ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯エピローグ 

 古代人機が百体近く、今日もコミューン外壁に近い場所を大移動した。

 

 一説によれば、それは地殻変動の前触れだと言うが定かではない。地質学者ではないので、その辺りには疎かった。

 

 ただ、ここに集まった百機近い人機に乗る操主の皆が、同じ志な事だけはハッキリしている。

 

 彼は《バーゴイル》に乗っていたが、他の人機はまちまちだ。製造年月日もさる事ながら国籍、素性、経歴、戦果、何もかもが違う者達が、たった一機の人機の下に集っている。

 

 その事実だけは変えられない。

 

『……テステス。お前も、ここに辿り着いたってわけか』

 

 通信チャンネルに割り込んできた無節操な声に彼はマイクを突く。

 

「百機はいるか……。こんなに集まっていたなんてな」

 

『それだけみんな、救いが欲しいのさ。それがどのような形であっても』

 

 一機の経年劣化の激しいナナツーがその人機へと歩み寄る。まるで傅くように、ナナツーは膝を落としていた。

 

「信仰は自由だ。だが、こんな終末の惑星で、まさかこんな願いだけが集まるなんて思いも寄らない」

 

『終末だからだよ。末期なのさ。誰もがそうだと分かっている。病理を切り離す事は出来ないが、苦しみを取り除く事、やわらげる事は出来る』

 

「そんなもんか。でもまぁ、それもあり方の一つなのかもしれないな」

 

 古代人機の大移動を観察していた者達へとその人機が振り返った。

 

 配線ケーブルを髪のように剥き出しにした頭部。特徴的な薄紫色のデュアルアイ。

 

 錫杖をついたその機体から声が発せられる。それだけで津波のように人々が平伏した。

 

『これより、教えを説く。惑星を博愛すべきとする我々の団体活動は始まったばかりだ』

 

 頭を垂れていたナナツーから通信が漏れ聞こえる。今しがた通信チャンネルを繋いでいた操主はどこの国か分からないが、経文を唱えていた。

 

 自分も何かに祈るべきかと思ったが信仰の対象は生憎存在しない。

 

 だからこそ、ここに来たのでもあるが。

 

『集った人機の数、ゆうに百を超えます。サンゾウ様。お声を』

 

 錫杖を振り翳し、その人機の操主は重々しい言葉を紡ぎ出した。

 

『よく集まってくれた。この終わりに近づく星で、少しでも多くの人間が分かり合い、触れ合える事が、全ての幸福に繋がるのだと思っている』

 

『あれが……《ダグラーガ》か』

 

 その機体の名称に男は息を呑む。

 

《ダグラーガ》。この世界最後の中立。

 

 ブルブラッドキャリアの脅威が過ぎ去ってからというもの、世界は難航した。《キリビトエルダー》という禁断の人機を生み出した事をゾル国は糾弾され、その実効力は失われて久しい。

 

 C連合の《スロウストウジャ》という人機が正式採用され、世界の人機市場は大きく塗り変わった。

 

 ナナツー、《バーゴイル》、ロンドで合い争う時代は終わりを告げた。新世代人機の旋風にしかし、乗り切れなかった者達が零れ落ち、どこに与するべきか分からなくなった人々は自然と信仰を求めた。

 

 戦わないでいい自由ではない。

 

 争わないでいい理由でもない。

 

 ただ、何かを信じたかった。信じなければ自分という存在さえも危うくなりそうで。

 

 世界は着実に変わろうとしている。男は通信チャンネルをアクティブにした。世界規模で編成が進められている組織が人機の発信する電波を傍受し、一機一機に語りかけるようにして教えを説いている。

 

『その人機は連邦の登録認証が成されていません。コードを入力し、登録をお願いします。登録されていない人機は正式な軍規から抹消され、罰則を受ける場合があります』

 

 笑わせる話だ。終わる世界においては教えを説く声は電子音声と自動認証システムである。

 

 ならば、自分はまだこちらのほうが信じられた。

 

《ダグラーガ》が錫杖を振り上げる。

 

『行こう。檻なき世界へ』

 

 その教えの行き着く先を、今は誰も知らない。ただ、希望があるような気がしただけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新型トウジャの編成案には目を通したか?」

