ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯138 死神の狂気

『シーザー議員は強硬姿勢だな。モリビトによるC連合への強襲を我が物顔で自分の手柄のように飾り立てるつもりだ。より強く、《モリビトタナトス》が重要なファクターとなってきたわけだが……聞いているのか?』

 

 水無瀬の声音にガエルは片手を上げた。

 

「聞いてんよ。……狸親父め。どこまでも利用出来るものは利用するって寸法かい」

 

 節操のない事だ、とガエルは呆れ返る。水無瀬はそのまま報告を続けた。

 

『また、ゾル国の一部派閥がC連合の……的確に言うのならばブルーガーデン領地へと潜入作戦を取った。どうにもあの場所、ただの汚染地帯ではないらしい。何かがある』

 

「知ったこっちゃねぇよ。オレは《モリビトタナトス》を動かす。それでいいんだろ?」

 

『簡潔に言えば、ね。だが、そうも容易く行くかどうかは不明だ。これを』

 

 コックピットの中に表示されたポップアップにガエルは訝しげな目を向ける。

 

「これは……この基地の位置情報か」

 

『わざとオープンチャンネルになっている。これをブルブラッドキャリアに掴ませる算段だろう』

 

「なるほどな。それで労せずしてモリビト対モリビトの図式を作り上げるわけか。相手が攻めてきたとして、どういう言い訳を考えているのかは分からねぇけれどよ」

 

『きっと、ブルブラッドキャリアの離反者、というラベルを想定しているのだろう』

 

 ブルブラッドキャリアはゾル国を前に下ったという事実を覆さないのならば、敵対するモリビトはブルブラッドキャリアを裏切り、ゾル国に下らなかった兵士。C連合とうまく行けば密約を交わし、反逆者の処刑に回る事が出来る。

 

「なんて事はねぇ、モリビトもブルブラッドなんちゃらも、政治の前には形無しだ」

 

『その政の中心軸にいる気分はどうだね?』

 

 リニアシートを倒していたガエルは上体を起こし、通信回線の向こうの水無瀬と顔を合わせる。

 

「悪くはねぇ。ただ、シーザー議員は息子の事はどうだっていいのかねぇ、とは思うな」

 

『カイル・シーザーに関して、レギオンの追求は?』

 

「それがぱったりと。今まで粘着だったのが不思議なくらい、ねぇんだわ」

 

 手を開いたり閉じたりするガエルに水無瀬は考えを浮かべる。

 

『……ただの踏み台にしてはカイル・シーザーは大物過ぎる。何か裏があると見るべきか』

 

「ま、いずれ踏み台にするのは分かっていた事だけれどよ。ハイアルファーは恐ろしいねぇ。あいつから何もかもを奪い去ってしまうなんざ」

 

 醜く爛れたカイルの相貌を思い返す。あれは二目と見られるものではなかった。彼のみが宇宙に取り残され、自分は地上で《モリビトタナトス》を操っている。これが何者かの考えたシナリオの上に成り立っているのは明らかだ。

 

『まったく、酷い話だ。英雄の転落劇をこうも何度も見せ付けられるなど』

 

「桐哉、とかだったか。モリビトの異名の。あれはどうなったんだ?」

 

『行方不明扱いだ。もっとも、ゾル国としてはそのほうが手っ取り早く、なおかつ都合がいいのだろう』

 

 いずれにせよ、対モリビト戦はそう遠くはないだろう。否、ともすれば今、まさにかもしれないのだ。

 

「二つの大国が睨みを利かせる中で、ただただ状況に流されるだけってのも情けねぇよなぁ。レギオンの連中も相当に狸だが、カイルの父親もそれ以上だ。あいつは見離されていたのさ。何もかもからな。そのためだけに生きていたようなもんだ」

 

『おや、同情かね?』

 

「違ぇよ。同情なんてしていたらこの戦場じゃ真っ先にお陀仏だ。同情はしねぇよ、あんなもん。ただ運がなかっただけだ」

 

