ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯164 希望の徒

 通信を繋いだのは唯一地上との交信が許されたスペースで、タカフミは咳払い一つでコールした。

 

 通信先の相手が出る。どこか及び腰になってしまいかけて、タカフミは一挙に言いやった。

 

「もしもし、瑞葉。その、話があってな」

 

 どこかまごついてしまう。これから先に待ち受けている運命を前に、一度清算しておく必要があった。己の事、他人の事、そして、守るべき人の事を。

 

『アイザワ、か。どうした?』

 

「あまり時間はかけられないんだ。ここ、ゾル国の軌道エレベーターだからさ」

 

 その意味するところを元々軍人であった彼女はすぐさま悟ったようである。

 

『……他国の監視下にあるのか』

 

「そういう事。まぁ、おれも少佐もほとんど気にしちゃいないが、向こうさんはそうでもないだろって話だ。……だから手短になる。その、さ。帰ったら、ちょっとばかし重要な話があるんだ」

 

『帰るつもりのない人間のような言い草だ』

 

 その言葉に攻撃性がないのは、どこか微笑ましい。タカフミは頬を掻いて言いやる。

 

「未来、とか、そういうのおれには縁がないもんだとばっかり思っていたけれどさ。おれ、この戦いには未来がかかっているんだと思う。それこそ、惑星の未来だとか……おれ達の未来だとか」

 

 気恥ずかしさに言葉は彷徨う。向こうのほうが随分と冷静なのか、その先を声にした。

 

『わたし達の、か。アイザワ。わたしは待っている。だから、安心して戦って欲しい』

 

 男だというのに、相手に先に決意を言わせてどうする。タカフミは頭を振って返答する。

 

「……悪い。甲斐性なしだな、おれ」

 

『そのような事はない。モリビト相手だ。死ぬかもしれない、というのだろう』

 

 彼女もモリビトと祖国のために命を削ってきた。自分の気持ちは痛いほど分かるはずだ。

 

「絶対帰るからさ。だから、その、気長に待ってくれって言うのは、ずるいか?」

 

『ああ、ずるいとも。だが、待っているとしよう。わたしも、信じていたいから』

 

 未来に祝福があるのだとすれば、きっとそれはこのような形なのだろう。人がこれから先を信じるのに、あるいは未来を描くのには一人では無理なのだ。

 

 誰かと共に描けるからこそ、意味のある世界がある。

 

「おれと少佐の《スロウストウジャ》は無敵だ。だからさ……これはお願いっていうよりも、おれの勝手な理想の押し付けなんだが……もう、お前には戦わないで欲しい」

 

 今まで散々傷ついてきた。自分を削ってでも戦い続けてきた、抗い続けてきた想い人に、もうこれ以上の重石は必要ないのだ。

 

 それが戦士としての称号の侮辱に繋がる事は理解している。罵られても仕方がなかった。

 

 だが、瑞葉は思いのほかその言葉を素直に受け取った。

 

『……もう随分と、忘れていた感覚だ。誰かに背中を任せるなんて。いや、それは戦士の感覚か。ただの、女としてあるなんて。考えもしなかった』

 

「おれと少佐がモリビトの首なら持ち帰るからよ。それを楽しみにしてくれ。だから、信じて欲しい。おれ達の武運を」

 

 帰って来られる保証はない。敵はさらに戦力を増強し、立ち向かってくる恐れもある。さらに言えば、不明人機、キリビトの存在。これを明るみに出せば、瑞葉も黙っていないだろう。

 

《ラーストウジャカルマ》で出撃すると言いかねない。だからタカフミはあえて黙っていた。

 

 もう瑞葉に過酷な道を歩んで欲しくはないのだ。

 

 生きる上のでの苦しみをこれ以上なく味わってきたはずである。ならば、これから先は生きていく事に苦難を感じる必要はない。

 

 人生を歩むのに、戦い以外の道があると言う事を知ってもいいはずだとタカフミは感じていた。

 

『そうだな。武運長久を祈っておこう。わたしは、望む事が許されるのならばこのような道を……』

 

 言葉にならないとでも言うように瑞葉は沈黙する。タカフミは声を大にした。

 

「約束する! おれが絶対に、モリビトをぶっ倒す! で、平和を勝ち取ってやる!」

 

 リックベイに頼らずとも己の力のみで平和を得る。それが、自分に出来る最大限の貢献だ。

 

『そう、か。……安心した』

 

 今は瑞葉に一つでも不安の種を感じさせたくはない。少しでもいい未来が待っているのだと信じたかった。

 

 お互いのために。明日があると感じられるために。

 

「……もう通話は切る。でも、おれはお前が……」

 

『それ以上は言わなくていい』

 

 言わなくとも分かっている。確かめられただけでもよかった。

 

 タカフミは端末の通話を切り、整備デッキへと向かう。道中、ゾル国兵士と出くわしたが、彼らの面持ち浮かんでいたのは不安であった。

 

