ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯173 報復者の再臨

 

 ソナーが捉えた熱源は誤認であろう、というのが二分前に立てられた大筋の意見であった。

 

 艦隊を襲う人機など現状の世界にいるはずがない。居ても、それは不可能な領域だ。

 

 策敵班は答えを口にする。

 

「人機に水中戦は不可能ですからね」

 

「どれだけ年代が下っても、海だけは適応出来ない。適応出来ている人機がいるとすれば、それは海底に縛り付けられた罪人のみだ」

 

 ブルーガーデンでは昔、罪人の乗る人機に錘をつけて周辺の領海警護に当たらせていた、という噂があった。だが、所詮は噂話程度。

 

 本当に海中用の人機など百五十年前でも開発されていなかった。それは人機が精密機器の塊であるのもあったが、何よりも水中で陸のように機敏に動ける人機など想定されていなかったせいだ。

 

 水中戦と空間戦闘はほとんど前人未踏の領域。

 

 しかも、それに特化した人機などただの予算食いでしかない。空間戦闘ならば辛うじてトウジャと《バーゴイル》に軍配が上がるが、それでも本来の用途からは外れているだろう。

 

 だから、人機サイズの熱源など存在するはずがなかったのだが――。

 

「艦長。この熱源、妙ですよ……。さっきから着々と、接近しています。それに、この音……」

 

 海水を掻き回す音が艦内で共有されたがやはりというべきか誰も信じようとしない。

 

「生物の誤認でもないのならば、どこかの間抜けが人機を水没させて必死に水掻きでもしているのか?」

 

 生物の誤認は汚染された海域ではあり得ないのだが、この段階でも人機だとは思われていなかった。

 

 だからか、直後の激震に誰もが困惑する。

 

 艦隊に伝令が響き渡った。警告のブザーが艦隊を震撼させる。

 

「まさか……! 敵襲だとでも言うのか! ここは海のど真ん中だぞ!」

 

「まさかC連邦の……トウジャ?」

 

 しかし識別反応は不明人機を示している。トウジャではない、という事実に誰もが震えた。

 

「トウジャでさえもない……。ならば、何だと言うのだ……、この人機は……」

 

「船外カメラに映像、出ます!」

 

 カメラに映し出されたのは奇妙な形状のシルエットであった。

 

 扁平な甲羅の形状を模した謎の機体が艦隊中央へと内蔵フィンで音もなく接近する。先ほどからソナーを震わせている甲高い音が響き渡り、直後、魚雷が艦隊中央へと叩き込まれた。

 

 完全に虚を突かれた艦隊が出遅れた判断を下す。

 

『何が起こっている? 敵襲か?』

 

「敵襲? まさか! ここは人機ならば一瞬で錆び付くほどの汚染濃度ですよ! そんな中で、これが人機など……」

 

 再び魚雷が発射され、艦隊中央部が離れていく。

 

 最早、可能不可能を論じている場合でもなかった。

 

 艦隊全域へと発布したのは人機による奇襲警報だ。

 

「伝令! 人機による奇襲を確認! 所属不明機です!」

 

「勝手な真似をするな! 人機による奇襲など、あるはず……」

 

 言葉尻を衝撃が遮る。海の中で人機に襲われているなどという冗談があって堪るものか、と誰もが思っているがこの現実を塗り替えるだけの説得力もない。

 

 何よりも、ゾル国の御旗であるところの艦隊中央に穴でも開けられればそれこそ国家の名折れである。

 

「指揮艦より入電! 艦隊中央部は離脱航行に入る! 《バーゴイル》部隊による掃討を願う! 繰り返す……」

 

「《バーゴイル》を出せだと? 敵は……海の中だぞ」

 

 正気を疑ったが、現状のどの現実把握よりも迎撃に回るほうがよっぽど正気。

 

 射出カタパルトより《バーゴイル》への出撃指令が入った。

 

「《バーゴイル》部隊! 海域の不明人機を殲滅せよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲鳴のように劈いた通信網に《バーゴイル》乗り達はしかし、敵を見つけられなかった。

 

 どこを見渡しても人機の反応などありはしない。それどころか、熱源でさえも見受けられなかった。

 

「勘違いじゃないのか? 人機なんてどこにも……」

 

 直後、海面より対空爆撃が放たれた。

 

 まさか、と息を呑んだ者達が《バーゴイル》に離脱挙動を取らせる。それでも相手のミサイルはしつこく追尾してきた。

 

 その弾頭が青く染まっている事を眼のいい《バーゴイル》乗りは視認する。

 

「青い……ミサイルだって……?」

 

