ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯172 銀翼の来訪者

「半数まで減ったか。これより、殲滅戦を開始する。反抗勢力の人間を一人も逃がすな。全力で殺し尽くせ」

 

 命令に了解の復誦が返った刹那、一機の《スロウストウジャ弐式》のシグナルが消失した。

 

 立て続けに二機、三機と機体識別信号が消えていく。

 

 まさか、新手か、と警戒した瞬間、後ろを守っていた隊員の声が弾けた。

 

『隊長! こいつは――!』

 

 おっとり刀の攻撃を弾き返したのは黄昏の灼熱。左腕を切断された《スロウストウジャ弐式》がたたらを踏む。

 

 対象の人機へと《ゼノスロウストウジャ》が砲撃を叩き込もうとするが、その一撃は片腕に保持されている盾で防がれた。

 

「まさか――!」

 

 銀翼が拡張する。左側の盾には亀裂が走っており、今にも崩れ落ちそうであった。それを補強するかのように外套を身に纏っている。

 

 半身が景色に溶けていた。

 

 光学迷彩と右手に保持したオレンジ色の刀身を持つリバウンドソード。機体の頭部のデュアルアイセンサーは破損し、緑色の隻眼が射る光を灯す。

 

 それは見間違えようもなく――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく《スロウストウジャ弐式》に搭乗した燐華は隊長機と鍔迫り合いを繰り広げる敵を目にしていた。

 

 新型機か、と機体照合がかけられる。その照合結果が信じられない名前を紡ぎ出した。

 

「モリビト……、あれが……モリビトなの?」

 

 青い機体へと「モリビト03」の照合が合致する。六年前に駆逐されたはずの機体が銀翼を広げ、《スロウストウジャ弐式》と《ゼノスロウストウジャ》相手に激しく交戦する。Rソードを発振させた青いモリビトが肉迫し、《ゼノスロウストウジャ》の生じさせた黄色のプレッシャーダガーとぶつかり合う。

 

《スロウストウジャ弐式》が弾幕を見舞おうとして、モリビトの挙動に気圧されている様子であった。

 

 単純な戦力の差だけではない。モリビト、という象徴が虐殺天使のあだ名を取る猛者達をも圧倒している。

 

 六年前に殲滅したはずの因子が蘇り、再び世界に牙を剥くなど冗談にしても性質が悪い。

 

「モリビト……あれが、あたしの居場所と……鉄菜を、殺した……」

 

 先ほどまで鉄菜と邂逅したのはやはり幻であったのだ。合間見えれば嫌でも分かる。鉄菜の生存という幻影に囚われるよりも眼前の敵を屠るほうが遥かに現実味があった。

 

 だが、燐華は射撃ボタンを押せなかった。

 

 引き金を絞るべき相手なのに、過呼吸に達した燐華は何度も操縦席で吐き気を催す。敵を前にしても、一発の銃弾も浴びせられないのか。

 

 その情けなさと鉄菜を求める感情が燐華の中で渦を巻く。

 

「鉄菜ぁ……、あたし……あたしは……っ」

 

 頭部を押さえて蹲るしかない。この戦いに介入出来るほど、今の自分は強くなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ブルブラッドキャリアだと!』

 

 弾けた接触回線にRソードを交錯させる。振るい落とした斬撃を《ゼノスロウストウジャ》が弾き返した。

 

 やはり出力面では向こうのほうが上か。六年前にも苦戦した相手が強化されているのだ。当然と言えば当然。

 

 鉄菜は《シルヴァリンク》を後退させ、《ゼノスロウストウジャ》と対峙する。

 

 他の《スロウストウジャ弐式》も射程内であったが、圧倒されているかのようにこちらには干渉して来ない。

 

 そのほうが都合はいい、と鉄菜は腹腔に力を込めた。

 

「《モリビトシルヴァリンク》、鉄菜・ノヴァリス。目標を脅威判定、Sランク相当と断定し、これを破壊する!」

 

 猪突した《シルヴァリンク》のRソードを《ゼノスロウストウジャ》が袖口より発振させた黄色のプレッシャーダガーで受け止める。

 

