ブルブラッド大気汚染濃度があまりに濃いと、観測室の弾き出す数字ですらエラーが巻き起こる。今も内容不明のプログラムシートが引き出され、観測係は嘆息を漏らした。
「暇だよな、ここ……」
そのぼやきに相方がキーを打つ手を止めずに応じる。
「仕方ないだろ。ここで出張っていろって言われたんだから」
だからと言って警戒任務ほど欠伸の出る代物はない。無数に仕掛けられたカメラの中には重力の反転した異空間が広がっていた。
塵芥は上空へと昇っていき、人機の装甲のような重厚な物質ほど中空を漂う。これではまるで宇宙の常闇である。それも、青く濁った宇宙の。
「でもよ、国家も暇だよな。こんな辺境地……ブルーガーデンだろ?」
「もうその国家は存在しないって。あそこに広がっているのはただただ、ブルブラッドで汚れた平地でしかない」
「つまんねー。ポーカーしようぜ」
その言葉に一瞥を向けた相方は毒づく。
「そのカード、さっき確認したが、トリックカードだろうが」
ばれていたのならばゲームセット。運よくぼったくれるのだと思ったが。男はトランプをコンソールに並べつつ口を開いた。
「ブルーガーデンの崩壊理由、聞いてるかよ」
「妙な人機を使ったせいって言うのは。本国の格納庫にこれがあるってよ」
端末を振り翳した相方は投射画面に細身の青い人機を映し出していた。
「これが……トウジャ、って奴か」
「詳しくは知らないが、最新鋭機である事だけは間違いないらしい。でもま、おれらには関係のない話だけれど。塔から敵国を見張るだけの仕事。ガキでも出来る」
「それで金がもらえている状況は儲けたと思うがなー。だってよ、もう復活しない敵国の監視だろ? 予算の無駄遣いだろ」
「この世には予算を無駄遣いしないと困る人間がいるって事だ。そもそも人機開発が予算食いって言われている部門だってのにどこの国だって絶対に削らないのはそれが圧倒的な力の象徴だって理解しているからだろ。理解もしてなきゃそいつはただの」
「馬鹿、って事か。軍人身分はお互い辛いもんだな」
「名残惜しければ故郷のママのところにでも帰れよ。そいつが一番安心だろ」
その言葉に男は微笑んだ。
「遠慮する。うちの母親ケツのでかいデブだからよ。青い景色見ているほうがまだ癒されるってもんだ」
「ま、帰れる時に帰っておけって。おれも再来週有給取るからよ」
「帰れる場所、か。独裁国家連中の帰れる場所って何なんだろうな。帰ったって、結局嫌な事の繰り返しだろ?」
ちょうど山札から引いたトランプはジョーカーで、こちらをせせら笑っている。
「嫌だって事さえも感覚の外なのかもな。その点、C連合はしっかりしてる。ナナツーはほとんど陸戦だが、融通も利くしな。こちとらいざ、殲滅戦になったら案外粘り強いはずだろ。それがいいか悪いかはともかくとして」
相方はふぅんとどこ吹く風だ。
「軍人連中は大変だねぇ」
「お前だって軍人だろ?」
「正規軍とは違うって話。あいつら、モリビトとやり合うってんだぜ? 狂ってる」
頭を振る相方に男は言ってやった。
「そのモリビトだって、案外近いのかもな」
潜めたその声には隠し切れない事情が滲み出ている。誰もが噂するのだ。人の口に戸は立てられない。
「……マジなのか? ゾル国のモリビト……もとい、英雄を拾ったってのは」
「マジみたいだぜ。上は隠し通したいらしいが、銀狼が怖くって言い返せないんだとよ」
その事実に相方が首を引っ込める。
「先読みのサカグチには恐れ入る。とてもじゃないが」
「銀狼は墜ちた英雄でさえも手懐けるってわけだ。そいつはC連合のカリスマなところってもんだな」