 プレスガンでようやく迎撃した《バーゴイル》乗りが息をつく前に、接近警報がコックピットを揺さぶった。

 

 何かが《バーゴイル》の背を蹴りつけ高空へと至った。

 

 その何かを共有する前に、一機の《バーゴイル》が両断される。

 

《バーゴイル》部隊に亀裂を走らせた人機は緑色のR兵装で堅牢な装甲のはずである人機を真っ二つに切り裂く。

 

 その武装は通常では考えられないほどの高出力であった。

 

「あり得ん……、《バーゴイル》の七倍以上のエネルギーゲインなど……」

 

 計測した複座式《バーゴイル》へと光条が撃ち込まれた。血塊炉を貫いた一撃に《バーゴイル》が次々に沈んでいく。

 

 その背筋へと数機の《バーゴイル》がプレスガンを見舞ったが、盾のように展開した背面武装がプレスガンの弾頭を空間に固定化した。

 

「まさか……その武装は……!」

 

『――リバウンド、フォール!』

 

 機体の通信網に割って入った声音と共にリバウンドの盾で反射された弾丸が《バーゴイル》を打ち抜いていく。

 

 必死に自我を保とうと《バーゴイル》乗り達は艦隊へと通信を繋いだ。

 

「こちら《バーゴイル》第一班! 敵はリバウンドフォールを装備した……あれは、まさか……」

 

 再び飛翔した不明人機の眼窩に報告していた操主は絶句する。

 

 象徴たる三つのアイサイトがオレンジ色に輝いている。

 

「モリビト……」

 

 その言葉が通信に焼き付いた最後の言葉となった。不明人機が武装を薙ぎ払い、《バーゴイル》の胴体を引き裂いていく。

 

 生き別れになった《バーゴイル》がそれぞれ指示を失い、不明人機へと猪突する。

 

「こんな……こんな人機が居て――」

 

『居るんだからしょーがないじゃん』

 

 あまりに歳若い操主の声音に《バーゴイル》部隊全員が言葉を失う。稼動を忘れた《バーゴイル》達へと、不明人機は拡張させた甲羅の末端よりミサイルを射出する。

 

『あとさぁ、隙だらけなんだけれど』

 

 放射されたミサイルが一機、また一機と《バーゴイル》を恐慌のるつぼへと押し込んでいく。

 

 狂気に駆られた《バーゴイル》乗りがプレスガンを連射しつつ不明人機へと強襲する。それを不明人機はうろたえる事もなく、手にした武装で対処した。

 

 発振されたのは緑色エネルギー粒子刃を持つ――斧。

 

 両手に斧を有した不明人機が軽やかに飛翔し、《バーゴイル》を叩き割っていく。接近する《バーゴイル》へは迷いなき殺意を。撤退する《バーゴイル》には執念を持った戦意を。

 

 ミサイルが青白い雲を引きながら《バーゴイル》をどこまでも追い詰める。

 

「まさか……不可能のはずだ! ブルブラッド大気濃度は八十を上回っているんだぞ! 誘導兵器なんて!」

 

『だから、それが古い認識なんだよね』

 

 その言葉と共に誘導ミサイルに焼かれた《バーゴイル》が汚染された海へと墜落する。

 

 甲羅から推進剤を焚いて滑空していた不明人機が艦隊を足蹴にした。その大質量で艦の装甲がたわむ。

 

『何事だ!』、『迎撃に出た《バーゴイル》は何をして……』という声が流れていく中、不明人機は振り翳した斧を艦隊へと打ち下ろす。

 

 干渉波の火花が散る中、不明人機の斧による一閃がブリッジを焼き払った。

 

 灼熱に煙る景色の中、オレンジ色の眼窩をぎらつかせた不明人機が必死に逃げようとする《バーゴイル》の生き残りを睨んだ。

 

 甲羅が装甲を拡張し、内側よりミサイルを放射させる。プレスガンで応戦しようとした《バーゴイル》だったが、その数が桁違いであった。

 

 接近したミサイル弾頭が破裂し、百を超える散弾が《バーゴイル》の装甲を滅多打ちにする。

 

 墜落した《バーゴイル》はほとんど原型を留めていなかった。

 

 不明人機は骸と化した眼下の艦に斧を突き立て、周囲を索敵する。

 

 艦隊司令部へと音声データがもたらされた。

 

『あーっ、テステス。入ってる、これ? まぁいいや。キミらがどれほど生き意地汚く足掻いても、無駄だって事を、ボク達は教えろって言われてきたんだし。こっち見えてる?』

 

 通信網を困惑が満たしていく。

 

「少女の……声?」

 


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