 

 問われてリックベイは返礼する。

 

「少しばかりコストがかさむかと。現状の《スロウストウジャ弐式》をスタンダードで進める方向性に現実味を感じます」

 

「君のそういうリアリストなところはいい」

 

 上官は微笑んでロールアウト間際の新型機のテストショットを手にする。リックベイは直立不動のまま言葉を継いだ。

 

「C連合の併合を拒むコミューンもいます。《スロウストウジャ》による軍備増強にしたところでやはり血塊炉問題は避けられないかと」

 

「彼の国は面倒な遺産を遺したものだな。血塊炉産出プラントが我が国に下ったのはいいが、そこに入れるものは一握りの実力者とは」

 

 今期の血塊炉産出に当たっての部隊編成の声がかかるのだと思って呼ばれてみれば、上官でも決めあぐねている事案の相談であった。よくある事だとリックベイは文句の一つも言わない。

 

「コミューン統合連邦の草案にはまだ遠いようですね」

 

「理想論だよ。地に足がついていない話というのはいくらでも言える。政治家連中は分かっていないようだ。理想を実現するのには力がいる。今は、その力を蓄える時なのだと」

 

 力がないばかりに取りこぼされていく理想もある。思いも力も、どちらか片方だけでは回らないのだ。

 

「平和にはまだ遠い道のりですか」

 

「ブルブラッドキャリアの活動が沈静化しても、やはりヒトは争いを求めるという事が浮き彫りになってしまった。どれほど言い繕っても闘争本能を消せないのが、人類というそれそのものの業か」

 

 分かりやすい敵意が渦巻かなくなっただけだ。事態は混迷を極めているのは変わらないらしい。

 

「トウジャ部隊の編成、その早期実現こそが、近道のようではあります。ですが、逸り過ぎても道を違えるというもの。星の人々には足並みを揃える、という事を学ばなければならない」

 

「そのための連邦法案……しかしどこの勢力も面白がるはずがない。C連合が畢竟、全てを支配する、と言っているようなものなのだから」

 

「世界警察は必要です。今までは三点に分散されていただけの事。一極化は危険だという有識者の忠言もありますが、この百五十年、人類は一つになれませんでした。その大いなる一歩なのでは」

 

「君のように、誰もがそう賢しくあれるわけではないよ。言葉の裏と相手の想定を覆す事ばかりに長けてしまった。悲しい事実だ」

 

 上官はトンと指先で書類を叩く。今言うべき事柄は終わった、というサインであった。

 

「《スロウストウジャ》の量産計画は進んでいます。ゾル国……いえ、未だ傘下に加わらない、旧態然としたコミューンへの働きかけは行っていますが現地での妨害が強く、実現は難しいと兵士達もぼやいている」

 

「どれほど研究と兵器の分野が進んでも、やはり体制への反発はいつの時代もある。人機の識別信号の一本化、こちらからも話は通しているのだがなかなか、ね。旧ゾル国コミューン勢にタチバナ博士レベルの人間が話し合いを申し出ているそうだが……」

 

 濁したという事は却下され続けているのだろう。あの戦局で現れた《キリビトエルダー》開発に関わったとして、タチバナ博士は半年間、ゾル国に拘留されていたが、ゾル国という国家の存在基盤が危うく消え去りそうな中、そのような権力図式自体が時代錯誤だとして罪状は消滅した、と表向きなっている。

 

 しかし裏ではC連合が手を回し、自国の利益を進めさせた結果だ。タチバナ博士の頭脳はトウジャ量産化計画には欠かせないだろう。

 

 殊にモリビトとの戦局を変えてみせたほどの人機製造者となれば、こぞってどの陣営も欲しがるのは必定。

 

「モリビトですか……。ブルブラッドキャリアという名の幻想を掲げ、誰もが剣を振り翳せた時代はもう、終わったのでしょうか」

 

「さぁね。その権利は誰にでもあるようで誰にでもないものだ。タチバナ博士の所在如何だけでどうにかなる問題でもないさ」

 

「現場では不満の声もあります。ナナツーに戻せというわけではありませんが、トウジャの利便性はあまりにも新参兵の弱さを浮き立たせる」

 

