ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯167 残響宙域

 ゾル国の《バーゴイル》部隊と肩を並べ合うのはどこか気味が悪い、と部下の一人がこぼした。

 

 その疑念も詮無い思考だとリックベイは切り捨てるしかない。今は、ブルブラッドキャリアを陥落させる。そのために共同戦線を張るほかないのだ。

 

《スロウストウジャ紫電》のコックピットの中は静かであった。こちらの事情を知り尽くしている整備士達の立てる僅かな音のみが、装甲越しに伝わってくる。

 

 鋼鉄の中に抱かれて、宇宙の常闇に踏み出すのにはいささか勇気がいる。それを無謀と言い換えてもいいほどの。

 

『少佐。アイザワ機、発進準備に入りました』

 

 通信を震わせたタカフミの声にリックベイは声を吹き込む。

 

「瑞葉君との話は済ませたのか」

 

 その言葉にタカフミがうろたえる。

 

『えっ……何で知って――』

 

「あの段階で瑞葉君を始末しなかったんだ。特別な仲になっていると、勘繰るまでもない」

 

 そうするように仕向けた部分もあるが。リックベイの胸中を掠めた感傷に、タカフミは浮ついた声を出す。

 

『いやぁ、その……。全部少佐のお見通しってわけですか』

 

「先読みは伊達ではないさ。大事にするといい。守ると決めた男の底力には期待している」

 

『……冷やかされているみたいですよ』

 

 無論、冷やかしなどではない。彼は瑞葉に帰ってくると誓ったはずだ。タカフミはこれまでの戦いを乗り越えてきた、早年ながら最早戦士の領域。その実力、読み違えるわけもない。

 

「誓ったものを守り通す。男ならば誰しも通る道だ」

 

『少佐も、ですか……』

 

「プライベートは」

 

『慎め、でしたよね。でも聞いて来たのは少佐ですよ』

 

 そうであったな、と笑みを浮かべる。すぐ傍にある希望に浮ついているのは何もタカフミだけではないらしい。

 

「アイザワ少尉。《スロウストウジャ》の指揮権はわたしが持っているがいざという時には君に預ける」

 

 自分の言ういざという時、というのは黄金のモリビトとの対峙だ。そうなった場合、六機編隊を組むほどの余裕はなくなってくる。

 

『少佐の零式は信用していますよ。おれがどんだけ踏ん張れるか、でしょう?』

 

「分かっているじゃないか」

 

 整備士からゴーサインが出た。リックベイは《スロウストウジャ紫電》をカタパルトへと移動させる。

 

 ゾル国式のカタパルトデッキは軽量の《バーゴイル》を射出するために出来ており、ナナツーに親しんだ自分達からしてみれば、それは少しばかり薄く弱々しい印象を受ける。

 

 しかし《スロウストウジャ》ならばその違和感も飛び越えるはずだ。スリッパ型のカタパルトに固定させ、リックベイは腹腔に力を込めた。

 

 発進シグナルが青く点滅する。

 

「《スロウストウジャ紫電》、リックベイ・サカグチ。出るぞ」

 

 胃の腑を押し込むような重圧がかかったのも一瞬。直後には無重力の虜となった《スロウストウジャ紫電》はスラスターの青い残滓を引きつつ、軌道エレベーターから遠ざかっていく。

 

 これが最後の戦いになる。

 

 そう考えると並走する《バーゴイル》の物々しさもどこか納得がいった。軽量が売りの《バーゴイル》にごてごてと装備されたミサイルや物量兵器。明らかに出力を無視した形のリアクターなど、彼らはここが死地とでも心得ているかのようだ。

 

 タカフミの《スロウストウジャ》が出撃し、すぐさまこちらの速度に合わせてくる。

 

 肩に触れ合った接触回線が開き、タカフミが嘆息をついた。

 

『連中、死にに行くような武装じゃないですか』

 

「実際、それくらいの気持ちがなければ、モリビトは墜とせないのかもしれないな。資源衛星に二度も仕掛けた経験則だろう。三度目はない、というわけだ」

 

『物騒な考えですよねぇ。自爆とかされたらとんでもない』

 

「なに、人機の自爆には二重三重のセーフティがかかっている。それを実行する前に流れ弾が命中するだろう」

 

 笑い声一つでタカフミが接触回線を外す。継いで通信を震わせたのは広域回線であった。

 

『C連合カウンターモリビト部隊。おれに続け!』

 

 タカフミの号令に四機の《スロウストウジャ》が後続する。カウンターモリビト部隊は任せたとは言っていたが、あまり逸ると自滅するぞ、と言い含めるべきであったか、と軽い後悔を覚えた。

 

 しかし戦場では後悔した人間が早死にするもの。ならば一拍の逡巡もなく。敵に照準し刃を向けた側の勝利だろう。

 

 リックベイはゾル国側を指揮する《バーゴイル》の隊長機に繋いだ。

 

「聞くが、敵の位置情報は掴めているのだろうな」

 

『その辺りはつつがなく。宙域の特定まで出来ている。しかしながら、その情報を共有するのはギリギリにしておきたい』

 

「その気持ちは理解出来る。同士討ちを避けるのには問題のない作戦だ。なにせ、こちらは慣れもしない宙域戦闘。C連合の公式記録では、貴公らゾル国の兵士ほどに宇宙での訓練は出来ていないのだからな」

 

『理解、感謝する。我々が先行する形を取り、後続についていただきたい。《バーゴイル》の足の速さをもってすれば敵の位置情報の特定を多面的に実行する事が可能だ。あとは』

