ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯17 紫電の刃

 本当に自分がここに呼ばれた意味が分からない、という顔をしている。

 

 そういう人間を見るのは随分と久しぶりであった。困惑顔の青年将校の面持ちを見やり、リックベイは手元にある経歴を読み上げた。

 

「タカフミ・アイザワ。C連合下の中型コミューン育ち。五年前に軍に志願。目ざましい活躍だな。領空侵犯の違法《バーゴイル》一機、古代人機六機、敵味方信号を発していなかった《ホワイトロンド》を三機撃墜。今どき珍しい、撃墜王だ」

 

 賞賛したリックベイに赤毛の青年はただただ困り果てている。

 

「その、おれ、何かミスりましたかね?」

 

 真っ先に思い浮かぶのは恐らく品評会のミスだろう。笑みで取り繕おうとする彼はどこか滑稽で、その事実すら浮いて思える。

 

「その活躍から、ここ一年間で試作型《ナナツー》のテストパイロットに選出。《ナナツー参式》を操って……これはすごいな。模擬戦を百もこなしている」

 

「数打てばいいって上の人に教わったんで……」

 

 はは、と乾いた笑いを浮かべるタカフミにリックベイは厳しい面持ちで返していた。

 

 それだけで彼の表面だけの笑いは凍りつく。自分にそれほどまでの気迫があるとは思っていないが、まだケツの青い新兵に負けるつもりもなかった。

 

「上から聞いていると思うが、君は本日付けでこちらの部隊についてもらう事にした。《ナナツー参式》の操主が欲しかったところなんだ。歓迎している」

 

 立ち上がり、手を差し出したリックベイにタカフミは頬を引きつらせる。

 

「これで、握手したら握り潰される、とかじゃないっすよねぇ……?」

 

「そこまで握力があったら素手で人機と戦えるな」

 

 冗談を言ったつもりなのであるが、タカフミは怯え切った様子で手を引っ込めようとした。その手を無理やり握り、軽く握手を交わす。

 

 血の気の引いた顔でタカフミが手を眺めた。「折れてない……」という呟きが聞こえたが、追及するのはよそう。

 

「君の経歴は素晴らしい。逸材と言ってもいいだろう。この映像」

 

 投射画面に映し出したのは品評会での映像であった。モリビトタイプに対して臆するわけでもなく、《ナナツー参式》を駆るタカフミは堂々と豪語する。

 

『嘗めているのか……いや、これはチャンスかな。皆々様! 《ナナツー参式》のスペックをご覧にいれます』

 

「恥ずかしいっすよ! 消してください!」

 

「自分で言った事だろうに。よくもまぁ、不明人機相手にこうも息巻いたものだ」

 

 その胆力も含めて買ったのだが。コーヒーをすするリックベイは《ナナツー参式》が一瞬にしてスクラップになるまでの映像を再生する。

 

 赤面したタカフミが肩を落としていた。

 

「いや、これ、毎回笑われるんですけれど……」

 

「笑うところなどどこにある? モリビト相手に初陣で、しかも生き残った。貴重な生き証人だ。それを笑うなど、あり得ない」

 

「あり得るんですが……それは」

 

「この部隊に入ったからにはそのような事はさせまい。単刀直入に聞こう。モリビトタイプ、どう思った?」

 

「どうって……、すげぇ速くって、腕が溶断されたの分からなかったくらいっすよ。両手共に小銃みたいな装備だから、接近戦は出来ないって思ったんですけれどねぇ」

 

 新型相手に臆するわけでもなく、その弱点をすぐさま看破する。随分とどっしり構えた男だ、とリックベイは評価した。

 

「接近戦では、こっちが有利だと?」

 

「《ナナツー参式》も強い人機だってのは模擬戦やってれば分かります。反応も弐式よりいいし、携行武器も全然違う。充実しまくりですよ」

 

 リックベイは顎に手を添え、先ほどから自動再生されているモリビトの映像を睨み据えた。凝視した先にいるモリビトが瞬時にカメラの視界から飛翔し、コミューンに穴を開けて飛び去っていく。

 

「どういうつもりで、この品評会に出たんだと思う?」

 

「どうって、新型潰しに来たんでしょう。それくらいしか」

 

「それくらいしか分からん。そもそも、どうして新型品評会の日時が分かったのか。壁の防衛をしている連中は眠りこけてでもいたのか、という事だな」

 

 先読みしたリックベイの発言にタカフミは呆然と口を開けていた。そうだ、この先読みを見せると大体の新兵は恐れ戦き、二度と口を利いてくれないものだが――。

 

 しかし、タカフミは机に手をつき、リックベイの顔を窺った。

 

「どうして分かったんすか? おれ、何も言ってませんでしたよね?」

 