「オートマチックな技術はいつの時代でも叩かれる。格好の対象だ。なに、マニュアルに長けた人間がいただろう? 君の部下には」

 

 指し示す人物が誰なのか分かり、リックベイは辟易する。

 

「……彼に頼るのは」

 

「少しは部下を信じてやりたまえ。独り立ち出来る雛まで巣に残す事はあるまい。少佐、今日はここまでだ」

 

 下がってよし、の指示にリックベイは返礼し、踵を返した。

 

 廊下ですれ違う兵士達も知らない顔が増えた。否、あの戦い以降、兵士の図式が変わったと言ってもいい。

 

 志願理由がブルブラッドキャリアのような急進派を生み出さないため、というような兵士を自分はいくつも見てきた。ある意味ではあの組織は、時代を変えたのだ。少し前まではブルーガーデンやゾル国への牽制程度にしか軍属を認識していなかった人々へと、曲がりなりにも現実を再認識させた事になる。

 

「……皮肉な。世界をたばかった存在が、同時に人々の意識を変えたなど」

 

 部屋に入った途端、赤毛の青年がこちらに視線を向けた。リックベイは眉間に皴を寄せる。

 

「あ、おかえりなさい。少佐」

 

「……どうして君は相も変わらず、わたしの部屋に勝手に入ってくる。アイザワ少尉」

 

「やだなぁ、少佐。おれ、これでも偉くなったんですよ? 今は中尉です」

 

 勲章を掲げてみせるあの戦場の勝者にリックベイは眩暈を覚えた。

 

「変わらないものもある、か」

 

「どうしたんです? また上に呼ばれて?」

 

「《スロウストウジャ》量産化計画を上は焦りたいらしい。時期尚早だ。民衆にはあの機体に馴染みのない部分がある。新型人機などここ百五十年製造されていなかった、という名目がある以上、表立っての運用は危険だと諭したつもりだが、やはり分かりやすい力の誇示は必要か」

 

「少佐、よく喋りますね。何かいい事でも?」

 

 にやついたタカフミがチャンネルを替える。片手には自分宛の甘菓子があった。

 

「君のほうこそ、プライベートの順風満帆が手に取るように分かる。……昨日は瑞葉君と西欧料理だったらしい」

 

 その指摘にタカフミは硬直して甘菓子を取り落とした。

 

「し、少佐? どうしてそれを……」

 

「慌てふためいても君は顔に出やすい。先読みを嘗めない事だな」

 

「お、お見それしました……」

 

 それでもにやつきを止めない辺り、タカフミは瑞葉とうまくいっているらしい。部下のコンディションのよさはそのまま戦場へと伝播する。タカフミも今は一個中隊レベルならば任せていいほどの腕前だ。

 

 ご機嫌に投射画面に視線をやったタカフミは反政府コミューンが掲げる凱旋パレードの模様を映していた。先頭には白い《バーゴイル》が立ち、操主が民衆へと手を振っている。

 

 あの戦いの時、《モリビトタナトス》へと搭乗していた人間――ガエル・シーザーは王権の復活とその理想を掲げた団体の支持者に持ち上げられ、今や旧ゾル国の希望の星だ。

 

「何か、変な感じっすね。だってあいつ、《モリビトタナトス》に乗っていたんでしょう? 誰も何も知らないで……」

 

「知らない事がある意味では救いの時もある。民衆にはシーザー家の威光を示すのに充分なカリスマに映るのだろう」

 

「そんなもんですかねぇ」

 

 甘菓子を頬張ったタカフミにリックベイは嘆息をつく。どれほど併合が進んでも、やはり人類は一つになれない。仕事用の端末を立ち上げてメールフォルダに入っている機密ファイルを開く。

 

 そこには治安維持部隊設立の草案が挙がっていた。

 

 連邦法案だけでは世界を縛り切れない、という考えの表れだろう。刻まれているその組織名に、これも因縁か、とリックベイは目頭を揉んだ。

 

「世界は、簡単なようで、まだそう容易くはない、か」

 

 誰もが自らの罪と罰を直視出来ず、彷徨う時代が続いている。ブルブラッドキャリアはその時代に終止符を打ちたかったのだろうか。問いかけても答えはない。

 