 

「心得ている。逆サイドからの敵への攻撃。つまり、挟み撃ちだな?」

 

 向こうの指揮官も馬鹿ではないらしい。《モリビトタナトス》が部隊編成にいないのは気にかかったが、あの男ならば別の場所で手ぐすねを引いていても何も不自然ではなかった。

 

 重装備型の《バーゴイル》が次々と敵の巣穴と推測されるデブリ帯へと突入していく。

 

 こちらからしてみれば危ういほどの機動であったがやはり慣れている者とそうではない者の隔絶は埋めようのないほどであるらしい。

 

 重々しい装備をつけているに関わらず、平時の重力圏とさほど変わらぬ機動力で《バーゴイル》はデブリを突っ切っていく。

 

『連中、速いな……』

 

 タカフミの漏らした感想にリックベイも首肯していた。腐っても惑星外延を任された国家の端くれか。

 

《バーゴイル》がデブリ帯を幾何学の軌道を描きつつ入り組んだ道に入っていく。どうやらそれが最短コースらしい。

 

「水先案内人は務める、と言ってくれている。せいぜいご相伴に預かろうじゃないか」

 

『了解しましたが、何か、妙な気配が……』

 

 タカフミはあえてカウンターモリビト部隊を止めた。その意図するところにリックベイは首を傾げる。

 

「どうした? アイザワ少尉」

 

『いや、うまく行き過ぎている状況ってのは得てして何かあるもんです。少佐が教えてくださったんじゃないですか』

 

「そうだったか。だが《バーゴイル》とゾル国が過ちを犯すとは思えないが」

 

『ですが、慎重を期すべきですよ。この宙域、見張られている感覚がある』

 

 それも若さゆえに発芽する第六感か。リックベイは自らの人機を止め、《バーゴイル》の先行隊を監察する。

 

 必要なデブリに爆雷を仕掛け、どこからモリビトが来ても対応出来るようにしていた。

 

「目晦ましも兼ねて、か。思ったより連中、やる」

 

 前哨戦は既に手は打ってある形か。それでも、タカフミは頑として動こうとしなかった。戦士の感覚には素直にあやかるべきだ。

 

 リックベイは《スロウストウジャ紫電》をいたずらに駆け巡らせようとはしなかった。

 

 刹那、前を行っていた《バーゴイル》が突然に推進剤を切り、構えを取った。

 

『全機、照準! 前方に敵方の人機確認!』

 

 白亜の人機が三機、周囲を警戒しているように首を巡らせる。《バーゴイル》部隊はそれぞれの携行火器をオープンにし、まずは長距離ライフルを携行する機体が戦端を拓いた。

 

 見事に頭部コックピットに命中し、白い人機が宙域を漂う。

 

『やったぞ! 初撃はこちらの――』

 

 優位にと継ごうとした言葉を遮ったのは一発の弾丸であった。頭を潰されたはずの白い人機が挙動し、《バーゴイル》部隊に風穴を開けていた。

 

『な、何故……! コックピットに直撃のはず……!』

 

 矢継ぎ早に白い人機三機編隊が《バーゴイル》へと包囲陣を迫ってくる。先行を取った形であったはずの《バーゴイル》部隊はうろたえ気味に対応した。

 

『撃て! 血塊炉に当てるんだ! そうすればさすがに止まるはず……』

 

 腹部へと集中砲火が見舞われた。白亜の人機の胴体に穴が開き、青い血潮が漏れ出す。

 

 直撃、しかし、相手の人機はそれでも動き続ける。まるで幽鬼のように。

 

『ど、どうして……。血塊炉を砕いたのに!』

 

 悲鳴が劈き、《バーゴイル》部隊が蜘蛛の子を散らしたように分散していく。たった三機の謎の人機を前に《バーゴイル》の編成隊は撤退に追い込まれていた。

 

 血塊炉を砕いても死なない。頭部を射抜いても止まらない。その前情報にリックベイは唾を飲み下す。

 

「死人の人機だとでも言うのか……」

 

『まさか! 血塊炉を撃ち抜いて生きているなんてあり得ませんよ!』

 

 部下の言葉にリックベイはしかし、と眼前の事実を反芻する。白亜の人機たった三機だ。その三機が十機以上の《バーゴイル》の編成に穴を開けるほどの脅威となっている。

 

 誰かがデブリに仕掛けた爆雷を起爆させた。眩惑の光に遮光フィルターを張っていたこちらはまだしも、敵人機が耐えられるはずがない。

 

『今ならば! 総員、構え!』

 

《バーゴイル》がプレスガンを照準する。しかし、白い人機は止まる事がない。明らかに眩惑されている距離にもかかわらず、猪突してくる勢いの敵に《バーゴイル》が逆に気圧された。

 

 無茶苦茶な照準で放ったプレスガンは命中せず、あさっての方向を射抜くのみ。

 

 頭部と血塊炉を砕かれた白い人機が《バーゴイル》に追突し、爆発の光を瞬かせた。自爆。それも至近距離での。

 

 操主は即死だろう。

 

 青い血潮を撒き散らした一機を顧みる事もなく、もう二機が《バーゴイル》へと追撃の銃弾を見舞う。

 

《バーゴイル》部隊は混乱のるつぼに落とし込まれた結果だ。これでは統率など取れはしない。

 

「助太刀に……」

 

『いえ、駄目です、少佐。今行けば、恐らくはミイラ取りがミイラになるだけ。ここは静観すべきです』

 

