合流地点に訪れた鉄菜は彩芽から小言を漏らされた。
『一時間も遅刻。何してたの?』
「ブルーガーデンの輸送船と鉢合わせた。敵を迎撃。何も問題はない」
その言葉に彩芽がわざわざコックピットから出て直通回線を震わせた。
「大有りじゃない! 敵との遭遇は最小限に、って言われていたでしょうが!」
《インペルベイン》は静かなのに操主は随分と喧しいな、と鉄菜は感じて機体を静止させる。
「全機迎撃した。問題はない」
「だから、そういう事じゃないんだって! 貴女、本当に分かってやってるの?」
「分かって遭遇したわけではない。輸送船のルートなど極秘だろう。独裁国家ブルーガーデンの輸送船だ。何か、痛い腹でもあったに違いない。来なければ無視していた」
彩芽は首を横に振りながら、ナンセンスと肩を竦めた。
「そういう事でもないって言うの! 貴女、ブルブラッドキャリアの一員でしょう! もっと危機感を持たないと! 最初の《バーゴイル》との戦いもそう。必要不可欠な戦い以外は避けないと、いくらモリビトだって消耗する」
この説教では《シルヴァリンク》の奥の手を使ったなど言えそうにないな、と鉄菜はコックピットから出て彩芽と相対した。
「私にはこの通り。傷一つない」
「……《シルヴァリンク》は?」
「損傷は全く。《ブルーロンド》五機と交戦したが、相手の熟練度の低さが幸いした」
一機だけ妙に執念深いのがいたな、と思い出す。どこの国にも一機くらいは面倒なのがいたものだ。
「……エース機と交戦したのなら報告を上げなさいよ。でないと変にデータを相手に探られる事になってしまう」
エースという概念も今一つ理解出来ない。モリビトの前に敗北したのならば、それはただの敗者だ。
「問題はない。《シルヴァリンク》のエネルギーも許容範囲内だ。次の補給までにはきっちり持つだろう」
「言っておくけれど、まだ第二フェイズは終わっていないのよ?」
「承知している。あらゆる戦争への介入。今回の敵なんてまだ生易しい。本当の戦いはこれからだ」
鉄菜は《シルヴァリンク》の眼窩を手で撫でる。酷使するとすればこれから。本当にまずいのはその時になって戦えない事だ。
彩芽は腕を組んで鼻を鳴らす。
「分かっているのか分かっていないんだか……。《インペルベイン》は最小限の弾数しか使用していないわ。それも分かっているんでしょうね?」
「見ていれば理解出来た。《インペルベイン》はそういう機体なのだろう」
相手を翻弄し、圧倒的戦力差を見せ付ける事で出来るだけ実体弾の使用を控えるタイプだ。しかし、ならば何故、自分相手には撃ってきたのだろう。そこが解せない。
「……妙に整合性がない、って思っている顔ね」
「そのような顔をしているか?」
「しているわよ。自分には撃ってきておいて、みたいな。わたくし達はモリビトをそれだけ軽視していないって事。モリビト乗りなら、それだけで脅威判定はぐっと上がる。だから、最小限の本気で相手したまで」
「言葉の矛盾だ」
「言い方が悪かったわね。作法通りの戦いで通したって事」
作法と言われても、それが鉄菜には全くの理解の範疇ではないのだが。彩芽はそれ以外の言い方を思いつかない様子だ。
「作法、か。私も作法で応じた。これでいいのか?」
「貴女ね……。まぁ、あんまり言ってもわたくし達は全員、別々のタイミングで降りてきたわけだし、その辺りは各々、と言えなくもないけれど」
鉄菜は今回の合流地点である離れ小島を見やる。ブルブラッド大気で樹木は消えた、と聞いていたが異常発達した木々が乱立している。
手首の端末と同期すると大気濃度は六割を切っていた。
「ここは手薄が過ぎる。それに、植物が生えているなんて」
