ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯134 保留の答え

 自分のような存在に関わっていていいのか。

 

 それを再三問いかけても、リックベイは果実の皮を剥くばかりであった。強化兵の自分に実際に歯を立てて食べる食事は必要ない。そう断じていても、彼は高騰しているであろう果物を買い付け、自分のベッドの傍に置いた。

 

 器用な手さばきでそれらの皮を剥いていく。

 

「君は、少しばかり考え過ぎだと、わたしは感じている」

 

 雑念などまるでないかのような声音に瑞葉は戸惑うばかりであった。自分の周りは今まで全て敵であった。復讐しかないと思っていたこの身に今、何が出来るというのだろう。

 

 あるいは、この男もまた、自分に軍事的価値があると判断し、《ラーストウジャ》の搭乗者へと再び選定しようというのか。

 

 疑いの眼差しはすぐに見抜かれてしまった。

 

「《ラーストウジャカルマ》、だったか。あれに君を二度と乗せない事を上官に取り付けた」

 

「どうして……わたしには戦うしかない。兵士なんだ」

 

「兵士である前に一人の人間だ。我々はそれを履き違えるほど、傲慢に出来ていない」

 

 瑞葉は目を見開いたまま、きょとんとしてしまう。まさか自分を人間扱いするなど思いもしない。

 

「……こんな姿の人間はいない」

 

 整備モジュールが持ち上がり、片翼を形成する。痩せこけた身体に釣り合わない巨大な羽根。生きている限り飼われ続ける宿命のようなもの。

 

 しかしリックベイは果実を切り分け、その考えを否定する。

 

「人間の姿形、定義はさまざまだ。だが、言葉を話し、他人の感情を窺う事が出来るのならば、それは人間に値するのではないか、とわたしは感じている」

 

 詭弁だ、と言い捨ててもよかったが、リックベイの口調にはいささかのてらいもない。心底、そう思っているような口ぶりであった。

 

 だとすれば相当な理想論者だ。それか、ロマンチストに違いない。

 

「……ブルーガーデンの兵士は強化人間で、会敵すればまず撃墜する事を考えなければ逆に墜とされる、と教えられなかったのか」

 

「教えられた。訓練生時代にはよく、ロンド系列を操るのは人間ではない、とも詰め込まれたものだ」

 

 だとすれば何故、と面を上げた瑞葉はリックベイの眼差しと不意に目があってしまう。暫時、沈黙が流れた後、彼が果実を皿に取り分ける。

 

「食べるといい」

 

「……歯が退化している。噛み砕けるかどうか」

 

「だがやってみるのも悪くはないのではないか?」

 

 瑞葉は果実の皿を膝元に持ってくる。手で掴むと瑞々しい果実の水滴が指先にこびりついた。ブルーガーデンでは食事の必要はなかった。液体食料か、それか薬物で事足りたのだ。

 

 固体の食事など数年間、摂っていない。瑞葉は果実に齧り付きかけて、顎が思ったよりも強く噛み締められないのを思い知った。

 

 リックベイが皿を取り、持ってきた器材で果実を磨り潰す。

 

「すまなかった。配慮が足りていなかったな」

 

「……こんな事をして何になる? わたしが、あの場で唯一の生き残りであったからか。あの汚染された祖国で、戦い続けていたからか? 貴様らは、あの国の保有する血塊炉を自由自在に欲しいだけだろう! 殺してしまうか薬物漬けにすればいい! こんなまどろっこしい真似をして、何が楽しいんだ!」

 

 爆発した感情の行方を持て余し、瑞葉は息を荒らげる。リックベイは静かにその言葉に応じていた。

 

「国家として、ブルーガーデン国土に眠る血塊炉は魅力的だ。その保有数をこれから決めるのに、ゾル国に先手を打たれた。新型人機、《モリビトタナトス》。ブルブラッドキャリアがゾル国に下った、と」

 

 初めて聞いた事柄に瑞葉はうろたえる。ブルブラッドキャリアが――あの時共に戦った「クロナ」が、ゾル国に寝返ったというのか?

