ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯プロローグ5

 

 旧ゾル国陣営としての参加、という大義名分に異を唱えるつもりはない。

 

 ただ、「旧」という文言を取って欲しいと願い出ただけだ。

 

 無論、その提案は却下されたが。

 

「シーア中尉。君が不死鳥隊列に加えられてから何年経ったかな?」

 

 前を行く上官に事実のみを応える。

 

「六年です」

 

「その前は、ゾル国軍部の」

 

「下仕官でした。ただの」

 

 足を止めた上官は上下に流れ行くホログラムの滝の前でこちらへとようやく振り返った。

 

 艦隊の中のはずなのに滝。これは兵士の精神を落ち着かせるセラピーホロの一つである。

 

 下は生命の息吹の欠片もない、汚染された海上で滝を見るというのはどこか冗談じみている。

 

「分隊長をやっていたお父上がいたはずだな?」

 

「父の記憶はほとんどありません。あの人は、自分が物心ついた時より既に辺境基地の守りについていました」

 

 事実のみであった。自分には父親の記憶がほとんどない。母親と二人の兄弟に挟まれ共にゾル国の中心コミューンでほとんど不自由ない生活を送っていた。

 

「承知していると思うが、君の父上は立派であった。立派に、辺境基地を守り通した。あの地獄の一年……モリビトとブルブラッドキャリアという脅威に晒された前線地区で」

 

「六年前には自分は一介の《バーゴイル》乗りでしたので、記憶はしています。ただ、実感がないだけです」

 

「父親という人が死んだ、というか?」

 

「はい」

 

 澱みなく応える。上官は少しだけ眉を吊り上げて困ったように頭を振った。

 

「君の実力は買っている。《バーゴイルフェネクス》……いや、《フェネクス》の新規量産に踏み切れたのは君の実力あっての事だ。推薦人は君を高く評価し、六年前に我々へと評定を下していた」

 

「恩人です。そのお方は」

 

 その人物の事は父親と同じくよくは知らない。ただ自分の戦歴を買ってくれているというのならば、それに応じるのが礼儀であった。

 

「……厳しい戦士になったものだ。私は君が小さい頃からよく知っている」

 

「グルー准将。私情は挟まないでください。自分は戦闘機械です。仰ってくださればどこにでも赴きます。前回の模擬戦の時のように、C連邦の機体から暗号コードを抜くくらいは――」

 

 そこまで言って上官は唇の前に指を立てた。どこに耳があるか分かったものではない、という意味だろう。

 

 軽率だった、と口を噤む。

 

「……物分りが良過ぎるのも考えものだな。私は君の事を戦闘機械などと思った事は一度もないよ。よく知っている……戦友の子の姿だ」

 

「准将。指示をください。そうすればこのレジーナ・シーア。どこにでも赴きます。あなたの剣になりましょう」

 

 上官は嘆息をついて滝を眺めた。

 

「滝はいい。生きている自然の心地がする」

 

「ブルブラッド大気に汚染されて百五十年。自然界において水質は悪化。滝など、見れたものではないでしょうね」

 

 淡々とした事実を告げるレジーナに上官は滝に視線をやりつつ、口を開く。

 

「生きている自然はいいものだ。父上もよく、辺境基地で今も生きている古代人機の写真を送ってくれた。この星は決して人間だけのものではない。天に見放され、地に追放され、自然界を歩む術が最早鋼鉄の巨体に頼る他なくなったとしても、だ。それでも雄大なのは自然界。決して人間には冒されない鉄の掟」

 

「古代人機の撃墜数がかつて物を言っていたゾル国ならではの感受性でしょう。古代人機は自分達の箔をつけるためのものでもあり、よき隣人でもあった」

 

「今も、そうであると信じたいがね。だが、確実に言えるのは古代人機を狩っても今の世の中、誰も評価してはくれないという事だ」

 

「対人機戦の有用性が説かれて久しい現状では、古代人機はただの動く的です」

六年前までは古代人機狩りもそれなりの意義はあった。三国――C連合、ゾル国、ブルーガーデンの軋轢を解消するためのガス抜きとして。

しかし、ほとんどC連邦の一強となってしまった現在において古代人機狩りはただの臆病者の仕出かす行為だ。単に自然界を冒涜しているとも言える。

 

「動く的、か……。悲しいがその評価は定まっている。シーア中尉。先の件であるがやはり旧は消せんよ。今の世界情勢を鑑みた結果の話だ。一昔前までは古代人機を狩る事で作り上げられていた仮初めの平和も、今はもうないのだ。何かに頼る事でしか、戦いと実力を示す事は出来ない。我々は旧ゾル国陣営として、今回のC連邦との新型機体コンペディションに移る事になる」

 

「自分は剣です。だから、仰られればどこへでも、誰でも撃ちましょう」

 

「逸るな、と言っているんだ。うまく転べばC連邦の《スロウストウジャ参式》よりも《フェネクス》の有用性を語って聞かせる事も出来る。問題なのは、やはりC連邦一強の現在、どのようにして我々の意見を挟み込む隙が生まれるかだろう」