「先読みが過ぎる、とよく言われていてね。大体何を言うかぐらいは想像がつく」

 

 殊に君のような分かりやすいタイプは、と暗に含めたつもりだったが、タカフミはただ、すげぇと感嘆するばかりだ。

 

「先読みのサカグチ……あれ、マジ伝説だったんだ……! すげぇ、すげぇよ!」

 

 リックベイは感極まっているタカフミに、咳払いで応じた。

 

「いいかね?」

 

「あっ、スイマセン。おれ、またなんかしちゃいましたか?」

 

「いや、君の反応は新鮮だ。今のは読めなかったよ」

 

「えっ、マジっすか? おれの反応は先読み出来なかったんですか? スゲ、一瞬先読みのサカグチ超えちゃったよ……」

 

 感動するタカフミにリックベイは映像を指差す。先ほどまでより厳しい口調で問い質した。

 

「それで、君はこの品評会が何故割れたのだと思うね?」

 

「内通者、っすかねぇ……やっぱり。だって、この模擬戦、C連合でも極秘っすよ、一応。まぁ参式が出るってのは噂レベルでは広まっていたかもしれませんが、おれの乗っていた機体以外に参式ってないんじゃないのかなぁ……」

 

「現在、二機がロールアウト済みだ。量産体制には来週には入れる」

 

 それは寝耳に水だったのか、タカフミは胡乱そうに眉根を寄せた。

 

「んだよ……あの上官の狸オヤジ達、おれだけの参式だっておだてていたのにもう量産体制に入ってやがったのか」

 

 落胆するのはそこか、とリックベイはこの青年の言動が読めないのを感じていた。彼はどこか無節操で風体など何も気にしていないようである。だが、経歴は偽れない。実力者であるのも充分に事実なのだ。この逸材、どうしても欲しい、とリックベイは交渉に持ちかけようとする。

 

「どうだろうか。こちらの部隊に入る事、考慮に入れてもらえるかな」

 

「それ、急ぎっすか?」

 

「熟考してもらって構わないよ。何せ、敵は未確認人機。これと戦えというのは命を張れという意味になる」

 

 そう易々と他人に命の手綱は握らせまい。予想していたリックベイは顎に手を添えて考え込んだタカフミの言動に掻き消された。

 

「……ま、悪くないよな。いいっすよ、別に」

 

 あまりに速い決断だったのでこちらが拍子抜けしたほどだ。リックベイは思わず尋ね返す。

 

「命がかかっているんだぞ?」

 

「軍人なら最初からそうっしょ。今に始まった事じゃないですし、何よりおれ、リターンマッチ、燃えてるんで」

 

 自分を指差す青年の眼にあるのはもう一度モリビトと戦えるという闘志であった。ここで及び腰にならないのは賞賛出来るが、あまりに自分の命を軽視しているのではないか。

 

「その……無理ならばいいんだ。拒否権は君にある」

 

「……何でっすか? おれが部隊に入らないと困るから呼んだんでしょ?」

 

「それはそうだが……」

 

 ここまで軽々と決められるとこちらは予測出来ない。リックベイはこの若者ならではの感性なのか、と戸惑った。

 

「いいっすよ。参式には乗りたいですし、ここで拒否ったって、おれ、どこかでモリビトとはかち合うと思うんです。そしたらその時、ダッセェ機体になんて乗ってられないでしょ。もう一度モリビトとやれるんなら、おれはカッケェ機体で臨みたいんです。それこそ、《ナナツー参式》か、もっとスゲェ新機体で。この部隊に入ったら、優先的に新型まわしてもらえるんでしょう?」

 

「それは、考えてはもらえるとは思うが……。君はそれでいいのかね」

 

 モリビトと戦うというのは死が間近にあるようなものなのだぞ。警告したつもりのリックベイへとタカフミは言ってのける。

 

「おれ、目指すんならテッペンだと思ってるんですよね。軍人でも何でも。テッペン取りたいから志願します。おれを、少佐の指揮に入れてください!」

 

 参った、とでも言うようにリックベイは思案を浮かべた。ここで彼が渋ると考えていた計算は木っ端微塵に砕け散った。

 

 予想よりずっと勇気がある、否、向こう見ずというべきか。

 

「分かった。君の部隊入りを正式に……」

 

 言い終わる前にタカフミが喜びの声を上げる。

 

「いよっしゃぁっ! 待っていろよ! モリビト連中! C連合のエースが相手だ!」

 

 どこまでも読み難い男だ、とリックベイは胸中に独りごちる。

 

「……これが若さか」

 

 覚えず口にした途端、直通回線が開いた。

 

『し、少佐!』

 