「あら、意外? 植物は絶滅したって聞いていた?」
首肯すると彩芽は腰に手を当てて講釈を始めた。
「ブルブラッドキャリアの持っている情報も古いって事よ。最新のデータでは植物……というよりも植物を模した鉱物は存在している事になっている」
鉄菜は《シルヴァリンク》の姿勢を僅かに沈めさせてその手に降り立つ。木々のように見えた物体の末端に生えているのは「葉っぱ」と呼ばれるものではなくそれを精巧に模倣した鉱物であった。
叩くとキィンと音がする。
「やはりブルブラッド大気の中では植物は育たない」
「有毒ガスなのは変わらないけれど、この植物型の鉱物が生えている場所は、結構大気の汚染濃度が薄いのよ。何でだか知らないけれど」
彩芽でも分からないのか。しかし汚染濃度が低いのは確かである。彩芽もマスクをしていない。
健康被害は常人ならば三割以上と言われているが、自分達ブルブラッドキャリアならば六割でも清浄な空気に近い。
「この鉱物は、何か作用を?」
「分からない。わたくしは研究家じゃなくって操主だからね。でも、操主なりに感じるものとしてみれば、その鉱物は多分、害悪じゃない」
鉄菜はホルスターからアルファーを取り出し、そっと翳してみる。するとアルファーの淡い輝きに反応して鉱物の末端が輝き出した。まるで散らばった星々の煌きである。
彩芽も初めて見る現象のようで目を見開いている。
「……何それ」
「この鉱物は恐らくアルファーと同一物質だ。ブルブラッド大気の中で育つ、という事から鑑みて、多分自然現象のアルファーだろう」
「自然発生のアルファー……古代人機のようなもの、という事?」
古代人機はこの星に宿る古代の地層で眠る血塊炉が命の結晶となったものだ。ゾル国がこぞって破壊しているがあれは惑星の命そのもの。消える事はあり得ない。その事実は百五十年前にブルブラッドキャリアが学会に証明したはずだが握り潰されているようであった。
「それに近い。古代人機はいないのか? この辺りは海が多くって居そうだが」
「海底に沈んで眠っているわ。古代人機だっていつでも活動期ってわけじゃない」
足元を指差した彩芽は古代人機に関しての知識はある程度持っている様子だ。この際だから情報を共有するべきだ、と鉄菜は古代人機に関して切り出した。
「最新の情報との差異を知りたい。古代人機に関してこの星の人々はどういう認識でいる?」
「排除すべき対象……いいえ、あれはゲームの景品ね」
「景品?」
「ゾル国には古代人機狩りの連中がいるのは」
存じている。鉄菜が頷くと彩芽は後頭部を掻いた。
「その連中が古代人機の撃墜数を競っているのよ。エースには〝モリビト〟の称号が与えられるんですって」
「モリビトの?」
「皮肉な話ね。自分達で封印した技術の結晶であるモリビトと、人々の守り手、という意味のモリビトの勲章が同じだなんて」
「勲章なんかになっているのか。モリビトの本来の意味を知っている人間は?」
「わたくしの調べた範囲ではいないみたい。ゾル国の撃墜王、で通っている」
惑星の者達の記憶からいつ、モリビトの名前が消え失せたのだろう。百五十年前などそこまで旧世紀でもあるまいに。
「でも、ここにいるモリビトは違う」
「わたくし達の駆るモリビトは、ね。その辺り混乱があるみたいだけれど、まぁ知った事じゃないでしょう。世界が混乱するのなんて見えているんだし」
惑星では撃墜王の名で、自分達の間ではこれが救世主の名前であった。
――モリビト。それは最後の希望。
言い渡された時の事は今でも覚えている。モリビトを使えばきっと、惑星の自治権を取り戻せる、と。
ブルブラッドキャリア達の執念を。
「しかし、分からない事がまだ山積しているわ」
