管制室にもたらされた情報は《モリビトノエルカルテット》のシグナルが限りなく弱くなった、という事実であった。
ニナイはすぐさま声を吹き込む。
「回収部隊の用意を」
「しかし、局長! 今、我々が回収に向かえば、迎撃される恐れも……!」
「それはないわ。桃がよくやってくれた。《スロウストウジャ》部隊はほぼ全滅。《バーゴイル》も追っては来ないでしょう」
それでも警戒は怠るべきではない。こちらに残った手持ちは限りなく少ないのだ。
慎重に、という構成員がいるのも頷けた。
「《ノエルカルテット》は?」
「シグナルの弱さから、恐らくは貧血状態で大破。……最悪のシナリオを描けば、完全に破壊された可能性もある」
尋ねてきたタキザワはばつが悪そうに顔を伏せた。
「いつだって、僕らはそうであったな。彼女らの戦いを、見守るしか出来ないんだ。だっていうのに偉そうに……」
彼にも悔恨の意思はあるのだろう。《ノエルカルテット》は完全に破壊されたとすれば、こちら側に残されたモリビトはたった一機。
「鉄菜の……《シルヴァリンク》の位置は?」
「《シルヴァリンク》、ブーストコンテナに入ったまま、敵陣へと強攻するはずでしたが、この反応は……。新たなる人機のシグナル関知! これは……大きい、とても大きい!」
要領を得ない構成員の言葉にニナイはすぐさま命令を飛ばす。
「メインモニターに」
大型のスクリーンに表示されたのは現状の人機開発では起こり得ないほどの血塊炉の関知であった。
「大型人機か……。血塊炉五個、いや、六個分はあるぞ、この反応……」
タキザワの呆然とした声を受け、ニナイは通信に吹き込もうとする。
「鉄菜! ブーストコンテナによる敵陣への強襲を中断! 《モリビトシルヴァリンク》による応戦を……」
そこから先を通信障害が遮った。まさか、ジャミングが施されているというのか。
「……今は、彼女と……二号機を信じるしかない」
こちらからは何も出来ないというのか。
歯がゆさにニナイはマイクを叩きつけた。
稲光が外部カメラに映った直後の出来事であった。
闇を引き裂く紫の一閃。強力なエネルギーによる光波は強襲を仕掛けようとしていたこちらの軌道を遮る。
鉄菜は無理やり軌道を変化させ、押し込んでくる重圧に耐えた。
「何が……この攻撃は……」
再び闇を裂いたのは紫の電流である。それも明確な攻撃意志を持った雷撃に鉄菜は強襲用コンテナの下部に位置するブースターを全開にする。
それでも逃げ切れない。鉤爪のように視界を覆った雷の一撃に鉄菜は《シルヴァリンク》の操縦系統へと切り替えさせた。
「コンテナから這い出る! 行くぞ!」
銀翼を拡張させ、内側からコンテナを破り、紫の電撃から逃れる。
ブーストコンテナは稲妻に抱かれて粉砕していた。少しでも判断が遅れていれば巻き添えであっただろう。
鉄菜は攻撃を放った敵人機を索敵しようとして、相手からの先制攻撃を関知する。
稲妻がそのまま砲撃へと変位したような攻撃であった。
大出力のR兵装が幾条も火線を咲かせて《シルヴァリンク》を狙い澄ます。
鉄菜は重圧のかかるコックピットの中で敵を睨み据えた。
緑色の装甲に、鉤爪のような鋭い四肢を持った大型の人機であった。
その全長は先んじて目にしていた《ノエルカルテット》フルスペックモードを超えるであろう。
あまりのスケール比に眩暈さえも覚える。大型人機はしかし、全く身に覚えのない機体ではない。
そこから導き出された機体名称に鉄菜は目を戦慄かせる。
「キリビト……こいつが、キリビトだというのか」
『《キリビトエルダー》だ。モリビトの操主よ』
こちらの通信チャンネルにいつの間にか合わせている。その事実に震撼する前に《キリビトエルダー》なる人機は攻撃を中断した。
「……何のつもりだ」
『なに、物分りのいい操主ならばここで差し出すと思ってね。……持っているのだろう。バベルの最後の一欠けらを』
やはり連中の目的はそれか。鉄菜はしかし、強く言い放つ。
「私は持っていない」
『……嘘ではなさそうだな。なるほど、ここで潰えるのはモリビトの操主のみ、というわけか。細く長くの道を選んだというわけだな』
「勘違いをするな。私は何も切り捨てられたなどと考えていない」
《シルヴァリンク》が盾の裏側よりRソードを発振させる。その切っ先を《キリビトエルダー》に向けた。
『……どういう意味だ』
「私は私のために戦う。……心に従うと決めた」
まだ心の何たるかなど分かっていない。それでも、ここで抗うのがブルブラッドキャリアの執行者だという事だけは分かる。
相手の操主はその志を一笑に付す。
『何が出来ると言うのだ! ただのモリビトの、たった一機の人機で!』
「さぁな。それでも、何もやらないよりかはマシだ!」
《シルヴァリンク》が《キリビトエルダー》へと駆け抜ける。《キリビトエルダー》は背面の三角錐型の格納庫より蝿型人機を放った。五機の蝿型人機が一斉に《シルヴァリンク》へと襲いかかる。
