ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯18 勝負

《シルヴァリンク》の機動性能に追いつけない《ナナツー》が放った機銃が明後日の方向を射抜く。俗に言うションベン弾。横薙ぎに流れた機銃の弾頭が空気を引き裂く中、鉄菜は真っ直ぐに《シルヴァリンク》を走らせた。

 

 Rソードが発振し反重力の太刀筋が《ナナツー》の胴体を貫く。ブルブラッドの青い血が蒸発し煙を棚引かせる。

 

「これで四機……」

 

 前衛警備は思っていたよりも手薄だ。砲台や銃座は《インペルベイン》が潰してくれたお陰で人機対応のみに集中できる。

 

「《シルヴァリンク》、《ナナツー》の部隊を一掃。これで半数はやったと思う」

 

『油断しないでね鉄菜。わたくしが面倒な拠点制圧はやる。人機の対応は任せたからね』

 

「そうは言っても……」

 

 背後を取った《ナナツー》が滑走しつつロングレンジバレルを発射する。砲弾が《シルヴァリンク》の背中を叩き据えたのが相手に伝わったのだろうが、寸前で左腕の盾を翳す。

 

「これじゃ、大した連中じゃない。リバウンドフォール」

 

 反射した砲弾が《ナナツー》の装甲を貫き、その機体を溶断させる。退避していく基地兵士団を見送りながら、《シルヴァリンク》に収まる鉄菜はこの程度か、と脅威判定を浮かべていた。

 

「脅威判定、Dマイナス。《ナナツー》って言っても、旧世代機ばかりで新型なんて出てこない」

 

 型落ちの壱式と弐式が代わる代わる現れるばかりでどれも脅威の程度は低い。壱式などほとんど固定砲台に近い。

 

 足の速さもさほどない壱式は格好の的であり、弐式がそのサポートに入るのだが遥かに遅い弐式の反応では《シルヴァリンク》を捉える事など出来ない。

 

「C連合の前線基地って言っても、こんなんじゃ全然」

 

 そこらかしこで火の手が上がり、人々が悲鳴混じりに撤退していく。さすがに逃げる敵の背中まで追いすがる気にはなれない。逃げる奴は逃がしておけばいい。

 

『鉄菜。一応拠点制圧が目的マジ。あんまりやる気がないと彩芽にまた怒られるマジよ』

 

 やる気がないように映ったのだろうか。だとすれば、自分のせいではない。

 

「張り合いがないからそういう風に見えるんだ。どの機体もモリビトだというだけで及び腰になっている。これでは警戒も何も……」

 

 紡ぎかけた言葉を遮ったのは唐突な照準警報であった。火線が咲き、《シルヴァリンク》が振り返りながら後退する。

 

 立ち現れたのは紫色の《ナナツー弐式》であった。他の機体と明らかに違うのはこちらを狙い澄ました銃撃と、腰に装備した謎の武装であろう。

 

 何だ、と思う間に敵人機が推進剤を焚いて接近してくる。

 

「いきなり攻めてくる。だが、遅い」

 

 Rソードが機銃を切り裂こうとする。それを敵は寸前で制動用の推進剤を焚き、紙一重で避けてみせた。

 

 まぐれか、と鉄菜は《シルヴァリンク》に追いすがらせる。

 

 機動性能で勝っている《シルヴァリンク》がすぐさま相手を追い詰めたかに思われたが、次の瞬間、正確無比な銃弾が《シルヴァリンク》の頭部を叩き据えた。

 

 直撃である。

 

 しかしこちらの装甲が勝ったお陰でダメージはさほどもらっていない。

 

『これで一死だな』

 

 鉄菜の肌を粟立たせたのは直撃した銃弾よりもその声音であった。冷たい刃を差し込まれたような声に反射的に機体を下がらせる。

 

 直後には上空から《シルヴァリンク》へと砲撃が降り注いでいた。

 

 新型の褐色の《ナナツー》が砲撃装備でこちらへと滑空してくる。

 

『少佐ァッ! こいつ、おれにやらせてくださいよ! 自信がある!』

 

 通信を震わせた若い男の声に鉄菜は操縦桿を握り直した。浮き足立った新兵ならここで断ち切るのみ。

 

 だが、それを制したのは旧式の人機に乗る操主である。

 

