ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯159 敵地

「蝿型の……地上でキリビトを倒した時にいた……」

 

 茫然自失の鉄菜は《シルヴァリンク》の中で声にしていた。今の瞬間、撃墜されてもおかしくはなかった。偶然とはいえ、蝿型人機に助けられる形になるとは。

 

『クロ……《シルヴァリンク》の血塊炉がオーバーヒート寸前になっているわ。今、《ノエルカルテット》で本隊に位置情報を送った。もう、この距離ならC連合のトウジャ部隊に勘付かれる事はないと思うけれど……』

 

 その言葉尻に不安が混じっていたのは、全くの意想外であった待ち伏せにであろう。

 

 マスドライバー施設を使い、宇宙に上がる事を読まれていた。そこまで読める人間は一人をおいて他にいない。

 

「リックベイ・サカグチ……。このままじゃ、いずれにせよやられる」

 

 どこかで手打ちにする必要があった。だが、現状の《シルヴァリンク》ではそれは遥かに難しい。エクステンドチャージで出ばなをくじけたものの、それは最初だけだろう。

 

 あれだけの人機が目撃者だ。すぐに対策は練られるに違いなかった。

 

 鉄菜は不安要素を残したまま、一機の《アサルトハシャ》がこちらを見つけたのを目にする。《アサルトハシャ》は確か少年兵が搭乗していたはずだ。

 

『モリビト二機を回収しました。周囲に敵影はなし。どうやら、先に出ていたキリビトタイプの放った哨戒機に気を取られている様子です』

 

《シルヴァリンク》と《ノエルカルテット》は《アサルトハシャ》に牽引される形で本隊へと向かっていた。

 

 まさか実戦部隊である自分達がここまでボロボロになっているなど誰も思わなかっただろう。通信回線に繋がったのは彩芽の担当官であるニナイであった。

 

『モリビトの執行者二人……いいえ、もう堅苦しく言うのはやめるわ。鉄菜と桃、生き延びてくれた事、まずは感謝します。それと、謝罪を。彩芽という、欠いてはならない一人を欠いてしまった』

 

 ニナイの声音には悔恨が滲み出ている。その言葉でようやく鉄菜は心底思い知った。

 

 本当に彩芽は死んでしまったのだと。その歴然とした事実がようやく形を伴った。

 

 桃がコックピットの中で咽び泣いているのが漏れ聞こえてくる。鉄菜は一度に失ったものがあまりに多過ぎてどう処理すればいいのか分からなかった。

 

 彩芽の死。ジロウとの別れ。組織はほとんど疲弊し切っている。そんな中、敵は着実に強くなっているのが分かった。

 

 このままではジリ貧よりも性質が悪い。戦えなくなるだけではない。ブルブラッドキャリアそのものが壊滅する恐れすらあった。

 

「……私は、組織に忠義を誓った。だからこそ聞かせてもらう。これ以上、戦う意味はあるのか?」

 

 桃が息を呑む。ニナイも通信越しに絶句したのが伝わった。これ以上戦うのは、生き意地が汚いだけではないのか。

 

 問いかけの答え次第では、戦闘行為そのものが無意味だ。

 

『……今までならば、それがブルブラッドキャリアのやり方、執行者は従えばいい、と、それだけを言えた。でも、今それを問い質されると、分からない。本当に、分からなくなってしまった。だから、何も確信めいた事は言えない。ただ、この時代の流れの中、ブルブラッドキャリアが滅ぼされるためだけに居ただなんて、そんな事を信じたくはない。彩芽の死が、そんな事のためだけにあっただなんて、思いたくないのよ。……わがままに聞こえるかもしれないけれど』

 

 滅ぼされるためだけにある存在だと思いたくはない。その気持ちだけは同じであった。この時代のうねりに、ただ翻弄されるのがブルブラッドキャリアの存在意義であったなど間違っている。

 

「……分かった。その答えが聞けただけでもよかった。合流の後、打って出る」

 

『鉄菜、担当官が会いたがっている。帰還したら、まず彼と会って欲しい。……あなたの基になった、ある科学者の話がしたいと』

 

 自分の基になった人間の話。それは、今まで遠回しにしてきた事を改めて突きつけられるという証明であった。

 

「……同意した。《シルヴァリンク》は貧血状態だ。《ノエルカルテット》も三機のしもべを失った。この状態では出せそうにない」

 

『桃も、担当官と会いなさい。あの人は、言葉少なだけれど、それでもあなたの事を、想っていないはずはない』

 

 桃は無言で首肯する。地上から帰還しようとしている執行者二人は痛みを抱いたまま、ブルブラッドキャリアの資源衛星に辿り着こうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 咆哮と一閃が混じったのは、蝿型人機を敵として見ているタカフミの興奮の一端であったのだろう。

