ロプロスの鋼の翼でも《ナナツー参式》を完全に押さえ込むのは難しいらしい。
やはりR兵装を封じられた形の《ノエルカルテット》では敵を征圧する事など出来ない。パイルダーのみになってしまった《ノエルカルテット》はマスドライバー施設に押し入っていた。
『《ノエルカルテット》、サイコロジックモード! 血塊炉炉心システムを有する敵の防衛網を突破する!』
桃の声が弾け、直後には自動砲台などの防衛システムが破損していた。
桃の力――サイコキネシスが作動し、敵の防衛策を完全に封殺する。《シルヴァリンク》はマスドライバー施設に常設されているコンテナのシャッターを開けた。
『ここは任されて欲しい』
元老院システムが敵の射出プログラムを書き換え、コンテナの放出を完全にこちらのものへと掌握する。
「これでお膳立ては整った。あとは……」
コンテナに収納されてマスドライバーから宇宙に上がるだけ。そう感じた矢先、ジロウの姿を取った元老院が身悶えした。
全天候周モニターにノイズが走り、システムが次々と切断されていく。
「これは……何が起こった! 元老院!」
『まさか……我々がマスドライバーを掌握するために一時的なプログラムに入る事を読まれていた? これは抗生プログラムだ、モリビトの内部OSへと押し入ってくるぞ……!』
「どうすれば……何とか押し出せないのか」
『無理だ……我々は所詮、バベルの残りカス。この抗生システムに抗う術はない……』
唇を噛み締める。こんなところで、なのか。もう少しで宇宙に上がり、本隊と合流出来るという段階で、諦めざるを得ないのか。
それが自分達の運命だと、嘲笑う死神に鉄菜はコンソールに拳を叩きつけた。
「こんなところで……! 立ち止まるわけにはいかない!」
だが言葉とは裏腹に全てのシステムがダウンし、《シルヴァリンク》は完全に沈黙を余儀なくされていた。
《ノエルカルテットパイルダー》だけではここを乗り切れない。
希望は潰えた。そう思った、その時であった。
『……大丈夫、マジ。鉄菜はここで諦めるような人間じゃないマジよ』
元老院の声ではない。鉄菜は目を見開いていた。
「ジロウ……なのか」
『確かに元老院のプログラムは敵に塗り替えられるかもしれないマジが、その肩代わりをすればいいだけの話マジ。これでもモリビトの専属AIなら、抗生プログラムをこちらに誘導するくらいわけないマジよ』
『だがそれは、君の消滅を意味するぞ……モリビトのシステムAI』
元老院の言葉に鉄菜は咄嗟にジロウへと手を伸ばした。
「駄目だ、ジロウ! お前は! ここで消えちゃいけない!」
自分でも驚くほどに声を張り上げていた。ジロウが消えてしまえば、自分は何を寄る辺にして戦えばいいというのだろう。この惑星に降り立ってから、ジロウに幾度となく救われてきた。
自分一人では《シルヴァリンク》で目的の達成など出来なかったのは言うまでもない。
ジロウは汚染されていくシステムの中、静かに言いやっていた。
『大丈夫、マジ、鉄菜。……鉄菜はもう充分に、強くなったマジよ』
「違う……まだだ。まだなんだ、ジロウ。お前がいないのならば私は……《シルヴァリンク》に乗る資格なんてない」
頭を振った鉄菜は頬を流れる熱いものを感じていた。これは、と息を呑む。
「私が……泣いて」
『誰かのために泣けるのは、人間だけマジ。鉄菜は正真正銘、人間マジよ。何の心配も要らないマジ。安心して、旅立てそうマジ』
ジロウのシステムが攻勢プログラムに掻き消されていく。その最後の残りカスに鉄菜は手を伸ばした。
「駄目だ! ジロウ! 傍に……いてくれ」
ジロウはただのアルマジロ型のAIだ。だがその瞬間、確かに――微笑んでくれたような気がした。
『……さよならマジ。鉄菜』
抗生プログラムの呪縛が消滅し、全天候周モニターが復活する。
だがそれは、ジロウというかけがえのない存在との永遠の別れの象徴であった。
『……モリビトの操主。彼が行ってしまった。我々が生き残るべきでは、なかったのかもしれない』
元老院の声音に鉄菜は面を伏せたまま応じていた。
「……いや、エクステンドチャージをこれからも使用するのならば、元老院とバベルは潰えてはいけない。ジロウの判断は正しい。最善のはずだ」
『だが、鉄菜・ノヴァリス……それは』
「黙っていてくれ。今だけは、どうか黙っていて欲しい」
鉄菜はRソードを振るい上げ、シャッターを解除させる。《ノエルカルテットパイルダー》を収納し、《シルヴァリンク》が続こうとした刹那、一機の《ナナツー参式》が襲いかかってきた。
『まさか、少佐の先読みが外れるとはな。だが、ここまでだ! 潰えろ、モリビトォ!』
ブレードを掲げた《ナナツー参式》が《シルヴァリンク》へとその刃を打ち下ろす。
鉄菜はRソードでブレードと打ち合い、拡張する干渉波のスパークの中に、ジロウとの思い出を見ていた。
最初に降り立つ前よりジロウは欠かす事の出来ない相棒であった。
《シルヴァリンク》を構成する一パーツ以上の存在であった。自分が間違えそうになっても、ジロウだけは、自分を信じてくれるのだと思っていた。
絶対に信用出来る味方。本当の理解者。ある意味では親兄弟以上の――大切な……。
「ジロウ。お前が作ってくれた活路、無駄にはしない。だから、ここでこいつを潰すのは、ただの八つ当たりだ。それでも!」
《シルヴァリンク》がRソードを弾き上げ、敵人機へと膝蹴りを叩き込む。よろめいた《ナナツー参式》の胴体を剣筋が斬りさばき、返す刀が上半身を両断する。
寸断された《ナナツー参式》を睨み据えた《シルヴァリンク》がRソードを突きつける。
キャノピーから逃げ延びる操主を見送ってから《ナナツー参式》のコックピットを叩き潰した。
『クロ……』
「大丈夫だ。桃・リップバーン。もう私は、元のブルブラッドキャリアの執行者だ」
コンテナのシステムに介入し、シャッターを閉じさせる。マスドライバー施設の入力は自動的に行われ射出のカウントダウンに入った。
直後、胃の腑を押し込む重力がコンテナにかかり、二機分の重量を抱えたコンテナが放出される。
速度を増し、成層圏へと続く虹の皮膜を突き抜け、すぐさまコンテナは無重力の虜になった。
重力圏を抜けたのはあまりに呆気ない。だが、それでも犠牲になったものがいる。
『ロプロス、ロデム、ポセイドン……。ゴメンね、みんな。モモが弱いから、こんな事に……』
《ノエルカルテット》を構成する三機の血塊炉が犠牲になった上に、ジロウはもう戻ってこない。
それだけでも充分に痛手であったが、鉄菜はそれを実感している暇もないと理解していた。まず宇宙に上がった事を本隊に報告せねばならない。そうでなければバベルを掌握された今となっては地上での作戦行動は不可能だと元老院が結論付けている。
「すぐにでも、本隊に位置情報を送信して……」
言いかけたその時、熱源反応の急速な接近に鉄菜は瞠目する。
人機の放った攻撃熱源が真っ直ぐにコンテナへと直進している。このままでは、と鉄菜は操縦桿を握り締めた。
「《シルヴァリンク》!」
Rソードを発振させ、コンテナを内部から溶断する。
切り裂いた鉄菜の視界に入ったのはミサイル弾頭だった。まずい、と判じたその時には爆発の光が拡散していた。