 

 政の領域に兵士は口を挟めない。それは痛いほどに分かっている。

 

「不死鳥隊列は我が方だけの戦力にしておくのには惜しい、という事ですか」

 

「その通りだ。C連邦がどれほど傲慢だとて、《フェネクス》の性能を看過出来まい。必ず、何かしらのアクションがある。それを見逃すものではない」

 

 ようやく、上官が歩み出す。その背中にレジーナは続いた。

 

「自分は《フェネクス》を最大まで活かす事が出来ます」

 

「なればこそ、急いては事を仕損じる。なに、相手も馬鹿ではあるまい。《フェネクス》の対策を練っている間、こちらはゆっくりと、相手の手の内も読むまでだ」

 

 艦隊内部に通信が木霊する。

 

『艦隊はこれより、C連邦領海に到達。繰り返す、領海に到達』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《スロウストウジャ弐式》へと乗り込んだ際、再び隊長の通信が開いた。

 

『ヒイラギ准尉。継ぎ目の破壊任務、頭に入っているな?』

 

 確認の声音に自分はただただ首肯する。

 

「はい。もちろん」

 

『ならば結構。先遣隊として出撃するが、継ぎ目の破壊を確認と同時にアンヘルは君の援護に入る。滞りなく済ませたまえ』

 

「了解しました。ヒイラギ准尉、《スロウストウジャ弐式》、出ます!」

 

 赤く塗装された《スロウストウジャ弐式》がX字の眼窩を煌かせて出撃する。カタパルトから放り出された際、本当に単独任務なのだな、という事を周囲の熱源で関知した。

 

 誰も頼るべきものなどない。

 

 継ぎ目破壊が成し遂げられた時、ようやく自分は一端になれる。

 

 コミューンまでの長距離を航行するのに、《スロウストウジャ弐式》には特別なバックパックが施されていた。

 

 使い捨ての高出力マニューバの推進剤。それらが人機を補助し、目標までの速度を維持する。

 

 コミューン外壁警護の敵が少なからず存在するはずだ。息を詰めたが、ドーム型のコミューンに外壁警護はほとんど存在しなかった。

 

 機銃牽制程度の相手に《スロウストウジャ弐式》が稼動し、出力を絞ったプレッシャーライフルで狙い撃つ。

 

 機銃破壊を相手が確認した時は既に懐へと忍び込んでいる手はずであった。

 

 半球型のドームとドームの密集する場所。継ぎ目が有視界に入ってくる。

 

 プレッシャーライフルの出力値を上げて一発で仕留めようとした、その時である。

 

 背後からの警告反応に機体を跳ねさせる前に、一撃が突き刺さった。

 

 激しくコックピット内で揺さぶられる。

 

「……これは……超長距離滑空砲? そんなもの、どうやって……」

 

 問い質す前に第二射が《スロウストウジャ弐式》を激震する。誘爆した背面バーニアを分離し、敵の射線から逃れようとするが、前面からの照準警告にハッと面を上げた。

 

 継ぎ目付近にナナツー数機が点在しており、それらが一斉に機銃を向ける。

 

 まさか、と息を呑んだ時には、銃撃が火を噴いていた。《スロウストウジャ弐式》がナナツーの武装に煽られる。

 

 どれほど堅牢な装甲とは言え、物量戦ではさすがに撤退するしかない。

 

 援護を呼ぼうとしてジャミングがかけられた。通信障害の砂嵐が耳朶を打つ中、一際巨大な狙撃砲を持つナナツーの一撃が《スロウストウジャ弐式》の血塊炉付近に命中する。

 

 急激に高度を下げていき、コミューン外壁に至ったところで、数体のロンド系列が周囲を完全に固めていた。

 

 逃げられない、と悟った瞬間、幾重もの照準警告が響き渡る。

 

 この状況ではコックピットを狙い撃たれても仕方あるまい。

 

 投降信号が出されていた。

 

 アンヘルにとって相手に下るのは死も同じ。しかし、ここで何もしなくとも、《スロウストウジャ弐式》の単機を破壊するのにはさして時間はかからないだろう。

 

 投降信号を受諾し、コックピットハッチを開いた。

 

 人機の頚部から両手を上げて投降する。

 

《ホワイトロンド》が歩み寄り、銃口を向けながら自分と《スロウストウジャ弐式》を引き剥がした。

 

『情報は的確だな。本当に単機で来るとは、アンヘルも相当俺達を嘗めていると見える』

 

 ――情報? とその言葉を勘繰る。

 

 アンヘルの情報網は現状最も優れており、機密性で弱小コミューンの先を行かれる事はないはずだ。

 

《ホワイトロンド》のマニピュレーターに掴まれたまま、《スロウストウジャ弐式》がナナツーに回収されていく。

 

『こいつ、女か?』

 