『待て。今の君はハイになっている。調子付いている、と言ってもいい。その状態でやるなよ。落ち着いて相手の動きをモニターしろ。銃の腕のモリビトではないな。……剣、か』

 

 C連合が相手取ったのは《インペルベイン》のみのはず。《シルヴァリンク》の情報は一切入っていない。それにも関わらず、相手は落ち着き払ってこちらを観察しているようであった。

 

『空戦人機じゃない。こいつなら、おれでも……』

 

『だから、待てと言っている。ここで君は戦うな。手出しも、わたしがやられるまでは無用だ。戦闘不能を判断したらわたしを回収しろ。それまでずっと、この青いのをモニターしておけ』

 

 その言葉一つ一つがどれも計算づくに思えてくる。ここで《シルヴァリンク》の性能をはかるつもりか。

 

「……嘗めた事を」

 

 鉄菜の緊張はそのままモリビトへと伝わる。Rソードを握った手に浮かんだ僅かな逡巡に敵の操主が声にした。

 

『……震えているな? そちらの操主、未熟と見える』

 

 ――震えている? 自分が? 

 

 鉄菜が問い返した時には、敵の《ナナツー》が機銃を捨てていた。代わりに腰に備え付けた武装の柄を握り締める。

 

 引き出されたのは真っ直ぐな刀身であった。対人機戦にいて、白兵は想定されてはいるものの、現時点で距離と飛翔で勝る《バーゴイル》と、装備面での優位があるロンド系列に対して《ナナツー》が接近戦など考えられない。

 

 だというのに、眼前の《ナナツー》は刀を正眼に構えた。

 

『久しぶりだな。――零式抜刀術、参る』

 

 聞いた事のない戦闘スタイルに鉄菜はRソードを握る《シルヴァリンク》へと警戒を募らせた。

 

「《シルヴァリンク》、鉄菜・ノヴァリス。相手を、迎撃する」

 

 その声が伝わっているはずがないのに、敵が窺えないコックピットの中で――嗤ったのが分かった。

 

『行くぞ!』

 

《ナナツー》が大地を震わせ砂礫を撒き散らしながら猪突する。駆け抜けるでもなく、地面の摩擦さえも考えない、まさしくすり足の戦闘術に鉄菜は瞠目した。

 

「こんなの……、遅い!」

 

 Rソードが敵人機の片腕を奪おうとする。瞬間、払われた剣とぶつかり合い、干渉波のスパークが飛び散った。

 

 だがそれも束の間。

 

 敵の装備する剣は実体剣だ。反重力のリバウンド性能には遥かに劣る。弾き返した形のRソードが敵の人機の肩口へと入った。

 

 斬った、と確信を持った直後、刃の入った肩口が根元から爆砕した。

 

 ――パージされた、と意識した時には《シルヴァリンク》はたたらを踏む形になっている。

 

 前のめりになったモリビトの腹腔へと敵の人機の刃が入ろうとした。

 

 反射的に操縦桿を引き、全開になった推進剤が《ナナツー》のコックピットを焼きつかせようとする。

 

 引き剥がした《ナナツー》は深追いせず、その場に留まって刀を構え直した。

 

 鉄菜は肩で息をしていた。

 

 今の瞬間、少しでも反応が遅れていればコックピットをやられていた。幸いにして逃れたのは《ナナツー》が剥き出しのキャノピーを採用しているからだ。

 

 バーニアの閃光が焼きついて敵の操主は目が眩んでいるはず。

 

 今なら、と進みかけて鉄菜は《シルヴァリンク》を立ち止まらせた。

 

 もう一機の牽制や援護が怖かったのではない。

 

 たった一機の人機が、刀を構えているだけだ。隙も見られる。

 

 だというのに、踏み込む事が出来ない。形は違えど近接をメインとする鉄菜にとって、《ナナツー》の至近は死地なのだと直感的に悟る。

 

『どうした? 撃ってこないのか? こちらは刀だけだぞ?』

 

 敵の操主の声が聞こえるという事はもう眩惑からは逃れたのだろう。千載一遇の好機を逃した、と感じる前に、今踏み込んでいれば、と鉄菜は首筋をさすっていた。

 

 恐らくコックピットが断ち割られていた。

 

 確証もないのにその予感だけで汗がじわりと浮かび上がる。

 