『君から言わせれば不運だったの一言か。どこまでも残酷だな。戦場というものは』

 

「矢面に立たない役割でホッとしてんだろ? これ以上、身体に風穴開ける事もねぇ」

 

『まだ疼くよ、カイル青年の撃った脚はね』

 

 しかし、とガエルは考えを巡らせる。ここまでお膳立てしておいて、レギオンが事ここに至って淡白なのはどこか不自然だ。レギオンのやり方が従来通りならば、これから先もコントロールしていないとおかしい。ここで手綱を切る理由が見当たらない。

 

 あるいは、手綱を切っていると見せかけて、ずっと握られているのだろうか。自分は自由になったのだと錯覚している憐れな存在なのかもしれない。

 

 誰が憐憫するでもないが、戦場に放り込まれた以上、自分だけをかわいそうがるのは馬鹿馬鹿しい。

 

 カイルも、自分も、モリビトも、等しく煉獄の炎に焼かれてのた打ち回る罪人なのだ。

 

 自分だけが特別などと考えているのだとすれば、それは相当におめでたい。敵も味方も、参謀も一兵卒も全てにおいて、戦場で賭けるレートは同じ。それを理解せずして戦いを語る事の、どれほどまでに無知蒙昧な事か。

 

 一度放られたこの鉄火場で何が優先されるのかと言えば、それは生き抜くための方策。相手を殺すか殺されるかに食らいつく獣の意地。

 

 意地汚くない人間などこの世の一人としていないのだ。殺し合いにおいて騎士道も何もかもは机上の空論、夢見がちな空想。

 

 殺戮するのに、鉛弾が必要だと心得ておけばいい。それが出来ない人間は死んでいく。

 

 単純な話であった。自分は理解出来ているからこそ戦争をビジネスとして渡り歩く事が出来る。戦争を悲劇だ、悲惨だと飾り立てるのは勝手だが、飾ったとしても、人間は美学を求めて争うわけではない。

 

 いつだって、争いの種はほんの些細な事なのだ。それを大げさにしたいだけの事。

 

『そういえば、そちらの基地に軍部の急進派の視察が入るとの情報がある』

 

「いつの話だ、そりゃ」

 

『今、まさに、実行中のようだな。見ておきたいんだろうさ。《モリビトタナトス》を』

 

「馬鹿言うんじゃねぇ。オレとこの機体は地下格納庫にあるんだぜ? 見るなんてそんな事」

 

 全天候周モニターに視線を投じてもお歴々の姿は見えない。どうやって視察するというのか。そう考えていた矢先、警報が静寂を劈いた。

 

 赤色光に塗り固められた基地の中でガエルは通信を吹き込む。

 

「おい、どうした? またトウジャか?」

 

『いえ、この機体照合結果は……。来ます! モリビトです!』

 

 悲鳴のような声にガエルは目を見開く。ここで、おあつらえ向きにモリビトが現れる。その事実そのものが性質の悪い冗談に思えた。

 

「C連合のトウジャ部隊ならまだ理解出来るんだが……モリビトだと? それはマジなのか?」

 

『《バーゴイル》第一小隊が交戦中! 援軍を求む、との事です!』

 

 通信を切り、ガエルは思案する。

 

「おいおい、どういうこった。軍のお偉いさんが視察している最中、《モリビトタナトス》とブルブラッドなんちゃらのモリビトが戦うだと? これじゃまるで……」

 

 そこから先を濁す。まるで、仕組まれているようだ、と言いかけて、あまりの数奇な運命に困惑する。

 

『あるいはそれも加味して、か。ガエル・ローレンツ。死ぬなよ』

 

「死ぬかよ、マヌケ。ここで死んだらそれこそ名折れだ。なに、《モリビトタナトス》のRブリューナクの力、如何なく発揮させてもらえるんだって思えばよ!」

 

『《モリビトタナトス》発進準備に入ります。カタパルトデッキへと移送』

 

