ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯136 カウンターモリビトⅡ

 ナナツー部隊を蹴散らしていく鉄菜の《シルヴァリンク》を視野に入れつつ、桃はこれからの作戦行動と、取るべき方策を思案していた。バベルからもたらされる情報域の中に、《スロウストウジャ》発進の報告が入る。

 

「クロ、トウジャが出てくる。でも、これはたった二機……?」

 

 どうして全機投入してこないのだろう。モリビト二機に対してその程度でも充分だと嘗められているのだろうか。

 

『戦力を温存する余裕があるのかもしれないな』

 

《シルヴァリンク》が襲いかかってきた《ナナツー参式》の刃を掻い潜り、その腹腔を蹴り飛ばす。

 

 四基のRクナイが奔り、直後には《ナナツー参式》を分解していた。

 

「温存って……確かに《モリビトタナトス》に敗北を喫した現状では、モリビト相手に手の内を見せるのは危険、っていうのは分かるけれど、それでもこっちの戦力に対してたった二機? ……馬鹿にしているの?」

 

『恐らくは相手にも軍師がいる。そうでなければ考えなしにトウジャを投入してくる事だろう。この二機でモリビトとどれだけ渡り合えるのか、試金石にするつもりかもしれない』

 

 グランマの忠言に桃は鼻を鳴らした。相手がそのつもりならば徹底的に蹂躙するまでだ。

 

「そんなの、モモ達に敵うなんて! それこそ驕りよ! クロ、見せ付けてあげましょう」

 

 レーザー網が前衛を務めるナナツー二機の信号を捉えた。新型ナナツー二機がまず前を行き、《スロウストウジャ》は空中から仕掛けるつもりらしい。

 

『前のナナツー二機を排除する。桃・リップバーン。お前は』

 

「空を行く《スロウストウジャ》を駆逐する! 行くわよ!」

 

 ロプロスの翼を折り畳み、R兵装の砲塔を突き出す。照準器に捉えた《スロウストウジャ》が高高度へと至ろうとする前に一射された光条が、青く汚染された空気を煤けさせる。

 

『逃がさない』

 

《シルヴァリンク》が前衛のナナツー二機へと突撃を見舞うが、うち一機がプレッシャーライフルを捨て、大剣を振り翳した。Rソードと干渉し合った剣にお互いが後退する。

 

『こいつ……あの時の』

 

 何かを勘付いたのか、鉄菜の挙動に迷いが生じた。桃が問い質す前に射程から逃れた《ナナツー参式》が《ノエルカルテット》へとプレッシャーライフルの光条を見舞う。

 

「敵もR兵装を? そこまで技術が進んでいるなんて」

 

 やはりここで打ち止めにするしかない。桃はR兵装の二門の砲塔を突き出し、敵ナナツーに向けようとして突然の照準警告にうろたえた。

 

 ミサイルと重火器による連撃が《ノエルカルテット》へと襲いかかる。照準を切って《ノエルカルテット》を急速に後退させた。

 

 推進剤をフルに焚いて空間を移動した《ノエルカルテット》へと誘導機能を失ったミサイルが地面に着弾する。

 

 これは当てるための武器掃射ではない。後方援護がいる、という事を相手に示すための一射だ。つまり下手に前に出る事は出来ず、かといって《スロウストウジャ》一機に標的を絞る事も出来ない。

 

「トウジャが二機……どっちも分かっていての配置って事……。じゃあ、どっちかを墜とさないとね!」

 

《ノエルカルテット》へと追いすがる一機の《スロウストウジャ》へと脚部に装填されたミサイルを掃射する。しかし《スロウストウジャ》の機動力は伊達ではない。ミサイルの誘導を全て無効化したばかりか、いくつかはプレッシャーライフルによって迎撃されてしまう。

 

 爆発の光輪が瞬く中、桃は出来るだけ《スロウストウジャ》から距離を取っていた。あまりに近づき過ぎれば相手のスペックも不明な点が多い以上、こちらが食われかねない。

 

 それに何よりも、《ノエルカルテット》の弱点は超接近戦。敵を一定距離から近づかせない事こそが王道の勝利パターンである。

 