 

 彼の操る《スロウストウジャ》は実体弾による遠隔射撃よりも敵地に潜り込んでの魂を削る戦法が見合っている。蝿型人機を両断したプレッシャーソードを払い、タカフミが昂揚感に身を任せる。

 

『どうした、どうした! そんなんで、おれ達が押し負けるとでも思ってるのか!』

 

 彼の一撃一撃ごとに研ぎ澄まされていくものは天性の戦闘センスだ。《スロウストウジャ》に搭載された白兵戦データは彼の戦い方を主軸に置いている。

 

 改めてその判断は間違いではなかったとリックベイは痛感した。

 

 針を射出しようとする蝿型人機の直上を取り、プレッシャーカノンで頭部を粉砕する。半数ほどまでに減っただろうか、とリックベイは策敵に意識を割かせた。

 

「アイザワ少尉、それにカウンターモリビト部隊に通達。敵の勢いは削がれつつある。このまま押し込むぞ。全機、掃討陣形」

 

『了解!』

 

 復誦が返る中、リックベイはこの蝿型人機の群れがどこから来たのかを考えていた。もし、ブルーガーデンのあの濃霧と同じ場所から来たのだとすれば、宇宙に進出するほどの性能を誇っている人機という事になる。

 

 しかし、それを頭で認めるのにはいくつかの弊害があった。

 

 一つにリバウンドフィールドを突破出来る人機は限られている事。二つ目は、蝿型人機の数だ。

 

 これほどの大部隊を投入出来るほどの資財、及び統率するためのシステムがどこに存在するというのか。

 

 考えている間にも状況は動く。プレッシャー砲の照準を向けようとした蝿型をリックベイは急速接近して懐へと飛び込み、下腹部から引き裂いた。

 

 蝿型一機ごとの耐久率は極めて低い。プレッシャーソードでなくとも応戦出来る脆さであったが、問題なのは機動力とその数。

 

《スロウストウジャ》でやっと追いつけるほど、敵は装甲を犠牲にして素早さに振っている。加えて群れを伴って来る蝿型人機には熟練度の低い操主では如何にトウジャタイプとは言え、上を行かれる可能性もあった。

 

 だがカウンターモリビト部隊は自分が選び抜いた精鋭達。彼らにとって、油断はあってはならない。

 

 プレッシャーカノンが一射され、最後の蝿型人機を叩き落す。これで、と構えを解こうとしたリックベイの耳を劈いたのは新たな敵の熱源であった。

 

「ここに来て、まだ来るか」

 

 銃口を向けた先にいたのはゾル国のカラス部隊である。《バーゴイル》が編隊を組んでこちらへと接近していた。

 

『少佐? こいつら、まさか』

 

 考えた事は同じだろう。資財の不足、及び能力値を補正するために、ゾル国が蝿型人機の量産に踏み切った。

 

 つまり彼らの尻拭いをさせられたのだと。

 

 通信チャンネルが繋がれ、リックベイは応じていた。

 

「そちらに尋ねたい。今しがたの人機の群れは、その方の部隊か」

 

 返答次第では、とカウンターモリビト部隊が銃身を構える。ゾル国で応じたのは《バーゴイル》を率いる一機の人機であった。

 

 機体識別とその佇まいが何よりも証明している。

 

 本物の――《モリビトタナトス》である、という事を。

 

『通信を受け取った。こちら、《モリビトタナトス》。ガエル・シーザー特務大尉である』

 

 シーザー家の噂はC連合にも及んでいる。ゾル国を陰から動かすフィクサー。建国に当たっての幾つかの神話にさえも登場する名のある家系。

 

 その一族の人物がモリビトの搭乗者となれば穏やかな話ではない。

 

「応答感謝する。して、先ほどの人機部隊の所属であるが」

 

『我々のものではない、と伝えておこう。そちらに拠点は?』

 

「駐在用の拠点はない。各国共同のステーションに落ち着く予定であったが」

 

『ゾル国の軌道エレベーターまで来ていただきたい。これは、急務を要する事柄である』

 

 ゾル国側からの歩み寄りは初めてだ。読み違えればこれは《スロウストウジャ》という新型をむざむざ晒す事になりかねない。

 

『お断りだね。そっちの都合に付き合わされて新型を解析でもされれば面白くない。少佐、そうでしょう?』

 

 タカフミの言う通りだ。ここではゾル国との協定を結ぶよりも先に、ブルブラッドキャリアを追い詰める算段をつけるべきである。

 

『先ほどの無人人機をどう対処するのか、それも含めて会合の機会をいただきたい』

 

