ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯137 不死鳥戦線

「今、こちらに報告が上がった。モリビト二機はC連合の《スロウストウジャ》の前に迎撃されたと」

 

 渡良瀬の声にレミィが質問を振り向ける。

 

「撃墜、だというのか?」

 

「そこまで正確な情報ではないが、C連合側に一つ、白星がついた事、それは大きな意味を持つのではないか?」

 

「確かに、C連合がこれ以上国力を増強するのならば、ゾル国に拠点を置く我々が動きにくくなる事は必定」

 

 舷窓からレミィは眼下に広がる景色を窺う。ゾル国の全翼型ステルス機は三機編隊を組み、現在、ブルーガーデン跡地に入っていた。

 

『高濃度ブルブラッド汚染を確認。搭乗者は念のため、マスクの着用をお願いします』

 

 アナウンスが流れる中、レミィは隣接する席につく渡良瀬へと問いかける。

 

「元老院の老人達は焦っている。世界が変わっていくのを。わたしとしては、生身の身体を得て感じたのは、その焦燥すらも世界の流転の一つだという事。貴様はどうだ、渡良瀬。ブルブラッドキャリアを裏切り、こちらについているのだからな」

 

「裏切ったつもりはない。今でもこの脳内に情報は同期される。ブルブラッドキャリアの秘匿情報のレベル5までの閲覧権限はある」

 

「ではレベル5までの権限で世界を止められるか?」

 

 その問いに渡良瀬は頭を振った。

 

「ナンセンスだな。もう、転がり出した石だ」

 

「淡白な事だ。自分達が世界を変えると息巻いていた連中だとばかり思っていた」

 

「そちらこそ、元老院の再生人間にしては随分と非合理的な判断で動く。……最終的に何が得たい」

 

 レミィは口元を綻ばせ、肩をすくめる。

 

「それほどに野心家に見えるか?」

 

「少なくとも、ここで禁断の人機を引き上げようと言うんだ。野心がないわけではあるまい」

 

 地上すれすれを滑空する《バーゴイル》部隊が高密度汚染地域へと入ったという連絡が端末にもたらされる。

 

 次の瞬間、《バーゴイル》部隊の通信回線が開けた。

 

『何だ、ここ……。重力反転! ここは、一体どうなって……』

 

 息を詰まらせる《バーゴイル》の操主達の困惑を尻目にレミィは冷静に解釈する。

 

「相当巨大な血塊炉を積んでいたと見える。高濃度ブルブラッドとそれに伴う重力磁場の消失。汚染は確実に星の寿命をついばみ、人の棲めない場所をまた一つ作り上げた」

 

「《キリビトプロト》、か。元老院は、エデンの処遇を?」

 

「保留、という事で決着はついたようだが、凍結と何ら変わりはない。エデンの情報処理速度を使ってキリビトを再開発する見通しかもしれないな」

 

「それは、元老院ネットワークから外れたそちらでは分からないか」

 

「案外、脳内を覗かれないというのは気分がいい。百年以上同じ状態であったのだからな」

 

 こめかみを突いたレミィに渡良瀬は皮肉の笑みを浮かべる。

 

「女であるのも、か?」

 

「性別に頓着するつもりはないが、人機を操るのならば女のほうが都合のいい。わざわざ適性の高い再生人間を選んでいるのもデータに基づく結果だ」

 

「全ては血続、という事実上の神話に基づく仮説、……いや、オカルトか」

 

「血続至上主義を掲げる輩などこの惑星には存在しない。だからこそ、我々だけが血続の真の強さを知って優位に立てる。……ブルブラッドキャリアは知っている可能性があるが」

 

「簡単に喋ると思うか?」

 

「……だろうな」

 

 高濃度汚染地帯では汚染の青い稲光が発し、全翼機を揺さぶらせる。

 

「ゾル国の最新鋭ステルスであっても、高濃度ブルブラッド汚染と重力反転地帯への潜入には時間がかかるようだな」

 

「加えてキリビトという未知の人機のサルベージ作業も伴っている。あまり時間はかけられない。作戦のリミットはたったの十分足らずだ」

 