「あっ、そういや、瑞葉が少佐にって。これを」

 

 手渡されたのは瑞葉の診断書であった。少しずつではあるが、投薬と催眠治療に頼らない道を模索している。彼女も国家亡き今、強くあろうとしているのだ。

 

 機械天使は翼を失い、ただの人に戻ろうとしている。その着実な歩みを素直に祝福すべきだろう。

 

「そう、か。早期治療が進めばいいな」

 

「ええ、最近では料理の味が分かるからって自分でも何か出来ないかなって言っていますよ」

 

 微笑んだタカフミにリックベイは手を掲げる。

 

「そこまでだ、アイザワ中尉。まさかわたしの部屋に来たのは報告でも何でもなく、ただの色恋の話をしに来たのかね?」

 

 あ、とタカフミが頬を引きつらせる。リックベイは笑みを刻んだ。

 

「スイマセン、少佐……。また、やっちゃいました?」

 

「さぁな。そこまでは関知せんよ」

 

「し、少佐ぁ……」

 

 情けない声を出すタカフミにリックベイはわざと視線を背けてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キーを叩く音は等間隔に。それでいて情報は等価に。

 

 ネズミがキィと鳴いて足元を通り過ぎていく。大気浄化システムは万全の様子だな、と彼女は吹かした煙草のにおいで感じ取った。

 

 安物のブルブラッド煙草は甘ったるく、肺の中に残りやすい。パッケージには「あなたの健康を損なう恐れが」の聞き慣れた警句。

 

 しかしこの仕事、煙草の一つでもなければやっていけなかった。

 

 OL時代に培った技術か、あるいは潜在的に眠っていたものか。潜入捜査は思いのほか、性に合っていた。

 

 路地裏の端末へとハッキングし、コミューン外壁からの監視カメラにアクセスして、そこから映る将官の端末に映るパスコードを入力する。程なくして、完全に隔離された機密情報へと連絡が成された。

 

「相変わらず手早いね」

 

 その様子を観察していたのは一人の女性である。褐色肌の女は壁にもたれかかったままこちらの仕事を注視する。

 

「見てるだけ?」

 

「まさか。こっちも別の仕官の端末に入ったところやし」

 

 女の眼球に施されたカメラが弛緩と収束を繰り返し、その稼動状況を伝えた。彼女の視界にはリアルタイムで情報が同期されているのだ。

 

「世知辛い事ね。わたくし達はこんなところで……。ネズミと同居なんて」

 

「それ、うちの事言ってる?」

 

 褐色の女は艶やかに微笑む。端末内にデータをダウンロードし終え、彼女は相棒のノート端末を畳んだ。

 

「ここまでね。これ以上は察知される」

 

「退き際がいいんもさすがの一言。どこで諜報員やっとったん?」

 

 表に出た彼女はセミロングの茶髪に指を絡め、唇の前で立てた。

 

「秘密、よ」

 

「そりゃ、いいわ。女には秘密が多いほうがええもんなぁ」

 

「行きましょう。わたくし達の、戦いを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拝見させてもらったよ。資料は完璧だ。偽装もされていない」

 

 吹き込んだ声に相手は満足そうに応じていた。

 

『そうですか。いやはや、この程度の仕事を頼んで恐縮です』

 

 何を今さら、と言い返す。

 

「ワシを体よく利用した人間が、言えた話か」

 

『それも、そちらとアタシ達の理念が一致したからという話ですよ。なに、細く長く行こうじゃありませんか。きっと、一生の付き合いですよ。我々と博士は』

 

 これも穢れの一つか、と通話中止ボタンを押す。

 

 机の上には新型人機の開発資料と様々な組織からの招待状。それに、あらゆる機密資料が無作為に転がっている。

 

 以前までならばこれらを全て一人の秘書に任せていたのだが、あの一件以来手持ちの仕事は誰の目にも通さない事にしていた。

 

 所詮は老人の繰り言。老い先短い人間の、最後のわがままだ。

 

 端末上に表示された個別資料には新たな機密名簿がある。目頭を揉んだタチバナは息をついて腰を下ろした。

 

