ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯145 喪失

『――報告します。《アサルトハシャ》七番機より、入電。《モリビトインペルベイン》を回収。機体損耗率が高く、操主の生存は絶望的かと』

 

 高濃度ブルブラッドのレーザーかく乱がようやく鎮まった頃にもたらされた情報は、ニナイを含むブルブラッドキャリア管制室を震撼させるのには充分であった。

 

 十分程度の通信中断。その間に起こったのは、敵対人機によるモリビトの撃墜という事実。ニナイは再三、確認する。

 

「モリビトの操主は? 一号機はどのような状態?」

 

『一号機は……四肢がもがれていて、武器も損傷。血塊炉は辛うじて無事のようですが、当のコックピットが潰れていて……』

 

 濁した言葉にニナイは最悪の事態を想定した。

 

「そう……分かった。地上のモリビトの執行者二人にも伝えなくてはいけない。即座に回収の後、確認を。その後、ブルブラッドキャリアは《アサルトハシャ》の残存兵を確認」

 

 報告の声を振り向けてから、ニナイは別室へと向かった。

 

 その途中の廊下で拳を壁に叩きつける。

 

 ――彩芽が死んだ。

 

 まだ事実確認は不明だがそう考えたほうがいいだろう。無事ならば通信を送ってくるはずだ。だというのに、それもないという事は執行者一人を失った事になる。

 

 なんていう失態。

 

 ニナイは眩暈にも似た感覚を覚えつつ、この状況を打開する方法を編み出そうとした。現状、《アサルトハシャ》残存部隊によるブルブラッドキャリアの守りは手薄だ。

 

 今、トウジャクラスの人機に攻め込まれれば確実に詰む。

 

 何とかしなければ、と思案するも、考えは空回りするばかりであった。この事態を重く受け止めているのは何も自分だけではない。ブルブラッドキャリア全体の指揮にも関わってくる。

 

「彩芽が死んだのだとすれば、次の手を打たないと。どうにかして、ブルブラッドキャリアがここで壊滅しないために、方策を……」

 

「お困りのようですね、ニナイ担当官」

 

 声をかけてきたのは鉄菜の担当官のリードマンであった。読めない笑みを浮かべた彼にニナイは眉根を寄せる。

 

「……何か?」

 

「そうつっけんどんにするものでもないでしょう。執行者が一人、失われた。しかも自分の担当する人間となればショックが大きいのも頷けます」

 

「まだ、彩芽が死んだとは限らない」

 

「ですが、事態は最悪の想定を浮かべるべきでしょう? モリビト一機分の損失。それは純粋にこちらの戦力が削がれた事を意味する」

 

「何が言いたい?」

 

「こんなところでいがみ合っていても仕方がない、という事です。担当官同士、お互いに干渉しないというルールではあった。でももう今さらです。ここは一つでも情報が欲しいところ。無論、それぞれの執行者への伝手も、ね」

 

 既に根回しをしている、と言いたいのか。ニナイは手を払い、その提言を断った。

 

「必要ない、とこちらが判断していれば、それは過干渉となる。担当官同士がすり寄ったところで、事がうまく運ぶとも限らない」

 

「ですが、ここから先は《シルヴァリンク》と《ノエルカルテット》のみの運用となる。……《インペルベイン》はもう使えないでしょう。それとも、未熟な少年兵を乗せて、モリビトを不要な危機に晒しますか?」

 

 それは決してあってはならないだろう。モリビトの執行者に足る存在の選定には慎重に慎重を重ねて行われた。それを自分達の代で汚すのは間違っている。

 

「オガワラ博士の……ブルブラッドキャリアの真意に背く」

 

「分かっているのならば話は早い。モリビト二機の即時呼び戻しを。そうでなければ手遅れになる」

 

「……だが地上も混迷を極めている。現状、こちらの守りだけを堅牢にしても」

 

「報復作戦そのものをご破算にするか、それとも次の機会を求めるか、という話にもなってくる。こちらとしてみれば次の機会に委ねたい。今、これ以上モリビトを失うのは惜しいんです」

 

 分かっているつもりではあった。頭では何もかも理解している。ただ、理屈ではない部分で承服しかねているだけ。

 

「……他二人の操主に、精神的破綻を来たさないとも限らない」

 

「ですが引き伸ばしには出来ない問題です。《インペルベイン》を失った事は戦局に関わってくる。執行者には教えたほうがいいでしょう」

 

 地上に取り残された二人の操主に彩芽が死んだと告げるのか。それはとてつもなく残酷な事のように思われた。

 

「ともすれば、執行者の離反を早める結果にも……」

 

「それでも、です。それでも、ブルブラッドキャリアのために戦う、という人間でなければ執行者は務まらない。それは、あなたが一番よく分かっているはずですが」

 

 逃げ切る口実もない。ここで執行者二人をさらに失う可能性に賭けるか、あるいはブルブラッドキャリア継続の形を取るかどうかで話は変わってくる。

 

「……一番に残酷な事を突きつけるというの」

 

「担当官としてアドバイスは送れます。ただ、決定権はニナイ担当官、一号機操主の担当であったあなたに集約されている。《インペルベイン》を失うだけならばまだ、取り戻せます。他二名の即時帰還命令を出す決定を」

 

 ニナイは拳を握り締める。どうして、ここまで立て続けに自分が結論を早めなければならないのか。

 

 彩芽を失った事に、動揺していないわけではないのに。

 

 この胸の中は考えていたよりもずっとざわめいている。彩芽も一つの駒として見ていたはずなのに、いつの間にか感情移入していたのだろう。

 

 それが担当官としては正しくないと分かっていても。彩芽とはそうでなくとも長いのだ。

 

 彼女の戦う意味を分かっていて駆り立てていたのは自分自身。

 

「地上のブルブラッドキャリアの執行者へと命令を。宇宙に戻るように」

 

 リードマンはその言葉を受けて身を翻す。

 

「了解しました。後の事は、こちらから話しておきましょう。二人の担当官の仕事まであなたが背負い込む必要はない」

 

 リードマンが立ち去ってから、ニナイは軽減された重力の中を漂った。

 

 涙の粒が浮かび上がり、堰を切ったように感情が溢れ出す。どうして、と自分でも分からず呻いた。

 

「彩芽に、ここまで入れ込んでいたなんて……」

 

 他の操主には道具以上の感情を見出せなかったのに、彩芽だけは別だったというのか。それは勝手だ。勝手な思い込みと、勝手な価値観で、他人の命を弄んだ。

 

 きっと、彼女とて許しはしないだろう。

 

 ここから先、彩芽の犠牲を無駄にしないためには戦い抜くしかない。最後の最後まで。たとえ意地汚くても。

 

「彩芽……あなたはこんな孤独を味わっていたのね」

 

 彼女は操主になるために同朋を殺し、たった一人で戦い続けていた。その結果が戦死ならば何も報われない。

 

 絶対の孤独の中、ニナイはこれから先のブルブラッドキャリアの行く末を思案する必要があった。

 

 宙域戦闘の結果から既にこの廃棄資源衛星の中でも本丸がある場所は絞れているだろう。

 

 どれだけ相手を消耗させ、引き伸ばせるかだ。それにかかっている。一つでも打ち間違えれば、この局面では大敗を喫する。

 

 それだけは避けなければならない。ブルブラッドキャリアの全滅はまだ、計画の前段階に組み込まれていないのだ。

 

 まだ、世界は変わる途上。

 

 今、自分達がいなくなるわけにはいかない。

 

「彩芽、遂げてみせるわ。ブルブラッドキャリアに、失敗は許されない。でしょう?」

 

 


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