 浮き足立った壁面警備の兵士の声にリックベイは胡乱そうに返す。

 

「何だ? 今大事な話の途中で……」

 

『モリビトです! モリビトがコミューンの警備を!』

 

 まさか、とリックベイとタカフミは顔を見合わせる。今しがた話していたばかりだぞ。

 

「マジなのか! おい、お前! マジに来てんのか?」

 

 通信に割り込んだタカフミの声に、兵士が戸惑いながらも応じる。

 

『も、モリビトに違いありません。壁面警備の《ナナツー》部隊へと青と銀の奴が……』

 

 ノイズと衝撃波に通信が乱れる。リックベイは立ち上がっていた。

 

「アイザワ少尉、君の腕前を見せてくれ。早速だ」

 

 スクランブルを言い渡した声音にさすがの恐れ知らずも困惑するかに思われたが、彼は待っていましたとばかりに声を弾けさせた。

 

「おおっ! おれの腕の見せ所ですよね!」

 

 やる気が段違いである。どうやら自分の人選は当たりであった事に今は安堵するしかない。

 

 その人選がどういう結果をもたらすのかは依然として謎であるが。

 

「《ナナツー》で出る」

 

「少佐もですか?」

 

「ああ、わたしの弐式を用意しておいてくれ」

 

 整備班に呼びつけたその声にタカフミは感極まったように笑みを浮かべる。

 

「スゲェ……先読みのサカグチとツーマンセルかよ……! マジか、おれ。マジなのか?」

 

 感動が勝っているタカフミへとリックベイは言いやった。

 

「言っておくが、対モリビト戦のデータは乏しい。生きて帰れるのか分からんぞ」

 

 ピクニックじゃないんだ、と言い含めたつもりであったが、それも込みでタカフミは挙手敬礼した。

 

「お供させていただきます! だっておれ、参式でまたやれるんだろ……そりゃあテンションも上がるってもんよ!」

 

 戦闘狂というほどではない。しかし彼の思考回路がまるで読めなかった。命を軽んじている風でもない。

 

 心底、モリビト戦を心待ちにしているようであった。

 

 あの一戦が致命的なトラウマにならない精神構造は素直に見習えるな、とリックベイは自嘲する。

 

「ハンガーに行く。参式はわたしの指揮下に入れ。先走るなよ。敵のデータも取りたいんだ。別働隊! モリビトを抑えておけ! 十分以内にわたしが出る!」

 

「おれも! このタカフミ・アイザワが、モリビトの野郎を今度こそ、スクラップにしてやるぜ!」

 

 通路を行きつつ、タカフミと別れ、リックベイはフッと笑みを浮かべる。

 

「これが老いか。若者の考えが分からなくなるものだな。だがまぁ、嫌いではない。向こう見ずは若者の特権だ。その背中を支えるのが年長者の役割ならばわたしは」

 

 人機の格納庫で見知った整備員が自分の《ナナツー》を出せるようにしていた。取りついていた人々が離れていく。

 

「少佐。対モリビト用にフットペダルの反応、上げておきました。ペダルの重さはオーダー通り、プラス二十ほど」

 

「機体反映は?」

 

「随分と早めに設計しておきましたから、いつもより余裕ないと思っていてください」

 

 整備員が振り仰いだのは紫色に塗装された自分専用の《ナナツー》であった。右腕にアサルトライフルを装備し、腰のラックには特殊武装として格闘戦を想定した直刀が装備されている。

 

 今の時代に白兵戦を想定した近接武装は前時代的だと笑われる要因でもあったが、この刀の錆びにしてきた人機は数多い。

 

 今回の敵もそうなるか。あるいは――。

 

「紫電の弐式……。久しぶりの戦闘ですね」

 

「ああ、その異名で呼ばれるのもなかなか少なくなったものだ。わたしの《ナナツー》が戦闘しているのを見るより、事務仕事ばかりが多くなってしまってな」

 

「いつでも最善に整備してありますよ」

 

 心得た様子の整備員にキャノピー型のコックピットに収まったリックベイはサムズアップを寄越した。

 

「《ナナツー弐式》、リックベイ仕様。いつでも出られる」

 

「了解! 総員退避! 少佐が出陣なされるぞ!」

 

 整備班がざわついた。「少佐が?」「あの先読みの?」という声が集音器に入る中、リックベイは深呼吸していた。

 

 久しぶりの戦闘だ、とコンソールを撫でる。愛機はそれに応じるように次々とモニターを投影させていった。点滅した発進カウントの信号が浮かび上がり、整備員が旗を振った。

 

 リックベイは腹腔から声を張り上げる。

 

「リックベイ・サカグチ。《ナナツー弐式》、出る!」

 

 


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