ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯144 世界の拒絶

「倒した……僕は、モリビトを倒した!」

 

 哄笑を上げたカイルは敵から奪ったR兵装が時間切れを起こしたのを目にしていた。それでも、重武装のモリビトは確実に撃墜した事だろう。《グラトニートウジャ》の全身がレッドゾーンに晒されていたが、最早恐れるものはない。このまま、敵陣に潜り込み、敵兵を抹殺すればいいだけだ。

 

 白い不明人機が射程外から火線を張ってくるも、それら全てが児戯のように弱々しい。カイルは推進剤を焚かせて《グラトニートウジャ》のR兵装を掃射した。

 

 黄色いエネルギーの突風に敵人機が次々と撃墜されていく。最早、撃墜スコアを数える事さえもしていないが、圧倒的であるのは明らかだ。

 

《グラトニートウジャ》と自分ならば、覇権を握れる。このまま、帰ってまた栄誉ある身分に戻れるだろう。

 

 全天候周モニターに反射する自分はしかし、出撃前よりもより醜悪に変異していた。全身から煤けたような体毛が生え、背骨が折れ曲がり、獣と言っても差し支えないほどの全容になっている。

 

 顎の関節が外れ、異常発達した下顎から呼気が漏れた。カイルはそのまま敵人機を標的に据えようとする。

 

 宙域を流れていくのは《バーゴイル》の装甲もあった。だが、避けない彼らが悪かったのだ。

 

 自分を蔑み、その果てに避ける事も出来ない弱き者達。そのような人間は生きている価値などない。

 

 自分を崇拝しない人間は邪魔なだけだ。カイルは再びの栄光のために機体を走らせようとして、こちらへと一直線に向かってくる人機の反応に目線を振り向けた。

 

 背後から接近して来たのは白い《バーゴイル》である。その姿にカイルは幻か、と目をしばたたく。

 

「まさか、そんな……。僕のアルビノ……」

 

 眼前に迫っていたのは《バーゴイルアルビノ》であった。自分の愛機。誇りある白カラス。その機体がこちらに向かってくるのは夢のようであった。

 

 誰が操縦しているのだろう。

 

 自分と共に栄冠を掴むために、かつての愛機は相応しい。カイルは喜びに打ち震えていた。

 

「行こう。《バーゴイルアルビノ》。僕達の栄光のために、ブルブラッドキャリアを殲滅して――」

 

 そこから先の言葉を遮ったのは一射された攻撃であった。《グラトニートウジャ》が激震する。コックピットの中でカイルは周囲を見渡した。

 

 何に攻撃されたのか。最初、それが理解出来なかった。

 

 振り仰いだ先に、こちらへと照準を据える人機を目にする。

 

「……嘘だろう。僕のアルビノが……」

 

《バーゴイルアルビノ》に装備されたプレッシャーライフルが攻撃の残滓を漂わせている。驚愕の眼差しでそれを凝視していたカイルへと再び一条の射撃が放たれた。

 

 完全に虚を突かれた形の《グラトニートウジャ》は右肩から先の神経系統を奪われていく。

 

「何で、僕のアルビノが、どうして……。誰なんだ、誰が、僕のを!」

 

 カイルの戦闘神経が昂り、ハイアルファー【バアル・ゼブル】が起動する。とどめのつもりで放たれたプレッシャーライフルのエネルギーをハイアルファーの加護が吸い取った。

 

《バーゴイルアルビノ》は自身の誉れであった騎士の剣に持ち替え、こちらへと接近してくる。

 

 吼え立てつつカイルは顎の腕で応戦しようとした。しかし、相手は巧みに回避し、こちらの損傷した関節部位をちくちくと痛めつけていく。

 

 青い血潮が常闇に噴き出し、カイルは何度もコンソールに額を打ちつけた。

 

「何で、何で何で何で何で何で! 僕のアルビノだぞ!」

 

 叫びも虚しく、《バーゴイルアルビノ》が剣を振り翳し、《グラトニートウジャ》の血塊炉へと剣筋を見舞おうとする。

 

 こちらの砲門による攻撃網を潜り抜け、《バーゴイルアルビノ》は闇の中で照り輝いた赤い眼窩を自分に向けていた。

 

 主人であるはずの自分に。敵意が渦巻く赤い瞳を。

 

「誰なんだ……。僕のアルビノを使って、僕を傷つける事は、許されない!」

 

『許されないもクソもあるかよ、チクショウが』

 

 発せられた通信回線の声にカイルは絶句する。相手は、ここにいるはずのない人間であったからだ。

 

「叔父、さん……?」

 

 何かの間違いだと信じたかった。だが現実は無情にもその声を響かせる。

 

『悪いな、坊ちゃん。もう、善良な叔父さんを演じるのも疲れたんだわ。それに、もうやらなくっていいっていうお達しも出たんでな。ここいらで鬱憤を解消させてもらうぜ』

 

「何だって、何だって叔父さんが! 僕のアルビノで僕を……殺すはずなんて」

 

『ない、ってか? どこまでも度し難いってのはこの事を言うのかねぇ。どこから説明したって、てめぇには一生理解出来ねぇよ、温室が』

 

《バーゴイルアルビノ》の剣が《グラトニートウジャ》へと斬りつける。その一閃を浴びつつも、カイルは声を返していた。

 

