ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯158 宇宙を舞う

『取ったァッ!』

 

 タカフミの声が通信を震わせる中、リックベイは戦局を見守っていた。

 

 宇宙に上がる前に弊害が発生すると思っていたが、どうやら相手は第一段階のこちらの作戦を上回ってきたらしい。

 

 だが、第二段階までは読めまい。

 

 衛星軌道上に展開する《スロウストウジャ》の編隊を誰が予見出来るものか。

 

 リックベイはタカフミの放った一撃に忠告する。

 

「取った、などと軽率に言うなよ、アイザワ少尉。連中は今まで幾度となく我々の思惑の先を行ってきた」

 

『でも、少佐の言う通りじゃないですか! コンテナに乗ってマスドライバーで来るってのは、先読み通りでしたよ!』

 

 むしろ、地上部隊がもう少し粘ると思っていたのだが、それはこちらも買い被っていたのかもしれない。いずれにせよ、モリビトにマスドライバーを明け渡した事は重大な汚点の一つだ。

 

 もっとも、すぐにそそげる汚点など、汚点とも呼べないものであったが。

 

「モリビト二機。地上から逃がすと思ったか。容易くその進路、明け渡すわけにはいかない。《スロウストウジャ》部隊――別命、カウンターモリビト部隊、参る!」

 

《スロウストウジャ》十機編隊がX字の眼窩を煌かせて爆発の煙の只中にあるモリビトを睨む。

 

 その時、煙が不意に晴れた。

 

 盾を有する青いモリビトが実体弾を跳ね返したらしい。だがもう一機は満身創痍である。

 

『デカブツのモリビト、首から上しかありませんよ? あれ、何のつもりなんですかね』

 

「置いてきた、と思うべきか。まだ地上部隊からの情報が来ないから何とも言えないが、何かしら切り捨てを行ったのは間違いない」

 

 青いモリビトがRソードを振るう。しかし、如何にモリビトが優れていようとも戦闘出来るのはたったの一機。

 

 押し込める、とリックベイは感じていた。

 

『ここで会ったが百年目だぜ! モリビト! 大人しくお縄につきやがれ!』

 

 タカフミの挑発に青いモリビトが銀翼を拡張させた。どうやら戦意は凪いでいないらしい。

 

 十機編成の《スロウストウジャ》を前にして、勝てる、と思い込めるメンタリティ。それこそが、とリックベイは笑みを刻む。

 

「……いいだろう。最後の最後まで世界の敵としてあるか、モリビトよ。ならば受けるがいい。《スロウストウジャ》の鉄槌を」

 

 リックベイが手を払った瞬間、三機の《スロウストウジャ》が前衛を取った。

 

 まずは小手調べ。プレッシャーカノンを有する標準装備の《スロウストウジャ》が青いモリビトを囲い込む。

 

 逃げ場をなくし、プレッシャーカノンのタイミングをずらしつつ掃射する。

 

 青いモリビトは機敏に反応しつつもどこか、その動きには迷いが生じている。《スロウストウジャ》十機を相手にするのに、温存、という選択肢を取るつもりなのだろう。あるいは本隊との合流を目論んでいるのか。

 

 あまり長期戦が出来ないのは同じ。

 

 リックベイはプレッシャーカノンを手にじわじわと包囲陣を固めていく《スロウストウジャ》の第一部隊の攻勢を確信する。

 

 近づけばプレッシャーソードによる近接戦で対応出来る。そう思い込んでいた刹那、青いモリビトの全身に金色の血脈が至った。

 

 何だ、と思う前にその姿が掻き消える。

 

 何が起こったのか誰も理解出来なかった。否、理解などする前に、包囲しようとしていた三機の《スロウストウジャ》は一瞬のうちに破壊されていた。

 

 迸った断末魔もリックベイは信じられなかったほどだ。三機の《スロウストウジャ》が撃墜され、青い血飛沫を常闇に浮かばせている。

 

 まさか、と息を呑んだ矢先、青いモリビトの熱源反応が急速にリックベイの機体へと接近していた。

 

 現状のどの人機をも上回る機動性能にリックベイは射撃兵装よりも近接武装を選んでいた。

 

 それは習い性の感覚がそうさせたのだろう、発振したプレッシャーソードの刃と敵のRソードが打ち合っていた。しかし、敵の出力のほうが遥かに上だ。

 

