ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯135 カウンターモリビトⅠ

 何よりも混迷を極めているのは市民だろう、と鉄菜は民間の放送局に繋がせた。

 

 ゾル国、C連合、それらの傘下にある弱小国。全ての情報が同期される中、《モリビトタナトス》の影響力は墨を落としたように広がっているのが窺えた。

 

 どの報道機関も「ブルブラッドキャリアの事実上の解散宣言」だと報じている。自分達がこうして海上を疾走しているのが不思議であった。《モリビトタナトス》一機でこうも世界の評価は変わってしまうのか。その結果に鉄菜は薄ら寒さを覚える。

 

「私達が、どれだけやったところで、逆効果、とでも言いたいかのようだ」

 

『そうマジねぇ……世論は確実にブルブラッドキャリア排斥運動がうまくいったと思っているマジ。これじゃ今までの作戦行動も台無しマジよ』

 

 やはり形勢を逆転させるのには《モリビトタナトス》を破壊し、加えて新型のトウジャ部隊を一掃するしかない。桃から繋がれた通信回線に鉄菜は応じていた。

 

『クロ、いきなり《モリビトタナトス》を破壊しに行くのはやはりリスクが高いし、何よりもどこにいるのかも分からない相手をしらみつぶしにするのは現実的じゃないわ』

 

「では、やはり打ち合わせ通りに」

 

 通信の向こうで桃が頷く。

 

『C連合の新型トウジャなら、どこに配備されているのかがある程度掴めた。バベルの位置情報を同期し、これより二機のモリビトはC連合への攻撃作戦に入る』

 

 既に領海には入っており、鉄菜は標的を据える瞳を全天候周モニターに向けた。C連合の中継基地の沿岸はナナツー弐式の砲撃隊が囲っている。それらの対空砲撃が目標を狙い澄まし、陸地に上がらせないつもりなのだろう。だが、《シルヴァリンク》のフルスペックモードはその眼を欺く。

 

 高度な光学迷彩が施された外套は熱源探知センサーでもない限り直前まで察知不能であった。海上を疾走する物体に気づいた時には時既に遅し。

 

 攻撃射程に入った《シルヴァリンク》のRクナイが駆動し、施されたクナイガンの弾丸がナナツー弐式のキャノピーを打ち据えた。倒れた数機の挙動に困惑の声が上がる。

 

『何だ? 何が起こった?』

 

 通信網を震わせるオープン回線に《シルヴァリンク》の操るRクナイがナナツー弐式を分断していく。奔ったRソードの剣戟がその胴体を割った。

 

 迸るブルブラッドの血潮と火花の中、ナナツー弐式部隊が攻撃姿勢にようやく入る。

 

『敵襲! 敵襲ー!』

 

「叫びも全て、何もかも遅い」

 

 ナナツー部隊を牽引する隊長機へと肉迫し、Rソードを腹腔へと叩き込んだ。ぶくぶくと青い血が沸騰し、内側から焼け爛れていく。

 

 指揮官機を失った部隊は散り散りになるのは目に見えている。あらぬ方向を砲撃が射抜き、それを嚆矢として混乱が伝播していく。

 

『敵はどこにいるんだ?』

 

『海上だ! 沖を狙え!』

 

 既にその背後に回っているというのに、海上へと狙いを定めたナナツーを後ろから叩き斬っていく。悲鳴と怒号が入り混じる戦場で《シルヴァリンク》は外套に青い血を浴びてまず戦端を開いた。

 

 上空から《ノエルカルテット》がゆっくりと降下してくる。

 

『オーケー、クロ。上出来よ。あとは内地の守りを突き崩せばいいだけ。《スロウストウジャ》は確認出来るだけの分を破壊する』

 

「全機破壊してはいけないのか?」

 

『もちろん、蹂躙するに越した事はないわ。でも敵も考えなしにモリビトに立ち向かってくるとは思えない。倒せても二機、というのがバベルとグランマの見立てね』

 

「二機、か」

 

 自ずとエース機がやってくるのは思案の内に入る。鉄菜は雪崩れ込むようにこちらへと地鳴りを起こしながら接近するナナツー部隊を見据えた。

 

『《ノエルカルテット》は《スロウストウジャ》のために温存しておく。クロ、わかっていると思うけれど地上は』

 

「ああ。私が制圧する」

 

 Rソードを顕現させ、《シルヴァリンク》はナナツー部隊へと飛び込む。ほとんどがナナツー弐式であったが新型の《ナナツー参式》も混じっていた。

 

 小銃が吼え、《シルヴァリンク》の装甲を叩く。盾を構えさせ、鉄菜は叫んだ。

 

「リバウンド、フォール!」

 