 桃は《スロウストウジャ》の機動力を観察しつつ、どこかで仕掛けられないかと思案を巡らせる。しかし《スロウストウジャ》は常に一ところには留まらない機動でこちらを翻弄する。

 

「ちょこまかと……、小手先ばっかりの人機なんて!」

 

 袖口に装備したR兵装のガトリングでその行く手を阻もうとするが《スロウストウジャ》は素早く方向転換し、プレッシャーライフルの銃口をこちらへと向ける。

 

「当たると思っているの? 《ノエルカルテット》!」

 

 後退した《ノエルカルテット》は射線から逃れたはずであった。しかし、コックピットの中を接近警報が劈く。

 

 仰ぎ見たその時、重装備の《スロウストウジャ》が高空を破って肉迫していた。後方支援型が接近するはずがない、という先入観が仇となった。

 

 トウジャタイプはモリビトとほとんど機動力は同じ。否、それ以上を有していると考えてもいい。

 

 後方支援の《スロウストウジャ》が片手にプレッシャーソードを発振させる。桃はガトリングで牽制するも《スロウストウジャ》の勢いは止まらない。

 

 オープン回線に操主の声が弾けた。

 

『もらった! モリビト!』

 

「させない! ロプロス!」

 

 分離したロプロスが首を持ち上げ、機体内に持つ小型ミサイルを掃射する。《スロウストウジャ》の狙いが逸れ、《ノエルカルテット》は下に抜けていった。一瞬だけ分離したロプロスを再び合体させ、地面を背に砲塔を突き上げる。

 

 確実に捉えたと認識した桃へと激震が見舞われた。

 

 もう一機の《スロウストウジャ》がプレッシャーライフルを発射したのである。肩口を撃たれた形の《ノエルカルテット》が砲撃から注意を逸らす。

 

《スロウストウジャ》が身につけた重装備からミサイルと離脱弾頭を解き放ち、《ノエルカルテット》の眼前を炎と灼熱で染め上げる。

 

 熱光学センサーが異常を来たし、桃は直後に有視界センサーに切り替えた。

 

 その時には《スロウストウジャ》は挟み撃ちの形を取っている。二機がプレッシャーソードを放ち、桃は咄嗟に分離させた。

 

 ロプロスと接合した形のパイルダーと、ロデムとポセイドンが解き放たれる。

 

 パイルダーは上空に抜け、ロデムが電磁牙を軋らせてプレッシャーソードと打ち合った。プレッシャーソードはしかし、こちらの想定以上の出力であったようだ。

 

 ロデムの電磁牙を弾き返し、ポセイドンの放ったミサイルと小銃の嵐からことごとく逃げ切る。

 

「なんて、器用な……」

 

 舌打ちを漏らしつつ、桃は《スロウストウジャ》二機による挟撃から逃れる術を探していた。

 

 二機が見張る空域から逃れるのには《シルヴァリンク》の協力は不可欠なのに、鉄菜はナナツー二機に苦戦している様子であった。

 

 掻い潜った《ナナツー参式》がミサイルポッドを放ち、《ノエルカルテット》を追い詰めようとしてくる。

 

 R兵装で焼き尽くそうとしても相手に隙がなければ下手を撃てない。この状況下でどう足掻いたとしても、敵の攻撃網より一手先を行くのには《シルヴァリンク》がナナツー部隊を蹴散らすしかないのだが。

 

「クロ、ナナツー二機に構ってないで、こっちにも」

 

『すまない、桃・リップバーン。この二機、なかなかにやる』

 

 Rソードと実体剣が干渉し、スパークの火花を咲かせる。鉄菜は何も手を抜いているわけではない。新型ナナツー一機が《シルヴァリンク》の近接を引き受け、もう一機がその隙を突いて攻撃する、という二重の構え。

 

 如何に《シルヴァリンク》の機動性が高くとも常に挟まれているのではやり難いのだろう。

 

 加えて空には《スロウストウジャ》が展開している。自分を狙っているだけではないのは先ほどまでの攻撃を見れば明らかであった。

 

