ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯160 これまでの事、これからの事

 《ノエルカルテット》の修復が最優先に行われていたが、《シルヴァリンク》にも相当な過負荷がかかっていたようである。

 

 改めてデッキに佇む愛機は酷く損耗しており、ここまでの戦いの苛烈さを物語っていた。

 

 訪れたのはニナイである。自分と桃を見やった後、強く頷いた。

 

「よく……生きていてくれた」

 

 彩芽の担当官であった彼女には思うところでもあるのかもしれない。鉄菜は早速、言葉にしていた。

 

「彩芽・サギサカは本当に……」

 

 ニナイは首肯する。

 

「残念だったわ」

 

 桃の瞳に涙が浮かぶ。鉄菜はしかし、戦士の面持ちを崩さなかった。

 

「ここでの作戦管理と、これからの戦いの優先度を請う」

 

「作戦管理はこちらに一任してもらって構わない。問題なのは戦いの優先度だろうけれど、あなた達はもう、その標的と出会っている」

 

「……トウジャか」

 

 ニナイに連れられ、二人は管制室へと招かれた。管制室では今も情報の同期が行われていたが、やはりというべきか、混乱が支配していた。

 

「駄目です、ニナイ担当官。やはり地上の様子はまるで掴めません。敵の人機の情報も」

 

「バベルを失ったから……」

 

 桃の発した言葉にニナイは髪をかき上げ、やっぱり、と口にする。

 

「バベルは、どこへ?」

 

『それを説明するのには我々の存在は欠かせないだろう』

 

 急にシステムに割り込んできた存在に管制室の人々が目を見開く。元老院システムについて、話さなければならなかった。

 

「あれは、惑星を牛耳っていた支配者……いや、旧支配者、と呼ぶべきか」

 

「二号機操主、何があったというの?」

 

『我々は見事に踏み台にされていたわけだな。我々が階層制限を設け、わざわざ秘匿していた情報を開示する度に、君達に優位に運んでいたわけか』

 

「何者なの。答えなさい」

 

『バベルを管理する者達。こう言えば簡潔だろう。元老院だ』

 

 その言葉にニナイの表情が凍り付く。まさか、とその唇が動いた。

 

「惑星の支配特権層……」

 

 ニナイの眼が鉄菜へと注がれる。どういう事なのか、という問いかけに鉄菜は口を開いていた。

 

「もう、連中に敵意はない。それどころか、私達はこいつにすがらなければならないだろう」

 

 これまでの事、そしてこれからの事をゆっくりと話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イザナミに搭載された学習機能は正しく働いていたらしい。

 

 燐華の思った通りに動くのは何も人機セラピーの一環というだけではないようだ。人機がまるで自分の手足の延長のように稼動する。少し汗ばむくらいにイザナミと同調して手足を動かすと、軽い運動と気晴らしにはなった。

 

 そこまで、というヒイラギの言葉に燐華は息をついて水分を補給する。

 

「大分、よくなってきたね。まるで歴戦の人機操主のようだ」

 

「からかわないでくださいよ。イザナミがいい子だから……」

 

 人機の操縦技術など、一度も学んだ事はない。それでもイザナミはどこまでも自分に追従してきてくれる気がしていた。

 

 この世で信じるべきものがなくなっても、イザナミだけは自分を信頼してくれる。そのような無償の信頼関係が築けつつある。

 

 ヒイラギが手渡したのはファストフードのハンバーガーであった。なかなか屋敷ではこういった食べ物を取る機会はない。

 

 ハンバーガーを頬張ると塩辛さが口中に沁みた。

 

「安全宣言が出されて三日目、か」

 

 その言葉に燐華は面を伏せる。コミューンの穴が塞がり、大気循環システムが正常に作動して、災害時よりも大気に含まれるブルブラッド濃度が低くなってようやく三日目。政府からの許しが出て、人々は元の暮らしに戻りつつある。

 

 それでも失ったものと時間だけは取り戻しようがない。

 

 誰もが痛みを抱えながら生きていくしかないのだ。それがどれほどまでに残酷であろうとも、ヒトは痛みなくして前には進めない。

 

 その事実を、この一ヵ月前後で理解してしまった。理解せざる得なかった。

 

 兄の不在、親友の死、イザナミとの出会い――。

 

 それらが一ヶ月の間に起こったとは思えず、燐華はふとこぼしていた。

 

「……鉄菜が生きていたら、今頃なんて言っていたでしょうか。あたし、分かんないんです。だってあまりに短かったから。でも、鉄菜の事、絶対に忘れたくない。忘れたら、もうあたしがあたしじゃなくなってしまいそうで……」

 

 抱えた鉄片の冷たさが肌に染み入る。親友との証がこんなにまで冷たい鉄片一つだなんて。

 

 ハンバーガーを口に運びつつ、ヒイラギは告げていた。

 

「僕にだって答えは分からない。でも、彼女は強く生きていただろうとは思う。流されず、自分の思った通りの事を、成し遂げようとしているんじゃないかな」

 

「成し遂げる……ですか」

 

「ああ。いつだって人間には難しい命題が降りかかる。問題なのは、その命題を前にして、逃げるか立ち向かうか、その二つだけなんだと思う。彼女は立ち向かう側だった」

 

 しかし、立ち向かった先が無慈悲な死であるのならば、燐華は立ち向かって欲しくなかった。

 

 それは兄、桐哉も同じである。

 

 立ち向かって、運命に抗った先に待っているのが陰惨な死なら、最初から逃げてくれればいい。逃げる事もまた、勇気なのではないのだろうか。

 

「……あたし、ずるい事考えてる。運命がどれだけ残酷でも、逃げちゃえばいいって。逃げちゃえば、そんなの、関係なくなるんだって。……でも、にいにい様も、鉄菜も逃げなかった。だったら、あたしは二人の背中に続きたい。どれだけ辛くたって、逃げなかった二人みたいに、なりたいんです」

 

「勇気ある決断を毎回迫られるのは強者の特権でもある。君は別段……弱くたっていい」

 

 弱くてもいい。それは許しを乞われていると思ってもいいのだろう。許されている、何もしなくともいい。だがそれは立ち向かう事を放棄しているのと何が違う。

 

「あたしは、弱虫です。それに、とっても怖がり。卑怯で卑屈で……こんな自分が大嫌い。でも、鉄菜とにいにい様はこんなあたしを、……少しでもいい、好きでいてくれた。だったらあたしは二人に報いたい。二人の善意にばかり、甘えてちゃ、いけないんだって」

 

 ハンバーガーを頬張り、燐華はイザナミを見やる。己の力になるかもしれない才能機。使いこなせれば、何かしら道が拓ける。そのような予感がしている。

 

 ヒイラギもハンバーガーを平らげ、紙包みを丸めていた。

 

「僕は君の助けをしたい。それが独善に満ちた考えであったとしても」

 

「あたしは先生に感謝しています。居場所を、与えてくださいましたから」

 

「僕が与えたものなんてささやかなものさ。そのささやかさに意味を見出したのは、君自身だ」

 

 自分が勝ち取ったというのならば、最後まで足掻こう。最後まで、誰に決められたわけでもない道筋を行こう。

 

 燐華は最後の一切れを口に放り込み、立ち上がった。

 

「操縦訓練をやります。あたし、もう逃げたくない」

 

 ヒイラギは少しだけ瞳を翳らせたが、燐華の言葉に後押しされたように頷く。

 

「いいよ。やろう。君が満足いくまで、僕は付き合うよ」

 

 


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