 反射した実体弾がナナツーを押し戻していく。うろたえたC連合の兵士へと《シルヴァリンク》が切り込み、おっとり刀の対応に対して鋭く刃を突き刺した。

 

 血潮が蒸発する中、《シルヴァリンク》が跳躍し背後に回った途端、四基のRクナイが駆動してナナツーを分断していた。

 

 バラバラに砕かれたナナツーを目にして兵士達が怯えたのが伝わる。しかし、ここで終わらせるわけにはいかない。やるのならば徹底的であった。

 

 地上を滑走するように《シルヴァリンク》が肉薄し、リバウンドの刃で敵の銃身を溶断する。近接武装へと持ち替えさせる前に振るった刃がその腕の肘から先を奪っていた。

 

『助け……』

 

 声が響き渡る前にRソードがキャノピー型コックピットを貫く。その威容にナナツー部隊は包囲陣を敷いておきながらたじろいでいる。

 

「来るのならば来い。後悔せずに済む」

 

 ナナツーを駆る操主達が吼え、《シルヴァリンク》へとナナツーが立ち向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「強襲? 強襲だと? どうしてこのタイミングで」

 

 もたらされた報告にリックベイは考えを巡らせる。この状況でモリビトがC連合前線基地を押さえようとする。その目的の帰結は恐らく《モリビトタナトス》への牽制。ブルブラッドキャリアが世界に下ったわけではない、という宣誓だろう。

 

「少佐! 《スロウストウジャ》で出ましょう。なに、この人機ならモリビトくらい……」

 

「待て、アイザワ少尉」

 

 リックベイは顎に手を添えて思案する。ここで《スロウストウジャ》五機を投入すれば、なるほど、勝てるかもしれない。だがもしそれが敵の目論見通りならば。

 

《スロウストウジャ》のスペックを知り、第二陣において確実に駆逐するための策だとすれば、《スロウストウジャ》をあまり見せてやるのは旨みがない。

 

「……アイザワ少尉、《スロウストウジャ》は二機のみの配置とする」

 

 その決定に異議があるのだろう。タカフミはいきり立って反発した。

 

「何でです? 《スロウストウジャ》なら勝てる!」

 

「冷静になって物事を俯瞰してみせろ。世界はブルブラッドキャリアがゾル国に下ったのだと思っている。だというのに、もたらされた報告では現れたのは青いモリビトと赤と白のモリビトの二機。つまりこれまで確認されていた機体だ。これはおかしいとは思わないか?」

 

「……戦力がないんでしょう?」

 

「それもあるかもしれない。だが、《モリビトタナトス》で一気呵成に攻め立てるのが、軍としては正しい判断だ。ここに来て既存のモリビトを送り込んでくるのは、二つに一つ。一つは、《モリビトタナトス》を出すのを渋って、既知のモリビトで相手の戦力をはかる、という作戦。もう一つはこの二機は完全にゾル国とは無関係であり、それを示すために、わざわざ《スロウストウジャ》を炙り出そうとしている」

 

「何だってそんな事を? だって、トウジャがどれほどの機体なのかは」

 

「相手とて熟知しているはずだ。トウジャの性能を。だが、それでもこの作戦に乗らなければならない理由としては、《モリビトタナトス》とゾル国のスタンスの否定、と考えれば辻褄は合う。つまり、ブルブラッドキャリアはゾル国に下ってなどいない」

 

「……当て推量ですよね?」

 

「だな。しかし、確率は高いと思うぞ」

 

《スロウストウジャ》は整備が終わったものも含めれば五機とも出せるが、ここで全機投入はともすれば愚策。リックベイは格納庫に収まる《ナナツーゼクウ》と《ナナツー是式》を視野に入れた。

 

「わたしと君はナナツーで出る」

 

 その言葉にタカフミが反論する。

 

「いや、でもナナツーじゃ……」

 

「負ける、というのかね?」

 

 タカフミがうろたえた。負けるつもりで戦っているわけではないだろう。彼は、いえと応じる。

 

「負けるつもりはありませんから」

 

「結構。ならば作戦には従いたまえ。これは命令だ」

 

 命令となれば、タカフミはわざわざ《スロウストウジャ》に乗り込もうとは思わないのだろう。身を翻して声を張り上げた。

 

「おれの《ナナツー是式》! 出せるよな?」

 

 切り替えが早いのはさすがとしか言いようがない。リックベイは待機している《スロウストウジャ》の操主三人を見定めた。

 

「君らのうち、二人は《スロウストウジャ》に乗ってもらう。ただし、一機は通常装備。もう一機は重武装の後方援護だ」

 

「《スロウストウジャ》で後方援護、ですか……そりゃまた……」

 

