っても、同じ事がついて回る。自分の人生において、同じ場所をただただぐるぐる回っているだけだと思える瞬間。

 

 意味のない流転ばかりだと思える時間。

 

 ただ罵倒を受け、なじられても何も反抗しなければいい、と諦めの中に己を置こうとして、鉄菜の言葉が蘇ってくる。

 

 あの時、手を差し伸べてくれたぬくもりは本物だった。偽りや幻ではない。

 

 そのはずなのに、鉄菜には結局あの後、会えず仕舞いだ。

 

 ヘイル達が去っていった喫煙ルームで燐華はよろよろと立ち上がる。全身が軋んだが、それでも恥辱の記憶を塗り替えるのには痛みのほうがマシであった。

 

 新型人機に乗っていながら、敵兵に捉えられ拷問を受けかけた。その事実に、燐華は何度も吐き気を催す。

 

 自分が汚されても何らおかしくなかった戦場。その中で奇跡的に救ってくれたのは学生の時と同じ眼差しであった。

 

「生きていて……くれたんだ。鉄菜……」

 

 しかしよくよく考えればおかしな話である。どうして鉄菜はあの時から全く成長していなかったのだろう。

 

 背丈も何もかもあの日のままであった。

 

 まさか、と自分の記憶でさえも疑ってしまう。自分は飲まなかったはずのジュークボックスが作り出した偽りの記憶で助かったと思い込みたいだけなのか。

 

 あの場で汚された記憶を塗り替えたいがために、鉄菜の幻を作っているだけなのではないか。

 

 その可能性に、何度も燐華は吐きそうになる。自分という存在が既に汚らわしいのだと感じられて、この場で命を断ち切りたくなった。

 

 その時、端末が不意にコールされる。隊長の番号であった。

 

「はい、ヒイラギ准尉です」

 

『ヒイラギ准尉。前回の戦闘の記録情報の擦り合わせを行っている最中だ。君の私見を聞きたい。指揮官室に来て欲しい』

 

「私見、ですか……。でも自分よりも、他の人のほうが……」

 

『君とてアンヘルの下仕官だ。記録情報は照合されてこそ意味がある。二十分以内に自機の戦闘データと共に来訪する事。以上だ』

 

 隊長の一方的な通話に燐華は虚しさを覚える。勘付いていないはずがないのに、隊長はあえて中立を守っている。

 

 間違ってはいない。そのほうが組織を預かる上でむしろ適しているだろう。

 

 それでも、隊長に味方になって欲しいと思うのはただのエゴだろうか。

 

 ここまでよくしてくれているのだ。もう少しだけ踏み込んでくれてもいいのに、隊長は決して手を差し伸べる事はしない。

 

 痛みを押し殺して、燐華は整備デッキへと向かった。

 

 自分の《スロウストウジャ弐式》に取り付いている整備士へと燐華は声をかける。

 

「その……あたしのトウジャは……」

 

「ああ、准尉の《スロウストウジャ弐式》ね。どこもデータを盗まれた形跡はなし。よかったね。まだ無事で」

 

 自分がどうなったかよりも人機が傷物になっていないかのほうが重要なのだ。その認識に燐華は嫌気が差してくる。

 

「そう、ですか……」

 

「連中、革命派だったんだろ? これでもまだマシ。部品も取られていないし、准尉のはいつでも出せるよ」

 

 燐華はおずおずと尋ねる。

 

「その……戦闘データを参照したいって隊長が……」

 

「ああ、このメモリーチップに入れてある。持っていきな」

 

 コックピット周りの点検に余念がない整備士に燐華は頭を下げてからメモリーチップを手に隊長の部屋へと向かう。

 

 途中、数人のC連邦仕官とすれ違った。

 

「うわっ、アンヘルの……」、「虐殺天使だろ……、怖いよな。赤い詰襟、おっかねぇ……」

 

 彼らからしてみれば自分もアンヘルの一員。人殺しを平然と行う、虐殺天使が一人。

 

 そうではないと声を張り上げたかったが無駄だろう。引き金を引くのにももう随分と慣れてしまった。

 

「……失礼します」

 