 地下格納庫から《モリビトタナトス》の機体が移動し、地上へと続くルートが開く。隔壁が次々と展開する中、《モリビトタナトス》の整備をガエルは一つずつ、指差し確認していく。

 

「Rブリューナク対応OS、正常稼動。全天候型のシステムにひずみなし。こちらの反応速度に《モリビトタナトス》への順応速度、コンマ三秒以内に補正。いつでも出られる」

 

『了解。《モリビトタナトス》、発進準備完了。シグナル、オールグリーン』

 

 ガエルは腹腔に力を溜めて叫ぶ。

 

「ガエル・シーザー、《モリビトタナトス》。行くぜ!」

 

 全身に重力が圧し掛かり、カタパルトデッキを機体が駆け上っていく。地上へと続く扉が開いた途端、火線の瞬く戦場が視界に入った。

 

《バーゴイル》の部隊がモリビトを退けようと対空砲火を咲かせている。それに対してモリビト二機はそれぞれの役割を理解して対応していた。

 

 青いモリビトが四基の短剣で絶対防衛網を敷きつつ、射程にかかった《バーゴイル》を一機、また一機と破壊していく。その迷いのない行動、さらに言えば青いモリビトの操主には因縁がある。

 

「またヤられに来たわけか! モリビトのガキぃ!」

 

 鎌を保持した《モリビトタナトス》が一気に躍り出て青いモリビトの射程に入った。敵は全方位の短剣で応戦してくるも、その太刀筋は拙い。

 

「遅ぇ、遅ぇんだよ! モリビトォ!」

 

 鎌でいなしたガエルがそのまま攻撃を打ち降ろす。Rソードと干渉し火花が弾け飛んだ。

 

『お前は……まさか、どうして』

 

「どうしてだぁ? そいつはおかしな事を聞く。言ったはずだぜ? 《バーゴイルシザー》は破棄だとな。もっと強ぇ機体となれば、それこそモリビトだろうが!」

 

『……お前のような人間がモリビトに乗るなど、許されるものか!』

 

 返す刀を弾き返し、《モリビトタナトス》は両肩に保有するRブリューナクを照準する。

 

「てめぇに許されたくって戦争してんじゃねぇよ、マヌケが! 行けよ、Rブリューナク!」

 

 羽根の形状を持った槍がそれぞれの幾何学軌道を描き、青いモリビトへと肉迫する。青いモリビトが四基の刃で落とそうとするが、その速度よりもRブリューナクの攻撃が速い。

 

 白い光条を煌かせ、Rブリューナクの槍の穂がモリビトの射程に入った。そのまま胴体へと突き刺さるかに思われたRブリューナクをモリビトの操主はRソードの刃でギリギリ受け止める。

 

 舌打ちと共に、こうでなくては、と精神が昂揚する。

 

 この程度で撃墜されるのならば世界の敵を名乗ってもらうのには足りない。

 

「まだまだ行くぜ! そぅら! 真後ろだ!」

 

 Rブリューナクの軌道に気を取られて本体である《モリビトタナトス》への注意が霧散している。鎌が青いモリビトを引き裂こうとしたが、その時、熱源反応が耳朶を打った。

 

 習い性の身体が機体を退けさせる。

 

 先ほどまでいた空間をR兵装の光条が撃ち抜いていた。砲塔から蒸気を棚引かせ、もう一機のモリビトがこちらへと狙いを澄ます。

 

「なんだァ? てめぇもヤられてぇのか!」

 

 跳ね上がった《モリビトタナトス》を追って大型人機のモリビトがミサイルを放射する。途中で分散弾頭と化した攻撃は多面的に《モリビトタナトス》を排除しようとしていた。

 

「だが、そんな小手先。穿て! Rブリューナク!」

 

 機体側面へと回り込んできたRブリューナクから白い光軸が発射されミサイルを叩き落していく。宙に舞い上がる火の粉と破壊の爪痕に大型のモリビトが追い討ちの砲門を貫こうとしてくるが、その時には既に片方のRブリューナクが上空へと舞い上がり、照準に入れていた。