 なにせ、この場所はC連合前線基地と隣接している。ゾル国が《モリビトタナトス》を盾に汚染地帯へと踏み込む事自体がそもそも高度な政治的干渉を必要とする。

 

 いわば招かれざる客。《バーゴイル》部隊の手際を端末で観察するレミィは、《キリビトプロト》の想定外の大きさに感嘆の息をついた。

 

 寸胴の機体が大地に突っ伏している。三角錐型の推進器勘を有しており、その全長だけでも通常人機の六倍はある。漏れ出ているのは炉心から融解した血塊だろう。青い霧が埋め尽くす中で《バーゴイル》を操る兵士達が死に物狂いで解体を進めている。

 

《バーゴイル》部隊に与えられた装備では二次的な汚染は免れないだろう。上役はあえてそこには触れず、汚染地帯の調査という名目のみを与えた。

 

 ある意味では解体作業に当たっている者達は捨て駒だ。

 

《キリビトプロト》の腕が付け根から切り外されていく。エデンより予め《キリビトプロト》の設計図を得ていたのが幸いしてか、その行動によどみはない。

 

「しかし、キリビト、か。何に使うつもりか、などという野暮な事は聞かないが、あんなものを二機も三機も量産出来るのか?」

 

「タチバナ博士の助手であった割にはリアリストだな。天才の力を信じてみたらどうだ?」

 

「過信したところで、あの人も所詮は人の子、今はただの老躯だ。確かに生み出される莫大な資本はあるだろう。タチバナ博士の、たった一人の号令で《キリビトプロト》は丸裸同然にまで解析される。それほどの権限を持つ老人ではあるが、いささか保守的が過ぎてね」

 

「変わろうとしない人間の一人、か」

 

《キリビトプロト》の両腕が取り外され、次は胴体部の分解に取り掛かっていた。既に五分が経過している。

 

《バーゴイル》の操主達は汚染により、二度とまともな人生は送れないだろう。

 

「C連合が仕掛けてこないとも限らない場所だ。可及的速やかに行いたいものではあるが……それでも犠牲になるのは《バーゴイル》に乗った者達だけか」

 

 不幸だな、とレミィは独りごちる。渡良瀬はその冗談に、今さら何を、と笑ってみせた。

 

「元老院は人間を都合のいいパーツとしてしか見ていない。オラクル市民を抱き込んで、再生人間を量産、《キリビトプロト》の体のいい整備士に仕立て上げるなど、惨たらしくてわたしには思いつきもしない」

 

《キリビトプロト》は常に汚染物質を撒き散らしている可能性がある。そのため、ゾル国の整備士ではその改修が滞りなく行われない可能性も加味していた。

 

 そのためのオラクル市民。そのための再生人間のストックだ。元老院は百万人以上のオラクル市民をまるで使い捨ての駒のように扱い、《キリビトプロト》を完全なものとする事だろう。

 

「全てはブルブラッドキャリアが突きつけた原罪だ。今さら赤の他人の顔をする事など許されない」

 

「わたしは協力者という身分に過ぎない。モリビトの執行者とはわけが違う。ただ、変わる世界を観察する権限を持たされた、不幸なる人間型端末の一つだよ」

 

 渡良瀬もまた、自分のようにエゴの塊なのかもしれない。元老院ネットワークから切り離された今の身のほうが気は楽などと考えている己に、レミィはどこか不可思議な感触を覚えていた。

 

 少し前までは同期ネットワークに晒されているのが当然であったのに、生身の肉体は恐ろしい、と口角を吊り上げる。どこまでも欲望に忠実なまま、生きていける事が出来るのだから。

 

「元老院ネットワークでも《キリビトプロト》に関する情報の秘匿権限は高い。ある種のタブーだ。それを口にする事さえも憚られる。だが、キリビトを味方につけられれば、これ以上ないほどに心強いだろう」

 

「敵の敵は味方、か。それで? キリビトのような化け物を操ってどうしたい? まさかブルブラッドキャリア殲滅で終わりのはずがないだろう?」

 

 やはり食えない男だ、とレミィは再確認する。それも当然か。タチバナの下で何年も潜伏してきたのだ。それなりに頭が冴えなくては困る。

 