『世界の敵……、またしても我々に牙を剥くか。貴様らの目的は何だ!』

 

 呼気と共に払われた剣筋を《シルヴァリンク》は打ち落とした刃で応戦する。

 

「――私はただの破壊者だ」

 

『何だと?』

 

「だが破壊者ゆえの意地がある。壊すのならば、それは次の再生のために。だがお前達は、骸ばかりを作り立てる。そのような世界と混沌を――!」

 

 Rソードが出力を上げてプレッシャーダガーを押し返した。左腕の盾を翳して《ゼノスロウストウジャ》の至近まで肉迫する。

 

「この私が、破壊する!」

 

 放った雄叫びと共にRソードを薙ぎ払う。相手が舌打ちを漏らし、《ゼノスロウストウジャ》が後退した。

 

『まさか《ゼノスロウストウジャ》を下がらせるとは』

 

『隊長! こいつ、モリビトなら全機で……!』

 

『いや、分からせてやる必要があるだろう。もうこの世界は、貴様らブルブラッドキャリアの生み出した混沌の……先にある世界だという事を!』

 

《ゼノスロウストウジャ》が両腕を突き出して砲弾を連射する。

 

 建築物を蹴りつけ、大地を踏み締めながら《シルヴァリンク》は下がるが、やはり相手の連射速度のほうが遥かに上。

 

 掠めただけでも《シルヴァリンク》の躯体が激しく軋む。

 

 その隙を逃さず、《ゼノスロウストウジャ》がこちらへと接近の嚆矢を作った。振るわれた刃とRソードが干渉波を生み出したのも一瞬。相手の僅かに出力を上げただけのプレッシャーダガーにRソードが押し負けてしまう。

 

『モリビトとは言え、六年前の機体! そのような骨董品では、我が《ゼノスロウストウジャ》は墜とせん!』

 

 もう片方の腕からゼロ距離の砲撃が見舞われる。血塊炉付近がレッドゾーンに染まり、《シルヴァリンク》の継続戦闘を危ぶませた。

 

 後退し様にRソードを払うが、瞬間、接近警報がコックピットを劈く。

 

 いつの間に回り込んでいたのかもう一機の《スロウストウジャ弐式》が左側から刃を見舞う。

 

 咄嗟に盾で受けたが、リバウンド効果のない盾ではやはりというべきか、十秒と持たない。

 

 盾が切り裂かれ、よろめいた《シルヴァリンク》へと牽制のバルカン砲が放たれる。それだけでも充分に脅威。

 

《シルヴァリンク》の青い装甲が削られてゆき、注意勧告に染まったシグナルに鉄菜は歯噛みした。

 

『隊長! せっかくのモリビトなんですから俺にやらせてくださいよォ! こんな手負いの獣、隊長が潰すまでもないでしょう!』

 

 その部下の言葉に隊長機と思しき《ゼノスロウストウジャ》が下がる。

 

『データが欲しい。完全に破壊するな。血塊炉を止めて回収する』

 

『了解です! さぁモリビトよォ! 派手に踊ってくれよ!』

 

 プレッシャーソードを発振させた《スロウストウジャ弐式》に鉄菜は右手に保持したRソードで応戦する。

 

 しかし、相手のほうが出力も、もっと言えば性能は遥かな高み。

 

 押し返されるよりも関節部が軋みを上げ、このままでは右腕ごと持っていかれるのは必定であった。

 

『いい声で鳴けよ、モリビト! 六年前から来た骨董品が!』

 

《スロウストウジャ弐式》が滑るように懐へと潜り込む。鉄菜は盾の裏側に隠しておいたクナイガンを投擲した。

 

 敵人機の肩口にクナイガンが突き刺さるのと、プレッシャーソードの衝撃波で左腕が肩口から弾け飛ぶのは同時であった。

 

『ワイヤー装備?』

 

 鉄菜は引き金を絞る。クナイガンより発射された実体弾が敵人機の右肩を射抜いた。

 