「どういう事なんですか! 僕の叔父さんは、そんな人じゃない!」

 

『その自信もどこから来るのか不明だな。おかしいとは思わなかったのか? それなりに軍にいて、政治家の父親もいるのに、今さら遠縁の叔父? しかも、そいつが分かった風な事ばっかり言う。ここまで出来過ぎた偶然があるかよ』

 

 呆然とするカイルへと《バーゴイルアルビノ》の容赦のない剣筋が見舞われた。《グラトニートウジャ》が斬りつけられ、その度に機体が軋む。

 

「……何で。意味が分からない」

 

『ひっでぇ声になったもんだな、てめぇも。ハイアルファーに頼った末路ってわけか。今、お前が出てきても誰もカイル・シーザーだとは思わないだろうぜ。そんな化け物を討伐するのに、黒いカラスの中の唯一の白カラスってのは冗談にしても性質が悪い』

 

「どういう……だって、叔父さんは僕の事を理解してくれていて、僕の一番の話し相手で、理解者で、何もかも叔父さんは……」

 

『正しい、と思ったか? そいつが間違いの始まりだな、小僧。オレの本当の稼業は人殺しを生業とする戦争屋だ。てめぇらみたいなのとは一生縁がないと思っていたが、案外人生ってのは分からないらしい』

 

 戦争屋。紡がれた言葉にカイルは震撼する。

 

「嘘、でしょう……? 嘘ですよね、叔父さん。そんな嘘をついて、僕を動揺させて……、ああ、そうか。サプライズだ、これは。撃墜王の僕に、サプライズプレゼントをくれるって話ですよね? だって、モリビトをやった!」

 

 そう信じて視線を投じたカイルへと、《バーゴイルアルビノ》が剣を振り上げる。

 

『そうだな。モリビトをやったのは褒めてやってもいい。ただし、その撃墜の箔も、オレのモンだけれどな。てめぇには何一つ残らねぇのよ。野獣になっちまった広告塔の優男なんて誰も相手しねぇって話だ。サプライズだとすれば、一番はそれだな。てめぇは、自分を取り巻く全てが嘘だった、っていうトンデモ級のサプライズに抱かれて、死ぬ』

 

 ハッとした直後にはコックピットへと剣が打ち下ろされていた。刃が入り、操主服を貫通して血飛沫が舞う。

 

 瞬時に気密補助の機能が発生した《グラトニートウジャ》は逆にカイルを苦しめる結果になった。

 

 刃をくわえ込んだまま離さない事態にガエルがせせら笑う。

 

『こいつぁ、とんだ災難だな。最新鋭機がゆえに容易く死なせてもくれねぇってのはよォ!』

 

 刃が軋る。カイルは半身を切り裂かれた激痛に声も出なかった。今にも閉じそうな意識の中、赤い血潮がコックピットを埋め尽くしていく。

 

「叔父、さん……嘘だって、言ってください」

 

『ああ、嘘だぜ。てめぇに今までくれてやった全部の言葉がな。思い出しても、こいつは……虫唾が走るってもんだ!』

 

《バーゴイルアルビノ》が剣を手放し、プレッシャーライフルを速射モードに設定して連射する。

 

《グラトニートウジャ》から青い血が噴き出す中、噴煙に塗れた景色でカイルは手を伸ばしていた。

 

 自分の愛機、《バーゴイルアルビノ》へと救いの手を。

 

 その銃口が自分を捉える。

 

 直後、激しい爆風と衝撃波に意識が完全に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぐ、《グラトニートウジャ》を、撃墜した……?』

 

 うろたえる宙域の《バーゴイル》部隊へとガエルは通信を繋がせる。

 

「オープン回線で告げる。《グラトニートウジャ》は暴走したため、適切な処置を行う事になった。この戦域は既に壊滅的だ。一時撤退し、次の命令を待つ。《グラトニートウジャ》は回収。操主は即死であると思われる」

 

 その言葉に《バーゴイル》部隊の操主達は戸惑っているのが手に取るように分かった。ガエルはとどめの言葉を放つ。

 

「これはシーザー議員の勅命だ。モリビト撃墜の報は我が軍に絶大な士気高揚をもたらすだろう。同時にこの人機の暴走を許してしまった事を悔いている。ここで死ぬはずのなかった戦士達に黙祷を捧げつつ、今は撤退してもらいたい」

 

 白い《バーゴイル》は哀悼の証だ。《バーゴイルアルビノ》が弔砲のプレッシャーライフルを上方へと一射する。

 

 他の《バーゴイル》もそれに倣って天上に放った。

 

 撤退信号の光通信がもたらされる中、ガエルは《バーゴイルアルビノ》の中で静かに嗤っていた。

 

 眼前にはコックピットを潰され、大破した《グラトニートウジャ》が一機。本国はこの人機を忌むべきものとして封印するだろう。

 

 全ての手柄は自分のものというわけだ。モリビト撃墜も、《グラトニートウジャ》の戦歴も、何もかも。

 

 これで可笑しくないはずがない。ガエルは常闇に向けて高笑いしていた。

 

 自分の天下だ。これより先に待っているのは栄光のみである。

 

 虹の皮膜に包まれた星を見やり、ガエルは口角を吊り上げた。

 

「あとは、てめぇらだけだよなァ。モリビトよォ!」

 


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