 

 にわかには信じられず、瑞葉は判断材料を掴みかねた。

 

「本当なのか……」

 

「一部の過激派による偏向報道の域を出ない、という判断もあるが、C連合では《モリビトタナトス》なる機体を確実に排除する方向へと向かっている。そのための軍備増強。《スロウストウジャ》の機体数の確保。カウンターモリビト部隊の配備」

 

「……そのために、わたしや、《ラーストウジャカルマ》が欲しいというのか」

 

「それが軍隊であるのならば、な。しかしわたしは、それは違うと感じている」

 

 リックベイの言葉は矛盾している。軍部であるのならば正しい判断を下すべきだ。

 

「違うというのも、詭弁だろう」

 

「《ラーストウジャカルマ》に君はもう乗せない。代わりの人員を充てる事もない。あれは危険な人機だ。先人達がそうしたように、封印するのがいいだろう」

 

「どうしてだ。何が望みなんだ? 何のつもりで、わたし相手にこんな……! まるで、人間にそうするような扱いをする?」

 

「君が人間だからだ」

 

 放たれた言葉に瑞葉は反論出来なくなる。自分が、人間だと言うのか。

 

「……あり得ない」

 

「どうしてだ? わたしは先に述べたな? 人間の条件を君は満たしている。ならば、捕虜として扱えばいい」

 

「こんなの、捕虜じゃない。ただの大病人だ」

 

「その通りだ。君は今、病気を患っている。戦争病、という癒え辛い病だ。この国家では、君を兵士として扱う事はない、その点は保障する」

 

 何故、そのような世迷言を吐けるのだろう。自分は兵士だ。価値はそれに集約される。だというのに、リックベイの扱い方はまるで――ただの少女にするかのように。

 

「わたしは戦士だ。瑞葉という名の強化人間だ」

 

 拳を握り締めた瑞葉にリックベイは磨り潰した果実の皿を差し出す。

 

「要らない!」

 

 払った手が皿を叩き落し、床に果実が散らばった。これで少しくらいはリックベイも自分に失望するだろう。

 

 そう感じていた瑞葉は彼が激昂する事もなく、淡々と皿に片づけているのを目にして驚愕した。

 

「……もう少し食べやすい食事を用意しよう」

 

「……何なんだ。どうしてなんだ、リックベイ・サカグチ! お前はどうして、わたしにそんな扱いを向ける?」

 

「必要だからだ」

 

「必要? 兵器だぞ、わたしは。ミサイルに食事が必要か? 重火器に睡眠が要るのか? 相手を狙い撃つだけの砲塔に、何か気の利いた言葉が要るというのか!」

 

 掴みかかりかねない剣幕で言いやったこの言葉で隔絶は明らかだろうと思われた。しかし、リックベイは静かな眼差しを湛えたまま、平時の口調で返す。

 

「そこまで言えるのならば、君は人間だと言っている」

 

 リックベイは果実の籠を手に、医務室を後にしようとした。どうしてなのだろう。その背中に一片の諦めの意思も見えないのは。

 

「……篭絡したって、兵士だ」

 

 それは出来の悪い抗弁に思われた。リックベイは背中を向けたまま、そうか、と呟く。

 

「わたしにはそれが、人間の証に思われるのだがな」

 

 去っていくリックベイの背中を追う前に、医務室のドアが閉まる。己の中で渦巻く感情に瑞葉は結論がつけられないでいた。

 

 リックベイは何なのだ。何がしたい? 何のために、自分のような兵器を飼い慣らそうとしている?

 

 どう足掻いたって罪は消せない。今まで撃墜し、殺してきた証は拭えないのに。彼はまるでそこいらの町娘を相手にするかのように、自分に接してくる。

 

 それが逆に理解し難い。どこまでも度し難い行動に思えて仕方がない。

 

 苛立ちもある。だがそれ以上に分からない。理由も、理解も不能だ。彼の行動原理も、己の心の行き着く先も。

 

 漂着する先を見失った感情は不格好な帆を立てたまま、誰かに当り散らしたいだけであった。果物ナイフがその時、目に入る。リックベイはわざと置いていったのか、手の届く範囲にあったナイフへと伸ばしかけた時、扉が開く。

 

 赤毛の青年仕官がこちらの動向に気づいたのと、ナイフを取ったのは同時だった。

 