「表向きはブルブラッドキャリア殲滅に充てる。だが、それだけに留まらないのは確実。どれほどまでに危険視していても、人はその力の求心力から逃れられない。キリビトは量産されるだろう。予言してもいい」

 

 百五十年前に人々を絶望に陥れた代物が再び芽吹き、今度は人間に福音を与えるのか、あるいは滅びを促すのか。そこまでは不明であったが、キリビトは革新的であるのだけは確かだ。

 

 これまでの人機製造技術を塗り替える発明だろう。

 

「……惜しむらくはタチバナ博士が非協力的である事か。あの人もプライドなんて捨てればいいものを」

 

「人間である限り、捨てられないものもあるのだろう。我々のように、ヒトを超越しなければ見られない景色はある」

 

 胴体部を切り離し、内蔵血塊炉を取り出していく。目を見開いたのはその血塊炉の巨大さだ。覚えず身を乗り出して端末を覗き込む。

 

「……血塊炉だけで、《バーゴイル》と同じ大きさか」

 

「しかもこれは、一基ではないな。二基以上の血塊炉を組み合わせている。なるほど、出力もそれ相応なわけだ。《キリビトプロト》、試作品にしてはこの出来、やはり人類の原罪そのものか」

 

 たとえその存在が罪そのものであっても、ブルブラッドキャリア排斥とその先に待つ栄光のためには必要な代物だ。レミィは調査隊から送られてくるデータを参照する。

 

「これは……驚くべき数値だな。《キリビトプロト》、あれだけでここ近辺の重力磁場異常を引き起こしている」

 

「あの血塊炉にプラントが反応したわけではないのか」

 

「血塊炉のプラントはこの先だ。汚染状態は現状よりもなお色濃いが、それでも驚愕したよ。プラント設備と血塊炉が呼応した形だと思っていたからな」

 

《バーゴイル》が《キリビトプロト》の足先を切り離していく。血塊炉さえ奪えれば、と感じていたレミィはその視界の中にR兵装の光が焼きついたのを確認した。

 

「何だ……」

 

《バーゴイル》へと放たれた一条の光線に調査隊が次々と飛翔機動に移る。

 

『何だあれは……迎撃! 敵は人機を所有している!』

 

 青く煙った視界の中、R兵装を放射する敵に《バーゴイル》部隊が当惑している。レミィは調査隊の一人の《バーゴイル》の視界と端末を同期させ、それを視認する。

 

「これは、C連合の人機ではない」

 

 相手も飛翔する羽根を有しており、軽量化された敵人機は蝿のような形状であった。

 

 腹腔からR兵装を発射し、調査隊を圧倒するその性能にレミィは顎に手を添える。

 

「《キリビトプロト》の護衛機か。この汚染の中であるとするならば、無人の機体……」

 

「こちらでも確認した。《キリビトプロト》を援護するためだけに製造された機体のようだ。製造された年月日、名称は不明だが、あの蝿型人機はこちらの《バーゴイル》を圧倒するぞ」

 

 その証明のように蝿型人機は飛び上がった。総数にして五機前後であったが、恐ろしいのはその物量よりも性能面である。

 

 操主を有していない人機は有人よりも遥かに自由な機動を得る。アサルトライフルの火線が瞬く中で蝿型人機は《バーゴイル》の懐へと飛び込み、口腔部から針を射出した。

 

 正確無比に頭部コックピットを貫かれた《バーゴイル》が沈黙する。

 

『撃て! 敵はたったの五機だ!』

 

 命じる声にアサルトライフルが火を噴くが、それでも蝿型人機の機動力を抑える事さえも出来ない。高空へと躍り上がった蝿型人機に恐れを成したのか、ステルスの武器格納庫から機銃が掃射された。

 

 蝿型人機がこちらへと気づく。

 

「余計な事を……」

 

 真っ直ぐに向かってくる蝿型人機に全翼型のステルスからミサイルが投下される。膨れ上がった灼熱に焼かれ、蝿型人機が散弾を前に飛翔高度を弱める。

 

『今ならば!』

 

《バーゴイル》部隊がアサルトライフルの照準を一機に見定め、集中砲火を浴びせた。羽根をもがれた蝿型人機が撃墜されていく。

 