 どうにもこの軌道エレベーターでの駐在兵達は不安要素に支配されているらしい。

 

 何が彼らの頭上に降り立っているのかは不明であったが、二度もブルブラッドキャリアに仕掛けたのだ。それなりに地獄は見てきたはずである。

 

《スロウストウジャ》の整備士には、カウンターモリビト部隊と共に宇宙に上がってきたC連合の人間が充てられていた。

 

 彼らからしてみれば敵地での機体修復である。どこで横槍が入ってもおかしくはないというのは緊張感をはらんでいる。

 

「損傷は?」

 

 尋ねたタカフミに整備士は面持ちを翳らせる。

 

「駄目ですね、資源が足りてないのと、何よりもここは敵地なので、迂闊な情報を流せないのも……。正直、この倍は整備士の数が欲しいところですよ」

 

「上の裁量もある。これが限界なんだ、踏ん張ってくれ」

 

「少佐と少尉が信じてくださるんですから応えたいのは山々なんですが、ほとんどの整備士は少佐の紫電に充てられている形で……。ログの中にある金色に染まったモリビトの解析作業と、それと打ち合った紫電にはダメージが大きいんです。優先順位が前後してしまうのは」

 

「ああ、仕方がないだろう。しかし、宇宙に上がった途端、三機もやられるなんて思ってもみなかった」

 

 拳を握り締めたタカフミは青いモリビト打倒を心に誓う。カウンターモリビト部隊の手だれが三人も死んだ。その無念は晴らすべきだ。

 

「モリビトは減ったとは言え、それでも強敵、と見るべきですか。にしたって《スロウストウジャ》をどうにかしたいっての……見え見えですよ、連中。どうして補給を受けつつ腹の探り合いまで……」

 

 ゾル国の軌道エレベーターを使っているという都合上、仕方がないのは分かる。問題なのは、士気への乱れだ。

 

 統率が取れなくなってしまえばお終いである。

 

「ゾル国の目があるのは痛いが、それでも耐えてくれとしか言えない。連中を完全に出し抜くのは無理っぽいからな」

 

「ここが分水嶺ですか……」

 

 ゾル国の《バーゴイル》の戦力と《モリビトタナトス》の解析に、と行ければ上々なのだが、こちらも人手が足りていない。

 

 やはり、ここは欲を出さず、自分達の機体をベストコンディションに持っていくのが限度だろう。

 

「敵地での修復ってだけでも無理は話だ。出来る限りでいい。おれ達はそう簡単には負けやしない」

 

「心強いですよ。……少し、サカグチ少佐に似てきましたか?」

 

「おれが? 少佐に?」

 

 あまりに突拍子もない評価にタカフミは目を白黒させる。整備士はふふと笑った。

 

「似てくるんじゃないですか。上官と部下であれ、あれだけ近くいると。その分、こっちは俄然やる気が出ますよ。忠義を尽くすのに、少尉も相応しくなってきました」

 

「何だよ、それまではその資格がなかったみたいな言い草だな」

 

 肩を突き、笑みを交し合う。一歩間違えれば死が待っている戦場で笑えるだけマシであった。

 

 あと数時間後に迫った出撃にタカフミは掌に視線を落とす。

 

 今度こそ必ず、と拳に変えた。

 

「おれが、モリビトを墜とす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妬けるねえ」

 

 コックピットの中でガエルは呟いていた。タカフミと名乗ったC連合の士官の告白を盗聴していた身となれば、その境遇にもそうであったが、まだ希望があると考えている事にもであった。

 

『そちらの動向はどうなっている?』

 

 通信先の水無瀬にガエルは言いやる。

 

「一応、計画通り、みたいだぜ。《キリビトエルダー》を無罪放免にするって話はな。撃墜しなけりゃいいんだろ、要は」

 

『簡単そうに言うが、《キリビトエルダー》の操主データにアクセスしたところ、意外な人物が出た。これを』

 

 水無瀬の送信した暗号化ファイルを開くと、そこには一人の女の個人情報があった。

 

「レミィ? こいつがどうかしたのか?」

 

『生年月日と没年の欄を見て欲しい』

 

 参照した瞬間、ガエルは薄ら寒いものを感じた。

 

「こいつは……! 四十年も前に、死んでやがるだと?」

 

『それが正式な情報であるのは確認済みだ。さらに言えば、そのレミィなる人物、複数の目撃証言と照らし合わせた結果、つい数日前までゾル国の整備士であった、と報告がある』

 

 あの基地に居たというのか。その事実にガエルは戦慄する。

 

「おいおい、死人が闊歩するってのはあんまりいい話じゃねぇな」

 

『ハイアルファーの加護を受けているわけでもない。この個人は正確な情報では四十年前の死人だが、気になるのはその遺体の埋葬先だ。オラクル、とある』

 

「分を弁えない独立国家か。あの国周辺がきな臭いってわけかい」

 