 タカフミにしては随分と慎重な発言であったが、この現象を解き明かせない以上、そのスタンスが正解であった。

 

「しかし……なぶり殺しにされるぞ」

 

 それを見過ごせと言うのか。謎の白い人機の照合結果がコンソールに表示される。

 

《アサルトハシャ》、と弾き出された名前に敵の人機が片腕を振るい上げた。ブレードを有する手が《バーゴイル》を両断する。

 

 決して馬力の低い人機ではない。しかし、血塊炉で動いている様子はない。

 

 違和感に押し黙っているとふと、閃くものがあった。

 

「……アイザワ少尉。敵のカラクリが見えたやもしれん」

 

『しかし、少佐が特攻する事は……!』

 

「誰かが行かねばならん。このままでは消耗戦だ。なに、やってみせるさ。わたしの零式ならば!」

 

《スロウストウジャ紫電》が推進剤を焚いて戦闘宙域へと飛び込んでいく。《アサルトハシャ》がこちらへと照準した。高出力バーニアの推進性能が二機による照準を掻い潜り、その奥に位置するカラクリの主へと攻撃を加えた。

 

 プレッシャーカノンの光条を弾いたのは、宙域に完全に擬態していた人機であった。

 

 動き出した人機の全容にリックベイは言葉をなくす。

 

《スロウストウジャ》の五倍近くある巨大人機であった。灰色の武装コンテナを背負い、円筒状のコンテナ二基と大出力ブースター四基、さらに突き出す形の大口径プレッシャー砲台を有している。

 

「まさしく決戦兵器か……」

 

 呟いたリックベイはすぐさま後退していた。謎の巨大人機は《アサルトハシャ》二機を伴い、宙域へと進出してくる。

 

 先の愚行を払わんとするプライドか、《バーゴイル》部隊が一斉に飛びかかった。

 

『こけおどしを!』

 

 円筒状のコンテナが開き、内側から放出されたのは無数の信管を持つミサイルであった。

 

 三角錐の形状のミサイルポッドから放たれた殺意の塊に対応する前に彼らは業火に抱かれた。

 

《バーゴイル》部隊がたった一機の人機と、三機の操り人形を前に半数が壊滅していた。

 

『あれは……? モリビトだって言うんですか! あんなのも!』

 

 識別信号は依然、不明人機のまま。即ち、惑星基準でのモリビトの規定となっている。

 

 リックベイは迂闊な接近は危険だと判じていた。カラクリが破れたとは言え、敵は常に二機の捨て駒を持っている。

 

「血塊炉を砕かれても動く疑似餌か。考えたな、ブルブラッドキャリア」

 

 しかし、この戦場に参加する操主達は一度種の割れたマジックに臆するような者達ではない。

 

『大型人機は小回りが利かないはず! 懐に潜り込め! 下方から集中砲火を浴びせる』

 

 撤退しないのは美学だが、敵の正体も分からぬ以上、無闇な接近は下策であった。

 

 リックベイは通信に吹き込みかけて、ハッと気配に面を上げる。

 

 何かがこの動乱の最中、過ぎ去ろうとしている。予感めいた感覚に衝き動かされるまま、上方へとプレッシャーカノンを一射していた。

 

 予見通りと言うべきか、高出力推進剤を切り捨て、何かがこの宙域を全速力で突破していった。

 

 ――謀られた、とリックベイは歯噛みする。

 

 本隊は恐らく今通り過ぎたほうだ。こちらは陽動。

 

 反転しかけて、《アサルトハシャ》と不明人機の弾幕がこちらを阻害する。

 

「……ここから逃がす気は、毛頭ないというわけか」

 

 呻いたリックベイはプレッシャーカノンを《アサルトハシャ》に向けて掃射した。頭部破損、片腕をもいだ形になったが、それでもまだ動く。

 

 ゾル国の兵士達は大型人機の下腹部に潜り込んでいた。存外容易く潜り込ませた敵人機の懐で《バーゴイル》が照準を向けさせる。

 

『構え……撃て!』

 

 一斉掃射されたプレスガンは確実にその機体を射抜いたはずであった。

 

 ――命中直後に反射する皮膜が存在しなかったのならば。

 

 ほとんど常闇に溶け込んでいる皮膜がプレスガンをことごとく反射し、《バーゴイル》部隊が己の弾丸を受け止める形となった。

 

『反射……? こんな事が……!』

 

 一機の《バーゴイル》が実体砲撃を見舞おうとするが、その時には敵も動いている。

 

 コンテナの基部、中心軸に位置するのは紛れもない、02と呼称したモリビトであった。地上で目にした部位のうち、胴体より上しか存在しないものの、簡素なアームがその機動を補助している。

 

 アームがコンテナより一丁のプレスガンを呼び出し、その一条の弾丸が《バーゴイル》の肩口を射抜く。

 

 肩に装備していた実体弾に引火し、瞬く間に火達磨になった《バーゴイル》が爆散した。《スロウストウジャ》を指揮するタカフミも呆然と呟くのみである。

 

『嘘だろ……十機以上いたんだぞ……』

 

 絶句も窺い知れる。十機以上の編隊を組んでいた《バーゴイル》が残り五機まで追い込まれていた。

 

《アサルトハシャ》が空間を奔り、《バーゴイル》を道連れにしようとする。リックベイは丹田に力を込め、腰だめにしていた刀を引き抜いていた。

 