 

「墜ちろよ、デカブツが!」

 

 Rブリューナク発射に大型のモリビトが勘付くも既に遅い。確実に頭部コックピットを消し炭にしたかと思われた一撃は思わぬものに遮られた。

 

 青いモリビトが前に出て盾を展開したのである。しかし、リバウンドの盾は実体弾のみを跳ね返す仕様のようだ。Rブリューナクの光線を完全には無力化出来ず、結果として攻撃の威力を弱めた形となった。

 

 それでも充分なのだろう。左手の盾を払った青いモリビトにガエルは口角を吊り上げる。

 

「……んだよ、率先してヤって欲しいのなら、喜んで相手してやるぜ。楽しもうじゃねぇか! モリビト!」

 

 Rブリューナクが青いモリビトともつれ合うように突撃する。盾で受け止めたモリビトはRソードで槍を剥がすも、その時には直下に回り込んでいた《モリビトタナトス》の餌食だ。

 

「考えが足りねぇな! Rブリューナクだけを相手にしてりゃいいってもんじゃねぇんだぜ!」

 

 放った鎌の一閃に青いモリビトは背後へと向けて一斉に四基の刃を繰り出した。短剣一つ一つの攻撃力は弱いが、こちらの勢いを削ぐのには充分である。

 

 振り返った青いモリビトがRソードを振り上げた。その剣筋と鎌がぶつかり合う。

 

『……聞くが、どうしてこんな真似をする? お前は、何になりたいんだ?』

 

「何に、か。面白いから言ってやる。オレは正義の味方になるんだよ。そのために、てめぇらは全て犠牲になるのさ。これから先、法になるのはゾル国でも、ましてやC連合でもねぇ! オレという個人だ!」

 

『妄言を……』

 

「どうだかな! 案外、遠くねぇ未来かも知れない、ぜっ!」

 

 弾かれ合い二機が離れる。青いモリビトの操主としての格は知れている。《バーゴイルシザー》で引き分けたのだ。《モリビトタナトス》で負けるはずがない。

 

 そう感じていた矢先であった。

 

『……正義の味方。国家でもなく、特権層でもなく、ただの一兵士が、支配者を気取るって言うの……』

 

 震えた少女の声音が発せられたのは大型のモリビトからであった。ガエルは哄笑を浴びせる。

 

「こいつぁ、驚きだ! モリビトってのは女しか乗れねぇのか? それも、まだマセガキの域だな。こんな小娘連中が世界を変えるって? そいつはお笑い種だ!」

 

 途端、発せられたプレッシャーに肌が粟立った。ガエルは瞬間的にRブリューナクを引っ込め、機体を大きく後退させる。

 

 大型のモリビトの眼窩が赤く煌き、こちらを睥睨していた。

 

 ――これは敵意だ。

 

 しかも、明確に感じられるほどに強い代物。大型のモリビトは二門の砲塔を突きつけ、声を吹き込んでいた。

 

『……もう一度だけ問う。本当に自分一人が天に立つだなんて思っているの? その意思に迷いも、ましてや間違いだという意識もないの?』

 

 大型のモリビトから発せられる敵意は本物だ。しかしまだ理性の一線が保たれているのが分かった。

 

 この質問の答え如何では、その理性のラインは消え失せるだろうが。

 

 だがガエルは臆する事もない。それどころか高らかに叫ぶ。

 

「ああ、そうだ! オレが正義の味方として立つ! それ以外なんて考えもしねぇ!」

 

 直後、全ての感情を廃したような冷たい声音が背筋に突き刺さる。

 

『――そうか。分かった』

 

 大型のモリビトから大口径のR兵装が発射される。それだけに留まらない。即座に連続放射された小型ミサイル群がこちらを狙いつける。

 

 ガエルはRブリューナクの放射熱線で叩き落としていくが、その火炎の只中から別の熱源が現れた。

 

