ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯156 カウンターモリビトⅢ

 ここまで固めたところで、と《ナナツー参式》に乗り込む操主の一人がぼやいていた。

 

「どうせ、二回も三回もマスドライバーに仕掛けるなんてしないっての」

 

 既に前回、モリビトを退けた矜持がある。全員がどこかのほほんと構えていた。

 

『だな。モリビトだって馬鹿じゃないんだ。本国で配備されている《スロウストウジャ》にも勝てやしないのに、宇宙にわざわざ上がりたがるのは割に合わない』

 

 ナナツーの操主はコックピットに持ち込んだ携帯食料を齧り、その味気ない栄養食を飲み込んでから言いやった。

 

『ゾル国が胡乱な動きをしているってよ。ネット上では話題だな。ブルーガーデンの最終兵器をゾル国が持ち出して、それを改造してるって言う』

 

『おいおい、ゴシップはほどほどにしておけよ』

 

 仲間達の笑い話に《ナナツー参式》乗りは笑みをこぼす。ここまで緊張感のない戦場も珍しかったが、今やモリビトでさえも大した脅威になり得ない。

 

 現状では唾棄すべき存在でありながらも、実際に現れたところでマニュアルめいた対処がそろそろ出来上がってくる頃合だ。

 

 惑星に牙を剥いたところで、こちらには何十年という人機戦術の壁がある。

 

 宇宙の辺境地でぬくぬくと育ったモリビトの操主ではどこかで限界が来るのは明白であっただろう。

 

 彼らは一様に待機命令を持て余していた。モリビトがどう仕掛けてきても《スロウストウジャ》のバックアップに頼るまでもなく応戦出来る。

 

 そう思い込んでいた矢先、海上を急速接近する目標が捕捉された。

 

『もしかして、モリビトか?』

 

 その声音もどこか囃し立てるようで、やはり本気度は薄い。誰かが海上を疾走する機体を最大望遠で捉え、それを全員の機体に同期させた。

 

 直後、弛緩していた海上警護部隊に緊張が走る。

 

『何だ、ありゃあ……。モリビトが、金色に輝いて……』

 

 同期された映像には金色の燐光を纏い付かせた大型のモリビトの姿があった。

 

 海上を行くその速度は今まで観測されたどの人機よりも速い。瞬く間に警戒水域に至り、おっとり刀の警報が鳴り響く。

 

『全機、照準! モリビト二機を確認! 長距離砲にて迎撃する!』

 

《ナナツー参式》は弐式に比して装備の幅が段違いだ。弐式では腕ごと換装するしかなかった長距離迎撃装備も、肩口にマウントされた兵装ラックが補助してくれる。

 

 全機体が長距離滑空砲を装備し、その照準器を黄金のモリビトへと据えた。

 

 モリビトは速いがこちらが張っている事には無頓着であろう。その機体が地上に辿り着く前に十機以上の《ナナツー参式》による迎撃の前に沈むのは確定。

 

 引き金に指をかけようとしたその時、大型のモリビトが砲塔を突き上げた。

 

 充填されゆくエネルギーの余波で空間が歪む。灼熱でモリビトの姿が揺らめいた瞬間、まずいと感じたのは何人だっただろう。

 

 少なくとも、まずいと感じて咄嗟に《ナナツー参式》を下がらせられたのはほんの一握り。

 

 それ以外は直後に放出されたR兵装の強大な衝撃波に叩き潰されていた。この世に存在したという尊厳さえも消し去るほどの長距離兵器による余剰電磁波で通信が途絶する。

 

 ナナツー部隊のうち、生き延びた数名が粉塵を引き裂いて後退していた。

 

『何なんだ! 何なんだ、あの人機は! こんな破壊力……!』

 

 絶句したのは海上に面する沿岸部を抉った爪痕であろう。C連合の造り上げた造船所は見る影もなく消え失せ、警戒水域を見張る灯台は消滅していた。

 

『生き残った機体は寄り集まれ! 三機編隊を維持し、海上より来るモリビトの第二波に備え――』

 

 その言葉尻を引き裂いたのはリバウンドの刃を振り翳す青いモリビトであった。

 