 看破されてびくりと肩を震わせる。人機の操主が立て続けに哄笑を上げたのが通信網を震わせた。

 

『お笑い種だぜ! ゼルストの守りを突き崩すのに、女操主で充分だと思われていたなんてな!』

 

『トウジャは出来るだけ傷をつけずに回収しろよ。あとでいくらでも使えるからな』

 

 暗に操主はどうでもいいと言われているようなものだった。

 

 操主を殺したところで代えはどれだけでも立つ。

 

 ゼルストに運び込まれていく中、最悪の想定に転がっている事だけは、確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外壁警護の者達は欠伸をかみ殺す。

 

 紺碧の地平線より昇る朝日がじわりと関節を暖めた。

 

「どうにも、退屈だな。外壁警護なんて」

 

「ルーティンだからな。ま、何もないのが一番だろ」

 

 トランプの博打を重ねつつ、外壁警護のナナツーの上で胡坐を掻いた男達はマスクを指差す。

 

「お前のマスク、大分汚れているな。買い換えろよ」

 

「うるせぇっての。んな金ねぇんだよ。ほれ、ロイヤルストレートフラッシュ」

 

 相手は舌打ちを漏らす。

 

「マスクのノズルにカスが溜まるといざという時、窒息死しちまうぞ」

 

「ありがたく言葉と金だけ頂戴しておくよ」

 

「おっ死んじまえ。クソッタレ」

 

 その時、外壁のセンサーに反応があった。双眼鏡を手にすると地平線よりこちらに向かってくるトレーラーが一台、視界に入る。

 

「今時珍しいな。地上の運送業か」

 

「トレーラーだろ? ゼルストの補給部隊かもしれん」

 

「呼びかけてみるか。そこのトレーラー! 止まれ! チェックを行う」

 

 トレーラーが停車し、ゼルストの検問にかかる。

 

 ナナツーが照準しながら、もう一人がトレーラーを仔細に観察した。

 

 黒く染まった棺おけのようなコンテナは随分とお目にかかっていないタイプだ。

 

「珍しいもの載せてるな。ブルーガーデンが昔使っていたタイプの貨物か」

 

 トレーラーから降りてきたのは外套を頭からすっぽり被った背の低い運転手だった。背丈だけ見れば少女か、と疑ってしまう。

 

 無論、この青く染まった大地で女一人という事はあるまい。どこかに伏兵でも潜んでいる可能性はあった。

 

「何を積んでいる?」

 

「ゼルストへの補給を」

 

 驚くべき事にその声も少女のものであった。一気に疑わしくなり、男はアサルトライフルを手に運転手を見渡す。

 

「あんた……何をしにやってきた?」

 

「だから補給だ。見て分からないのか?」

 

「にしては、ちぃとばかし迂闊だろ。ゼルストへの補給経路を辿りたいのならきっちり認証コードを」

 

「07D987、S23、FRだ。このコードに間違いはないはず」

 

 参照したが確かに言われたコードには間違いはない。

 

 だがただ通すわけにもいかなかった。

 

「悪いが、ここは通せないな。つい一時間前ほどに戦闘行為があったばかりだ」

 

「戦闘行為?」

 

「アンヘルの……虐殺天使共の尖兵が間抜けにも捕まったんだよ」

 

「アンヘル……C連邦の特殊部隊か」

 

『なぁ、そいつ通さないのならさっさとお帰り願いな。こちとら暇じゃねぇんだよ』

 

 ナナツーに乗った男からの追及が飛ぶ。

 

「と、いうわけだ。通せない」

 

「そうか。……ならば押し通る」

 

 その言葉が耳朶を打ったのが早いか、それとも相手が跳ね上がったのが早いか。

 

 跳躍した相手が自分の首根っこを押さえる。そのまま体重に任せて背後から羽交い絞めされた。

 

 首筋へと鉄片が押し当てられる。

 

「なっ……何なんだ、てめぇは!」

 

「眠ってもらう」

 

 鉄片から電磁が迸り、男を昏倒させる。

 

 ナナツーに搭乗していたもう一人がおっとり刀で照準を向けようとしたその時には、運転手の手にしたワイヤーガンが人機の腹腔へと打ち込まれていた。

 

 電磁波が干渉し、血塊炉が瞬間的にダウンする。

 

 復旧までの時間はたったの五分だが、その五分が明暗を分けた。こちらへと駆け抜けてきた運転手が軽業師めいた動きで人機へと跳び移り、すぐさまキャノピー型のナナツーのコックピットへと至る。

 

 銃口を突きつけられて男は絶句していた。

 

 この間、三十秒とない。まさか、と声が震える。

 

「お前は……何者なんだ」

 

「知る必要は、ない」

 

 銃撃が男の額を正確に射抜く。マスクの中で血潮が溜まる中、操主を蹴り飛ばし、ナナツーの駆動系を確かめた。

 

「コードを書き換える。コミューン、ゼルスト。……ここが次の戦場か」

 

 呟いた言葉は誰にも聞きとめられなかった。

 

 


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