 灼熱を引き裂き、獣型の人機が牙に電磁を纏いつかせる。

 

 その牙をガエルは鎌で受け止めた。だが敵の動きはもう一つあった。

 

 上空へと瞬時に飛翔した機影が急降下してくる。翼にリバウンドの刃を展開した翼竜に、ガエルは舌打ち混じりにRブリューナクを発する。

 

 槍の穂が翼竜の翼と打ち合い、激しいスパークを弾かせる。

 

 直後、コックピットを激震させたのはミサイルと小銃の嵐だ。銃火器のロックオン警告が幾重にも重なり、《モリビトタナトス》へと銃撃網が浴びせかけられる。

 

 分離した脚部がどこか甲殻類のような形状から全方位へと火線を見舞っていた。

 

「……面白ぇ。全力で潰す気満々ってわけだ! てめぇらは!」

 

『口を閉じていろ。この――』

 

 最後に立ち現れたのは頭部と肩部のみで構築された部位であった。申し訳程度の推進剤で浮いているその機体は隙だらけに映る。だが、ガエルの第六感か、これまで戦場で鍛え上げてきた感覚が最大の危険性を訴えていた。

 

 ガエルはRブリューナク一基を前に突き出す。

 

 直後、Rブリューナクの装甲が次々と剥がされていった。《モリビトタナトス》と同じだけの強度で出来ているはずのRブリューナクが丸裸同然にまで磨り潰されていく。その光景は性質の悪い冗談としか言えなかった。

 

 Rブリューナクは瞬時に分解され、内側から解体されていく。

 

『この人間の、――クズが』

 

 発せられた声音のあまりの冷徹さにガエルは久しぶりに背筋が寒くなったのを感じた。これは戦力差でも、ましてや性能差でもない。

 

 これは自分とは別種のものに感じる本能的な忌避だ。

 

 ほとんど弱点同然の機体が最も危うく、《モリビトタナトス》を脅かしている。

 

 息を詰めたガエルは刹那、肉迫してきた青いモリビトの刃を受け止めた。

 

「おっと、こっちの相手もしなきゃあなぁ。だが、ヤバイのはよく分かったぜ、デカブツのほう。オレもなかなか拝んだ事のねぇ力だ。こういうの何て言うんだっけな」

 

 ガエルは推進剤を全開にして青いモリビトと鍔迫り合いを繰り広げつつ、大型のモリビトの射程から逃れようとする。

 

 それを阻んだのは翼竜であった。

 

『逃がさない』

 

 その意思と力の奔流にガエルは怯えている自分を発見した。久しく感じていなかった命を脅かされる恐怖。それが恍惚とも、昂揚とも取れぬ感覚となってガエルの快感中枢を突き抜ける。

 

 愉悦に口角を吊り上げたガエルは背後へとRブリューナクを放つ。今度は距離を取っての一射であったが、それさえも弱点に映る機体部は跳ね飛ばした。

 

「……くわばわくわばら。まさかR兵装を何の護りもねぇ人機の部品が弾くなんてな。本当に怖いのはてめぇのほうだぜ」

 

『よそ見すると!』

 

 青いモリビトがRソードを振り翳す。ガエルは心得たように鎌で弾き合った。

 

「こういうプレイがお望みなんだろ、色ボケのガキが! オレにして欲しかったらねだってみな!」

 

『お前は、ここで墜とす!』

 

「出来んのかよ? そんなへっぴり腰で! 鳴くのならもっと甲高く、いい声で鳴けよ!」

 

 鎌で下段から弾き上げ、機体をひねり込ませて蹴りを打ち込む。よろめいた青いモリビトへととどめのRブリューナクを一射しようとして、通信が割って入った。

 

『お楽しみのところすまない、ガエル・ローレンツ』

 

 自分を操る将校の声だ。今の今まで戦闘に介入して来た事がないのにどうして、と滑り落ちる思考の中、ガエルはRブリューナクの発射に待ったをかけた。

 