 大型人機のモリビトを乗り捨てて上陸した青いモリビトが滑るように《ナナツー参式》の射程に入り、その刃で胴体を叩き割っていく。

 

 しかしこちらとてただやられるためだけに存在しているわけではない。ブレードを持ち替えた《ナナツー参式》がRソードと打ち合う。

 

 干渉波のスパークが散る中、昂揚した神経が言い放っていた。

 

「どうだ! これが、C連合のナナツーの力!」

 

 そのまま横薙ぎに振るおうとしたブレードを割って入った何かが噛み砕く。

 

 電磁の牙を軋らせ、機獣が《ナナツー参式》の懐へと潜り込む。何が起こっているのか、判ずる前に転がっていく状況の中、翼竜が空を舞い、海上より支援機のミサイルと銃弾が陸地の《ナナツー参式》を圧倒した。

 

 加えて青いモリビトの近接兵装にはマニュアルが出来上がりつつあるものの、それでも現場の操主には負担が大きい。

 

 ブレードをいなした青いモリビトが《ナナツー参式》を蹴り上げ、機獣と共に内地を目指す。リーダー機が声を張り上げた。

 

『逃がすな! 連中の目的はマスドライバー施設の占拠だ!』

 

《ナナツー参式》数機が青いモリビトを追う機動に入るが、それを制したのは翼竜の翼であった。

 

 叩きつけられた鋼の翼の一閃にナナツー部隊がたたらを踏む。

 

『おのれ、自律兵器風情が!』

 

 アサルトライフルに持ち替えた《ナナツー参式》の機銃掃射が翼竜へと狙いをつける。翼竜は身を挺してでも青いモリビトの進路と、もう一機――頭部だけになった大型人機のモリビトを守っていた。

 

 大型人機のモリビトへと照準を変えようとすると海上からのミサイルによる一斉射を食らう。

 

《ナナツー参式》が砂塵を踏みしだきつつ、現状の把握に努めようとした。

 

『青いモリビトと赤と白のモリビトを守るために、この三機が囮になっているというのか』

 

『まさか、マスドライバー施設を占拠するためだけに? モリビトは戦力を捨てるとでも?』

 

 これまでのモリビトの行動原理からは明らかに外れている。それでも自分達は兵士だ。与えられた命令を実行するしかない。

 

 翼竜の人機は先ほどのような高出力R兵装はもう撃てないようであった。翼で打つ攻撃を繰り返すが、どこか動きが鈍く単調である。

 

 機獣の人機も同じようであった。電磁の牙は恐ろしいものの、こちらの機動力にまるで付いて来られていない。

 

『……おい、こいつら、事前に聞いていたよりもずっと……』

 

『ああ、弱い……でも、これも作戦じゃないという確証もない。このまま我々を油断させる腹積もりの可能性もある。今は、モリビト本体を追いつつ、この三機を蹴散らしにかかるぞ。ナナツー部隊、それぞれの人機を押さえる。各機、散開! こいつらは一機ごとに潰せばいけないわけでは――』

 

 その言葉尻を引き裂いたのは翼竜の突撃であった。ブレードを翳した《ナナツー参式》がその馬力に気圧されるが、押し返せないほどのパワーではない。切り返したブレードの一閃が翼竜の腹腔に叩き込まれた。

 

 呻く翼竜にナナツー部隊は確信する。

 

 この三機ならば狩れると。

 

 だが、どうして、という疑念もついて回った。大型人機のモリビトはこの三機ありきの存在のはず。だというのに、自身の戦力を削ってまでマスドライバー施設にこだわる理由が見出せない。

 

『宇宙に上がるためだけに? それだけのために、ここで戦力を? ……解せないな。やはり一機くらいはモリビトを追うのに割くべきか』

 

『でも、《ナナツー参式》一機でモリビト二機を相手取るのは』

 

 分かり切っている。この状態でモリビトを追撃するのは難しくなった。三機を相手にしている間に敵はその目的を達成する事だろう。

 

 しかし、ただ単にやられるためだけにこの施設はあるのではない。

 

 ナナツー部隊を率いる小隊長は通信に吹き込んでいた。

 

『……サカグチ少佐の言った通りになったのなら、作戦をフェイズ2に移行する。敵モリビトを確実にここで取り押さえるぞ』

 

 


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