どこか冷笑の響きを伴わせた声音に相方は純粋に気になる様子であった。
「C連合から戦争なんて、吹っかけないよな?」
「ゾル国が馬鹿なんだよ。モリビトタイプを味方につけたからって、じゃあC連合のお上がキレて戦争? そこまで上も馬鹿じゃない。確かにブルブラッドキャリアは脅威だし、他国からしてみても戦争を吹っかけるいい契機だ。でもよ、このトランプと同じさ。政治だってな。あまりに見え透いた罠には裏があるって事が分かる」
ぴらりと裏返したトランプはスペードのエースである。
「C連合も喧嘩っ早い国じゃないって事か……。安心出来るよな。国が平和だと」
「どれだけこの向こう側の空が穢れていても、ここで見張りをするだけの仕事の人間には、対岸の火事にもほどがあるってこった。第一、世界が燃え墜ちても、この場所ならば助かりそうでもある」
「そいつは笑える」
相方の失笑に男は監視塔が捉えたノイズに目線を走らせた。策敵センサーに何かがかかったらしい。どうせデブリだろうと判断するが、一応は監視役の務め。報告を果たせば仕事をやっているという証明になる。
「ノイズだな。ここ最近、ずっとこんな調子だ」
「ここは世界から見離された土地だからな。何が起こってもおかしくはない」
何が起こっても、と繰り返しかけた男はレンズの向こう側に捉えた機影に息を呑んだ。
飛翔人機、それも一機ではない。
空を覆いつくさんばかりの小型人機が一斉に飛び立ち、羽音を集音器へと寄せ集めている。
瞬く間に無音状態から騒音に掻き乱された男と相方は慌てて報告を上げた。
「なっ……これ、敵襲だ! 敵襲!」
耳を劈くブザーのけたたましさ。襲撃時には必ず押せと明言されているボタンを押したのはしかし、この時初めてであった。
元々独裁国家ブルーガーデンの潜入を危ぶんだ上層部の作りたてた部門ではあるがほとんど飾り。
自分も、誰しもそうだろう。
本当に敵が来るなど、欠片も思っていないのだ。
押し寄せてくる敵人機を高解像度のセンサーにかける。
「標的は……小型人機。虫に似ている……、該当データなし。データなし? 嘘だろ?」
現状、データの存在しない、完全なアンノウンの人機は一つしか存在しない。
――ブルブラッドキャリアの、モリビト。
まさか、と策敵の手を休めずに男は外周警護のナナツー部隊へと伝令する。
「達す。標的の飛翔人機は一体のみではない。目視出来る範囲で……二十体以上? こんなの、どう報告すれば……」
困惑している間にも状況は転がっていく。男はとかく警護役のナナツーへと声を走らせていた。
「飛翔人機は二個体編成以上の数! 装備は不明。所在もはっきりしない。撃墜の許可を乞う! 繰り返す! 本部に伝令。不明人機撃墜の許可を……」
刹那、飛翔人機の腹腔がオレンジ色に輝いた。十字を描いた砲門から放たれたのは灼熱のプレッシャー兵器である。
監視塔が焼け爛れ、報告係の二人は死を認識する暇もなく、この世から消し去られていた。
「もしもし? オーバー? 報告どうぞ! 監視塔!」
観測所へともたらされた情報は断片的で誰にも状況判断の是非は請えなかったが、一人だけ例外がいた。
この場所に赴いていたタカフミである。観測所には時折足を運んでいるのは、やはり差し迫った危機のほうが脅威として認識しやすいからだろう。
タカフミは異常を関知するなり身を翻した。
飛翔人機、空を覆いつくす数……これらを総括して導き出されるのは、前回煮え湯を呑まされた蝿型人機。
あれが移動を始めた? では何故?
