ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯154 生還の先に

 数度目の再起動を試みたが、やはりバベルの九割近くを乗っ取られたのは間違いないらしい。

 

《ノエルカルテット》は合体状態を維持するだけで精一杯のようであった。

 

 普段のようにR兵装とバベルを併用した無敵の情報戦術機体の本領は発揮出来そうにない。

 

 鉄菜はロデムより血塊炉の供給を受けながらコックピットに佇むジロウの姿を取った元老院へと言葉を突きつける。

 

「これが、お前らの望んだブルブラッドキャリアの排斥か」

 

 元老院の生き残りは自分達がもう存続不可能な状態である事。与り知らぬ組織に全てを掌握された事を語った。

 

 残りカスのような元老院はバベルの最も深い部分のみを持ち去っているだけで、その大部分は使用不可能であるとの結論を下す。

 

『悔しいところだが、連中の根回しに我々は完全に読み負けた、という事になる。事ここに至って元老院の擁する戦力は全滅……いや、全滅ならばまだいい。恐らくは逆利用された』

 

「レギオン、っていう組織に、ね。モモ達じゃ、どう足掻いたって勝てないくらいに大規模な組織だって言われても、今は何の論拠もないわ」

 

 バベルが使用出来ない現状、それを確かめる術もない。元老院が嘘を言っている可能性もあったが、鉄菜は先の現象を突き止める事が先決だと感じていた。

 

「エクステンドチャージとあったな。あれはどういう仕組みだ」

 

『元々、全ての血塊炉に組み込まれているシステムだ。制御の核となるのは大型のシステムOS……ここで言うところのバベルだな。バベルのシステムを組み込んだ人機ならば事実上、全て適応範囲にある』

 

「モリビトじゃなくっても、っていう事?」

 

 問題なのはそこであった。モリビトでなくともこの力が使えるのならば《スロウストウジャ》部隊に逆利用される事もあり得る。しかし、元老院はその可能性を棄却した。

 

『惑星の人機には厳しい制限がかかっている。これは百五十年前の三大禁忌よりもなお深い階層の権限だ。レギオンが気づくとしてもそれは数年を要するだろう。今はまだ、こちらに優位があると思っていい』

 

「優位、ね。でも《ノエルカルテット》はその能力のほとんどを封じられて、頼みの綱はクロの《シルヴァリンク》だけだけれど」

 

 心許ないのはお互い様だ。二機のモリビトだけで最新鋭の《スロウストウジャ》に勝利出来るとは思っていない。

 

 元老院はジロウの姿を借りながらモリビトのシステムに接続した。

 

『エクステンドチャージは血塊炉に多大な負荷を強いる。連続使用は不可能だと判断して、一回に使えるのはせいぜい三分。加えて使用後には血塊炉の出力は大きく落ちる。R兵装を主とするモリビトでは一日に一回きりだと思っていいだろう』

 

 一日一度しか使えない切り札。鉄菜と桃は視線を交し合った。

 

「バベルのシステム影響下にあれば《ノエルカルテット》でも使える……。桃・リップバーン。今、私達がすべき事は一つだ」

 

「分かっている。もう一度マスドライバー施設に仕掛けて宇宙に上がる事……。でもクロ、そんな事、相手も予期していないはずが」

 

「だからこそ、蹴散らしながら行く」

 

 その言葉の意味を汲んだのか、桃が驚嘆に目を見開いた。

 

「《ノエルカルテット》の一点突破……不可能じゃないかもしれないけれどでも、そうなった場合、《シルヴァリンク》だけで他の人機を相手取らなきゃいけない。リスクが高過ぎる」

 

「だが、他に方法もあるまい。三号機の合体状態を維持するのは《シルヴァリンク》が引き受ける。一発でいい。敵の鉄壁の城砦を打ち砕く一発を放った後、全てのシステムをそれぞれの機体に譲渡。そこから先は出たとこ勝負だ」

 

 たとえどれほどに拙い作戦であっても、自分達の出来る最善を行うしかない。握り締めた拳に、桃は不意に笑い出す。

 

 その様子に鉄菜は怪訝そうな視線を注いだ。

 

「……何故笑う?」

 

「何でだろう? 分かんない。状況的には不利なのに、絶望するしかないって言うのに、なんかね……クロ、別人になったみたい。最初に出会った時から考えると、ね」

 

「私が、別人?」

 

 考えられない言葉に鉄菜は面食らう。桃は頬を掻いて言いやった。

 

「でも、それも当たり前なのかもね。クロは、だってたくさん戦ってきたもの。今まで宇宙の常闇でしか知らなかった、知識でしかなかったものから、自分で選び取るまで。きっと、クロは成長したんだよ。アヤ姉がいたら喜んだだろうけれど」