鉄菜はRクナイを疾駆させた。空間を奔ったRクナイが一機の蝿型の頭部を射抜き、ワイヤーを足がかりにしてもう一機へとその機体をぶつけさせる。二機が衝突した衝撃を使い、《シルヴァリンク》は舞い上がっていた。二基のRクナイが射出され、蝿型人機の目を潰す。
五機のうち、三機を無効化した《シルヴァリンク》はRクナイ内部に備え付けられたクナイガンを稼動させていた。
銃撃が蝿型人機を打ち破り、横殴りに払ったRクナイがもう二機の蝿型を狙い澄ます。血塊炉へと正確無比な弾丸が打ち込まれ、蝿型は青い血潮を撒き散らして沈黙する。
『まさか、ここまでやるとは。青いモリビト、弱くはないらしい』
「そちらも、嘗めていると怪我をする」
ワイヤーで引き戻されたRクナイを仕舞い込み、《シルヴァリンク》は外套を身に纏った。
不可視の外套は宇宙空間では破られる道理はない。このまま肉迫し、コックピットを引き裂けば――。
そう感じた矢先の鉄菜へと冷たい声音が差し込まれる。
『だったら、手加減は必要ない、か』
不意に発した稲光が《シルヴァリンク》の行く手を遮った。偶然か、と後退した《シルヴァリンク》へと雷撃が追尾する。
「まさか、あり得ない。熱光学センサーをかく乱する装備が、この外套には……」
『その程度の技術、追えなくって何が禁断の人機か! 罪の結晶はモリビトを凌駕する! 行け! Rブリューナク!』
四肢の末端より射出されたのは自律兵器であった。槍の形状を模した自律兵器が推進剤を焚きながら《シルヴァリンク》へと四方八方より襲いかかる。白銀の輝きが散弾のように撃ち出され、《シルヴァリンク》の外套を焼き払った。
「まさか、耐熱装備が貫通される……」
『耐熱? その程度で、耐熱とは片腹痛い!』
Rブリューナク四基がそれぞれ幾何学の軌道を描きつつ《シルヴァリンク》へと突き刺さりかける。
ここまでか、と外套を引き剥がし、鉄菜はRクナイを稼動させた。
Rクナイが迫り来るRブリューナクとぶつかり合い、お互いの剣先を消滅させる。
ちょうど四基分、両者、刃を失った形となった。これでは重石だ、と鉄菜は腹部コンテナをパージする。
『ようやく、本来の姿に戻ったか、モリビト。だが、それでも《キリビトエルダー》には敵わない。この人機は! まさしくヒトの罪の、その具現なのだから!』
闇を照り輝かせるのは禁断の雷鳴であった。紫の稲妻が《シルヴァリンク》へと襲い来る。《シルヴァリンク》は雷撃を回避しつつ、《キリビトエルダー》へと一撃の機会を窺っていた。
Rブリューナクと蝿型人機を使い果たしたはずだ。この稲光とて何度も撃てる代物ではないはず。必ず、隙が生まれる。その契機を逃すわけにはいかない。
雷の刃がかかりかけて、鉄菜はRソードを掲げる。刃と何倍もある稲妻が干渉波のスパークを散らせる中、相手操主の声が轟く。
『この人機は! 貴様らの常識を塗り替える! まさしく、神に等しい機体だ!』
四肢より放たれる雷撃の勢いは弱まる様子はない。鉄菜はRソードで弾いて距離を取るも、追尾してきた稲妻の輝きに盾を構えさせる。
リバウンドフォールの姿勢に入った《シルヴァリンク》へと稲光が貫通し、電撃が機体を駆け抜けた。各所が注意色に染まり、瞬く間に危険域へと入っていく。
「まさか……こんな力なんて」
『ブルブラッドキャリア! 貴様らに、実際のところ世界を変える事は出来なかった! だが、わたしと《キリビトエルダー》ならば! 変える事が出来る、それこそ! 現状を打破するこの暗く沈んだ未来を!』
今の世界に明日はないと言うのか。今の星に未来はないと言うのか。
――否。鉄菜は断じて否と刃を振るう。
「違う! お前は力に呑まれ、諦めを言い訳にしているだけだ! 世界は変えられる!」
『だとすれば吼えるだけではなく、証明してみせろ! モリビトよ!』
稲妻の一閃が打ち下ろされ、鉄菜はRソードで切り返す。それでも、こちらが打ち合う度に消耗しているのが窺えた。
敵人機の出力は桁違いだ。《シルヴァリンク》では勝利出来ないかもしれない。
雷鳴が迸り、紫の電光が《シルヴァリンク》へと注がれる。Rソードで弾いて返そうとするも、その度に刃が磨耗していった。
『無駄だという事が、分からないようだな、モリビト! ならば潔く散るといい。行くぞ。《キリビトエルダー》。その性能を見せ付けろ! ハイリバウンド――』
四肢から凝縮されたリバウンドのエネルギー波が中心軸に寄り集まり、宇宙を照らす禁断の灯火を発生させる。
鉄菜は《シルヴァリンク》を上昇させようとするが、そこで危険域に達していた箇所が悲鳴を上げた。
僅かに出力値が下がったその隙を相手は見逃さない。
視界を覆い尽くすリバウンドの嵐が大写しになった。
『プレッシャー!』
闇を消し去り、全てを粉砕する禁断の業火が一条の傷痕を宇宙に刻み込んだ。