考えるよりも身体が行動していた。格納庫へのロック解除を申請し、すぐさま駆け抜けていく。
「少尉! どこへ!」
「おれだって操主だ! こういう時くらいは、少佐の手を煩わせないようにしないとな」
「不明人機は十機以上です。《スロウストウジャ》の出撃申請は降りませんよ!」
《スロウストウジャ》は国家機密。集団での行動が義務付けられている。ならば、とタカフミは別の機体へと出撃申請を出した。
「《ナナツー是式》。こっちなら出せるだろ?」
その言葉に管制室の人々が困惑とざわめきに陥る。
「……正気ですか? 陸戦のナナツーでは飛翔型の人機には……」
「だからって、何もやらずに指をくわえてられるかよ!」
格納庫へと向かう途中ですれ違った者達が、おいおいと声を投げる。
「どうせデブリの誤認だろ?」
通常はそう思うかもしれない。だが、自分は瑞葉を助けたあの戦場で目にした。蹂躙する蝿型人機。もし、同型機であったのならば打ち漏らしだ。かといってリックベイに許可を願ったのでは何重にも手続きがいる。
タカフミは出来るだけ早くに戦える好機を願っていた。あれは危険な存在だ。悠長に血塊炉プラントの捜索などやっている場合ではい。
もし、一匹でもコミューンに潜り込めれば内側から破壊出来るほどの高出力兵器を持つ蝿型人機はすぐさま潰しておかなければならないのだ。
格納庫に並び立つナナツーとトウジャタイプの間を掻い潜り、整備班に声を張り上げた。
「おれのナナツー! 出してくれ!」
ひょっこり顔を出した整備班長が問い返す。
「何ですって? どうして《スロウストウジャ》ではなくナナツーで……」
「説明は後にして欲しい! 敵が来る!」
この場合、敵とはゾル国の場合を想定したのだろう。青ざめた整備スタッフが顔を見合わせる。
「どうするんだよ……これ」
「どうもこうも……少佐からの許可は……」
「取り付け済みだ」
そう言わなければ彼らの了承は得られないだろう。タカフミはナナツー是色のコックピットへと乗り込む。機動状態を確かめている通信が入ってきた。
回線の向こう側ではリックベイがデスクで渋面を造っている。
「その……やっぱマズったですかね?」
『ミスだとは思わない。正しい選択だ。ただ、ナナツー是色でどれほど出来るかは判定しかねる』
「小型蝿人機二十体でしょう? やりますよ」
『あれに相当辛酸を舐めさせられたのを忘れたのかね』
痛いところを突かれたが言い訳は既に考えてある。
「実はおれ、思いついたんす。あの反重力で戦い抜く術。何て言うのかな……コツ? とにかく! おれがやるの、ちょっとだけ黙って見ていてくれませんか?」
『今さら水を差すつもりもない。だが、どうする? 勝てないかもしれない』
「その時は、葬式に線香の一本でも手向けてください」
『……笑えん冗談だよ』
タカフミはサムズアップを寄越し、キャノピー型のコックピットでシステムをチェックする。カタパルトへと移送されていく中、《ナナツー是式》のシステムは最良の数値を叩き出していた。コンソールを撫でてタカフミは言いやる。
「トウジャに浮気してゴメンな。でも、ここで戦わなきゃ漢が廃る。おれに力を貸してくれ。《ナナツー是式》」
カタパルトデッキへと至った《ナナツー是式》へとシグナル、オールグリーンの報告がもたらされる。タカフミは腹腔より声を張り上げた。
「《ナナツー是式》、タカフミ・アイザワ。行くぜ!」
背筋に備え付けられた電源ケーブルがたわみ、《ナナツー是式》がわずかにつんのめりながら出撃する。タカフミは策敵センサーを厳にしたが、そうするまでもなく、敵からの第一射は訪れた。
プレッシャー砲による一撃を《ナナツー是式》は軽いステップでかわし、応戦の銃撃を浴びせようとする。
照準器に捉えた蝿型人機の挙動は前回よりも素早かった。実体弾は当たり前のように回避される。
奥歯を食いしばり、タカフミは肩に懸架させたプレッシャーカノンに持ち替えさせる。
やはりただの弾丸ではあまりに速度不足。蝿型人機は解析部門によれば無人の機体なのだと言う。
「無人機……っての、どういうつもりか知らないけれどよ。人機ってのは人が乗るから強いんだって事、思い知らせてやるよ!」
プレッシャーカノンから一射された光軸に晒され、蝿型人機が貫かれる。やはりR兵装ならば、と思いかけたタカフミへと一斉に照準が向いた。