 ノックして入った燐華は執務机に書類を山積させた隊長と向かい合う。

 

「よく来てくれた。チップを。戦闘データのすり合わせは重要だ。次に勝利するために、な」

 

 どこか含んだような物言いに燐華は聞いてしまっていた。

 

「その……先の戦闘、すいませんでした。あたしのせい……ですよね?」

 

 こちらを見据えた隊長はどこか冷淡に応じていた。

 

「そうだな。作戦を先導する上でヒイラギ准尉には難しい部分があったと思われる」

 

 やはり隊長にもお荷物だと思われているのだ。しかし、と隊長は言葉を継いだ。

 

「失敗は誰にでもある。一つ一つで落ち込んでいれば持たないぞ」

 

 どうして優しい言葉をかけてくれるのだろう。自分など愚図でノロマなだけなのに。隊長はシステムチェックを怠らず、目線さえも合わせない。

 

「……でも、全体に響き得る失敗でした」

 

「そうだな。仲間が死んだ。心を痛めるべきなのは分かる」

 

 どうして全体を預かる隊長はそこまで冷静なのだろう。自分相手に怒鳴り散らしてもおかしくはないのに。

 

「隊長は……怒らないんですね」

 

「怒らない? 必要な処罰があれば追って伝える。そういうのが軍隊だろう」

 

「軍隊、ですか。でもあたしは……」

 

 先ほど蹴られた箇所がひりつく。軍隊であってもこれまでであっても、変わるところはない。弱き者は搾取され、いつまでも踏み台にされるだけだ。

 

 面を伏せた自分に隊長はいつの間にか顔を上げていた。

 

「ヒイラギ准尉。作戦失敗は誰のせいでもない。あの場にモリビトがいた。誰がその責を取れるというのだ。モリビトの存在などこの六年、観測さえもされなかった」

 

 隊長がモニターを点ける。各国の取材陣がこぞって放送していたのは禿頭の男性の声明であった。

 

「これは……」

 

「オガワラ博士。ブルブラッドキャリアの頭目とされている人物の新たなる声明だ。各国諜報機関が飛び回っている事だろう。あのブルブラッドキャリアが、復活を宣言した」

 

「ブルブラッドキャリアが……テロリストが復活を……」

 

 フラッシュバックするのはブルブラッド大気汚染テロの地獄絵図であった。人々が倒れ伏す中、自分だけが何事もなく立ち竦むだけという何度も見た悪夢――。

 

「今頃本国でも調査機関が調べを進めているだろうが、我々に出来る事は少ない。これまで通り、否、これまで以上の戦闘が予測される事だろう」

 

 これまで以上の戦闘。それは自分が役立たずである事を再認識するだけではないのか。

 

 目線を振り向けた燐華に隊長は応じていた。

 

「ゆえに一人でも欠ける事は許されない。ヒイラギ准尉。気を引き締めておいて欲しい」

 

 アンヘルから逃れる事も出来ず、ここでただただ人殺しを続けるだけ。後ろ指を差されつつも、ここにしか居場所がないのならば。

 

 ここでしか生きていけないのならば。

 

 ――自分は虐殺天使になるしかない。

 

 燐華は踵を合わせ挙手敬礼していた。

 

「ヒイラギ准尉、職務を全うします」

 

 その言葉に隊長が頷く。

 

「戦場での働きを期待する」

 

 戦場での働き。まだ殺せというのか。どれほどまでに弱小コミューンを襲い、人々を蹂躙してもそれでも自分に審判の時は永遠に訪れないかに思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大人達が会合する、というのでレンは自分しか知らない道筋を使って会合部屋の天井裏に張り付いていた。

 

 いつになく物々しい大人達がモニターへと視線を注いでいる。垣間見える映像には禿頭の男性がいた。ただの何も動きのない映像に大人達は恐れ戦く。

 

「まさか……またブルブラッドキャリアかよ」

 

「ヤバイな。ガキ共を丸め込むのにも限界が来るんじゃないか? だって本物のモリビトなんて……」

 

 ざわめく大人達を統率者は諌めた。

 

「よいか。絶対に兵士には悟らせるな。殊にレンにはな」

 