「お前……!」

 

「来るな!」

 

 ナイフを突き出す。青年仕官は周囲を見渡し、医師がいない事に舌打ちする。

 

「仕事しろっての……。おい、その……瑞葉って言ったか? 落ち着け、落ち着いてくれよ。おれは忘れ物をしたって聞いたから少佐のお手伝いを……」

 

「繰り言はやめろ! 貴様らはどうせ、わたしを道具のように使い捨てればいい! だというのに、まどろっこしい真似をして、何がしたい? 兵器に希望を持たせる実験か? そんななら、もっとそれっぽくやるんだな。こんな、非効率的な実験をやって、何になると言うんだ!」

 

 放たれた怒りの感情に青年仕官はうろたえたままであったが、ナイフを見やりつつ、言葉を発する。

 

「分かんないって、おれだってさ……。少佐が何を考えているのかなんて。でも、お前、嬉しくはないのかよ」

 

「嬉しい? そんな感情は要らない! わたしは兵器だ! 強化実験兵なんだぞ! 感情なんて数値でどれだけでも調整出来る。そんなものに寄りすがったって、何もいい事なんてあるはずがない!」

 

「……そうかよ。でも少佐は、そんなお前に、それだけじゃないって言いたいんだろ」

 

「黙れ! わたしがどれだけ執念を燃やしていたのか、貴様なんぞに!」

 

 ナイフを突き出そうとして、青年仕官が咄嗟に構えを取る。自分は所詮、強化兵とは言え、人機から降りれば常人以下の運動能力しかない。

 

 青年仕官にナイフを握る手を締め上げられ、すぐに取り押さえられてしまった。

 

「どうして……わたしには力が足りないのか!」

 

「力だとか、少佐がどう思っているだとかは抜きにしてさ、何でお前らってそう、似た者同士なんだろうな」

 

「似た者同士? 誰と誰がだ!」

 

 吼え立てる瑞葉に青年仕官は嘆息をついてナイフを取り上げる。

 

「少佐もさ、多分どっかで他人に感情移入し過ぎなんだろうな。あの人は軍人らしいように見えて、一番軍人っぽくないよ」

 

「リックベイ・サカグチは何を考えている? わたしを生かして、何の得がある?」

 

「得なんてないんじゃないか?」

 

 返された言葉に瑞葉は唖然とする。

 

「何だと……?」

 

「得なんて、……損得なんて考える人だったら、あいつもお前も放っておくだろうさ。でも、あの人は戦士には敬意を払う。そういう気質の持ち主だから、どれだけ非情に徹し切った言葉を繰っても、結局のところ、非情にはなり切れないんだろうな」

 

「……分からぬ事を」

 

「だな。おれも分からない。お前と同じだ」

 

 微笑みかけた青年仕官に瑞葉は困惑してしまう。自分の敵だと思っていた連中が味方になって、己の中でも折り合いがつかないのかもしれない。

 

 ベッドに腰かけた瑞葉は額に手をやった。何を信じ、何を寄る辺にすればいいのか。何のためにこれから先、生きればいいのだろうか。

 

「……どうすればいい。枯葉、鴫葉……、お前らの死にわたしは報いる事が出来ない」

 

「報いるとか、難しい事考えるんだな、お前」

 

 青年仕官のどこか無責任な態度に瑞葉は怒りを滲ませた。

 

「当たり前だ! わたしは指揮官なんだぞ! 部下の命を預かる立場だ! そんなわたしが何も考えずしてどうする!」

 

 噛み付きかねない剣幕に、青年仕官は、そっか、と口にしていた。

 

「それ、多分少佐もその気持ちなんだろうな」

 

 返されて瑞葉はハッとする。リックベイも自分と同じものを抱えていた。抱えていたからこそ、同じものを目にしている自分には温情を与えているのだとすれば。

 

「……迷惑だ、そんなもの」

 

「少佐はそういうの、気にしない人間だから。お前が迷惑でも関係ないだろうさ」

 

「……人道的に扱ってどうするというんだ。わたしにはあの汚染域で戦い続けるだけの体力も、それに残された気力もなくなりかけている。C連合はどうせ、血塊炉が欲しいだけだろう。わたしみたいな足枷は壊してしまえばいい」