 金色の燐光を散らしつつ、眼窩を赤く染めたモリビトがこちらを睥睨する。

 

「モリビト……貴様、その力、如何にして」

 

『教えるつもりはない。ここで、お前達は全滅する』

 

「ほざけ!」

 

 振るった刃が空を切る。まさかの感覚にリックベイは急速に機体を後退させる。

 

 直上から打ち下ろされたRソードの余剰衝撃波だけで《スロウストウジャ》の装甲が激しく震えた。

 

「掠めただけで……か。だが、その威力、諸刃の剣と拝見した。そう長くは続くまい。カウンターモリビト部隊! 狙うのは隙だらけのデカブツのほうだ。そちらを包囲し、捕獲せよ!」

 

 自分の位置まで来るのに青いモリビトは相当な推進剤を使ったはずだ。当然、すぐに守りには入れないだろうと言う考えの下の指揮であった。

 

 しかし、射線に入った《スロウストウジャ》二機が頭だけのモリビトを前にして銃身を震えさせる。

 

 何だ、と思う前に《スロウストウジャ》二機がそれぞれお互いを狙って攻撃した。

 

「何をしている!」

 

『ち、違うんです、少佐……機体が勝手に……!』

 

『このモリビト、まさか俺達を操ってやがるのか……』

 

 一パーツレベルにしか思えないモリビトが二機の《スロウストウジャ》を支配のうちに入れている。リックベイはすぐさま命令を飛ばそうとして青いモリビトの剣筋に邪魔された。

 

「……型は粗いが、威力だけ底上げされると厄介なタイプだな。モリビト、貴様を討つというのは我々も同じ事。ここで潰えるのは我が方かそちらか、それだけの話だ!」

 

 薙ぎ払った一閃から敵人機は離脱し、一転して攻勢を見舞おうとする。やはりこちらとまともに打ち合うのは危険と判断している。操主としての腕では未熟に等しいが、単純な暴力というのは時に何よりも度し難く厄介だ。

 

 ただ殴ればいいという考えは他の危険性や視野の狭さを凌駕する。

 

 つまり、一撃必殺の戦法を純粋な戦闘神経が編み出す帰結へと相成るのだ。

 

 敵も必死、こちらも必死。お互いに譲れない線まで来ている以上、ここで退くという選択肢は浮かばない。

 

 タカフミの率いる実体武装の《スロウストウジャ》が青いモリビトを追って火線を開いたが、左腕の盾が実体弾を防御した。

 

「いかん! 反射が来るぞ!」

 

 リックベイの忠告が通信を飛び越える前に、反射した弾丸を受けたのは二機の《スロウストウジャ》であった。

 

 タカフミは辛うじて回避した形になったが、戦慄しているのが通話越しに伝わる。

 

『少佐……こいつの速度、全部前とは段違いに……』

 

「ああ、上がっている。悔しいが、一騎当千とはこの事か」

 

 青いモリビトが燐光を棚引かせながらリックベイへと間断のない攻撃を浴びせようとする。刃を受けながらリックベイは思案した。

 

 どうして、ここまで度の過ぎた能力を有しながら、全滅にこだわらず隊長機である自分へと攻撃を集中させるのか。

 

 近づいてきた敵を一機ずつ落としたほうが確実であるはずだ。だというのに、先ほどから攻撃はあくまで、敵からの追撃が来た場合のみ。モリビト自体は自分を狙い続けている。

 

 この事実が帰結する先は大きく二つ。

 

 自分への脅威度が高く、隊長機を潰せば、この即席に過ぎないカウンターモリビト部隊は総崩れになるのだという事を理解している聡明な操主であるという事。

 

 もう一つは、単純に時間との戦い。

 

 時間制限があり、なおかつ自分の腕に自信がないからこそ、隊長機を執拗に追い詰め、部隊全体に恐れを抱かせる。

 

 この二つの可能性は似ているようで実はベクトルは正反対だ。

 

 前者ならばいつでもこのカウンターモリビト部隊を潰せる腹積もりがあるはず。総崩れになるという理解の下ならば、この一撃一撃にもしっかりとした意味がある。

 

 だが後者であるのならば、これらは考えなしの一撃ずつだ。ただ闇雲に払っている刃ほど無意味なものはない。

 