 白兵戦でも充分に戦えると証明された機体で後方支援は逆に人機の個性を殺すと判断されるのは分かっている。だが、リックベイはここでモリビト二機に手の内を晒すのは危険だと判断した。

 

「来るカウンターモリビト部隊においては後方支援も役割の一つとして考えられている。モリビトという強大な人機を相手取るのにただ闇雲に突っ込めばいいというものでもない。如何にトウジャが優れた人機であろうとも、操るのは人間に他ならないのだ」

 

 指示を受け、兵士達が挙手敬礼をする。残された一人には《ナナツー参式》に搭乗するように言い含めた。

 

「ただし、攻撃は重装備型と同じく、後方からでいい。間違っても前に出るなよ。前は、わたしとアイザワ少尉のナナツーが引き受ける」

 

 タラップを駆け上がり、自身の《ナナツーゼクウ》のキャノピーへと辿り着く。取り付いていたメカニックが声を張った。

 

「少佐の機体はいつでも行けるようにしてあります!」

 

「結構。《ナナツーゼクウ》の足の速さで間に合うか?」

 

「情報では、海岸線のナナツー弐式編隊がやられているそうです。内地のナナツー部隊が向かったそうですが、何分持つかは運次第と言うところで……」

 

「出来るだけ急げ、という事か。分かりやすくっていい」

 

 操縦桿を握り締めたリックベイに整備士は声を投げる。

 

「ペダルの重さはいつもより重めに設定してあります。いくら少佐でも《スロウストウジャ》の後じゃ、踏み込みが浅くなると思ったんで!」

 

「感謝する」

 

 サムズアップを寄越しリックベイは《ナナツーゼクウ》を発着用のカタパルトまで前進させた。途中、タカフミの《ナナツー是式》が別のカタパルトへと移送されていくのを目にする。

 

 まさか新型が配備されたというのに旧式機で出るとは思いもしなかっただろう。タカフミには悪い事をしていると考えつつ、リックベイは丹田に力を込めた。

 

 シグナルがオールグリーンになり、誘導灯を振るう整備士が目に入る。

 

『少佐のナナツーが出るぞ!』

 

 張り上げられた声にリックベイは叫んだ。

 

「《ナナツーゼクウ》、リックベイ・サカグチ。出るぞ!」

 

 発進するなり砂利を踏み締めて砂塵を作り出した《ナナツーゼクウ》の機動力は健在だ。メカニックの言うように《スロウストウジャ》よりも深く踏み込む事によって今まで通りのポテンシャルが出せている。

 

 遅れて発進した《スロウストウジャ》二機が空中機動に入り、片方は大きく下がって後方支援に入った。

 

 地を踏み締めていているのは自分とタカフミの《ナナツー是式》、それにもう一機の《ナナツー参式》である。

 

『現場までの距離はさほど遠くはないですが、相手はモリビトです。全滅覚悟で行ったほうがいいでしょうね』

 

《ナナツー参式》に収まる操主の声にリックベイは首肯する。

 

「考えたくはないがな。……しかしモリビト、少しばかり粗雑だぞ」

 

『何がです、少佐』

 

 通信に割って入ってきたタカフミへとリックベイは持論を述べる。

 

「ブルブラッドキャリアはもう少し慎重な作戦を実施する組織だと思っていた。それこそ、毎回の基地への襲撃とて計算ずくだとな。だが、今回は……まるで自分達の汚名をそそぐためだけの行動だ。視野が狭いというべきか……大局的な行動を取れていない」

 

『それだけ必死なんじゃ? 《モリビトタナトス》はとんでもない戦力だって思っている可能性もありますし』

 

 タカフミの言う通りであるのも事実。《モリビトタナトス》の脅威にブルブラッドキャリアも後先を考えられなくなったか。

 

 あるいは――考えたくはないがこの作戦行動でさえも。

 

 そこから先の推論をリックベイは口にしなかった。

 

 ――これさえも、世界のうねりの前に導き出されてしまった致し方なしの行動である可能性。

 

 モリビトとブルブラッドキャリアも既にこの惑星の運命と一蓮托生なのかもしれない。トウジャが開発され、一国家が汚染に埋没し、仮想敵国が偽りの同盟を騙る。

 

 どれも人の原罪よりもなお深い、罪状だ。

 

 これ以上の罪を重ねる前に、ブルブラッドキャリアが肩代わりするというのか。それも馬鹿馬鹿しい考えである。相手は自分の思考領域でのみ行動するわけではない。

 

 そうは思っていても、敵の行動がいつになく突拍子もないと、やはりどこかで名折れだと考えてしまう。

 

「ブルブラッドキャリア……罪を突きつけるその名に相応しい行動をして欲しいというのは、ただのエゴか?」

 

 


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