 完全に虚を突かれた青いモリビトがうろたえている。

 

「……何だ?」

 

『まだ理性はあるようだな。こちらの訴えに、咄嗟にトリガーから指を外すのはお手の物か』

 

「てめぇが戦闘に割って入るのなんて珍しいを通り越して不気味だよ、クソッタレが。何だ? こいつらを殺しちゃいけねぇってのか?」

 

『優先対象というものがある。そこから見えるな、ガエル・ローレンツ。前線基地で今も《モリビトタナトス》の力量をはかっている、ゾル国の急進派が』

 

 拡大すると管制塔からこちらをモニターしているゾル国上層部が窺えた。

 

「見えるが……何だ? お偉いさんの前だからもう少しお行儀よく戦えってか?」

 

『違うよ。君に《モリビトタナトス》を与えた意味、それを理解したまえ。何のために、そこまでの力を用意したと思っている?』

 

「まどろっこしいな。こっちは! 戦いの最中なんだよ!」

 

 青いモリビトの剣筋をいなし、降り注ぐミサイルの雨を《モリビトタナトス》はRブリューナクの放射で回避させる。

 

「とっとと話せ」

 

『では手短に。《モリビトタナトス》で軍上層部のタカ派の方々を、抹殺しろ』

 

 その言葉にガエルは耳を疑った。今、この将校は何と言ったのか。

 

「……聞き返しても」

 

『変わらないよ。そこから見える軍の上層部の者達を跡形も残さず消し飛ばせ』

 

 意味も分からないまま、大型人機の用いる翼竜と獣型人機の攻撃からガエルは後ずさりつつ、その真意を問い質す。

 

「どういうこった? ああいう連中に取り入るために、この《モリビトタナトス》はあるんじゃねぇのかよ」

 

『それは意見の相違だな。《モリビトタナトス》は最初から、邪魔な者達を黙らせるためにある』

 

 つまりレギオンからしてみれば、ゾル国の急進派は邪魔。その意味を思案に浮かべつつ、ガエルは電子通信へと切り替える。水無瀬への直通電子通信は誰かに傍受される心配はない。

 

 片手でキーを打ちつつ、ガエルは戦線をRブリューナク一本で応戦する。

 

 だが、さすがに限界はある。背後から迫る青いモリビトの剣と、全方位から焼き尽くさんとする大型人機の使い魔の攻撃全てをさばき切るのは不可能だ。ガエルは左腕を突き出し、青いモリビトの剣を受け止めさせた。溶断された左腕には頓着せず、すぐさまRブリューナクで攻撃し、誘爆させて視界を奪う。

 

 その隙に後退機動を描いて問い返した。

 

「おい、もう一回、イカレたんじゃねぇって証明のために聞いておくぜ? ゾル国のお歴々を抹消する? 何でそんな事をする必要がある? てめぇらの目的は何だ?」

 

『言わねばならないかね? それこそ戦いの只中で』

 

 ガエルは胸中に毒づく。この将校はいつでも都合の悪い時に交換条件を持ちかけてくる。

 

 現状、モリビト二機との交戦中に、ただでさえ決定権を窺わなければならないほどの重要案件をするりと潜り込ませてくる。

 

「ふざけんな。こちとらさっきからRブリューナクの照準合わせでてんてこ舞いだってのに、そんな後先考えねぇ決断なんて出来っかよ!」

 

『ならば、《モリビトタナトス》は要らないかね? せっかくの力だというのに』

 

 この将校は理解している。今、決断を渋って少しでも集中の糸を切らせば、モリビト二機に追い込まれてしまう事を。加えて、今決定しなければ二度と選択の機会は訪れない事も。

 

 水無瀬からの電子通信には応答はない。ただでさえブルブラッド大気濃度の濃い中、通信が混線している可能性もある。

 

 ガエルは蜘蛛の糸のように吊るされたこの一縷の望みに賭けるしかなくなった。結果的にレギオンの考えを容認しないつもりであったのがこの瞬間に逆転する。

 