『点が線になりつつあるが、こちらの情報網ではこの程度だ』

 

「充分だよ。軟禁状態にあるのにどうやって、って聞きたいくらいだぜ」

 

『なに、それこそ人間型端末の本領だよ。少しでも通信状態が回復すれば、宇宙に情報を送信するくらいはわけないのでね』

 

 改めてブルブラッドキャリアのやり口には恐れ入る、とガエルは笑みを浮かべた。このような人間型端末を一基のみならず三基も投入していたのだから。

 

 世界が牛耳られていたとしてもおかしくはない力。それが己の手の中にあるという全能感。敵の戦力とは言え、全てが自分のために転がっていくのは気分がいい。

 

 昂揚感に身を浸していると、不意に通信が繋がった。音声のみの相手にガエルは咄嗟に水無瀬との通話を中断する。

 

「何だ?」

 

『経過報告をしようと思ってね。バベルはほとんど我々の側に掌握されたと言ってもいい。ただ、一つ懸念事項があるとすれば、それは一割の誤算』

 

 自分が取り逃がした元老院の事だろう。ガエルは罰を受け入れる気はあった。

 

「……あのモリビト、武装には恐れ入る。何だって言うんだ、ありゃ」

 

『エクステンドチャージ。検索をかけてみても出なかったが、バベルによるシステムログならば話は別だ。何せ、相手もバベルを使っているという性質上、履歴は残るのだからな』

 

 その意味するところを、ガエルは瞬時に読み取る。

 

「……奴さんの位置情報も割れたって事か」

 

『理解が早くて助かるよ。連中がエクステンドチャージという諸刃の剣に頼っている以上、システムログはどこまでも残り続ける。つまり相手にとっての切り札が、我々にとっては都合よく進むというわけだ』

 

 どこまでもブルブラッドキャリアには不利に進むわけか。ガエルは恐らくは笑みを浮かべているであろう通話先の将校に切り返す。

 

「で? オレにやれって言うのは青いモリビトの破壊か?」

 

『両方だ。ブルブラッドキャリアの残存戦力を殲滅し、なおかつエクステンドチャージを顕現させたモリビトを完全に駆逐せよ。そうでなければ撃ち漏らしという結果になる』

 

「そいつは不名誉なこって。だがよ、あの金色のヤツ、予想以上の機動力だ。《モリビトタナトス》でも修復がうまくいっていない。Rブリューナク一基で落とし切れると思うのか?」

 

『それこそ、野暮ではないのかね? まさか撃墜出来ないとでも?』

 

 今さら弱音を吐くな、と言いたいのだろう。どこまでも人を食ったような連中だ。

 

 ケッと毒づき、ガエルは《モリビトタナトス》の最終システムチェックに入る。

 

「悪いが、保障は出来ねぇぜ? 勝負ってのは時の運だからよ」

 

『その時の運を掌握して見せるのが、君の十八番だろう?』

 

 自分の引き出しもお見通しか。レギオンの構成員がどこまでに及ぶのか分からない以上、下手な裏切りは死を招く。

 

 かといって連中と最後まで沈むつもりもない。つるむとしてもお互いにビジネスの関係の上で、だ。その関係性が瓦解すれば、どちらとも言えず容易く裏切るだろう。

 

「地上に帰ってもろくな事がねぇな」

 

『そうでもないさ。君が生き延びれば、シーザー議員は今度こそハッキリと、君を立てると言ってくれている。つまり、激戦を生き残った本当の生き証人。真なる英雄の出来上がりだ』

 

「正義の味方、ねぇ……。てめぇらの都合よく、事は進むのかよ。言っておくが、《キリビトエルダー》に勝つような無謀はするつもりはねぇぞ」

 

『《キリビトエルダー》の相手はブルブラッドキャリアに任せればいい。あれも、ゾル国の汚点の一つ。なに、そちらには《スロウストウジャ》部隊がいるのだろう? もしもの時に連中に引き受けさせればいい』

 

 こちらの都合を知りもしないで勝手な事を言う。だが、《スロウストウジャ》残り六機ならば《キリビトエルダー》と引き分けくらいには持ち込めるかもしれない。

 

「こちとら、モリビトとの戦闘も控えてるんだ。いい加減な話なら切るぜ」

 

『ガエル・シーザー。君は我々の希望の星だ。勝って結果を残したまえ。そうする事でしか、君の存在証明は成されない』

 

 その言葉を潮に通信は切れた。ガエルはコンソールに拳を叩きつける。

 

「……上等だ、レギオン連中。てめぇらがそう来るって言うのなら、オレもそうするまで。どこまでも利用して、生き残ってやる。それこそ、泥水でも啜ってなぁ」

 

 ガエルの視線の先には《スロウストウジャ》のメンテナンスを手伝うタカフミの姿があった。

 

 幸福の只中にいる男。そういう人間ほど陥れやすい。

 

 覚えずその口角が釣り上がっている事に彼自身、気づかなかった。

 

 


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