 余力があれば鉄菜の二号機も射程に入れている。つまり《シルヴァリンク》はここから逃れるためだけにアンシーリーコートを撃てない。接地状態での発動はあまりに危険であるのは既に分かり切っている。

 

 ――どうする? 桃は脳内にこの場を凌ぐ方法を導き出そうとするが、どうしても突破の方策は思いつかない。

 

 いつもならば三機ともが独自に行動していても切り抜けられるのに、《インペルベイン》一機を欠いただけでこの醜態。

 

 桃は歯噛みしつつ《スロウストウジャ》に視線を投じる。

 

 二機はこちらが下手を撃てない事を理解しているのか、あるいはまだ見ぬ攻撃があると警戒しているのか、なかなか射線に入ってこない。

 

 これでは消耗戦だ。

 

 桃は決断を迫られていた。

 

 敵の本拠地に乗り込んでおいてむざむざ敗走するか。それともこれ以上モリビトに負荷をかけさせてどちらかを失うか。

 

 屈辱を被りつつも、ここでどちらかを失うのに比べれば後者のほうが賢いように思える。

 

 しかし一度の敗走は続けての雪辱に繋がりやすい。何よりも、自分達は《モリビトタナトス》による世論の影響力を鑑みて行動に移したはずだ。だというのに、ここで《スロウストウジャ》たったの二機相手に苦戦するのでは行動の意味がない。

 

「……好きにはさせないつもりだったのに」

 

 これでは形無しもいいところ。苦悩する桃へと、鉄菜が通信回線を開く。

 

『桃・リップバーン。私はこの状況、好ましくないと判断する』

 

 まさか鉄菜から弱気な発言が出るとは思っていなかった。桃は問い返す。

 

「逃げろ、というの?」

 

『それも考慮のうちだという事だ。《スロウストウジャ》だけを叩けばいいと考えていた私達は甘かったように感じる。このナナツー二機さえも振り解けないのでは、勝てるものも勝てない』

 

 Rソードを振り翳し、二機の新型ナナツーへと攻撃を見舞う《シルヴァリンク》だが、相手はその軌道をほとんど見切っているように映った。このままやっても、鉄菜にも勝てる見込みは薄い。

 

「……認めたくないわね。モモ達の行動が、甘かっただなんて」

 

『強襲に際して相手の行動が迅速であった、と見るべきだろう。沿岸のナナツー部隊は完全に無力化した。その行動だけで世界の評価を待つしかない』

 

 悔恨に桃は歯噛みする。

 

「逃げるというのも選択肢、というわけね。グランマ、相手の行動の隙は」

 

『R兵装を放射して、一時的に二号機を逃がす。二号機はあの二機に苦戦しているようだから、一度でも離脱させればアンシーリーコートの眩惑でこちらにも大きな益が生じる』

 

 つまり、いずれにせよ自分一人では何も出来ないという事実。桃は全天候周モニターを叩いた。

 

「なんて、屈辱……」

 

『それでも、仕方のない戦局は存在するよ』

 

 桃は操縦桿を握り締め、ロプロスと接合したパイルダーにR兵装の発射を促した。狙ったのは《シルヴァリンク》と交戦している二機である。当然のように避けられてしまうが、その好機だけでも鉄菜からしてみれば充分だったのだろう。

 

 離脱した《シルヴァリンク》が中空に位置取る《スロウストウジャ》へとクナイガンで牽制を浴びせる。

 

《スロウストウジャ》のうち一機がプレッシャーソードを振りかぶり、《シルヴァリンク》へと接近した。

 

 しかし接近戦では《シルヴァリンク》のほうが群を抜いている。Rクナイが駆動しプレッシャーソードを防いだかと思うと、Rソードによる剣戟が浴びせかけられた。

 

 《スロウストウジャ》は危険を感じて即座に離脱したが、それでも片腕を犠牲にする。

 

『この、モリビトめが……!』

 

 忌々しい声を聞きつつ、鉄菜が通信に吹き込んだ。

 

『三号機に告ぐ。今しかない』

 