 首裏に滲んだ焦燥に、操縦桿を握った手が滑りそうになった。

 

 一歩でも踏み込めない。安易に立ち入れば首をはねられる。

 

 それは幾度となく敵人機の射程に入ってきた自分だからこそ分かる。

 

 斬り込む、というのは言うはやすしだがその実、敵に取られる可能性を幾つもはらんでいる。

 

 その可能性を排除して敵陣に叩き込むのが自分の役目なのだったが、この時、鉄菜は敵の間合いを恐れた。

 

 そこに踏み入れば、食われるのは自分の側だと。

 

 通信の先で操主がフッと笑ったのが伝わった。

 

『……青いモリビト、その操主、どうやら斬り合いが如何なるものなのかは分かっているようだな』

 

 ここで退くか? それも正答だろう。半分以上基地の戦力は奪った。作戦上は何の支障もない。

 

 このような相手に時間を割いている暇もない。ここで撤退し、《インペルベイン》の援護射撃を得て相手にモリビトの性能を見せ付ける。

 

 それだけでいいのに――。

 

「……退けない」

 

『鉄菜? これ以上深追いする事はないマジ。ここまでだけでも充分に作戦成功マジ』

 

「駄目だ。こいつを逃すと絶対に、後で面倒な敵になる」

 

 その予感だけはあった。ここで敵を斬り逃せばお互いにとって確実に、相手は厄介になると。

 

《ナナツー》が構えを変化させる。切っ先を突きつける形で肩の上で刀を担ぎ上げた。

 

 型としては隙の多い。だがその実、攻撃的な構えであった。打突は相手を確実に取ると決めた時のみ、使用するもの。

 

 敵に接近する以上、撃たれる覚悟は持っておかなくてはならない。

 

 相手は覚悟している。では自分は?

 

 鉄菜はRソードを握り締めた《シルヴァリンク》に構えを変化させた。

 

 左腕の盾を前に出す形で右腕を僅かに下げる。この型は相手の攻撃をいなしてから叩き込む時に用いるもの。

 

 即ち、肉を切らせて骨を断つ時に使用する型であった。

 

 これまで防戦一方であった《ナナツー》タイプが初めて好戦的な構えを取る。それだけでも充分に異様であったが、《ナナツー》二機を迎撃するのに一分以上かかっているのも初めてであった。

 

『少佐、まだですか?』

 

『打ち合いの最中だ。話しかけるな』

 

『それはスイマセン。でも、見ているだけって退屈っすよ』

 

『なに、今に勝負はつくさ』

 

 次の一撃が決定的になる。両者、無言のうちに降り立った了承に鉄菜は唾を飲み下す。

 

 Rソードの反重力が浮かび上がった砂煙に干渉し、幾つかを分子レベルで斬っていく。

 

 空間を漂っていたひとひらの鉄片がRソードに触れ、断ち割られた。

 

 その刹那であった。

 

 敵の《ナナツー》が推進剤を全開にし、一気に迫り来る。鉄菜も全力で肉迫していた。

 

 下段から振り上げたRソードが敵の刃と干渉する。それも一瞬、お互いに僅かに後退し、踏み足を入れ換えた直後、振り払ったRソードを敵の人機は回転駆動させたマニピュレーターで阻止する。

 

 舌打ちしたのも束の間、踏み入ってきたのは相手のほうだ。

 

 鋼鉄の刃が《シルヴァリンク》の間合いに入る。鉄菜は左腕の盾を翳し、表面に浮かぶリバウンドフィールドの出力を上げた。

 

 反発した空間圧力が《ナナツー》の踏み入りを防ぎ切る。

 

 反重力の網に中てられた地形が歪み、地面が陥没した。

 

 浮かび上がる砂塵の中、Rソードの切っ先が《ナナツー》の懐に一撃を与えるも、それは致命傷ではない。

 

 回転軸を加えて紫色の《ナナツー》が駆け抜ける。

 

 その刃が狙ったのは《シルヴァリンク》の頭部であった。咄嗟に操縦桿を下げてわざと姿勢制御をぐらつかせる。

 

 よろめいた《シルヴァリンク》が一閃をかわした形となった。だが、《ナナツー》はその刃を手離す。

 

 まさか、と息を呑んだ鉄菜へと《ナナツー》の鋼鉄の腕が掴みかかった。

 