 内側からの誘爆に敵もうろたえたのが伝わる。

 

 だが、こちらのほうが圧倒的に不利なのには違いない。

 

 隠し武器のクナイガンを晒し、左側の盾と光学迷彩の外套は焼け爛れている。

 

 こちらの武装は残りRソード一本のみ。

 

 鉄菜は肩で息をする。次第に追い詰められている実感に操縦桿を握る手を汗ばませた。

 

 ――恐らく持ってあと五分か、それ以下。

 

 その判定に間違いはないだろう。六年もの間あらゆる戦場を渡り歩いてきた第六感がそう告げている。

 

 退き時だ、と。

 

 先ほど救助した燐華の事もある。容易く退けば、このコミューンは人っ子一人残さず殲滅されるだろう。

 

 それを阻止するために潜入したのだ。

 

現状、有視界戦闘で、数えられる範囲だけで戦闘可能な《スロウストウジャ弐式》は八機。《ゼノスロウストウジャ》はほとんど手傷も追っていない。

 

「九機編成……一機も減らないのはきついな」

 

 奇襲をかけて三機を行動不能にしたはずだが、それでも相手は立ち上がってくる。

 

《シルヴァリンク》であってもここまでか、と鉄菜は歯軋りした。

 

『モリビトォ! よくも右肩をイカレさせやがったな……! だがユニバーサルスタンダードの方式が取られている《スロウストウジャ弐式》は! どちらの腕でも同じような感覚で操縦出来る! 甘く見たな、モリビトよォ!』

 

 プレッシャーソードを左手に持ち替えた《スロウストウジャ弐式》が踏み込んでくる。

 

 Rソードで弾き返そうとして、体重をかけていた脚部に過負荷がかかった。

 

 僅かに体重移動にロスが入る。その瞬間を相手は見逃さない。

 

 プレッシャーソードが右肩から下を引き裂いた。両腕を失った形の《シルヴァリンク》が後ずさろうとしたが、背面には退路を塞ぐように建築物が並んでいる。

 

 手詰まりか、と鉄菜は歯噛みする。

 

『これでェ――っ! 砕けろ!』

 

 プレッシャーソードが血塊炉に向けて突き込まれようとする。鉄菜は有事の際に、と全天候周モニターの一角を叩いた。

 

 自爆専用のシークエンスに突入させようとした刹那、大出力の熱源反応が耳朶を打つ。

 

 とどめを差そうとしていた《スロウストウジャ弐式》を制する形でピンク色の光軸が空間を穿った。

 

『高出力R兵装、だと……?』

 

 敵が目にした熱源の正体を鉄菜も見ていた。

 

 四つ足を持った獣型の人機である。背負った大砲型のR兵装が火を噴いたのだと、棚引く灼熱で関知出来た。

 

《スロウストウジャ弐式》編隊が獣型の人機へと襲いかかる。

 

『シグナル不明……? この人機は!』

 

 プレッシャーライフルを構えた《スロウストウジャ弐式》部隊へと、獣型の人機が尻尾を振るった。

 

 細長い尻尾が段階的に開いていき、内部に充填された青白いミサイルが全方位へと放射された。

 

《スロウストウジャ弐式》編隊は当然の事ながらそのミサイルを撃墜する。だが、その瞬間、敵の動きが鈍った。

 

『これは……隊長! 人機の動きが……極端に鈍くなって……』

 

「アンチブルブラッド兵装……、まさか……」

 

 鉄菜は戦場を回った際、幾度か目にした事がある。人機を無力化するための武装であるが、その起動には血塊炉内蔵機では不可能という欠点と、何よりも人機が干渉する武装である。ゆえに自分の機体を巻き込みかねないために、惑星では人機の兵装として組み込まれていないはず。

 

 それを人機が使用した、という一点のみにおいてもこの場では驚愕されるべきであっただろう。

 

《ゼノスロウストウジャ》が黄色の粒子色を持つ砲弾を叩き込もうとする。

 

 獣型の人機は襟巻きのような頬当てを展開する。瞬間、青白い粒子の束が《ゼノスロウストウジャ》の砲撃を弾いた。

 