「あいつは頭のネジ飛んでるからな。モリビトだって聞いた途端飛び出しかけないぜ」

 

 どういう意味なのだろう。モリビトは自分に与えられた誉れある名前のはずなのに。

 

「それだけではない。レンはあれで聡い。少しでも無闇な事を言えば敵になりかねない」

 

 統率者の声音に大人達は身を固める。

 

「……やっぱ、ヤバイよな。あいつの眼。……どこ見てんだ、って思う時あるし」

 

「人殺しの目を生まれながらにしている奴ってのは、怖いよな。あいつの記憶……まだ大丈夫だよな?」

 

 記憶が大丈夫とはどういう意味なのだろう。必死に耳をそばだてていると、不意に会合部屋に一人の兵士が入ってきた。

 

「統率者……! ゼルストが墜ちたって……」

 

 その言葉に全員が色めき立つ。

 

「ゼルストって……近場のコミューンじゃないか」

 

「まさかアンヘルが? あの虐殺天使の?」

 

「どうやらそうらしい……。情報を統合したいから、全員、チップを入れてくれ」

 

 大人達のこめかみには特殊な機械が埋め込まれており、そこにメモリーチップを挿入する事で全員が同じ情報を均一化する事が出来る。

 

 まだ自分には施されていない処置であった。

 

 大人達が拳を固く握り締める。

 

「何てこった……。こいつはヤバイんじゃねぇか? だってほとんど隣接状態のコミューンの壊滅なんて……」

 

「ゼルストからの難民の事も考えないとな。まぁ、この戦局じゃ、生きている奴がいるかも怪しいが……」

 

「あそこからは兵力も買っていた。履歴から辿られればうちのコミューンだって充分にまずい。統率者……どうします?」

 

 統率者は毛髪に刺したかんざしの一つを引き抜き、それを舐める。確か、統率者のかんざしには心を鎮める効力があるとレンは聞いていた。

 

「まだ静観すべきだろう。アンヘルとてモリビトの介入にまごついているはず」

 

「だが、真に恐れるべきは連邦だろうな。あっちは国家、比してこっちは集団。勝ち目はないだろ」

 

「連邦法の制定も近いし……、アンヘルが法になったってそう遠くは……」

 

「だから、今は待てと言っている。取り乱せば、レンに影響が及びかねない」

 

 その言葉に大人達は硬直した。

 

「……あれは戦闘機械だろ。ぶつけちまったほうが早いんじゃ?」

 

「だから気を急くなと言っている。なに、あれの価値はまだ我々しか知らん。それが強みとなるだろう」

 

 何の事を言われているのかは不明であったが、レンは自分が頼りにされている事だけは確かだと感じて天井裏から立ち去った。

 

 裏路地を飛び回り、野営地に降り立つ。

 

「あっ、レンにいちゃん!」

 

 妹達は今日も元気であった。彼女らは優雅に踊りつつ、レンの無事を確かめる。

 

「何もされなかった?」

 

「大丈夫。……ただ、よく分かんなくってな。大人達がざわついている」

 

「オヤシロ様のところに行く?」

 

 レンは首肯し、物資を降下するエレベーターに乗っていた。六人の妹達もどこか沈痛に顔を伏せている。

 

「どうした? いつもみたいに笑ってくれよ」

 

「でも、レンにいちゃんが怖い顔していると……」

 

 途端、妹の顔がぶれた。何かが浮かび上がろうとして、レンの中の何かが拒絶する。

 

 一瞬だけ目をきつく瞑れば、もうその影はなかった。

 

「レンにいちゃん?」

 

「……何でもない。ほら、オヤシロ様の御前だ」

 

「オヤシロ様だぁ」

 

 喜びの舞を踊りつつ妹達はオヤシロ様に祈りを捧げる。

 

「こわくなりませんように」

 

「世界がよくなりますように」

 

 妹達と一緒にレンも願った。

 

 戦うのは別に構わない。殺すのも慣れている。

 

 ただ妹達だけは、無害な場所にいて欲しい。ただそれだけの切なる願いであった。

 

 オヤシロ様はその願いを菩薩の面持ちで受け止めていた。

 

 


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