 リックベイは何度目かの刃を受け止め、この敵操主がそれほどの熟練度を短期間で習得するはずがない事実に思い至る。

 

 ならば、モリビトの操主が現状使っているこの黄金の戦闘術自体に大きなデメリットがある可能性が高い。

 

 時間制限いっぱいまでに自分達を一機残らず退けなければならない。そのために最小限の被害のみで《スロウストウジャ》を退かせるのには、隊長機を狙うのが最も適している。

 

「……慌てているな、モリビト。その太刀筋、迷いが見えてきた」

 

 その言葉にモリビトがこちらの刃に激しくRソードをぶつけてくる。違う、という意思表示ほど分かりやすいものはない。

 

 やはりこの操主、身につけたその力を使いこなせていない。

 

 ならば打つ手はいくらでもあった。個別通信チャンネルを開き、他の機体に繋ぐ。

 

「《スロウストウジャ》の残存兵に告ぐ。このモリビトはわたしとの戦いに夢中だ。背中を撃て」

 

 その命令には全員が震撼したようであった。

 

『……少佐、しかしこの距離では少佐の紫電に当たってしまいます』

 

「構わん。こいつの性格ではわたしは恐らく、無傷で済むだろうからな」

 

『そんな論拠のない……』

 

「いいから撃て。でなければしなくていい怪我をする事になるぞ」

 

 有無を言わせぬリックベイの声音に実体弾を持つ三機の《スロウストウジャ》が一斉掃射する。弾丸が青いモリビトに突き刺さりかけて、振り返り様にその盾で防御する。

 

 好機であった。

 

 リックベイは己の《スロウストウジャ紫電》に打突の構えを取らせる。その構えが平時のものではないのを悟ったのはあまりに遅い。

 

 実体弾を防御している間、青いモリビトは完全に硬直している。

 

 その懐に叩き込むのならば、今をおいて他にない。

 

「零式抜刀術――参の陣。暗夜疾風の辻風」

 

 放った打突の刃をモリビトは避ける術がない。その背筋に切っ先が突き刺さったのをリックベイは予感する。

 

 しかし、モリビトは防御陣を無理やり振り解き、Rソードで切り返してきた。一閃同士がぶつかり合い、お互いに大きく後退する。

 

『少佐、今のじゃ失敗に……!』

 

「いや、成功だ」

 

 その言葉を放った直後、モリビトから黄金の輝きが失せていった。電磁を纏っていた全身が軋みを上げ、燐光の残滓さえも窺わせない。

 

 タイムリミットだ。リックベイは全機に命じる。

 

「墜とすのならば、今が絶好の機会。カウンターモリビト部隊に告ぐ。全砲門、開け。目標、近接型のモリビト」

 

 カウンターモリビト部隊の照準が一機のモリビトへと注がれる。敵は逃れようともがくが、あまりにその挙動が鈍い。諸刃の剣である、という見立ては間違いではなかったようだ。

 

「ここで終わりだ。モリビトよ」

 

 一斉射の号令を出そうとリックベイは腹腔に力を込める。

 

 敵に最早逃亡の術はない。ここで潰えるのは目に見えていた。

 

 その時、通信を震わせたのは他でもない、熱源反応接近の警報であった。

 

「新たな熱源……? これは」

 

 最大望遠に入った敵影にリックベイは一斉掃射の声を仕舞わせる。

 

『少佐。近づいてくる機体群があります。これは……この羽音は』

 

 聞き間違えようもない。リックベイは敵の群れへと《スロウストウジャ紫電》を向かい合わせた。

 

 常闇の中でオレンジ色の眼窩をぎらつかせるのは蝿型の人機である。その数、二十機余り。

 

 地上で潰したはずの蝿型人機が何故宇宙に? という疑問を抱かせる前に、タカフミが叫んでいた。

 

『蝿型の? 少佐、こいつら地上と同じ……!』

 

「ああ。しかし解せんな。何故、ブルーガーデンの人機がここに」

 

『どっちにせよ、こいつら放ってはおけないでしょう! 見境ないんですから』

 

「それには同意だ」

 

《スロウストウジャ》部隊を率い、リックベイはこちらへと迫りつつある蝿型人機の群れに敵を見る目を据える。

 

「命拾いしたな、モリビト。だが今度は逃がさない」

 

 リックベイは号令し、蝿型人機にカウンターモリビト部隊を走らせた。

 

 


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