彩芽の手首に同期された端末から少女型のアバターが飛び出した。投射映像の少女はハサミ型の髪留めをしている。小柄で、華奢な姿であった。
「これがルイ。わたくしの相棒」
AIサポーターか。ジロウが前回、会話したと言う。鉄菜は初対面を装った。
「声だけなら」
『改めて、はじめまして、鉄菜・ノヴァリス。でも、あなた違うわね』
違う、と言われて鉄菜は眼前の対象を睨む。ルイは手を振った。
『怒らないで。他意はないわ』
「他意はない? ではどういう意味か」
「鉄菜。この子、《インペルベイン》の火器管制をやってくれているから気が立っているの。失礼な発言があるかもしれないけれど」
『失礼な発言? マスターほどじゃないわ』
自分の主さえも軽んじるAIルイはふっと消えたかと思うと《シルヴァリンク》に降り立っていた。
『この辺なんだけれど……』
その鼻先を鉄菜の放ったアルファーが射抜く。ルイは覚えずといった様子で後ずさっていた。
『何を――』
「私の《シルヴァリンク》に触れるな」
殺気立った声音に彩芽がまずいと判じたのだろう。ルイをすぐさま自分の側に寄せさせる。瞬間移動のようにルイが彩芽の傍らに現れた。
『……冗談も通じないのね』
腰に手をやったルイを鉄菜は睨み返す。いつでもアルファーで射抜ける、という牽制のためにホルスターに手を留めて威嚇した。
「何がしたい?」
『別に。そっちにもAIサポーター、いるんでしょ? 見ておきたかっただけ』
「AIには不必要な興味だ。失せろ」
鉄菜の気迫にルイが肩を竦めた。
『今日日、AIサポーター程度、見られたくらいで』
「言い方が悪かったな。私はお前達を信用し切っていない。だから手の内全部は見せない」
息を呑んだのは彩芽も同じであった。似たもの同士の感があるAIと操主が目線を交わす。
「こりゃ随分と」
『難儀な事ね。信じられていない、か。別にいいわ。こっちはこっちでやるだけだもの』
「ちょっと、ルイ。わたくしまで巻き込まないでよ。わたくしは、一応、鉄菜に敬意を示している」
『敬意を示したところでリターンがないのでは同じよ、マスター。やっぱり《インペルベイン》の肩が一番落ち着く』
ちょこんと《インペルベイン》の肩に座り込んだルイはマイペースだ。彩芽が苛立たしげに髪をかき上げる。
「とにかく、今は第二フェイズの進行ね。それを進めないとどうしようもない」
ここで疑問になってくるのは合流予定の三機目のモリビトの所在である。
「三号機は? まだ合流してこないのか」
「続報はなし。あのテロを未然に防いだ以外に大型人機を目撃したと言う情報さえもない。つまり、三号機とその操主は完全に行方をくらませた」
「《インペルベイン》の……優秀なAIで探してみればどうだ」
『生憎だけれど、《インペルベイン》は自分の事は出来ても他人の面倒までは見られないのよ。それほど暇でもなくってね』
舌を出したルイに鉄菜が睨みつける。
「……怒ってあげないでね。あれでも優秀なAIなんだから」
「ああ、優秀な火器管制システムだろう。減らず口を叩けるんだから」
ルイがにわかに一瞥を投げたがそれ以上は水掛け論だと悟ったのだろう。引き際は正しいと鉄菜は目線を逸らした。
「……ケンカしないで。わたくし達はチームでしょう? ああ、もう。鉄菜も大人になって。《シルヴァリンク》と《インペルベイン》は引き続き同行して第二波を与えるわ」
「第二フェイズの次の対象が明らかになったのか」
「ええ。次はC連合傘下の軍事施設へと仕掛ける。新型の《ナナツー》が出てくるかもしれないから、それも込みで警戒してね。まぁ、《インペルベイン》で軽くいなせたから問題はないでしょうけれど」