 

「まぁ、本音はそうなんだろうけれど、割り切れないものってのがあるんだろうさ。おれにはよく分からないけれどな」

 

「……よく分からないのに、あの男に付くのだな」

 

 瑞葉の疑念に青年仕官は当たり前のように応じていた。

 

「そりゃ、当然。少佐は強いから尊敬出来る。単純に、それだけだよ」

 

 ――強いから、か。

 

 瑞葉は自分が弱いばかりに散っていった者達を反芻する。だからと言って、もう闇雲にモリビトを憎むつもりもない。「クロナ」との共闘でその怨念は失せた部分が大きい。

 

「強ければ正義、弱ければ悪、という単純な図式だな」

 

「いいだろ? 単純。分かりやすいし」

 

 はにかんだ青年仕官に瑞葉は自然と口元を綻ばせていた。いつ振りだろう、てらいなく笑えるようになったのは。

 

 そして、執念と恩讐を忘れられそうな気持ちになれたのは。

 

「分からないな、まだわたしには」

 

「そうかよ」

 

「……貴様、名前は何という?」

 

 その質問に青年仕官はうろたえた。

 

「おいおい、教えたからっておれを恨むのは筋違いってもんじゃ」

 

「違う。ただ単に、リックベイ・サカグチしか知らないのはどこか、フェアではないと思っただけだ」

 

「……まぁ、少佐も少佐だし、他人の自己紹介なんてするタイプじゃないか。おれはタカフミ・アイザワ。C連合の、言っちまうとエースだ」

 

「自分でエースとのたまう奴は初めて会った」

 

「そうか? これでも自負はある」

 

 フッと笑みが浮かんだ。どうしてだろうか。

 

 ここにいると、今まで自分を縛っていた全ての因縁から逃れられそうな気さえもしてくる。

 

 どこまで無理をしていたのかが如実に分かってくるほどであった。

 

 瑞葉はタカフミが落としたニュースペーパーを拾い上げる。そこにはゾル国がモリビトなる新型機体を立ち上げた事が書かれていた。

 

「ああっ! しまった、それ……」

 

「既にリックベイから聞いている。《モリビトタナトス》、というらしいな」

 

「知ってるのかよ……」

 

「情報としてだけだ。しかし、ゾル国が、モリビト、か……」

 

 その時、脳内で弾けた記憶に瑞葉は目を見開く。不明人機のシグナルを発していた機体を自分は《ラーストウジャ》で追いすがった。あの機体の識別コードは確かにモリビトであったが、見た目は完全に《バーゴイル》のそれであった。

 

 この符号は偶然であろうか。モリビトの名前を冠する人機をゾル国が保有する。

 

 もし、これが全て仕組まれた事だとすれば、相手はブルブラッドキャリアですら利用する腹積もりであった事になる。

 

 しかしその帰結に行き着けば、自ずと見えてくるのはこの世界の醜悪さだ。

 

「……まさかあの時、既に?」

 

「どうかしたのか?」

 

 勘繰ってくるタカフミに瑞葉は頭を振った。

 

「いや……そんな事があるわけが、……あってはならない」

 

「よく分かんないが、思うところがあんのか? この《モリビトタナトス》って奴によ」

 

「そういうところだ。貴様は?」

 

「おれか? おれはリベンジマッチと行きたいな。《スロウストウジャ》で負けるはずがないんだ。おれなら、次にやれば勝てる」

 

 拳を固く握り締めたタカフミに瑞葉は言いやる。

 

「次にやれば、か。だが戦場は次を常に用意してくれるほど甘くはない」

 

「だから、一回ずつの戦いが大事なんだろ?」

 

 リックベイの腰巾着かと思えば急に分かった風な事も言う。瑞葉の中でもタカフミの評価は決めあぐねていた。

 

「しかし、モリビトが跳梁跋扈する戦場か。世界はどう転がっていくのだろうな」

 

 ニュースペーパーを受け取ったタカフミが眉根を寄せて答える。

 

「そんなの、上の方のお偉いさんに任せとけばいいんじゃないか? おれ達みたいのは、戦うしか知らないし」

 