 鯉口を切った刃が《アサルトハシャ》を両断し、《バーゴイル》の操主が唖然としているのが伝わる。

 

『こ、こんな事が……』

 

「下がれ! 今は、体勢を整える時だ。このような状態ではゾル国の名誉に関わるぞ!」

 

 それに、《バーゴイル》部隊がお荷物であるのも加味している。現状では巨大人機に対抗出来るのは我が方の《スロウストウジャ》のみだ。《バーゴイル》の援護は逆効果になる。

 

『退くわけには……。我々とて兵士だ!』

 

 制止を振り切り、《バーゴイル》が不明人機へと猪突する。《アサルトハシャ》の機銃掃射が《バーゴイル》を撃ち抜こうとするが、持ち前の機動力で《バーゴイル》はその射線を潜り抜けた。

 

 あとは大型人機の中央に位置するモリビトを討つのみ。そう判じた《バーゴイル》が武装を解除し、プラズマソードを発振させる。

 

 戦士の雄叫びが通信を震わせる中、大型人機が無情にもその勇猛果敢な一閃を遮った。

 

 アームが伸長し、投擲したプラズマソードが《バーゴイル》の血塊炉へと突き刺さったのである。

 

 その壮絶な最期にリックベイは呆然とする。

 

「まさか……」

 

『モリビト……貴様らは、どうして……』

 

《アサルトハシャ》の銃撃が頭部コックピットを破砕する。リックベイは考える前に動いていた。前進を促した《スロウストウジャ紫電》の血塊炉へと《アサルトハシャ》が応戦しようとする。

 

 しかしその射撃、あまりに拙い。

 

 まるで児戯であった。

 

「心のない人形の放つ弾丸など……虚しいだけだ!」

 

 頭上より一閃させた零式の太刀筋が《アサルトハシャ》を両断する。さしもの操り人形でも真っ二つにされれば対抗のしようもない。

 

《アサルトハシャ》を蹴りつけ、リックベイは大型人機へと肉迫する。

 

 プラズマソードがコンテナより引き出され、それぞれがまるで意思を持ったかのように発振直後、幾何学の軌道を描いてリックベイの《スロウストウジャ紫電》へと突き刺さりかける。

 

 最早、退路など不要。

 

 振り翳した刃が心のない太刀を完全に押し切り、大型人機へと引導を渡そうとする。

 

「その首、もらったァッ!」

 

 零式抜刀術の切っ先がモリビトへと突き刺さりかける。

 

 刹那、習い性の危機回避能力が肌を粟立たせた。プレッシャーの正体を読み解く前に既に機体はその射線から離脱している。

 

 伸びたアームがコンテナより新たな武装を引き出させていた。

 

 発射されたのは一発の砲弾である。しかし、その砲弾はただの実体弾ではない。おびただしいほどの穴が開いており、発射されるや否や、空間で固定された。

 

 直後、その砲弾より掃射されたのはR兵装の散弾である。内部に血塊炉と同等の出力機を含んでいるのか、R兵装の散弾の勢いは留まらずリックベイを立ち止まらせるのには充分であった。

 

 大型人機が推進剤を焚いて戦域を突っ切っていく。

 

 その行く先がこちらの本陣であるのは言うに及ばず。一点突破を狙ってくるのは見えていた。

 

 立ち往生するしかない自分の不甲斐なさに歯噛みしたリックベイは通信に吹き込む。

 

「カウンターモリビト部隊! 総員に告ぐ! この大型人機、否、モリビトを何としても止めろ! 彼奴の目的は我々の陣地を完全に粉砕する事だ!」

 

 この悪魔は必ず止めなければならない。使命感に駆られた《スロウストウジャ》部隊がプレッシャーカノンを放つが、敵はR兵装をことごとく反射する皮膜の持ち主だ。

 

『どうするって……R兵装は効かないんでしょう?』

 

『馬鹿野郎! 効かないからって、じゃあ黙っていられるかってんだ!』

 

 部隊より進み出たのはタカフミである。最大出力に設定した《スロウストウジャ》が大型のモリビトへと肉迫する。

 

 阻もうとするのは爆雷であった。アームがコンテナより爆弾を投擲する。光の牡丹の輝きがタカフミの《スロウストウジャ》の道を阻もうとしたが、彼の操る《スロウストウジャ》はその程度では臆しない。

 

 爆撃を回避し、《スロウストウジャ》の刃が大出力ブースターへとかかる。

 

『どれだけ無敵な皮膜って言ったって、その中じゃどうよ!』

 

 皮膜の内側に入ったのだろう。タカフミの《スロウストウジャ》が推進剤を手がかりにして相手へと一撃を見舞おうとして、不意に彼の機体が傾いだ。

 

 否、傾いだのではない。大出力ブースターごと切り離されたのだ。

 

 パージの勢いで《スロウストウジャ》が回転し、大型のモリビトより引き離されていく。

 

 必死に空を掻くタカフミだが、その遅れを取り戻せるほど《スロウストウジャ》の性能を引き出せていない。

 

 残り四機が追い込もうとするも、爆雷を投げられれば後退するしかない。タカフミほどの執念の持ち主がそう何人もいるはずもなかった。

 

『野郎……おれ達の居場所を、どれだけ奪えば気が済むって言うんだ!』

 

 叫んだタカフミの《スロウストウジャ》がようやく持ち直す。全開出力値に設定した推進剤が青い尾を引いて大型のモリビトに追いすがる。それでも埋めようのない距離の差があった。

 

 必死に手繰るタカフミだがその行く手を爆雷が遮る。

 