 鉄菜も理解しているのだろう。桃はロデム、ポセイドンと接合し、《ノエルカルテット》が保有する実体弾を放射した。弾幕を張り、相手の目を晦ませてから、《シルヴァリンク》と共に戦線を離脱する。

 

 相手も深追いはしない主義のようだ。ぐんぐんと離れていく戦域に桃は目を伏せる。

 

「負けた……モモ達が……」

 

 一度の敗北でも決定的なのは前回までと違い、相手に損耗がない事だ。モリビトの完全敗北。それは恐らく大きな影響を及ぼすだろう。

 

 コンソールに拳を叩きつける。これしかなかったのか、と問われても今は判断を下せない。自分達はどれほどまでに世界を変えるとのたまったところで、戦力差の前には無意味だというのか。

 

『桃・リップバーン。三号機が損傷していないのならば、作戦行動を継続出来る』

 

「作戦行動? もう、C連合に仕掛けるなんて」

 

『違う。C連合の実力は分かった。今の私達では同等の戦いさえも望めない事が』

 

 耳に痛い話である。だが鉄菜の語調には諦めが浮かんでいるわけではない。

 

「どうするって……」

 

『ゾル国へと仕掛ける布石が出来た』

 

 思わぬ言葉に桃はうろたえる。

 

「ゾル国に仕掛けるって……だってモモ達は負けたんだよ? それなのに、ゾル国に仕掛けたって」

 

『仕掛けるのはC連合だ。私達が先導するわけではない』

 

 鉄菜の言っている事の意味が分からず桃は戸惑いを浮かべる。

 

「……クロ、分かりやすく言って。今のモモじゃ、それもよく」

 

『モリビトの実力が分かったのだと、C連合は高を括っているはずだ。この場合、絶対に逃げないモリビトと、今驚異的な戦力を潰せるとすればどこか』

 

 その言葉の帰結する先に桃はハッとする。

 

「《モリビトタナトス》……逃げも隠れもしないモリビトに仕掛けるのに、今の戦いは試金石だった……?」

 

『そう見るのが妥当だろう。どうして《スロウストウジャ》を全投入してこなかったのか。それは二機のトウジャとナナツーの新型でどれほど渡り合えるかを試すため。そう考えると腑に落ちる』

 

「でも待って……。《モリビトタナトス》はモモ達のモリビトとは違う。単純に試す要因にはならないんじゃ?」

 

『だからこそ、つけ入る隙はあると言っているんだ。世界からしてみれば《モリビトタナトス》と私達のモリビトは同じ。ブルブラッドキャリアがゾル国に下ったのだと思っているのだからな。ゆえに、C連合前線基地への襲撃はそのまま、ゾル国によるモリビトを使用した、強襲攻撃という結果になる』

 

「結果論ではあるけれど、ゾル国とC連合の戦端が開けた形になったわけか……。それもトウジャとモリビトとの戦闘で」

 

『だから、私達が撤退したのは正解だったんだ。《モリビトタナトス》と《スロウストウジャ》が場合によっては相討ちになる可能性もある』

 

 自分よりもよっぽど鉄菜のほうが冷静であった。戦いにおいて、やはりまだまだ自分は未熟者である。

 

「そこまで頭が回らなかった……クロは最初から?」

 

『いや、私も結果論を言っているだけだ。彩芽・サギサカのように全てが読めているわけではない』

 

 彩芽一人を欠いているだけでここまでモリビトの運用に支障を来たすとは。しかし、結果的ではあるが、《モリビトタナトス》を炙り出す方法は見えた。

 

「あとは、《モリビトタナトス》と《スロウストウジャ》の戦闘に割って入るか、あるいは戦いが終わってから介入するかだけれど……」

 

『しかし、あまり静観している場合でもない。事実として仕掛けた、というわけではないにせよ、C連合とゾル国の緊張状態を加速させた事にはなる』

 

 惑星内での紛争を起こさせる。それは報復作戦の本意ではない。だが、現状、モリビトでは《スロウストウジャ》二機編成でも勝利出来ないという事実は揺るぎないのだ。

 