 蝿型の所在を知っているのか。あるいは、それこそがゾル国のアキレス腱か。リックベイは熟考の末に言葉を紡ぎ出す。

 

「……よかろう。カウンターモリビト部隊はこれよりゾル国駐在地にて合流。作戦行動を共にする」

 

『少佐? でも、そんな事をしたって』

 

 分かっている。こちらにデメリットしかない、と言いたいのだろう。だが、蝿型人機が先ほどのようにブルブラッドキャリアとの戦闘中に現れでもすれば、それこそ一大事だ。

 

 仕留め損ねるのを二度も三度も繰り返していいはずもない。

 

 ――次こそは撃つ。

 

 そのためには一つでも確実な手を踏む事だ。一つでもうまく立ち回れればブルブラッドキャリアとモリビトを追い詰める一手となる。

 

「その代わり、情報交換をしたい。我々はブルブラッドキャリアの切り札の情報を持っている」

 

 青いモリビトが発現させた金色の燐光。あれを知っているのはC連合のみのはずだ。当然、生き延びたのもこちらが初めてのはず。

 

 充分な交渉のカードにはなり得る。

 

《モリビトタナトス》を操るガエルは軽く手を払わせた。

 

『了承した。お互いに知っている事、知らない事を整理する必要があるらしい。我々は貴殿らを歓迎する』

 

 ブルブラッドキャリア排斥、ならびに蝿型人機の出所を洗い出すのには、自分達だけの力では時間がかかってしまう。

 

 出来れば余分なタイムロスは避けたいのだ。一秒でも早く、モリビトを追い込むのには情報が必要となる。

 

 相手の思惑を上回る情報が。

 

 歓迎とは名ばかりで、周囲を《バーゴイル》が囲っている状況は好ましくはない。《スロウストウジャ》の操主達にも苛立ちが見て取れた。

 

『……少佐、連中、おれ達を生かして帰すつもりなんてないんじゃ』

 

「だとしても、ここは彼らの提案に乗るのが一番だ。相手から言ってきたのだからな。交渉がしたいと」

 

『そりゃ、そうですけれど……方便でしょ?』

 

「口八丁で騙されて、か。いずれにせよ、我々はゾル国との衝突は避けられない。それが遅いか早いかの違いだけだ。なに、《スロウストウジャ》を容易く奪われるような者達だけで構成したつもりはない。いざとなればゾル国駐在地を掌握する」

 

 秘匿回線の向こう側でタカフミが息を呑んだのが伝わった。

 

『……下りますかね、連中』

 

「《スロウストウジャ》には力がある。何だ、もう自信をなくしたのか?」

 

『いえ、そんな事は……。ただ、先の戦闘で三機失いました。それは大きいかと』

 

 自分もまさかモリビト相手とはいえ、《スロウストウジャ》を三機も撃墜されるとは思ってもみなかった。これは単純に読み不足だ。

 

「失った兵の事を考えても仕方あるまい。だが、ツケは返す。その心持ちだけ失わなければいい」

 

 モリビト相手に因縁がまた出来たというわけだ。タカフミは通話越しに力ある言葉を放った。

 

『……絶対に、追い詰めてみせますよ』

 

 そうでなければ、と言葉が継げられる。そうでなければ何のために、《スロウストウジャ》という力を手に入れたというのか。

 

 全てはモリビトを倒すためだ。

 

 世界を変革させようとする相手を御するためにはさらなる力が必要となる。《スロウストウジャ》はその尖兵。これから先、百五十年前の隆盛を超える人機開発が行われる事だろう。

 

 先駆けとなるのはC連合だ。決して、ゾル国ではない。

 

 その矜持だけは胸の中にある。遅れは取るまい。無論、それは相手も同じはずだ。ゾル国がどのような事情で今回、協定を結ぼうとしているのかは不明であるが、恐らくはC連合にとっては優位に働く。

 

《スロウストウジャ》の技術だけで何年かは相手側の優位を覆せるはずだ。ゾル国が持っている《バーゴイル》の大部隊もトウジャタイプ相手では形無し同然のはず。

 

 調停はお互いのためにも一度執り行われるべき。

 

 ここでの停戦はいずれこの星の覇権を握るのはどちらか、という戦いの前哨戦に過ぎない。そこまで考えて、皮肉だな、とリックベイは自嘲する。

 

「どれほどまでにブルブラッドキャリアが策を弄しようとも、畢竟、争い合うのは地上の人間達か。どこまでも……」

 

 ――度し難いものだ。

 

 そう感じつつ、リックベイはゾル国の機動エレベーターを視野に入れていた。

 

 


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