「これが……惑星の希望となるか、はたまた破滅への遠因となるか……」

 

 それも自分の決める事ではない。

 

 資料の文頭にはこう記されていた。

 

「血続反応が確認された人物」と。そこに顔写真付きで羅列されている中に、タチバナは見知った面持ちを見つける。

 

 操主志願者、燐華・クサカベ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃弾が跳ねる。ナナツーが推進剤を焚きつつ後退してようやく、敵の仔細な配置が明らかとなったらしい。

 

「敵部隊は《バーゴイル》六機! それぞれ機動戦闘に秀でているタイプだ。随分と前のサイクルの機体を使っている」

 

 その言葉に仲間は歯噛みする。

 

「俺達みたいなのを殺すのに、トウジャなんて要らないって事かよ……!」

 

 またしても銃弾が跳ねる。何も敵は人機だけではない。歩兵部隊も脅威であった。人機に乗っていない自分達など丸裸も同然。

 

《バーゴイル》が飛翔し、悪鬼の翼を広げてその手に握ったプレスガンを照射する。

 

 拠点が爆発の振動に揺れ動き、砂埃が舞う。

 

「ここも終わりか……」

 

 呻いた仲間は右腕がなかった。視界に入る者達は皆、負傷している。

 

 五体満足な人間は操主として前線に立つしかない。まだ両腕があるだけ御の字だ。旧式のナナツーがプレスガンの攻撃を受け、キャノピーから黒煙を棚引かせる。

 

 自分の操るナナツーもほとんど強度限界であった。R兵装に耐えられるようには出来ていない。コミューン同士の小競り合いに大国が介入するはずもなく、安値で買い叩かれる命は今日もこうして日に没していく。

 

 最早、玉砕の構え。

 

 鈴なりに装備した爆弾の信管を抜き、特攻するしかないと思われた。

 

「このクソッタレな支配に、一撃を――!」

 

 前進したナナツーへとプレスガンの集中砲火が見舞われる。足が弾け飛び、次いでつんのめった機体が地面を滑った。爆弾は発動しない。

 

 敵人機のジャミングか、こちらの電子機器が砂嵐を浮かべる。

 

 夕陽を背にして《バーゴイル》が構えた。次の瞬間にはプレスガンの一斉射撃が自分達へと雨のように降り注ぐ。

 

 そのはず、であった。

 

 目を閉じた刹那、発生した破砕音はこちらのものではない。

 

 中空の《バーゴイル》が何かに弾かれたように寸断され、生き別れになった上半身が壊滅状態のビルへと突っ込んだ。

 

 残る五機がプレスガンの照準を彷徨わせている間に状況は一変する。

 

 黄昏の色彩を纏わせた一閃が三機の《バーゴイル》を纏めて粉砕した。何かが降り立ったのは分かる。

 

 しかし、誰もその何かを形容する言葉を持たない。

 

 照り輝く銀翼を広げて、何かは右手に備えた剣を払う。

 

 青く燻る大気の中、リバウンドの刃が断罪の鋭さを伴わせた。

 

「あれは……」

 

 振り返ったその人機は隻眼であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テスト66から再認証。これより、定期稼動試験データを取る。立会人は僕、タキザワ技術主任とこの人機の専属操主だ」

 

 記録映像に語りかけてタキザワは浮き上がる。無重力の中、最奥に収まった一機の人機を中心に人々が散り散りになっていく。

 

 ケーブルに繋がれた人機は肩口に長大なウイングスラスターを有していた。両肩のそれは翼であるのと同時に盾のように扁平である。

 

 タキザワは漂いながら構成員達に呼びかける。その声音が弾んでいた。

 

「ようやく……六割、か。システムがまだ馴染んでくれていないが、これは新たなる一歩となる。起動実験開始」

 

 復誦の声が上がる中、その人機は胸元に刻まれた三つの球体のうち、二つに光を灯らせた。

 

 眼窩に生命の輝きが宿り、その人機が稼動する。

 

「罪に塗れた世界へようこそ。零号機、《モリビトシン》」

 

 

 

 

 

 

 

ジンキ・エクステンドSins つづく

 




なかがきと共に三週間のお休みをいただき、2ndシーズンへと続きます。

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