「ゾル国とC連合の流れの赴くままに任せる……それもあるかもしれないけれど、でもそんなの」

 

『ああ、そんなものはブルブラッドキャリアの真意ではないだろう』

 

 鉄菜の言葉尻には力強いものを感じる。何か、今の戦いで得るものがあったのだろうか。

 

「クロ……? 何かあったの?」

 

『いや……私の本当にするべき事が何なのかを、今一度問い質さなければならないと感じただけだ』

 

 新型ナナツー相手に苦戦していたのでは、組織内での評価も危ぶまれるだろう。それでも鉄菜には自分を曲げてでも生き抜こうとする賢しさはない。

 

 むしろ、その逆だ。

 

 鉄菜にとっては、大きな信念さえ曲げなければ己とモリビトであるという確信がある。

 

 自分と違うのはその点だろう。

 

 鉄菜は強い。操縦面での脆さや人間としての成熟さはないものの、揺るぎないものを一つ持っているのだけは分かる。

 

「戦い続ける事であったとしても、クロは……」

 

『迷う事はない。《モリビトタナトス》を迎撃するぞ、桃・リップバーン』

 

 今はその言葉の力強さに救われるものもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通信回線の向こう側でタカフミが息を切らしている。《ナナツー是式》でのモリビト戦はそういえば初めてであったか、とリックベイは思い直した。

 

『少佐……奴、速くって……』

 

「それでもよくついてきたものだ。《スロウストウジャ》の性能に胡坐を掻いているわけではない、という事だな」

 

 それは分かっていたつもりだが、タカフミには自信過剰な部分がある。ここで諌めておかなければ《スロウストウジャ》の性能だけで勝っていると思われかねない。

 

『青いモリビト……あの状態のあいつ、反則ですよ』

 

 四基の自律稼動型のプレート状の短剣を有し、なおかつ熱光学センサーを晦ませる外套の装備。あの状態で地上戦に持ち込んだのはこちらも初だが、思いのほか《ナナツーゼクウ》はよく馴染んでくれている。

 

 少しだけ《スロウストウジャ》に浮気したとは言ってもやはり自分によく馴染むのはナナツータイプなのだと思い直した。

 

「しかしあれと赤と白のデカブツのモリビトが同時展開していただけ、か。灰色と緑のモリビトはどこへ行った?」

 

『そんなもん、探している余裕もなかったでしたって。何よりもあの武器腕のモリビトなんて来たら対処出来ませんよ』

 

「そうだな。不幸中の幸い、というべきか」

 

 沿岸部を拡大させると火の手が上がっており、ナナツー弐式のスクラップが出来上がっていた。青いモリビトの仕業だろう。リックベイは拳を強く握り締める。

 

『野郎……! もう少しおれ達が早ければこんな勝手……!』

 

「そうだな。だがアイザワ少尉、あれを見るといい」

 

 降り立った《スロウストウジャ》とこちらの部隊に、沿岸警護の部隊の生き残り兵達がかちどきを上げていた。うなりのような声音にタカフミがうろたえる。

 

『あれ、何で? おれら負けたんですよ?』

 

「否、勝ったんだ。今回は正真正銘、な。覚えておけ、アイザワ少尉。これが勝者にのみ許された特権、勝利の美酒というものだ」

 

『勝利の美酒……』

 

 青い汚染大気の下で兵士達が叫ぶ。その咆哮は明日へと繋がる希望に思えた。

 

「帰るぞ、アイザワ少尉」

 

『待ってくださいよ、少佐。おれ、酔っちゃって……』

 

 その素直な返答にリックベイはフッと口元を綻ばせる。

 

「これも覚えておけ、少尉。いつも勝てるとは限らない。快勝の瞬間を常に己の中に持っておく事だ。そうする事で初めて、戦士足りえる」

 

『戦士……おれも、戦士、ですか』

 

「そうだ。信念を貫き戦うものは皆、戦士の資質を持つ」

 

 リックベイの《ナナツーゼクウ》が身を翻し、スラスターを焚く。この戦場を救った戦士達は、兵士達に見送られながら帰投した。

 

 


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