計二十機前後の機体による全方位からの照準警告。通常ならば地獄への葬送曲にしか聞こえないそれを聞き届け、タカフミは――笑みを浮かべてみせた。
「……いいぜ、来い、来い、来い! そうでなくっちゃ、おれはモリビトとはやれ合えない。それに、少佐だってよ! おれの実力、認めざる得ないだろ! 天才なんだからよ!」
プレッシャー砲の第一射は左方向より一挙であった。タカフミはフットペダルを踏み込み、加速度に身を任せて《ナナツー是式》を滑り込ませるように機動させる。
大地を蹴り、《ナナツー是式》が砕かれた砂礫を足場に変えた。
粉塵の舞う中、陸戦のナナツーが空中へと飛び上がる。飛翔人機である蝿型からしてみれば、それは格好の的でしかないであろう。
だがタカフミは飛翔型の人機を相手取るのに、これ以上とない好機を感じ取っていた。
全方位からの敵意。彼方から向かってくるのは恐ろしいほどの密度の攻撃力。
どれを目にしても四面楚歌。ここで抗い、戦い抜いてもリックベイはこっちを向いてくれないかもしれない。桐哉や瑞葉にかまけてばかりで、自分の事など眼中にないのかもしれない。
だが、それでも。
ここで戦い抜く事で、己を示せるのならば。強さを示すのに、自分は勝利しか知らない。勝利でもって、結果で根拠を作っていく事でのみ、自分が舞い上がれる場所があるというのならば。どこまでも戦い続けてみせよう。
プレッシャーカノンを振り返り様に照射する。
背後に迫った蝿型人機の頭部が炸裂した。
「近接戦なんてよ、飛んで火に入るってね!」
しかしプレッシャーカノンの反動か、あるいは無茶な機動をかけたからか、《ナナツー是式》の機体は無様に地面を転がっていく。
機体立て直しに成功させるのには肘に導入させた推進剤を噴射させるしかない。
《ナナツー是式》が軽業師のようにバック宙を決める。重武装かつ、機体反応速度の鈍いナナツーでは難しいこの挙動をタカフミは寸分の狂いなく実行した。
《スロウストウジャ》に乗った時の感覚が活きている。あの人機は自分の理想をダイレクトに反映させられた。しかし、それは機体が優秀なだけだ。自分の優秀さを成立させる事には繋がらない。
大写しになったのは蝿型人機の口腔部よりせり出されていく針であった。射出された針をタカフミは息を詰まらせ、マニピュレーターを稼動させる。
《ナナツー是式》の腕が跳ね上がり、針をなんと掴み取った。
灼熱の領域まで高められた針の熱に一瞬にして掌が溶解するが、それでも不意を突くのには充分であったのだろう。
敵がその実効力に隙を見せたのをタカフミの《ナナツー是式》は見過ごさない。プレッシャーカノンの銃撃がその頭部を射抜いた。
「これで、二機……」
だが残り十八機を超える敵は依然として自分を囲んでいる。それら全てから同時にプレッシャー砲が出されればそこまで。
否、もう詰んでいるか。タカフミは機体ががたついたのを認識する。
針を受け止めるなどという離れ業をやってのけたせいか、片腕の動作が鈍る。
それだけならばまだいいのよかったのだが、《ナナツー是式》の内部骨格が軋みを上げ、プレッシャーカノンを握るもう片方の腕にさえも異常を発生させていた。
それだけの速度で放たれた針を受け止めたのだ。《ナナツー是式》ではこれ以上の戦闘継続は不可能だと判断している。全身の駆動系が、撤退を訴えかける中、タカフミは静かに怒りを滲ませた。
「……ふざけるな。まだ、出たばかりだろ、《ナナツー是式》。お前も! おれも! まだこの世に、何も刻んじゃいないんだ! だったなら、せっかく生きてこの世に来たんだ! 刻んでみせろよ! 《ナナツー是式》!」
蝿型人機がこちらの隙を関知してプレッシャー砲の照準を向けてくる。今一度、回避機動に移ろうとしたが、《ナナツー是式》の骨格が震え、機体内部からかっ血するように青い血が噴き出した。
ブルブラッドエンジンの臨界値。つまりは人機の限界。
敵は全く疲弊していないのに、自分と愛機はもうここまでなのか。
タカフミは唇の端から滴った血の赤に、フッと口元を緩めた。
「やっぱ、駄目だったか。おれ、もっと強くなりたかったな……。そうすりゃ、少しくらい……」
少しくらいは、生きている意味があったのだろうか。
何も刻めないまま、こうして終わりを告げるのが自分に相応しいのならば、甘んじて受け入れよう。
プレッシャー砲の黄昏の光に抱かれ、タカフミは最期の時を迎える準備をしていた。