 兵士はただ眼前に釣り上げられた獲物を狩るだけが仕事。そう割り切れれば幾分か楽なのだろう。

 

 瑞葉はどう結論付けるべきか、己の中で燻らせていた。

 

 C連合を無根拠に信じる事も出来ず、リックベイの厚意に甘えるのも戦士としては違うと感じている。

 

 だが、今の自分に何が出来ると言うのだ。

 

 モリビトをゾル国が保有したとして、トウジャで追いすがって狩り尽くせるほど、今の自分には余力がない。

 

 どう足掻いたところで、力不足の感は否めない。

 

「……戦えれば。全てを示せるのに」

 

 浮かんだ悔恨にタカフミは頬を掻いた。

 

「あのよ、多分だけれど、少佐はお前をもう戦場に出す気はないぜ?」

 

「敵国の兵士をむざむざ戦場に出すのは間違いだからだろう」

 

「いや、そうじゃなくってさ……。あの人もお人好しなのか計算なのかよく分からないんだけれど、女を前線に出すようなクズじゃないのだけは、確かだと思う」

 

 その言葉にきょとんとした。

 

 ――女。

 

 そのような事、今まで感じた事も、ましてや改めて言われた事もない。あまりに自分が呆然としていたからか、タカフミが取り成す。

 

「いや、別に侮辱したとかそういうんじゃないぜ? でも、ホラ、生物学的には女だろ?」

 

 どう切り返せばいいのか分からない。瑞葉は判然としない感情を掌の視線に落とした。

 

「わたしは、女……?」

 

「そこ、疑問視するところ?」

 

 今まで戦場で幾度となく死線を潜ってきた自分に女という評価を下す人間は生まれて初めてであった。どう反応すればいいのか、まるで分からない。

 

「わたしは、ブルーガーデンの兵士だ。強化兵で、実験兵で、《ラーストウジャカルマ》の操主で……」

 

「難しく考える事なのか? それ。別にいいんじゃねぇの? 女だろうが、男だろうがさ」

 

 手をひらひらと振るタカフミは本当に何も考えていないようであった。苛立ちや不安よりも、困惑が勝る。

 

 このような時、どういう風に振る舞うのが正解なのか分からなかった。

 

「わたしは……」

 

「まぁ、答えなんて千差万別だろ。別に女将校なんて珍しくないし、少佐がそういう人だってだけの話でさ」

 

 あっけらかんとしているタカフミに瑞葉は言葉もなかった。どうして、自分を恐れないのだろう。

 

 自分はどれだけのナナツーや《バーゴイル》を撃墜してきたのかも分からないほどの、根っからの軍人。兵器なのだ。それを前にして、どうして――まるで本当に、ただの女を相手にしているかのように対処出来る?

 

 理解に苦しむ行動に瑞葉は沈黙する。その静寂をどう解釈したのか、タカフミは踵を返した。

 

「おれはもう戻るけれどその……自殺したりとかはすんなよ。後味が悪いからさ」

 

 立ち去ろうとするタカフミの背中に、瑞葉は一言だけ投げた。

 

「わたしはもう、兵器としては失格なのか?」

 

 足を止めたタカフミがうぅんと呻る。

 

「兵器とか、強化兵とか……、そんな他人がつけたラベルなんて気にすんなって。自分でこうだって言える事、どれだけブルーガーデンが酷い国だったからってあるだろ? だったらそれに従えばいい」

 

「わたしが、これだと言えるもの……?」

 

 自分にとって確固たる信念は国家が滅びるのと復讐を遂げた時に消え去った。今、この身に流れているのはただただ、兵器以前に「瑞葉」という一人の人間そのもの。

 

 それを頼りにすればいいのだろうか。瑞葉には答えが出せない。

 

「慌てて出すようなもんでもないし、気長に考えろよ。おれらもそういうの、別に追及するつもりもないし」

 

 遠ざかっていくタカフミに瑞葉は呆けたように口を開けていた。

 

 誰も答えを焦らせる事はない。自分で答えを導き出し、そして決めろ――。

 

 だが、それは今までよりも遥かに難しい事に思えた。

 

 


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