 レギオンの言う通りにしなければ危ういのは自分の命。名誉や栄光よりも、今まさに戦っているモリビト二機は規格外だ。青いモリビトに意識を割き過ぎれば大型のモリビトから放たれる不明の殺意に呑まれる事になる。

 

 前と後ろを塞がれた形の《モリビトタナトス》では完全勝利は難しい。Rブリューナクも一基を失った。

 

 ここで思案するべきは太く短く生きるか、それとも細く長く継続するべきか。

 

 前者の場合は、《モリビトタナトス》の撃墜、即ち自分の戦士としての再起不能さえも視野に入っている。

 

 ガエルは突然にはらわたが煮えくり返ってきた。ふざけるな、という思考に脳内が塗り潰されていく。

 

 身勝手に正義の味方に祀り上げられ、カイルという厄介者を押し付けられた挙句、《モリビトタナトス》の――「死」の象徴の腹の中で死んでいく。

 

 そのような運命、あってなるものか。

 

 Rブリューナクの照準が管制塔を捉える。

 

 青いモリビトが攻撃を警戒して一旦、退いたのが好機となった。

 

 放たれた白銀の槍の一射は管制塔を焼き尽くし、そこにいた者達共々、一瞬のうちに蒸発させる。死んだ、という思考を浮かべる暇もなかっただろう。

 

 こちらの攻撃が逸れたのだと勘違いした者達が必死に管制塔へと通信を繋ぐのがオープン回線に交錯する。

 

『管制塔? こちら、《バーゴイル》第二小隊! 応答せよ! 繰り返す! 応答せよ!』

 

『どうして……、それは我が方だぞ!』

 

『いや、モリビトとの戦闘中に照準が逸れたんだ。……惜しい事を』

 

 理解ある《バーゴイル》の操主達の声が滑り落ちていく中、ガエルは面を伏せたまま――嗤っていた。

 

 胸のうちから溢れ出す黒々とした笑いが止まらない。ついには高笑いへと変わり、通信回線を繋いでいるモリビトの操主二人が怪訝そうにする。

 

『……狂ったのか』

 

「狂った? いや違うさ。本当にもう……度し難いこって。人間ってヤツはよォ!」

 

 鎌を握り直した《モリビトタナトス》が青いモリビトと激しく打ち合う。干渉波のスパークが舞う中、青いモリビトの操主が問いかけた。

 

『司令部を撃ったな……何故だ! お前にとっては、味方も敵も、関係がないというのか!』

 

「ああ、そうともさ。イカれた世界で生き残るのにシンプルな答えを教えてやんよ、モリビトのガキ。――どれだけ壊れられるかだ。オレはもう、壊れちまった。いや、とっくの昔に壊れたまんまだったのかもなぁ。今さら、己の壊れを、他人のせいには出来ねぇんだよ、クソッタレ。だからよ! てめぇらも地獄に堕ちろよ! モリビト!」

 

 振るった鎌と剣が鍔迫り合いを繰り広げ、青いモリビトが盾の重力波を変動させて急加速を得た。

 

 刃の干渉部を支点に踊り上がった青いモリビトの四基の刃が直上より襲いかかる。《モリビトタナトス》はしかし、既にRブリューナクを呼び戻していた。

 

「取った!」

 

 青いモリビトの背後でRブリューナクが充填される。その輝きが青いモリビトの射抜いたのが直後のイメージとして鮮烈に脳裏へと浮かび上がった。

 

 しかし、Rブリューナクの発射した光線は青いモリビトを突き破っていない。

 

 大型のモリビトから放たれた不可視の力が作用し、Rブリューナクの照準を大きく乱れさせた。

 

「ガキが! 素直にヤられちまえよ!」

 

 四基の刃の暴風が《モリビトタナトス》の装甲を引き裂いていく。直撃による致命打は免れたが、装甲は半壊し、これ以上の継続戦は無意味であった。

 

 背後に降り立った青いモリビトの太刀筋を弾き返し、《モリビトタナトス》は離脱機動に入る。

 