『なんのっ! 零式抜刀術、四の陣! 銀糸の爪痕!』

 

 発振したプレッシャーソードが加速度による幻影である三つの刃を顕現させ、爆雷を引き裂いた。

 

 その妙技にリックベイは言葉をなくす。

 

「アイザワ少尉……零式をいつの間に……」

 

『スイマセン、少佐! パクらせてもらいました! にしたって、おれ、案外やるじゃん!』

 

 昂揚した神経が生み出す刹那の幻か、それとも現実か。タカフミの《スロウストウジャ》が零式抜刀術を用いてモリビトとの距離を埋めていく。

 

 その刃が装甲にかかりかけて、モリビトの二基のコンテナより黒い球体が放たれた。頭上に打ち出された球体二つより、火花が発生し瞬間的に周囲へと榴弾を撃ち出す。

 

 タカフミの操る《スロウストウジャ》の装甲が焼け爛れた。仰け反った形の《スロウストウジャ》へと反転したモリビトが砲塔を向ける。

 

 ここで確実に潰すつもりだ。リックベイはフットペダルを踏み込み、タカフミを救わんと駆け抜ける。しかし、あまりにもモリビトに接近していたタカフミへと援護するのには距離が足りない。馬力も、この埋めようのない隔絶を埋めるのには《スロウストウジャ紫電》であっても不可能の領域であった。

 

「アイザワ少尉! 踏ん張るんだ! 今の一撃は眩惑、つまり、攻撃自体は有効のはず」

 

 自分に言い聞かせるようにリックベイは言いやり、タカフミへと諦めないように口にする。

 

 大口径の砲塔が《スロウストウジャ》へと狙いを定めようとする。どれほど中空を掻いても、どれほど手を伸ばしても間に合わない。

 

 充填されたR兵装の光にタカフミの《スロウストウジャ》が貫かれかけて、その行く手を遮った影があった。

 

『少尉! 退いてください!』

 

 部下の《スロウストウジャ》が割って入り、プレッシャーカノンを引き絞る。敵のR兵装が発射され、その熱が《スロウストウジャ》の胴体を射抜いた。

 

 直後、機体が四散し、爆発の輝きが二機の《スロウストウジャ》を照らす。

 

 呆然とする中、もう一機の《スロウストウジャ》が敵人機を上方から攻め立てた。プレッシャーカノンを掃射しつつ、接近して白兵戦に持ち込もうとする。

 

『アイザワ少尉、それに少佐! ご武運を!』

 

 特攻した《スロウストウジャ》が皮膜に触れたが、その瞬間に爆発の輝きが視界を埋め尽くす。

 

 不可視の反射皮膜に亀裂が走ったのが窺えた。

 

 その一瞬の隙を見逃すリックベイとタカフミではない。

 

「撃つぞ! アイザワ少尉!」

 

『合点です! 暗礁に散れ! モリビトォッ!』

 

 二機のプレッシャーカノンが相乗し巨大人機の皮膜を打ち破った。これでR兵装が届くはず。そう感じたリックベイは直後に弾き出されたミサイルの砲台に瞠目した。

 

「追尾性能……! アイザワ少尉、動けるか?」

 

『とちっちゃって……。少しだけ目視戦闘が難しいですね』

 

 はは、と通信越しに返すタカフミにリックベイはミサイルの群れを視野に入れる。プレッシャーカノンで撃ち落とすのにはあまりにも膨大。

 

 それでも、と銃口を向けた刹那であった。

 

 白銀の雨が降り注ぎ、ミサイルを爆発の向こう側に消し去っていく。

 

 不意に振り仰いだ視界の中に入ったのは《モリビトタナトス》であった。

 

「……シーザー家の」

 

 まさかあの男が助けてくれたのか。その感慨を踏み締める前に、鎌を振るい上げた《モリビトタナトス》が巨体へと潜り込んだ。

 

 円筒状コンテナを掻い潜り、その下腹部に入った《モリビトタナトス》が刃を振るう。

 

 攻撃不能な射程に中央部のモリビトが補助アームを伸ばし、プレッシャーカノンを番え、一射する。

 

《モリビトタナトス》は下がりつつ、こちらへと合流した。

 

 接触回線が開き、その声が弾ける。

 

『先は引き受けます。これ以上《スロウストウジャ》部隊をすり減らす事もないでしょう?』

 

「応援感謝する。だが、ここでは退けん。退けない男の意地というものがある」

 

『死んでも、ですか?』

 

 問われれば、是と答えるまで。沈黙こそが答えであった。

 

《モリビトタナトス》が肩口から手を離す。

 

『了解しました。こちらも万全じゃないので、すり減らしくらいで離脱させてもらいますよ』

 

 先ほど白銀の雨を降らせた自律兵器が敵のモリビトの射線へと潜り込む。コンテナから引き出されたのは炸薬を繋げたワイヤー兵器であった。

 

 まるで結界のようにモリビトを保護したワイヤーに抱かれ自律兵器が粉砕される。しかし、それさえも加味していたのだろう。

 

 射程に入ったのは《モリビトタナトス》自身だ。鎌を突き上げ、下段より勢いをつける。

 

 その刃が片側の円筒状コンテナを破壊した。パージされた武器コンテナが内側より膨れ上がって爆発する。

 

 モリビトの放ったプレッシャーカノンの射線が《モリビトタナトス》の肩口を捉える。打ち砕かれた《モリビトタナトス》はこれ以上の戦闘は無意味と判断してか、すぐさま戦闘領域を離脱していった。