その時である。
『いや、貴様はまだ、ここで終わるな』
通信網を震わせた声音に反応する前に、空間を奔ったのは蛇腹剣である。
蝿型人機が叩き落とされていく中、青い痩躯の人機が両脚をくねらせ、紺碧の大気を駆け抜ける。
脚に備え付けられた刃節が軋り、蝿型を両断した。
「あれは……あの人機、ブルーガーデンの……」
『もうその国は存在しない。彼女は我が方の友軍だ』
繋がったリックベイの声にタカフミは素っ頓狂な悲鳴を上げてしまう。
「少佐……、あの、おれ、いい感じに死ぬところだったんですけれど……」
『君は自己完結が過ぎる。まだ死ぬ事はわたしが許さない』
「……それ、命令っすか」
『命令だ』
空を切り裂いていくのは青いトウジャタイプであった。X字の眼窩を赤く滾らせ、両脚で踊るように蝿型を駆逐していく。
プレッシャー砲の反撃が射抜こうとするが、それらを物ともせずに反応し、両手に保持したプレッシャーカノンを引き絞った。
払われた改造型プレッシャーカノンの威力は自分の持つものの三杯近くの光軸を空間に描く。
トウジャタイプが瞬く間に蝿型人機を撃墜し、空へとその軌跡を刻んでいく。
まるでそれは自分の理想のようであった。
両脚の蛇腹剣が蝿型を叩き斬り、両手のプレッシャーカノンが敵人機の密集地帯を斬り進んでいく。
どこまでも勇猛果敢。そして命知らずだ。
プレッシャーカノンの第二射だけで五機以上の蝿型が撃ち落とされ、それと同じくして跳ね上がった蛇腹剣の一閃が後方から迎撃しようとしていた蝿型を一掃する。
呆けたように眺めていたタカフミは操縦桿を握り締めたまま、まるで銀幕のように展開される光景に黙りこくる。最後の一機が撃たれるのをその目に焼き付け、トウジャタイプが降り立った。
『リックベイ・サカグチからの伝令だ。ここで死ぬな、と』
放たれた語調にタカフミは失笑混じりに言い返す。
「聞いてるよ。もう。カッコつけさせてもくれないんだな。少佐もお前も」
『戦場において一分でも生き残る事が最善だと、わたしは考えている。だから、出撃した。それだけだ』
本当にそれだけのようにトウジャの操主――瑞葉は応じてみせた。
ここで助けられた事を、生き恥だとは思わない。リックベイはまたしても自分を救ってくれたのだ。
――彼のまなこに、自分は映っている。
それが再確認出来ただけでも、今はいい。
青いトウジャに手を差し伸べられる形で《ナナツー是式》が尻餅をついた姿勢から起き上がる。
直後、片腕が衝撃で砕け落ちた。これでは立つ瀬もないほどにボロボロだ。
「まだ難しいのかな。おれが、本当のエースになるってのは」
『……貴様はエースだろう。C連合の』
「ブルーガーデンのエースに言われるんなら、おれもまだ捨てたもんじゃないって事かねぇ」
キャノピー越しに振り向けた視線にトウジャを操る瑞葉は沈黙を寄越した。その唐突さにタカフミは困惑する。
「どうした? 急に黙って」
『……いや。あの国では、わたしはエースという称号すらなかったのだな、と思い直してな。そうか。わたしはエースだったのか』
その言葉にてらいがない事をタカフミは理解している。誰も彼も不器用なのだ。
「お前も、桐哉も、みんなどっか抜けてるよな。自分の事を謙遜し過ぎだぜ。あんまり謙遜が過ぎると逆にもどかしく思えちまう」
『謙遜……そうか、これはそういう感情だったか』
「どっちにせよ、助かった。礼はいわないとな。あんがとよ、えっと……瑞葉、でいいんだったか」
『……こういう時に、どう返せばいいのか』
「そりゃどうも、とか、お互い様、とかでいいんだよ。まったく、難しく考えるよな。みーんなそうだ」
リックベイも含めて、皆が不器用なのだ。瑞葉は通信回線越しに、どこか当惑した声音を返した。
『その、お互い様……。変な感じだ。こんな会話を、もう何十年もしていなかったような気がする。帰れる場所なんて、どこにもなかったかのような』
幸福かどうかは分からない。彼女にとってブルーガーデンの支配から逃れ、今の境遇が最善とも言えない。だから自分は結局のところ、蚊帳の外から見守るしかないのだ。
「いいじゃん。人間らしい」
『人間……そうか、人らしさとはこのような』
感極まったような口調にタカフミは軽く言いやる。
「そんな難しく……ああ、もうっ。本当、おれ達は遠回りばっかりだ」
損な役回りだよな、とタカフミは微笑んだ。