 

 その言葉尻に僅かに悔恨が混じる。彩芽を救えなかった。だが、彼女の言葉は今も生き続けている。己の中で。燻り続ける炎となって。

 

「彩芽・サギサカは……私に変わって欲しかったのだろうか。心に従えと、言っていた。心というものが何なのか、私にはまだほとんど分からない。形骸上の代物だとも思うし、そんなもの、どこにもないのだとも思えてしまう。それでも信じたいんだ。それは……いけない事なのだろうか」

 

「いいえ、クロ。きっと、アヤ姉もそれを望んでいると思う。……行きましょうか。モモ達の戦いは、終わっていないんだから」

 

 血塊炉の供給が完了し、鉄菜は《シルヴァリンク》へと乗り込む。四機分のシステムを背負った《シルヴァリンク》は明らかにオーバースペックだ。これでは通常の戦いの半分の力も出せないだろう。

 

 元老院のシステム補助を借りてようやく、《ノエルカルテット》が四機合体を果たす。しかし、合体した直後から既に分離までのタイムリミットは迫っていた。刻限が表示される中、鉄菜は面を上げる。

 

「行くぞ。私達の存在意義を、示すために」

 

 操縦桿を握り締めた鉄菜の双眸に、最早迷いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呼びかけても応答がないばかりか、シグナル消失の報告にニナイは焦りを募らせるばかりであった。

 

 地上のモリビト二機のシステムが書き換わり、バベルの認証コードが何度試行しても再認不可能になった。

 

 その事実はブルブラッドキャリア全体の指揮系統に影響を与えていた。

 

「続けて。バベルが使えないとなれば、次仕掛けられれば終わりなんだから」

 

 構成員達の言葉が継ぐ中、不意に声が投げられた。

 

「バベルが使用不可能に陥った場合。想定されていない状況ではないんだけれどね」

 

 リードマンの落ち着き払った声音にニナイは敵意を飛ばす。

 

「あなただって責任者でしょう?」

 

「担当官は自分の担当の操主を気にするものさ。僕の場合は鉄菜・ノヴァリスだからね。今の君のように我を失っている場合でもない」

 

 その言葉はニナイの神経を逆撫でするのに充分であった。眉を跳ねさせ、ニナイは言いやる。

 

「……こちらに落ち度があったと?」

 

「そこまでは。ただ、落ち着けと言っているんだ。コーヒーでも飲んで」

 

 差し出されたマグカップをニナイは手で払い落とした。

 

「彩芽が死んだのはこちらのせいだって言いたいんでしょう! そんなに蔑みたいのなら……!」

 

 そこまで言いかけて構成員達の視線が注がれている事にニナイは気づく。咳払いし、言葉を継いだ。

 

「……失礼。みんなはバベルへのアクセスを実行して。このままじゃ攻め立てられた時に対処出来ない」

 

 了解の復誦が返る中、ニナイは地上のモリビトのシグナルが最後に示した場所を睨んでいた。

 

 岩礁地帯でモリビト二機は別のシステムに乗っ取られた可能性が高い。バベルの守りがあればそのような事はあり得ないのだがバベルが掌握された最悪のシナリオを想定した場合、モリビト二機の拿捕さえも視野に入れる必要がある。

 

「……捕らえられれば噛み付くくらいはするとは思うがね」

 

 こちらの思惑を悟ったような言い草をするリードマンにニナイは刺々しく言葉を放つ。

 

「どうかしら。あなた達の造った人造血続じゃ、そんな気概もないんじゃないの」

 

「手厳しいな。確かに戦闘中に昏倒してしまうのは想定外だったが、彼女はまだこれからだ。伸びしろはある」

 

「どれだけ伸びしろがあっても、その機会さえも失われれば終わりだと言っているのよ」

 

「では逆に問うが、ここでモリビト二機が鹵獲され、なおかつ敵に回ったと仮定した場合、敵からの布告がないのは奇妙ではないか?」

 

 それは、とニナイは口ごもる。《モリビトタナトス》の前例がある以上、少しでも陣営に優位に働くのならば情報が動くはずだ。

 

 それがない、という事はまだモリビト二機は生きている可能性もあるが希望的観測にすがっていれば裏切られた時が痛い。

 

 リードマンはコーヒーを啜り、どこか達観した言葉を継ぐ。

 

「《シルヴァリンク》も、《ノエルカルテット》も簡単にやられるようには出来ていない。抗うというのならばまずは信じる事だ。そうしないと何も始まらない」

 

 信じるとは言っても、もう自分の駒は消えたのだ。彩芽はもう二度と戻っては来ない。その事実が重く圧し掛かり、ニナイは沈痛に面を伏せた。

 