 

 リックベイはタカフミへと問いかける。

 

「行けるか、アイザワ少尉」

 

『愚問っすよ。散っていった命、部下達の無念、晴らさないわけにはいかないでしょう』

 

 だな、とリックベイは笑みを刻む。ここで退くくらいならば死を選ぼう。モリビトは長大な砲身をこちらへと照準しようとしてくる。

 

「散るぞ! アイザワ少尉、それに残った二機に告ぐ! 当初の作戦通り、挟撃を仕掛ける!」

 

『了解!』

 

 それぞれの声音が弾け、カウンターモリビト部隊が敵を葬らんと推進剤を焚く。

 

 敵人機がもう一方の円筒状コンテナより武器を射出した。ミサイルと先ほど使ったのと同じ、砲弾であった。

 

 無数に穴が開けられた砲弾よりR兵装の散弾が放射される。それとミサイルの併せ技は通常ならば無数の人機を塵芥に還しただろう。

 

 だが、ここで踏みとどまるはまさしく死の瀬戸際に立つ死狂い。

 

 そのようなこけおどしにいちいち及び腰になるような戦士はいない。R兵装の散弾を各機が回避し、敵人機へとプレッシャーカノンを引き絞る。

 

 コンテナに命中した一撃から内側に引火し、敵はコンテナ部を分離させた。

 

 残ったのは取り回しだけが難しい砲身とブースターを保持するための装甲のみ。

 

 ここでどう動くか、とリックベイは構える。

 

 モリビトは機体へと制動をかけようとして、不意に発した熱源に機体を照らし出させた。

 

「何だ!」

 

 その視野に映ったのは雷光。宇宙の常闇を掻き消すほどの稲光であった。

 

『少佐? これ、何だって言うんです!』

 

 悲鳴を発したタカフミに、リックベイはまさか、と稲妻の位置を捕捉する。超長距離より発せられたそれはデータにあった《キリビトエルダー》より生じたものであった。

 

「まさか、キリビトタイプ……なるほど、早期に《モリビトタナトス》が離脱した理由はこれか」

 

 巻き込まれれば《モリビトタナトス》とて撃墜されかねない。退き際を心得ているのは向こうのほうであったか。

 

 紫色の電光はモリビトを消耗させるのには充分であった。

 

 装甲が焼け爛れ、変色した弾薬庫からは燻る白煙が棚引いている。

 

 直後、モリビトは砲身を外し、武器弾薬庫から離脱した。白亜の装甲は先んじて破壊した《アサルトハシャ》のものであろう。

 

 デカブツのモリビトであった頃の名残の装甲を残して、たった一機の機体と化したモリビトが自機の数倍はある砲塔を構えたまま、こちらへと睥睨を向ける。

 

『少佐……これは降伏、と取るべきですかね』

 

「いや、まだだ。奴はまだ武器を持っている。これは応戦の構えだろう」

 

 しかし、こちらは消耗したとは言え、《スロウストウジャ》は四機。比して相手は虎の子の武器要塞を失った事になる。

 

 これで同等の戦いが繰り広げられるものか。リックベイはしかし、ここでこそ、恐れるべきだと判断していた。

 

「気を引き締めろよ、皆の者。獣は、追い詰められた時が最も恐ろしい」

 

 ここで獅子奮迅の活躍をするかどうか。モリビトは長大な砲身を構え、そこから充填したR兵装の攻撃を放射した。

 

 散開した《スロウストウジャ》がそれぞれの軌道を描いてモリビトへととどめを見舞おうとする。

 

 今のモリビトは追い込まれている。ここで四機が連携を密にすれば敵は墜とせるはずであった。

 

 しかし、モリビトの次の行動に《スロウストウジャ》部隊は驚愕する。砲塔を捨て去り、モリビトは機体をそのまま走らせたのである。

 

 その行く先にいたのはリックベイ自身であった。

 

 まさかの特攻か、とリックベイは実体剣を引き抜きかけて、モリビトが手にしている銀糸を発見していた。

 

 目を凝らさなければ見えないほどの細いワイヤーが分離された武器庫へと接続されている。

 

 リックベイは反射的に機体へと制動をかけさせ、部隊へと号令する。

 

「いかん! 全機、離脱機動に入れ! モリビトは我々を――!」

 

 その言葉が弾けるか弾けないかの刹那、武器弾薬庫から全方位へと向けて弾丸が放射される。

 

 追い込んだと思い込んでいたが違った。敵は最後の最後まで諦めていなかったのだ。モリビトの奇策を前に《スロウストウジャ》二機が推進剤と武器を失う。

 

 完全に虚を突かれた瞬間、モリビトはもう一方の手の中に仕舞っていた何かを起爆させた。

 

 直後、捨て去ったはずの砲身が推進剤を焚いて挙動し、リックベイを狙い済ます。

 

「遠隔操作……最初から特攻したと思わせて、こちらの不意を突いて全滅に追い込む腹積もりだったか……」

 

 砲口の照準から逃れるのにはあまりに近づき過ぎている。万事休すか、とリックベイはその時、命中の予感に全身の力を抜いていた。

 

 終わる時というのはかくも虚しく、唐突に訪れるものなのだ。

 

 今まで幾多の戦場を駆け抜けてきたからこそ分かる。これは自分の番なのだと。

 

 終わりは潔く受け入れたほうがいい。砲身から発射される一撃を予感したリックベイは、不意打ち気味に視界を遮った機影に目を見開いた。

 