『R兵装を……弾いた?』

 

 現状の武装ではR兵装を弾く事は出来ないはず。だというのにそれを可能にした不明人機に、《スロウストウジャ弐式》部隊がうろたえる。

 

 しかし一機の勇猛果敢な《スロウストウジャ弐式》がプレッシャーソードを手に、背面より襲いかかった。

 

『獣型の人機モドキが! さすがに背中に眼はないだろ!』

 

 振るい上げられた刃を受け止めたのは背筋から突き出た腕であった。

 

『腕が……六本?』

 

 息を呑んだ敵人機の操主の声が響き渡ったのも一瞬。

 

 前足を脚部へと変え、後ろ足を仕舞い込んだ獣型の人機は腕から取り出した高出力Rソードで《スロウストウジャ弐式》の奇襲に対応していた。

 

 立脚した不明人機が頭部を顕現させ、緑色のデュアルアイセンサーが奇襲をかけた敵を睨み据える。

 

 相手が離脱挙動に移る前に、もう一方の腕が手にした砲塔が《スロウストウジャ弐式》の血塊炉へと突き出された。

 

 四肢が破損し、飛び散る中、高出力R兵装の砲撃が《スロウストウジャ弐式》を胴体から割った。

 

 まさか新型人機が塵芥に還るとは思ってもみなかったのだろう。隊長機も絶句しているようであった。

 

『あれは……何なんだ』

 

 R兵装の砲塔を手にした人機が展開する《スロウストウジャ弐式》を見据える。

 

 その矛先に隊長機から舌打ちが漏れた。

 

『……不明人機とモリビト……、ここで戦えば無用な犠牲が出るのは必定か』

 

『隊長? まさか退くって言うんじゃ……』

 

 回線に漏れ聞こえた部下の声音に隊長機が接触回線で何やら口にした様子であった。

 

 色めき立っていた戦地の蠢動が鎮まっていく。

 

『……了解』

 

 不承ながらに飲み込んだ敵の人機乗り達が離脱していく。一機の《スロウストウジャ弐式》が乗り遅れていたが、それを《ゼノスロウストウジャ》が随伴した。

 

 いずれにせよ、《シルヴァリンク》の現状では追いすがる事も出来ない。

 

「……立ち去ったのか」

 

 その時、不意打ち気味に秘匿通信が直通する。久しく使われていなかった通信コードに鉄菜は目を見開いた。

 

 それはモリビトの執行者同士が用いる秘匿回線であったからだ。

 

 恐る恐るコードを認証する。

 

 通信ウィンドウに開けたのは桃色の髪を一本に縛った少女であった。

 

 それが誰なのか、鉄菜は瞬時に理解する。

 

「まさか……桃・リップバーンか?」

 

『まさか……なんてご挨拶ね、クロ。せっかく助けてあげたのに』

 

 声音も全て、六年前と同じ……否、六年の月日は桃を大人びた風貌に変えていた。

 

 落ち着いた瞳の色に鉄菜は敵意を仕舞って尋ね返す。

 

「それも……モリビトなのか?」

 

『そう。モモの新しいモリビト。《モリビトナインライヴス》』

 

《ナインライヴス》と呼称されたモリビトがこちらを見据える。鉄菜は大破した《シルヴァリンク》に目を伏せた。

 

「そう、か。六年間、経ったんだな」

 

『クロ。これから大きな事が起こる。全部、あんたを待っていたんだからね。生きているのならって。そこいらで銀翼隻眼の謎の人機の噂は聞いていたから、生きているのは何となく分かっていたけれど』

 

「大きな事……? 桃、何が起こるというんだ」

 

 問いかけた鉄菜に桃はウインクする。

 

『六年間、ブルブラッドキャリアは何も無為に過ごしてきたわけじゃないって事。それにモリビトの執行者は、モモとクロだけじゃないからね』

 

「執行者……、私達以外の……?」

 

 要領を得ない言葉の中、鉄菜は状況だけが転がっていくのを感じていた。

 

 


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