『逃げるな! 戦え!』

 

「冗談。これ以上イカレられっかよ!」

 

 推進剤を焚き、Rブリューナクの牽制を放ちつつ《モリビトタナトス》は戦域を離れていく。恐らく上層部、友軍共に評価は「健闘した」というものだろう。モリビト二機相手に善戦、その末に起こった悲劇なのだと、誰もが納得するはずだ。

 

 しかし、自分だけがそうでないのを知っている。これは呪縛のようなものであった。

 

 己の中に時限爆弾のような呪いを抱えたまま、ガエルはコンソールに拳を叩きつけた。

 

「ふざけやがって! あのクサレ将校が!」

 

 どこまで自分を悪の側に引き込もうとする? 決して戻れぬ修羅の道に。どれだけでも悪徳に塗れられると覚悟したはずのこの身でさえも、引き裂かれかねないほどの自責の念があった。

 

 大量殺戮の怨霊達を自分一人で抱えるのはどだい無理な話だ。この闇をどこで吐き出せばいいと言うのだろう。

 

『ガエル・ローレンツ? 通信が回復した。何があったんだ? 友軍の指揮系統がぐちゃぐちゃになっている。この状態ならば、わたし一人でも脱出出来そうだが……』

 

「だってんなら、逃げろよ! クソが! どこにも逃げ場なんてねぇ、とんだ立場だぜ! 正義の味方ってのはよォ!」

 

 嘆くつもりも、ましてや誰かに当り散らすつもりもなかった。しかし、どうしても我慢ならなかったのだ。

 

 理由のない悪意を人間はどこまでも溜め込めるほど強く出来ていない。自分のような悪の側の人間ですら、躊躇う領域というのは存在する。

 

 それを平然とやってのけさせた、レギオンの将校。

 

 彼こそがそこいらの悪よりも最も性質の悪い、諸悪の根源であった。

 

『……何かあったな。《モリビトタナトス》の状態は?』

 

「……よくはねぇ。Rブリューナクを一基失っちまった。再生産は可能だろうが、こいつ自体も相当食らってる。今は、モリビト同士で食い合うのは旨みがねぇな」

 

 少しだけ冷静になれた声音に通信越しの水無瀬が、よし、と声を放つ。

 

『ならば、地下施設か、あるいは近場の基地に身を隠すのが先決だろう。《モリビトタナトス》をここで失うのは惜しい。いいな?』

 

 確認を促す水無瀬にようやくガエルは平時の精神を取り戻しつつあった。

 

「……ああ。そうだな。《モリビトタナトス》はせっかくの力だ。こいつを手離すのは、間違っている」

 

『……一朝一夕で解決出来ない問題のようだ。その前線基地は離れたほうがいい。モリビト二機の強襲だろう?』

 

「バーゴイル部隊だけじゃ、よくて半数、悪く転がったら一割程度しか残らねぇだろうな。……それも加味して、あいつは言いやがったのか」

 

『君は今までにないほど取り乱している。自分でもよく分かっているだろう』

 

「ああ、その通りだ。こんな状態で……クソッ! まさかの戦線離脱なんてな」

 

『泥を被るわけではないだろう。生き残って来い』

 

 通信が切られたコックピットの中でガエルは独りごちた。

 

「泥を被るわけじゃない、か。確かにオレは泥なんて被るわけがねぇ。むしろ、祖国のために尽くした英雄だ。英雄だ、このオレが」

 

 乾いた笑いが漏れてくる。星の裏側で殺し合いをしていたどこの俗物とも知れない人間が、一国の英雄にまで登り詰める。その感覚はガエルに異様な昂揚感をもたらしていた。

 

 今しがた焼き払った者達の怨嗟の声など、もう届くまい。

 

 この身は国家の礎となるのだ。

 

 そう考えると、笑いが止まらなかった。だがどうしてだか、それと同じく頬を伝う熱も止め処なかった。

 

 


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