軍事施設。やはり、モリビトは少しずつ敵陣の戦力を割く事に使われるのか。
鉄菜はいささか不本意であった。モリビトの能力をほとんど封じた形で、敵の陣地に殴り込みをかけるだけの単調な戦いだ。
「さっきの戦場よりかはマシという事か?」
「分からないけれど、軍事施設に仕掛けるって事、甘く見ないでね。当然、銃座も砲台も何もかも揃っているんだから。疲弊し切った戦地に出るのとはわけが違う」
《インペルベイン》は《ナナツー》の新型品評会に初陣を仕掛けた。一応は経験が違う。だからか、素直に聞き届ける気になれた。
「分かった。編成はどうする」
「《インペルベイン》は敵の本拠地を叩く。《シルヴァリンク》は駐在する人機部隊を白兵戦で殲滅する」
先の戦闘と役割自体は変わらない。《シルヴァリンク》が先陣を切り、《インペルベイン》がサポートに入る。
戦場において、鉄菜はその方法論がやりやすいのだと悟っていた。最初から一号機は器用に造られていたのだろう。
二号機――《シルヴァリンク》は機構の応用に時間がかかった分、特化戦力になっている。
「次の作戦までの時間は」
「十二時間。眠っておけるうちに眠っておくといいわ。わたくしは《インペルベイン》の中で仮眠を取るから、貴女もそうしなさい」
「指図される覚えはない」
彩芽は腰に手を当てて鉄菜の顔を覗き込んだ。
「疲れている操主と人機がついてきても足手纏いなの。休んでおきなさい。そのほうがいい性能が出せる」
その言い方のほうが自分には合っていたようだ。コックピットに収まり、ジロウを待機モードにさせる。
「まったく、扱いづらいんだから」と彩芽の文句が背中に聞こえた。
『大丈夫マジ? 鉄菜、休んでいないマジよ』
長い黒髪を結い上げて、鉄菜は《シルヴァリンク》に命じる。
「操主、鉄菜・ノヴァリス。仮眠に入る。二時間経ったら起こしてくれ」
『十二時間あるって言っていたマジ』
「ギリギリに起きたって使い物にならない。私は二時間程度で疲れは取れる」
そういう風に設計されているのだ。
ジロウは心得たのかアルマジロモードになってコンソールに触れた。
『《シルヴァリンク》にはシステム点検を施しておくマジよ。……さっきの戦い、本当に言わないでよかったマジか』
封印武装の使用に関してだろう。鉄菜は天蓋を仰いで首を振った。
「いい。勘繰られるよりかはマシだ」
『アンシーリーコートは特殊な武装マジ。あの《ブルーロンド》、生きているとは思えないマジがもし生き残っていたら……』
手痛い一打になるとでも言うのか。馬鹿な。所詮は《ブルーロンド》だ。あの編成部隊の熟練度は低かった。脅威判定はCもない。
「生きていても独裁国家ブルーガーデンの手先だ。国の手引きがなければ何も出来ない」
『それはそうマジが……。大気圏突入時と重力下で二度も封印武装を使用するのは想定外マジよ』
「突入軌道にいた《バーゴイル》を蹴散らすのにはあれしかなかった。さっきの奴もしつこかったから使ったまで。それに、本来の出力の半分も出していない」
アンシーリーコートの本懐はまだあの程度ではない。それが胸にある以上、こちらの手の内を読まれる事はないだろう。
『慢心は死に繋がるマジよ』
「彩芽・サギサカのような事を言う。いや、あのAIルイ、のような、か」
気に入らない瞳をしていた。勝気に釣り上がった眼差しはまるで人間のようだ。
――自分以上に、あれは人間らしい眼だった。
どうしてか、ルイの睨む目が脳裏にちらつく。疲れているのだろうと結論付け、鉄菜は瞼を閉じた。
コックピットのモニター類が休眠モードに入る。
『おやすみマジ。鉄菜』
「おやすみ」
思ったより速く、眠りの波は訪れた。