『少佐! 危ない!』

 

 タカフミの《スロウストウジャ》が割って入り、その胸元を大出力のR兵装が貫く。

 

 血塊炉へと引火した一撃に《スロウストウジャ》がスパークの火花を散らした。

 

「アイザワ少尉!」

 

 まさか、何故タカフミが。

 

 血塊炉を破損したタカフミの《スロウストウジャ》が振り返り様のプレッシャーカノンを一射し、モリビトの下腹部を射抜く。

 

 接触回線に舌打ちが混じった。

 

『……やっぱそう都合よく……一矢報いる事は出来ないか』

 

《スロウストウジャ》の安全装置を作動させるべく、リックベイは声を張り上げる。

 

「アイザワ少尉! 脱出を!」

 

『少佐……スイマセン。最後の最後に役立たずで。零式パクった報いかな、これ。瑞葉を……』

 

《スロウストウジャ》が内側から爆発し、急速に推力が失われていく。煙を棚引かせながらタカフミの機体が糸の切れた人形のように項垂れた。

 

 リックベイはモリビトを睨み据える。

 

 半身を失ってもモリビトは未だに健在であった。それどころかこちらへと手繰り寄せた長大な砲身を向けて一撃を打ち込まんとしてくる。

 

 リックベイは刃を振るい上げ、タカフミの機体を下げさせた。

 

「アイザワ少尉。その武勲、胸にしかと刻んだ! モリビト! ここで潰えるは貴様だ!」

 

 砲身を振り回し、モリビトがR兵装を連射する。リックベイは《スロウストウジャ紫電》を駆け抜けさせた。

 

 敵の攻撃速度よりも速く、その射線の隙に潜り込めばいい。

 

 通常の人機と操主ならば不可能かもしれないが、今のリックベイと《スロウストウジャ紫電》には可能であった。

 

 青い推進剤の尾を引きつつ、《スロウストウジャ紫電》が刃を振るい上げる。

 

 接近されれば成す術はあるまい。そう考えていたリックベイに、モリビトは袖口からプレッシャーソードを引き出す。

 

 打ち合った途端、干渉波が激しくぶつかり合い、鍔迫り合いを繰り広げさせた。

 

 だがその太刀筋、あまりに脆弱。

 

 すぐに打ち返したリックベイはモリビトへと肩口から突撃を仕掛ける。圧された形のモリビトがプレッシャーソードを振り払い、こちらの刃を止めようとするが、その拙い剣先では零式抜刀術を超える事叶わない。

 

「未熟……そう断じてもいいが、わたしはあえて言おう。ここまで苦戦せしめたモリビト、その強さに敬意を表する。同時に、貴様を倒すのはこのリックベイ・サカグチであると! さぁ、どうだ! モリビトよ!」

 

 実体剣が空間を奔り、モリビトの肩口を引き裂く。離脱しようとモリビトが後退するが、その退路を塞いだのは武器を失った二機の部下の《スロウストウジャ》であった。

 

『武器がなくとも!』

 

『少佐! 一撃を!』

 

 部下の声を受け、リックベイは《スロウストウジャ紫電》の太刀筋を極めさせる。切っ先に全ての集中力を注ぎ、敵の血塊炉を見据えた。

 

 狙うはその胸元。

 

 推進剤を全開にし掛けて、敵のモリビトは《スロウストウジャ》の拘束を振り解き、プレッシャーソードを突き上げてきた。

 

 広域通信チャンネルに操主の声が弾ける。

 

『負けない、負けたくない、――負けられないのよ!』

 

「退けぬ戦いか! それはこちらも同じ事!」

 

 互いの咆哮が通信網を震わせる中、《スロウストウジャ紫電》の刃がモリビトのプレッシャーソードの剣筋を突き抜けた。

 

 頭部コックピットを掠めた一撃に敵が傾ぐ。

 

「取った!」

 

 そのまま剣を打ち下ろそうとして、モリビトの背面より補助アームが伸長した。補助アームの指先がプラズマソードを発振させる。

 

 リックベイの接触状態にある《スロウストウジャ紫電》の胴をプラズマソードが叩き割った。奥歯を噛み締めて衝撃に耐え、リックベイは吼える。

 

 刃がモリビトの躯体を引き裂いた。しかし向こうも負けていない。各部から展開された支持アームががっちりと《スロウストウジャ紫電》を拘束する。

 

「巻き添えにするつもりか」

 

『心中なんて御免よ。モモは、生き残るんだからっ!』

 

「その意気やよし。だが! 戦争とはどちらの主張も通るようには、出来ておらんのだ!」

 

 支持アームが機体を押し潰そうとしてくる。軋む人機の中でリックベイは接触部位より牽制用の銃火器を用いた。

 

 敵との距離が僅かに開き、切っ先を突き上げる。頭部を割ろうとした一撃を敵は腕を掲げて制した。

 

 手首が回転しプレッシャーソードが《スロウストウジャ紫電》の肩口を焼く。

 

 リックベイは研ぎ澄まされた戦闘本能に衝き動かされ、リニアシートのベルトを外していた。

 

 そのままコックピット内部に格納されたアサルトライフルを手に宇宙空間へと踏み出す。

 

 静寂の常闇でモリビトが軋みを上げながらこちらへと向き直ろうとする。リックベイは推進剤を焚いて姿勢を維持し、アサルトライフルの照準をモリビトのコックピットへと向けた。

 