 頭部を引っ掴まれた形となった《シルヴァリンク》が震える。Rソードで攻撃を見舞うも、その刀身の長さが災いし、相手へと一撃が見舞えない。

 

『その首、もらったッ!』

 

 みしみしと軋みが上がる。強度限界を訴えかけるアラートが鳴り響く中、鉄菜が思い出していたのは彩芽の言葉であった。

 

 ――敵にもエースがいる。

 

 これがエースという奴か。感じ取った鉄菜は乾いた唇を舐め、コックピットで吼えた。

 

「やらせないっ!」

 

《シルヴァリンク》の銀翼が展開する。翼手目を思わせる形で広がった翼から発生したのは黄昏色の力場であった。

 

 空間に磁場を生じさせ、《シルヴァリンク》の躯体が染め上がっていく。

 

 銀翼から発生しているリバウンドフィールドに敵の人機の腕が軋んだ。それだけではない。《ナナツー》の装甲ではこちらの装備の威力に耐えられないはずだ。

 

 めきめきと表面装甲が剥がされていく。参式に搭乗している操主の悲鳴が上がった。

 

『少佐! 離脱を!』

 

『ここで離せば一生、こいつは倒せん!』

 

 どうやら意地でも離さない様子である。鉄菜は奥歯を噛み締め、銀翼の紡ぎ出す技を叫んだ。

 

「アンシーリー、コート!」

 

 地面から重力が消え去り、力場の中で《ナナツー》と《シルヴァリンク》が相対する。

 

 お互いにオレンジ色に染まった視野の中、《ナナツー》の腕が不意に離れた。諦めたのか、と思ったが違う。

 

 その手が拳に固められ、キャノピー越しの目線が《シルヴァリンク》を睨んだ。

 

『止められぬのなら、拳だけでも!』

 

 呼応して咆哮した鉄菜は《シルヴァリンク》の左腕から発するリバウンド磁場を全開にした。

 

 リバウンドの加護を受け、Rソードを握り締めた右腕が疾駆する。

 

《ナナツー》の拳を断ち割り、右腕が果物の皮を削ぐように両断された。

 

 爆発の光が膨れ上がるかに思われたが相手は直前に右腕さえもパージし、参式へと自らの機体を預ける。

 

『モリビト……その性能、見せてもらった』

 

 鉄菜はそれ以上の深追いはしなかった。

 

 飛び退った《シルヴァリンク》が飛翔する。両腕を失いながらもあの《ナナツー》と操主はこちらのモリビトと同等に戦い抜いた。

 

 離脱する鉄菜はコックピットの中で拳を固め、操縦桿を殴りつけた。

 

『く、鉄菜? どうしたマジ?』

 

「……負けた」

 

『こっちの武装はどこも破損してないマジよ?』

 

 ――違う。そういう意味ではないのだ。

 

 言おうとしたが、自分でもこれが負け犬の遠吠えだと理解出来た。戦いには勝った。だが勝者は……。

 

 苦々しいものを感じながら、鉄菜は紺碧の空を抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『し、少佐……無茶し過ぎですって!』

 

 タカフミの通信網が入る中、リックベイは落とされた両腕に視線を投じていた。

 

 両腕を捨ててまで挑んだ結果、取り逃した。失策と罵られても何も言えない。

 

「だが、あのモリビトの操主。随分と若かったな」

 

 その言葉にタカフミが疑問符を浮かべる。

 

『通信は、入ってませんけれど……』

 

 リックベイはいいや、と頭を振る。

 

「人機の動きに、若さが滲んでいた」

 

 若者は理解出来んな、とリックベイは《ナナツー》のキャノピーを開け放つ。

 

 戦場を舞う塵芥の風がつんと鼻をつき、硝煙と火の手が支配する基地を見渡す。

 

「負けたな」

 

『……モリビト相手に、善戦じゃないんですか?』

 

「いや、負けたよ。だが、同時に思う。勝った、と」

 

 その言葉が心底理解出来ないのだろう。タカフミは通信に困惑を混じらせた。

 

『その、負けたんすか? 勝ったんすか?』

 

 リックベイは参式へと振り返り、ニッと笑みを浮かべた。

 

「それが分からんうちは、まだケツが青いな」

 

 


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