「どうしろって言うの……。モリビトの安否は不明。それに執行者二人では地上戦線を生き延びる事すらも難しい。このブルブラッドキャリア本隊に、合流してくるかどうかさえも怪しいのよ。期待するなんて」

 

「期待しろと言っているんじゃない。ただ、少しばかり信用しても罰は当たらないと思うがね」

 

 信用。今まで、彩芽に対して勝手に抱いてきた一方的な感情だ。それを他者に向けるなど考えも出来なかった。

 

「……信用は一朝一夕で築けるものじゃない」

 

「だからこそ、だ。我々にとってモリビトの存在は希望そのものだろう。今は、座してその希望がどのように花開くのか、それを待つ事だ。待って、少しでもいい未来が訪れる事を」

 

 少しでもいい未来。そのようなささやかな願い、叶える事は許されるのだろうか。自分達は惑星から追放された逆賊の徒。そのような人間に明日を描く資格など。

 

 その時、緊急暗号通信が開いた。

 

 管制室のウィンドウに開いたのは地上からの通信回線である。

 

 まさか、と視線をやったニナイはその通信域がゾル国である事を確認した。

 

「これは……ゾル国本国が宇宙に駐在する部隊に送った通信ですね」

 

 偶然に拾い上げたというわけか。ニナイは接続させる。

 

「繋いで」

 

『……達す。宇宙に位置するブルブラッドキャリア殲滅隊に告げる。この機体を決して防衛ラインから剥がすな』

 

 上官らしき男の命じた声と共にデータが送信されてくる。暗号化された機体認証データを開封すると、そこには見た事もない人機の集積データが入っていた。

 

「……何だ、これ」

 

 鉤爪を思わせる四肢。緑色に染まった機体は特徴的な頭部の意匠を持っており、全身これ武器とでも言うように刺々しかった。

 

 今まで該当する機体は存在しない。上官は重々しく口を開く。

 

『諸君には……見覚えのない機体だろう。国家の威信をかけて命じる。この人機、《キリビトエルダー》を完全破壊せよ。既に降りているブルブラッドキャリア殲滅指令は後回しにして構わない。この人機は災厄の導き手だ。これを見れば、君達には事の重大さが分かるだろう』

 

 続いて映し出されたのは融け落ちたように円形に穿たれたリバウンドフィールドであった。

 

 修復する気配もない世界の穴は間違いが解き放たれた事を示唆している。

 

『繰り返す。《キリビトエルダー》を破壊せよ。この人機に対して、手加減は無用だ。モリビト以上の脅威とする』

 

「モリビト以上の脅威……? どういう事? 地上で何が……」

 

 探ろうにもバベルが破損している現状ではこちらの優位は保てない。リードマンはコーヒーを飲み干しつつ、事実を反芻した。

 

「地上の、キリビトタイプの一機か。封じられた人機のはずだ。だというのに、今、それが暴走している。……言わんとしている事ははっきりしている。ゾル国は尻拭いをさせるつもりだ。現地軍に、ね。だが、恐らくは失敗するだろう」

 

「どうして、そう言い切れる?」

 

 リードマンはマグカップを掲げて皮肉な笑みを浮かべてみせた。

 

「リバウンドフィールドを地力で破れるような化け物相手に、《バーゴイル》の寄せ集めでは敵うはずもない。時間稼ぎが関の山か」

 

「この人機を捕捉する事は」

 

「無理だろうね。しかし、《キリビトエルダー》を操る操主の思想は見透かされる」

 

 思わぬ言葉にニナイは振り向いた。

 

「この人機が何のために宇宙に上がってきたのか、分かるって言うの?」

 

「なに、至極単純さ。宇宙にいるのは我々とゾル国の駐在軍のみ。となれば、潰したいのは何なのか、分からないはずもない」

 

 その段に至ってニナイは《キリビトエルダー》の思想が理解された。しかし、まさかと声を震わせる。

 

「キリビトタイプが、ブルブラッドキャリア壊滅のための、切り札だって……?」

 

「そう考えるのが妥当だろう。ゾル国はそのために取っておいた機体が暴走したものだから躍起になって火消しに奔走している。……やれやれだ。大国とは言っても、ここまで愚かしく動く事になろうとは誰も思っていないだろうね」

 

 ニナイは奥歯を噛み締め、管制室に厳命を下ろした。

 

「……総員に告げるわ。キリビトタイプの接近を許すわけにはいかない。《アサルトハシャ》の発進準備を進める」

 

「ですが、《アサルトハシャ》はもう残存兵も少なく、これ以上の消耗は……」

 

「それでも、よ。生き延びなければ意味がないもの。……そうでしょう、彩芽」

 

 問いかけた先の言葉は虚しく残響するだけであった。

 

 


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