 銃撃がモリビトの頭部を割る。そのまま続け様の銃弾にモリビトが沈黙した。

 

 終わったか、と脱力する。

 

 宇宙を漂うタカフミの《スロウストウジャ》へとリックベイは進んでいた。

 

 ――無事でいてくれ、と祈るリックベイは不意に脛を射抜いた一撃に苦悶する。

 

 コックピットから這い出ていたモリビトの操主が銃口を向けていた。その姿がまだ幼い少女であるのをシルエットで確認する。

 

「……乙女か」

 

『お前は、ここで!』

 

「同じ事を言わせるな! モリビト、貴様らは生かしておけん!」

 

 銃弾がお互いに発射される。

 

 こちらの銃撃が少女操主の肩を貫いた。相手の弾丸がリックベイの保持する推進剤を撃ち抜き、圧縮空気が無茶苦茶な軌道を描かせる。

 

 上下が目まぐるしく変わる中、リックベイはその視界の中にモリビトへと戻って行った操主を入れていた。

 

 まだ戦うつもりなのか。

 

 タカフミの《スロウストウジャ》へと手が届く。鋼鉄の虚無は静寂を守り続けていた。棚引く白煙にリックベイは緊急用のハッチへと足をかけ、レバーを引く。

 

 圧縮空気によって射出された《スロウストウジャ》のコックピットの中で、タカフミが項垂れていた。

 

 不幸中の幸いか、外傷は見られない。リックベイはタカフミの肩を引っ掴み、揺すって起こそうとする。

 

「アイザワ少尉! 起きろ! 戦いは終わった。我が方の勝利に――」

 

 その言葉尻を引き裂いたのは《スロウストウジャ紫電》を両断したモリビトであった。

 

 まだ動ける気力が残っていたか。プレッシャーソードを手に、モリビトがこちらを睥睨する。

 

「来る、か」

 

 こちらは剥き出しの状態。センサー類は先ほどの圧縮空気で吹き飛ばしてしまった。現状では戦闘継続は不可能に近い。

 

 唾を飲み下したリックベイに、敵の人機が爆発の光に包まれた《スロウストウジャ紫電》を蹴りつける。

 

 照り受けた輝きを受け、モリビトがプレッシャーソードを構えた。

 

 このままでは何もせずして貫かれる。

 

 どうするべきか、と逡巡したリックベイの脳裏に声が響き渡る。

 

『し、少佐……。おれ、まだ……』

 

 タカフミの搾り出すような声にリックベイはその肩を掴んだ。

 

 まだ生きている。まだ望みは残っている。

 

「アイザワ少尉。わたしの、わがままだ。ここでケリをつけるぞ。モリビトとの」

 

 タカフミはほとんど夢遊病のような状態にも関わらずしっかりと操縦桿は握り締めている。戦士の足掻きは可能だ。

 

 リックベイはその手へと己の手を添える。

 

 センサーや策敵の類を完全に吹き飛ばした《スロウストウジャ》に残されたのは目視戦闘のみ。それも、宇宙の常闇における対物戦闘は明らかに人間のスケールを超える。

 

 この立ち合いで勝てる見込みは薄い。

 

 それでもやらなければならなかった。退けない戦いがあるとすれば、今だ。

 

 今しかない。

 

 リックベイとタカフミは習い性の操縦で《スロウストウジャ》へと構えを取らせる。零式抜刀術の構えであった。

 

 モリビトがプレッシャーソードを手にこちらへと殺到してくる。

 

 その速度にいささかの緩みはない。殺すと判断した太刀筋に迷いはなかった。こちらも同じだ。

 

 モリビトを倒し、平和を手に入れる。

 

 そのためならば、今、この刹那の命さえ、惜しくはない。

 

「行くぞ、タカフミ・アイザワ!」

 

『了解、しました! 少佐!』

 

 二人分の咆哮が闇を引き裂き、モリビトへと突撃の姿勢を取らせる。

 

 一気にモリビトが肉迫した感覚に一瞬だけびくつきそうになったが、それでも前に進む手を止めない。

 

 この刃は悪を断つためにある。

 

 プレッシャーソードがモリビトの脇腹を切り払った。相手のプレッシャーソードが頭上を行き過ぎる。

 

 コックピットを狙った相手の一閃は僅かなところで逸れ、こちらの切り払いが腹腔へと突き刺さる。

 

 ちょうど、お互いのプレッシャーソードの発振が掻き消えた。

 

 光源を失った無辺の闇の中、両機が頭部をぶつけ合う。リックベイはその向こうに幼い少女の姿を見たような気がした。

 

 モリビトが《スロウストウジャ》を仕留め損ない、空間を流れていく。

 

 その後姿にとどめを刺そうとは思わなかった。もう、両者、手は尽くした。これ以上の食い合いはただの悪足掻きだ。

 

『少佐……。おれ達、勝ったんですか……?』

 

 うろたえ気味のタカフミの言葉にリックベイは首肯する。

 

「ああ、我々の勝利だ」

 

 平時ならばその言葉にタカフミは歓声を上げただろう。だが、この時、タカフミからは何の声も上がらなかった。

 

 代わりに渇いたような笑い声が木霊する。

 

『そりゃ、よかった……』

 

 力を出し尽くした戦士は闇の中、静かに漂い続けていた。リックベイはその手を握り締め、言いやる。

 

「勝ったんだ。だから君は……」

 

 戻ってきていい。その感情を抱き締め、デブリの漂う宇宙の中、声にならない呻きを上げた。

 

 


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