 しかし、それでようやく一機。まだ四機が残っている敵の残存兵力に《バーゴイル》部隊がうろたえつつも対応する。

 

『迎撃しつつ散開! R兵装にやられるぞ!』

 

 腹腔から放たれたプレッシャー砲に《バーゴイル》が飛び退る。プラズマソードを発振させた一機の《バーゴイル》が太刀筋を見舞った。

 

 蝿型人機が頭部を両断され、甲高い鳴き声を上げて呻く。そのままゼロ距離でアサルトライフルを掃射される。

 

 二機目が沈黙するも、蝿型人機の挙動に《バーゴイル》の乗り手達は明らかに狼狽していた。無理もない。重力下でこちらを上回る機動力など、モリビト以外に知らない者達だ。彼らからしてみればモリビト以上の脅威。

 

《バーゴイル》は出来るだけ上を取ろうとするが、それさえも児戯に等しいとでも嘲笑うかのように蝿型人機は口腔部から針を連続射出する。《バーゴイル》の体躯に突き刺さり、次の瞬間、針が内側から膨れ上がって炸裂した。

 

 血塊炉から青い血潮を迸らせつつ、《バーゴイル》が高度を失って撃墜されていく。

 

 針に爆発性能があるのだ。そうと知った《バーゴイル》調査部隊は出来るだけ距離を取りつつ、対応策に回ろうとしたが、その中で一機だけ、抜きん出て前に出る機体があった。

 

 先ほどゼロ距離で蝿型人機を迎撃したのと同じ機体だ。

 

 肩口に赤い不死鳥のマーキングが施された《バーゴイル》は針の射出を恐れずに肉迫し、何と蝿型人機へと蹴りを見舞った。

 

 よろめいた蝿型人機の頭部を引っ掴み、そのままアサルトライフルの銃口を顎に押し当てさせる。

 

 またしてもゼロ距離射撃。

 

 咲いた火線は瞬きとなって蝿型を黙らせる。残存機からのプレッシャー砲をその機体は遊泳するかのように軽やかに回避した。

 

 プレッシャー砲に巻き込まれた蝿型が誘爆し、光の輪を広げる中、不死鳥の意匠が施された《バーゴイル》の乗り手は蝿型人機へと果敢にも接近する。

 

 だが無謀だ、とレミィは判断していた。

 

 どれほど勇気があっても、性能差だけは埋まる事はない。蝿型人機が反応し、針を射出しようとする。

 

 果たして発射された針は《バーゴイル》の膝頭を射抜いた。爆発する、と予感したその直後、何と不死鳥の《バーゴイル》は針を引き抜き、そのまま相手へと投げ返したのである。

 

 灼熱が膨れて蝿型人機の頭部へと針が突き刺さった。

 

 残り一機のみが黒煙を引き裂いて《バーゴイル》へと猪突する。アサルトライフルを構えた《バーゴイル》は速射モードに設定し、蝿型を近づかせない戦法を取ろうとしたが、プレッシャー砲はその機体を確実に狙い澄ます。

 

 どうする気だ、と固唾を呑んで見守っていたレミィは、《バーゴイル》が汚染された《キリビトプロト》のパーツを手に、それを盾代わりに使ったのを目にしていた。

 

 プレッシャー砲の一撃が逸れ、その刹那にはプラズマソードが発振されている。アサルトライフルを下段から突き上げて蝿型人機へと一射し、その頭部を刃が落とした。

 

 汚染区域でこれほどまでに軽やかに戦ってみせた一人の操主にレミィも、渡良瀬も唖然としている。

 

「何なんだ、あの操主……」

 

「調査部隊に配属された人間、のはずだな……? あれほどまでの実力……」

 

 見た事がない、と言外に付け加えた渡良瀬は剣を払い、こちらを仰ぎ見ている《バーゴイル》の視線から覚えず目を逸らしたようであった。

 

 レミィは高鳴る鼓動を感じる。

 

 どうやらまだ、人間も捨てたものではないらしい。

 

「本国に帰った後のいい土産話になりそうだ。不死鳥の《バーゴイル》の操主……」

 

 


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